独白
僕の両親はいわゆる、駆け落ちというものらしい。
父さんと母さんの母親は、仲の良い従姉妹同士だったから、お互いに嫁いだあとも屋敷に行き会っては、アフターティを楽しんでいた。自分の子供を連れて出かけ、そこに住む歳の近い子供と、物心つく前から遊んでたと言う。
母さんは少しだけ父さんより年上だから、「シンが、よたよた歩き始めたくらい時のこと、私もなんとなく覚えてるわ」とか笑って思い出話をすると、父さんはやめて欲しいそうに、慌てて話を切ろうとする。僕はそんな二人の子供時代を、想像しようにもできないけど。
年端も行かない子供の時から、お互いによく知っていて、いっぱい遊んで、月日を経るごとに、自然とお互いを意識していく。
だけど、分かっていたはずだ。男爵家に産まれた母さんは、それなりの相手と結婚することになることを。父さんだって、男爵家の子供ではあるけど、次男にすぎない。望ましい相手は、跡継ぎである長男との結婚となれば、父さんが候補に入るはずも無かった。
そして決まった展開通りに、母さんが社交界デビューを果たすと、それほど時間がかからずに、母さんを惚れ込む男が現れたって。
親の言いつけのままに、誰かと結婚するのが正解だったのか。それとも全てを捨て、駆け落ちをしたのは正しい行いなのか、僕はなんとも言えないけど。少なくても、もし、母さんが父さんと駆け落ちしなければ、僕は産まれる可能性はなかっただろう。そう思うと、不思議な気持ちになった。
確かに、もしかしたら爵位持ちの貴族の暮らしは、どんなものなのか少しくらい味わって見たい気持ちもあるけど、貯蓄とか多少ある今の暮らしに不自由は感じてないから、不満はない。父さんや母さんは、"こんな暮らしでごめんなさいね"とたまに言うけど、僕はこの暮らししか知らないしさ。それに、聞けば貴族の暮らしも華やかだけど、大変そうだ。僕が貴族の子供であった可能性なんて、想像しようにも世界が違い過ぎてできない。それだけ僕は、庶民の息子で定着してしまっている。
もっと言うなら、"駆け落ちしてきた"と打ち明けられても、僕には実感がもてないし。分かるのは、苦労してきたんだろうなと思うくらい。母さんの左手の薬指にはめられた指輪は、お世辞にも光り輝く高価なものじゃない。おもちゃのような子供だましだ。それでも、大事にしてる姿を見れば、確かに僕はこの二人の元に産まれてきたんだと、思えた。
他の誰かとの結婚を振りほどき、お互いとお互いが愛し、永遠を誓いたい相手だったんだ、と。
なにより、両親が後悔しない選択をして、結果としてこうして、幸せそうにしてくれてるなら、良かったんじゃないかと息子として思う。
もしも、二人が別の選択をしていたなら、息が詰まるような、重い重い空気を僕も味わっていただろうか。
駆け落ちするのを思いとどまった歪みが、気持ちを抑え込んだ分、孕み続け、いつか弾けてしまうんじゃないか?
そんなことを考えて、ぞっとした。
比べるまでもなく、僕にとってもこれが幸せなんだとふと思う。
いつか、僕にも分かるだろうか。
何かを捨ててでも失いたくない、一緒に居たい、守りたいと想う気持ちを。