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泉を探して  作者: roak
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第九話 画像

 アクセルペダルを踏み、車を走らせる。渡された携帯電話は一旦膝の上に置いた。交差点を過ぎて、大通りを直進すると、コンビニエンスストアの看板が見えた。その駐車場に入り、車を停めた。携帯電話を手に取って、再び画面に目をやった。何が写っているのか確かめた。コウは目を閉じて、ふっと笑った。写っていたのは、森の中と思われる景色を捉えた一枚の画像。画像の上部は、青々と繁った木々の葉で埋め尽くされている。そのほかには、手前の方の地面から奥の方へと伸びていく石畳の細い道と、その道に沿って並んで建っているいくつかの小さな建物。細い道も小さな建物も生い茂った木々の枝葉にところどころ隠されていて、目を凝らさなければ見落としてしまいそうだった。木々は高々と伸びており、画像の上端で身切れている。生い茂ったたくさんの葉は日光を遮り、辺りを薄暗くしていた。石畳の道は、幅が狭く、粗雑な造りの凹凸が激しいものだった。また、石と石の隙間からは、ところどころ背の低い草が伸びていた。そのような道では、自転車で走ることはできないだろうと思われた。一方で建物はというと、いずれも四角く、何の装飾もなく、壁面はのっぺりとしていた。まるで目の付いていない巨大なサイコロだった。出入口や窓はあるが、それらは建物の内部と外部をつなぐ機能を果たすためだけの構造であるかのようだった。一切の文化的なものを感じさせない、純粋な機能としての構造が存在しているかのようだった。ちなみに、人の姿はどこにもなかった。

 これは、ただの森の中の画像ではない。道も建物もある森の中の謎の街。少なくとも、この画像は「近く」で撮られたものではない。直感的に分かる。とてもとても遠い場所に思える。広大な海洋といくつかの国境を越えたとしても、たどり着ける場所ではないように思えた。「異国情緒」という言葉の範疇に収まらない、異様さがその風景から滲み出ていた。

「これは一体」

「画像だ」

「そんなことは分かってる」

 コウは目を閉じたまま笑みを浮かべてみせた。どのような経緯でこの画像を手に入れたのか気になった。もったいぶるような素振りを見せて、コウは言う。

「その画像を人に見せたのは初めてだ。そいつは行方不明になった仲間が送ってきた画像なんだ。あれは、あいつが出発した日のちょうど十日後のことだった。突然、その画像が携帯電話に送られてきた。メッセージは何もない。本当に突然、その画像だけが送られてきた」

「返信はしたのか」

 と聞いた。コウは目を閉じて首を横に振った。そして言った。

「したさ。今どこにいるんだ。家族も心配しているぞってね。だけど、何も返事はなかった」

「警察には、相談したのか」

「してない」

「捜索の手がかりになるかもしれないだろうに」

「無駄だよ。相手にされない。その辺の調査はもう終わっていたんだから」

「終わっていた?」

 と聞いた。

「そうだよ。警察は携帯電話の追跡というか、そういうような捜査も終えていたらしい。なんでも街中で突然電源が切れていて、それっきりということが分かったとか」

 短い沈黙のあとコウは言った。

「それに、何か触れてはならないものがその画像には収められているようで恐ろしくなったんだ。だから、今まで誰にも見せない、話さないと決めていた。だけど、画像を削除することもできなかった。それはそれで恐ろしいことのように思えた。削除してしまってから、後悔するような気がした。それが正直なところだよ。酔っぱらっていなければこんな話はできなかっただろうな」

 そして、コウは提案してきた。

「この画像送ろうか」

 と。

「遠慮するよ」

 と答えた。

 再び車を走らせた。静かな住宅街に入っていき、

「この辺でいい」

 というコウの言葉で車を停めた。車から降りる際に、コウは言った。

「あの場所は実在する。そして、おそらくは泉の近くにある。何が出てくるか分からない。それでも行くのか」

「行くよ。もう決めたことなんだ。親にも行くと話をした。必要な道具もそろえた。今更やめるわけにはいかないよ」

「そっか、気を付けて。今日は時間を作ってくれてありがとう。今まで誰にも言えなかったことを言うことができた。すっきりした」

 何かから解放されたような晴れ晴れとしたコウの表情が、夜の闇の中でも読み取れた。

「それはよかった、こちらこそありがとう」

 と言った。去り際にコウは行方不明になった登山仲間の名前を教えてくれた。名前はツキヤマと言った。

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