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とある若い男と女は逃げ出した

 万国博覧会のために建てられたクリスタルパレスは、全面ガラスで覆われた大きな建物で、まるで水晶のようだと評判で、貴族にも人気があるスポットだ。世界各地から集められた建造物や植物、庭園を見に、家族連れや恋人と来る人で賑わっていた。



 そこに、まだ二十歳にならない男女が2人だけで来ているのは少し珍しいかもしれない。男の方は女よりもさらに若く見える。


「そこのベンチで休む?」

「ええ」


 一日では回りきれないほどの広さを誇るクリスタルパレスで、疲れた彼女は座れる所を求め、屋外に出るなり色映えの良い日傘を差した。こんなに早く歩き疲れたのは、昨晩の社交界もあったからかもしれない。


 回っていた時は、二人とも楽しげに会話をしていたのに、座った途端、考えないようにわざと放り出していたのを思い出したようで、空気は淀み始めた。大人一人座れる距離を開けているほどぎこちなく。


 沈黙の末に、青年はぽつりと、呟いた。



「昨日、ダンスに誘われてたな。この前と同じ男と」

「シンこそ、どこかの令嬢の手の甲にキスをしていたわね。新しい女性と」

「それは挨拶だ。やらなきゃ逆に相手に失礼になる」


 言いたいことが他にあったはずなのに、つい嫌味を言ってしまう。ダンスに誘われて応えるのは、普通のことで、挨拶を交わせば、女性は手を差し出して男性はその手にキスを落とす。それはいたって普通のことであるけど、お互いに相手のことが気になってしまうらしい。それは無理もないことだった。

 

「不毛だわ」


 どうせ、他の誰かと結婚する事は決まってるのだから……。いつだったか、母親に言われたのだ。「メリッサ、貴女は素敵な方と結婚するのよ」と。その"素敵な方"とは、それなりの家柄の跡取り息子の事を言っているのを、それから少しして知った。つまり、それが次男坊のシンフォードでないことも知り、お互いに想いを告げることを避けながら今に至る。

 


 

「お母様に言われたの。社交界で私のことを気に入って下さった方が居るんですって」

「……また一人、メリッサの犠牲者が増えたのか」


 メリッサに告げられた言葉に青年は絶句と「またか」という呆れが混じったため息をつく。彼女の容姿が目を惹く女性であり、それをきっかけに他の男に好意を持たれてるのを知れば尚更、シンフォードもいい気はしない。


「そういう言い方はないでしょ? シンはどうなのかしら?」

「どうって……僕は別に」


 未だに綺麗だとか好きだと言った気持ちを、言われたことはないので、メリッサは彼の口から言ってくれることを、淡い期待を抱いたものの、青年は彼女の気持ちを知った上で曖昧に答えた。


「乗り気じゃないなら断ればいいだろ?」

「そうも行きそうにないの。だって……、お父様もお母様も"申し分ない相手だ"ですって……。親が進めたらどうにもできないって、シンだってわかるでしょ?」



 やるせなそうにメリッサが呟くと、シンフォードもまた言葉を失っているようだった。前にも言い寄る男は居たが、両親が断ったことで、それ以上は話が進まなかった。しかし、今回は違う。申し分ない相手とは、つまり"結婚相手"に適った男だ。まだ、婚約も申し込まれていないけど、両親が積極的に話を進めようとしているなら、本人が拒否するのは難しそうに思える。


「そのうち、その人と交際すると思うの」


 今度こそ、逃げられない状況にメリッサとシンフォードは動揺している。



「……」

「…………」

「……どうにも、ダメだな」



 青年は膝の上に置いた手で、拳を握ると決意を込めて言う。


「二人で、逃げるか?」





「考えたんだ……。メリッサをこのまま結婚させたらどうなるか。10年20年……それ以上を他の男と一緒に生きて、それで良いのか? 死ぬまで一緒なんだぞ。親族は納得なってしてくれないだろうけど、彼らを喜ばせて一生を棒に振るか、それとも……楽じゃないけど僕と一緒に全部、捨てる覚悟がある?」


 一気に言った青年の言葉にメリッサは硬直し、目を開けたままだった。おそらく、頭の中でたくさんのものを考えて、処理が追いつかないでいるのだろう。シンフォードは静かにメリッサの反応は待った。


 前々から、言葉にしなくても想いは同じだと感じていたけど、恋人の関係になることは許されなかった。それなのに、幼い頃から諦めていた相手から、突然、プロポーズにも似た発言をされたのだ。しかも、全てを捨てて"僕"を選ぶ気はあるかと、究極の選択を突きつけられて、彼女の思考を失っている。



