第六話 紙片
夜の街を車で走る。それは滅多にしないことだった。店舗やオフィスの照明、街灯、信号機。さまざまな光が目の前に飛び込んでは通り過ぎていく。人口や高層ビルの数からすれば、ここはそれほど大きな都市ではない。だが、車の窓ガラス越しに見えるその風景からは、夜の都会の騒々しさが確かに感じられた。コインパーキングに車を停めて、喫茶店に入った。そこは割と近所にありながら入ったことのない店だった。店に入るなり、やあ、と声をかけられた。コウがいた。数年ぶりの再会だ。店の隅にある小さな丸テーブルの席に座り、手を振っていた。店内は数人の客が静かに談笑しているだけで、落ち着いた曲調のBGMが耳によく届く。コウの向かい側に座って、「久しぶり」と簡単に挨拶した。ウェイターが注文を取りにきた。アイスコーヒーを注文した。コウはビールを飲んでいた。テーブルの上にある瓶は空になりかけていた。
「飲まなくていいの」
とコウに聞かれた。
「いいよ」
と答えた。そして、続けて言う。
「車で来てるんだ。それに、お酒はあまり好きじゃなくて」
「そうか」
と残念そうにコウは言うと、ウェイターを呼び、サンドイッチとビールを注文した。
「あの湖、よく見付けたね」
とコウは言った。
「見付けたのは本当に偶然だよ」
と言った。趣味で航空写真を見ていることも話した。
「あれは普通じゃない」
とコウは言った。そして、続けて言う。
「あんな蛍光色の水があるものか。しかも、あんな場所にあんな大きさの。わけが分からない気分さ。境界線もあいまいで、何か、ノイズのようにも見える。画像のデータに紛れ込んだノイズ。そんな感じだ。これを見てよ」
コウがすっと一枚の紙片をテーブルの上に置こうとした、まさにそのとき、ウェイターがアイスコーヒーとビールを持ってきた。コウははっと驚いた顔をして紙片をテーブルの上から引っ込めた。それほど見られてはまずいことがあの紙に書かれているのかと気になった。ビールが置かれるなりコウはビール瓶の口に差し込まれたライムの切れっ端を引き抜いて強く絞り、出せるだけの果汁をすべて瓶の中へ注いだ。そして、グラスに注ぐことなく注ぎ口から勢いよく飲む。ごくごくと音を立てて飲み込み、ふう、と言って瓶を置いたときには、中身が半分ほど消えていた。
「ところで、今、仕事何してるの」
とコウは聞いてきた。
「スーパーでバイトしてる」
と答えた。するとコウは言った。
「ふうん、そう。そういえば前にうちの親が仕事してるところ見たって言ってた。今もあのスーパーで働いてるんだ」
「うん。今、何してる?」
と今度はコウに聞いた。すると答えた。
「工場で働いてる。部品メーカー。この辺じゃ割と給料はいいと思う。きついこともあるけどね」
そう言って、コウは更にビールを飲んだ。二本目の瓶も空になった。そして、ウェイターを呼ぶ。
「ビールのおかわりください」
とコウは注文する。
「かしこまりました」
と言ってウェイターは去っていく。
「さっき、電話で話してたことと関係があるんだけど」
とコウは話し始めた。そして、再び紙片をテーブルの上に置いた。
「これだ」
と小さな声で言う。まるで敵の基地から盗み出した何かの暗号文書を仲間に見せるような態度だった。見ると、それは切り抜かれた新聞記事のようだった。
「ビールをお持ちしました」
ウェイターが来た。コウははっとして、再び紙片を引っ込めようとした。すると、手が滑ったのか、紙片はひらひらとテーブルから落ちた。ウェイターはビールをテーブルに置き、紙片を拾い上げた。コウはきまりが悪そうな顔をしていた。紙片を拾い上げ、そこに書かれていることを読んだウェイターの口から思いがけない一言が出た。
「ああ、あの事件についてですか」