第八話 失踪
五年前の新聞記事。それを読んでみて、確かに不思議な事件だと思った。だが、泉を探すことについてコウがこれほどまでに忠告するには何かほかにも理由があるような気がした。
事件についての話のあと、コウは山歩きの話をしてくれた。今まで登った山の話、一緒に登る仲間たちの話、ピンチだったときのこと、感動したときのこと。アルコールのせいもあってか、とても饒舌だった。本当に山歩きが好きなのだということが伝わってきた。あのように熱くなれる趣味を何か持ちたいとも思った。更にコウは、疲れにくい歩き方のこと、正しいテントの張り方のこと、役立つ山岳サイトのことなども教えてくれた。コウはサンドイッチを食べ終えて、ビールを全部で五本飲んだ。細身の透明な空き瓶が小さな丸テーブルを占拠していた。
「そろそろ行こうか」
とコウが言った。
「そうしよう」
と答えた。コウの顔面はかなり紅潮しており、椅子から立ち上がると、足元が少しふらついた。呂律も少し怪しい。
「大丈夫か」
と声をかけた。
「心配ない」
という返事。
「家まで送るよ」
と言うと、
「悪いね、頼むよ」
と言った。レジで会計を済ませて店を出た。ほとんどの金額をコウが支払った。
冷たい夜風が心地よかった。コウの覚束ない歩き方に気を配りながら、コインパーキングまで歩いた。そして、車に乗り込む。
「狭いけど勘弁して」
「いい車じゃないか」
そう言って、コウはシートに身を預けて目を閉じた。送り先である家の場所を聞き、出発した。コインパーキングを出て、二分もしないうちに大通りの赤信号に引っかかる。停車していると、コウは不意に語りだした。
「登山仲間の一人が行方不明になったんだ」
「行方不明?」
「そうだよ。突然のことで本当に驚いたんだけど。今から三年以上も前のことだ。残された家族は捜索願だとか、そういった手続もしたらしい。でも未だに見付かっていない」
険しい山に挑戦し、遭難してしまったのだろうか。気の毒にと思った。コウは続けて話した。
「実は、そいつにはさっきの記事の切り抜きを見せたんだ。そうしたら、えらく関心を示した。あのときのあいつの目の輝きようは今でもはっきりと覚えてる。今となっては見せない方がよかったと思っているんだけど」
あっ、と思わず声が出た。
「そうだよ。お察しのとおりそいつは調べに行ったんだ。その山林の中へ入って。そいつには、珍しい自然現象に遭遇しては写真に収める趣味があった。ブロッケン現象とかね。いろんな現象をいろんな場所で目にしては、カメラに収めて集めてた。あの記事に出ていた現象も、自分の目で見てみたい、正体をつきとめてみたい、と思ったんだろう。ある朝、突然メールが来たんだ。『探しにいくことにした』って。最初は何のことだか分からなかった。だけど、少し考えたら分かった。例の、空が赤くなった現象のことだったんだ。あのときは仕事があったから一緒に行くわけにはいかなかったんだけど」
「遭難したんだろうか」
と聞いた。
「そんなことあるか。何かがあったんだ。通常では起こらない何かが。だから帰ってこられなくなった」
「熊に襲われたとか」
と言うと、コウは首を横に振った。
「なら一体どんなことが」
「これを見てほしい」
とコウは言って、携帯電話を手渡してきた。一枚の画像が表示されていた。よく見ようとした。すると、後ろからクラクションを鳴らされた。信号は青に変わっていた。