「そんなこと、突然言われても……私はっ」

「メリッサだって、考えてなかったわけじゃないだろ?」


 例え、将来が変わらなくても好きだと言われたかった。むしろ、一緒に居られる未来を望んでいたくらいだ。

 少しして、自分のお腹辺りを触ると、ぽつりとメリッサは口を開く。


「……結婚したら、その人の子供を生まなきゃいけないのよね…………」

「そうなるだろうな」

「貴方とは16年間の付き合いだけど。その月日さえ超える時間を、シン以外の人と過ごさないと行けないなんて……」


 少しだけ身体を震わした。

 なんて、愛しいことを言うんだ。一瞬だけ、その肩を抱きしめたくなったが、シンフォードは気持ちを抑え、メリッサが自分で決断するまで

 触れた確実に感情を高まらせてしまう。そして、決意を鈍らせてしまう、と。そう思い、彼は触れてしまいそうになる広げた手を拳に変えて待った。



「お父様やお母様は、その為に私を育てたんじゃないって悔やまれるでしょうね……。だけどそれでも……っ」


 言葉にならないながら、メリッサはじっとシンフォードを見た。彼もまた、それが答えだと受け取った。それで、念を押すように言った。

 



「メリッサが捨てられないって言うなら、僕はこれ以上何も言わない。だけど、……僕には多分無理だ。頭で思い描いただけで、我慢できない。メリッサが誰かのものになって、仕舞いにはそいつの子供を生むのを、黙って見てなきゃいけないなんて、無理だよ。メリッサは、どっちなら耐えられるか?」




 全く後悔しない選択なんてどこにもない。2人で逃げたとしても、親族への負い目を感じながら生きていくに違いない。

 それでも、逃げる価値はあるだろうか。幸せを掴めるだろうか。こんなことをして、許されるだろうかと、青年は心の中で自問する。


「君が、他の誰かにダンスを誘われているのを見るだけで、嫌になるんだ。この先、僕が何をする時もメリッサは横にいなくて、メリッサが知らない男と一緒に居るのを見なきゃいけないなんて、きっと想像を絶するほどのものだ」


「……きっと私、このまま結婚したら、もっと後悔することをしてしまう気がするわ」



 真っ直ぐにメリッサが彼を見つめた。答えが出たのを確認するとシンフォードも頷き、彼女の手を取って握りしめた。


「行こう。じゃなきゃ僕らの人生は、ダメになる」

「こんな決断は誰にも喜ばれはしないけど、それでも最善って言っていいかしら……?」



 

 実際のところ、屋敷を出てこの2人はやって行けるだろうか? 馬車もない。逃げるために、抱えていけるものは手に持てるものだけ。食事も洗濯も全部、メイドに任せていたのに、これからは全部、自分たちだけでやらなければならないのだから。それに仕事だって見つけなければならない。


「足でまといになっても、呆れないでくれるかしら。私、紅茶だって自分で煎れたことないのよ」

「やっていくしかないさ。少しずつ」




 持っているものは、シンは紳士たる杖と、メリッサは可愛らしい日傘。屋敷に一度帰ることすら惜しみ、待たせている馬車にも戻らず、そのまま誰も知られずに2人は逃げ出した。


 彼らの行方を知る者は、居ない。

  




次回は、このあとに産まれた息子が主人公の話…

だったのですが、書く時間がないので此処で物語が終わります 爆


展開としては、

親子が引越ししてロンドンの東に移り住むと、酒場に歌の上手い娘が居ると評判を聞いて、行ってみることに。歩いてる途中で、走る少女とぶつかった。その子も酒場に行くと言うので、一緒に向かう。そこで、やっと歌の上手い娘がその子であることを知る。


帰りは夜道は危ないからと、シンが送ると申し出て親子とその少女ライアは一緒に帰る。

後日、広場でライアが歌ってるのを見つけたシンの息子のフロンはライアと話すようになり、少女の住む孤児院の手伝いを次第にする。


仲良くなっていったある日、伯爵家のご子息は亡き妹のように歌を楽しそうに歌う娘を探し続け、ライアを見つける。

ライアを買う代わりに、屋敷に来いと言われる。


シンは息子に「自分が後悔しない決断をしろ」と任せた。孤児院の幼い子達の生活のために、お金を貰うことを選ぶライアを黙って見送るか、「行くな」と言うか。




ちなみに、この親子の生活水準は、庶民くらいなので彼らもお金がある方ではない。

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