表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泉を探して  作者: roak
19/90

第十九話 軌跡

「この赤い円は森の集落の入り口を示す印であり、失踪した隊員たちの軌跡でもある」

 オオトは言う。軌跡とはどういうことだろうか。彼は続けて言った。

「注意深くこの円を、この赤い円を見てほしい」

 よく見ると、地図上の赤い円は少し形がゆがんでいる。きれいな円ではない。尖った部分、へこんだ部分。わずかなものだが分かる。ぼんやりと眺めただけでは、そのゆがみは見落としてしまうだろう。注意して見れば分かる。よく見た人だけが分かるようにゆがめられている。では、なぜそのように描かれているのか。オオトは隊員たちの軌跡と言った。軌跡という言葉。よく分からない。

「この赤い円の中に集落がある」

 オオトは言う。円の中にと。

「この円は集落の入り口ではなかったんですか。この円の中に一つの集落が収まってるということですか。小さ過ぎませんか」

 オオトに聞くと、彼は目を閉じ、腕を組む。そのまま三秒ほど経ってから、組んだ腕を解き、目を開ける。目を開けた彼の顔は「まあ、慌てるな」と言いたげだった。赤い円の意味について知っておきたいと思う。どれほど危険でどれほど不思議な場所なのか。近付くのであれば、知らなければならないと思う。ただ、オオトの説明を聞く前から嫌な予感がしていた。どれだけ考えても分からない仕掛けがそこにあるような。そんな嫌な予感だった。予感の原因は何か。見付け出すのは簡単だ。それはオオトの表情だ。やるせない表情を先程から彼は顔に浮かべている。たっぷりと間を置いてオオトは再び話し始める。

「隊員たちは発信機を持たされていた」

「発信機ですか」

「そうだ。雪崩のときにも使われる。『雪崩ビーコン』なんて言葉を聞いたことはないだろうか。雪崩に襲われて登山者が雪の下に埋もれてしまっても、身に付けたビーコンが発する電波のおかげで、その登山者がどこにいるのか、どこに埋もれてしまっているのか救助者が把握できる。そんな仕組みだ」

「そういうのがあるんですね」

「ああ、そうだ。隊員たちは一人に一つずつそういう機能のある装置を身に付けてこの森に入ったんだ。このことをまずは覚えていてもらいたい」

「はい」

「次に円の大きさの話をしよう。君はさっき、この円の中に一つの集落が入っているのかと聞いた」

「そうです」

「答えはなんとも言えない。『収まっている』とも言えるし『収まっていない』とも言える」

「組織の決まりで教えられないということですか」

「違う。そういうことじゃない。決まりがあるから本当のことを教えられないのではない。私たちの組織は本気で思っている。『なんとも答えられない』と。何も隠してなどいないし私たちもよく分かっていない。ただ、組織として『こういうことなのではないか』という結論というか、考え方はある。それが納得の行かない、不本意なものなんだが。私たちの組織は三年前に調査報告書をまとめて、調査の依頼主に出した。それでこの件はケリがついた。ケリがついたことになっている。今私が受け持っている仕事というのは、なんと言ったらいいのか、管理というか、監視というか、保護というか。なんだろうな」

「探索ではない」

「もちろん。少なくとも。とにかく自分から何か仕掛けようなんて仕事ではない。まして集落から隊員たちを救い出そうなんてことは考えていない。組織からも命令されている。集落には絶対に近付くなと。この地図は、そのための地図でもある。集落の場所を覚えて、近寄らないようにするための地図でもある」

「調査報告書の結論というのはどういうものですか」

「その前に、まずはこの赤い円だ。これがどれほどの広さか教えたい」

「そんな円の中に集落がすっぽり入るとは思えない」

「そのとおり。細かく正しく計算したところ、だいたい百平方メートルということが分かった。よくマンションなんかで2LDKとか3LDKとか聞くと思う。リビングがあって、ダイニングがあって、キッチンがあって、そのほかに二部屋、三部屋ある。だいたいそのぐらいの広さだ。この赤い円はその程度の大きさに過ぎない」

「そんな。どうやってそこが集落だと分かったんですか。この赤い円で示された場所が集落だって。隊員たちは突然姿を消した。事件のときには誰も集落を見付けていないんですよね。そのあとの調査でその場所を特定したということですか」

「少し暑過ぎるな。ストーブの火を弱めよう」

 オオトは椅子から立ち上がり、すぐそばにあるストープの前でかがみ込む。そして、火力調節のダイヤルを回し、火の勢いを弱めた。彼のその姿は、何かに祈りを捧げているように見えた。それから彼は着ていた上着を手早く脱いで、丸めて床の上に置く。椅子に戻ると、続きを話した。

「そこで発信機だ」

「発信機」

「そうだ。事件後、私たちの組織は隊員たちの持っていた発信機の電波がどこで途絶えたのか詳しく分析した。その方法は具体的にはこうだ。例えば隊員Aの反応が地点Aで途絶えたとする。であれば、地図上の地点Aに点を打つ。同じように隊員B、隊員Cと、反応が途絶えた地点を地図に打っていく」

「はい」

「行方不明になった隊員は全部で二十六名いた。さっき言ったような作業を二十六名分、繰り返したところ、かなり限られた範囲で全員の反応が途絶えていることが分かった。そして、二十六個の点をすべて線で結んだ。その結果、できあがったのがこの赤い円なんだ」

「少しゆがんでいるのは、そういうことなんですね」

「そうだ。よく聞いてくれ。事故報告書の中で私たちの出した結論はこうだ。この集落について、隊員たちの不可解な失踪事件について、出した結論はこうなんだ。『外から見ることはできないが、立ち入ることのできる場所がどうやらそこにあるらしい。そして、そこへ一度入ると、自由に戻ってくることはできないらしい』。以上だ。とんだ笑い話だと思わないか」

「信じられません」

「だが、実際そうなんだ。そのようなんだ」

 言い終えると、オオトは静かにうなだれる。それから独り言のように彼はつぶやいた。

「どこかからかあの集落のうわさを聞きつけて、この森に乗り込んでくる人が君のほかにも何人かいたよ。その中には研究者もいた。その人からも少しだけ話を聞くことができた。有名な研究機関で研究補助の仕事をしているという話だった。そんな彼も集落に近付き、飲み込まれ、その後姿を見なくなった。それでも、君は冒険を続けるか」

 オオトからの問い。答えは決まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