第二十一話 帰路
コンピュータが完全に起動すると、オオトはその小さなディスプレイを見せながら教えてくれた。何の情報が、どこに記録されているのかを。そのコンピュータにはいくつも情報が記録されていた。それらの情報は、まず、どのような形式の情報なのかによって分類されていた。画像なのか文書なのかといった具合に。次に、どのような内容の情報なのかによって更に細かく分類されている。隊員たちが書いたというレポート、事件があったときに撮影されたという現場の写真、報道機関が事件について報じたときの記録、オオトの組織がまとめたとされる事件に関する報告書。そういったさまざまな情報が、几帳面に分類され、収められていた。それぞれの情報には、一定の決まりに従い、表題が与えられていた。その決まりというのは簡単なものだ。最初に、日付が記される。それから、内容に関するごく簡潔な説明が添えられる。例えば「○年×月□日 隊員Aのレポート」という具合だ。
オオトはコンピュータを滑らかに操作する。情報の表題を確かめて、項目を選択し、その内容を表示させる。そのような操作を繰り返し、いくつかの情報についてかいつまんで説明してくれた。隊員たちのレポートに関しては、オオトが話していたように現場の混乱が伝わってきて、緊張感のある内容だった。しかし、何が起きたのか結局分からない。現場の写真に関しては、深い森の景色とそこで作業をする人たちがただただ写っているだけで、特に変わったところはなく、どれも見ていて退屈なものだった。いくつか見せてもらった新聞記事について言えば、いずれも空の怪現象の原因は不明とした上で、近隣住人の目撃談や学者の見解を淡々と伝える内容だった。コウに見せてもらった記事と同一と思われるものもそれらの一つに含まれていた。
「これはなんですか」
ふと疑問に思ったので、オオトに聞いた。その情報の表題は、「※※※※※※※※※※※※※※」となっていた。その表題だけ明らかにほかと違っているので、簡単に目に付いた。オオトは言った。
「大したものではない。本部には知られたくない秘密の情報だ。私なりに考察したことが書いてある。森の中にある集落。それが一体なんなのか。好奇心から考えて、記したことがここにある」
「研究レポートみたいなものですか」
「まあそんなところだ。このコンピュータをくれてやる。持っていけ」
「いいんですか」
「いいんだ。こいつは私が本部にあるデータをこっそりとコピーしたもの。本部のやつらはこういったデータがあることも知らない」
「助かります。ありがとうございます」
「こいつは予備のバッテリーだ」
そう言って、机の引き出しに手を突っ込み、予備用バッテリーを取り出した。
「こいつも使えば、十時間はそいつを動かし、情報を見ることができる。その十時間、大事に使え。どの情報がどう役立つか。私にははっきり分からない。『向こう』へ行けば、新しいことも分かるだろう。『向こう』には、『向こう』の事情があるはずで、このコンピュータの情報と組み合わせれば、何かしら脱出の方法が導き出せるかもしれない。もう一度、言う。与えられた十時間を大事に使え。『向こう』では、おそらく電気なんか通っていないだろうし」
「電気が通ってない」
「そうだ。どの程度の生活水準か分からん。だが、前に集落の画像を見た限りでは、おそらく縄文時代とか弥生時代とか、そんなレベルの生活かもしれないということを覚悟しておくべきだろう」
確かにコウから見せてもらった画像には、高度な文明を感じさせるようなものは特に見られなかった。だからと言って、それほどまでに原始的なのだろうか。不安になる一方で、そのような生活もまた少し楽しいかもしれないと思う。戻ってくる方法が見付かって、無事に帰ってこられるなら。
「さて、そろそろ終わりにしよう」
オオトは立ち上がって言った。
「少し話し過ぎた。今日は楽しませてもらった。今夜はこの小屋を使いなさい。ここで眠っていくといい。こんな狭い部屋だが、外でテントを張って眠るよりもいくらか快適なはずだ」
彼はそそくさと上着を着た。そして、小屋の隅に置かれていた大きなリュックを拾い上げ、その大きな背中で背負った。
「これから帰るんですか」
もう夜になった。外は真っ暗のはずだ。そのような中、森の中を歩いて帰ると言うのか。この人は。
「帰るよ。帰りたいんだ。身の上話をさせてもらうと、最近子供が生まれたんだ。待ちに待った第一子だよ。かわいくて仕方ないのさ。仕事は見てのとおり、こんな感じでみじめなものだ。でも家に帰って子供の寝顔を見ると、明日も頑張ろうという気持ちになる」
「そうなんですね。お気を付けて」
「ああ、明日の朝、私はまたここに来る。仕事があるから。そのときはうまいもんを食わせてやる。妻は料理が得意でね。とっておきの朝食を作ってもらおう。君も腹が減っていては、旅を続けられまい」
「手持ちの食料はまだあるけど、ごちそうしてもらえるならありがたいです」
「期待して待ってろ。それじゃあな。明日の朝、またここで会おう」
「はい」
オオトは小屋から出ていく。帰り際、彼は言った。
「私が去ったら照明を落とすように。ストーブも消すように。そして、何があっても朝まで小屋の戸を開けないことだ」
更に言う。
「特別監査が来る日がある。それは今日かもしれないし明日かもしれない。いつ来るかは分からない。彼らは突然やってくる。気を付けろ」
と言った。特別監査。なんなのだろうか。彼は急いでいる様子だったので、詳しいことを聞く気にはならなかった。本部の人たちが突然ここへ来て、オオトがきちんと仕事をしているか見にくるということなのか。そうだとすれば、おそらくオオトの組織が建てたであろうこの小屋を、組織と無関係の人が使っていると分かったときには、それなりに大変なことになるのだろう。
オオトがいなくなると小屋の中は急に静かになる。ストーブの火を消す。今夜、何があろうと静かに過ごすと心に決めた。コーヒーを大量に飲んだせいかそれほど空腹は感じていない。リュックから寝袋を出して、部屋に置かれた小さなベッドの上に広げた。こうすれば、床の上で眠るよりもいくらか心地よい。また、さっきまで点いていたストーブのおかげで部屋の中はまだ大分暖かい。低い天井からぶら下がる裸電球の灯りを消して、寝袋にすっぽりと入る。目を閉じる。眠れない。コーヒーのせいか。長い昼寝をしたせいか。しばらくすると、どこか遠くで何かの動物の鳴き声のような音がした。風の音に混じって、はっきりとは聞こえなかった。だが、確かに何かの生き物の声だ。それはまるで、本当の恐怖に直面し、耐えがたい苦痛を受けた者が発する最期の叫びのようだった。




