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泉を探して  作者: roak
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第十八話 凍死

「見てもらいたいものがある」

 オオトは立ち上がり、部屋に備え付けられた机の引き出しを開ける。そこから小さく折り畳まれた紙を取り出し、机の上に広げて見せた。立ち上がってのぞき込む。それはかなり大きな紙だった。長い間、日に当たっていたのか全体が少し黄ばんでいる。紙にはさまざまな線や記号が描かれていた。ほぼ中央の位置に赤く塗りつぶされた一つの大きな円が、端の方には、青い一つの小さな点が、そして、それら円と点を結ぶ太い緑の線が描かれていた。あとは等高線のようないくつかの黒くて細い曲線が縦横に走り、ごく小さな四角形の印と×の印がいくつも点在していた。

「これはなんですか」

 聞くと、オオトは答えた。

「この周辺の地図だ。青い点が現在地。そして、この赤い円が」

「集落への入り口」

 思わず遮ってしまった。地図と聞かされたそのときに、赤い円はそれだと思ったからだ。

「そうだ」

「この地図はあなたが作ったんですか」

「いや、『私たち』が作ったものだ。この深い森の中、どこが危険でどこが安全なのか。私たちは確かめる必要があった。自分の足で、自分の目や耳で確かめる必要があった。この地図は、ここに配属された者たちが少しずつ手を加えて完成させたものなんだ。危険を冒して手作りされたものなんだ。君はここで私に見付かった」

 オオトは地図の中を指さして言う。

「それから、今ここまで来た」

 と言いながら、その指を移動させる。青い点でオオトの指は止まる。

「この小さな四角形はなんですか」

「これは感知器だ」

「感知器」

「そうだ。誰かがこの森に侵入したときに、私たちが察知するための装置だ」

「あなた方が設置したんですか」

「そうだ。そいつに人が触れると、こいつが鳴って教えてくれる」

 と言って、オオトは上着の内ポケットから小さな機器を取り出し、見せてくれた。その装置は一見すると、ただの小さなカードケースのように見えた。

「この×印は?」

「危険な場所だ」

「危険な場所ですか」

「そうだ。崖とかぬかるみとか」

「そういうのもメモしているんですね」

「そうだ。大切な情報だ。崖やぬかるみだけじゃない。不可思議スポットもその×で示してある」

「不可思議スポットですか」

「私は未経験なのだが、その地点に足を踏み入れて、奇妙な体験をした者がいる。とにかく、×印は『そこに近付くな』という意味なんだ」

「『不可思議スポット』では、どんなことが起きますか」

「私もよく分からない。ただ言えるのは、そのポイントを踏むと危険が迫ってくるということだ」

「漠然としてますね」

「正体が分からないから仕方ない。だが、私の前任も、更にその前任も同じように体験し、レポートに書き記していた。危険だと」

「一体何が起こるって言うんですか」

「その前にコーヒーを飲もう」

「遠慮しときます」

「私は飲むよ」

 そう言ってオオトは広げていた地図を小さく畳んでテーブルの端に置き、更にもう一杯のインスタントコーヒーを作った。それから、再び小さな丸椅子にどっしりと座る。もう一つの椅子に再び座って向かい合う。コーヒーを一口飲み、彼は話し始めた。

「足を踏み入れるとどうなるか。レポートにはこう書かれていた。まずはうなり声が聞こえる。何かの動物、いや人の声にも聞こえる。スポットに足を踏み入れてしまうと、まずそのようなことが起きる。その音は不思議なことに、ほかのどんな音よりも優先的に聞こえる。それ以外の音がまるで聞こえなくなるんだ。頭の中がその音で支配されたようになる。これは私の考えなのだが、どこかで何かがうなっているのではない。頭の中で、何かが起きているのだ。そう考えざるを得ない」

 また一口コーヒーを飲んでオオトは続けた。

「これだけならまだ危険ではない。そうだろう。だって、不思議な音で頭の中が満たされるだけなのだから。問題はそのあとなんだ。急な眠気がやってくる。強い眠気だ。前の日に何時間眠ったかなんてことは関係ない。おかまいなしだ。強烈な眠気で深い深い眠りに落ちる。寒いとか暑いとか関係ない。とにかく深く眠ってしまうらしいのだ。どこかで目が覚めないと危険だ。特に冬の季節は。ここに配属されたある職員からのレポートが、ある日突然届かなくなり、捜索が行われたことがある。私の前の前の更に前の前任者だ。そいつは気の毒なことに死んでいた。寒い森の中、凍死していたんだ。体調が悪いだとか、持病があるとかそんな話も聞いていなかった。ただ、突然眠ってそのまま死んだ。何の脈絡もなく森の中で眠って、凍えて死んだ。検証した結果、そういうことだったらしい。知り合いによるとそいつは勇敢なやつだったという話だ。勇敢で、優秀で、自らここで働くことを志願したらしい。どうやら、五年前行方不明になってしまった隊員の中に彼の知り合いがいたらしいのだが。どれだけ親しい間柄だったのかは不明だが。とにかくそんなうわさも流れていた」

 オオトが言った不思議な体験。それは、まさに今日体験したことだった。昼食を食べて、そのまま眠ってしまったことを思い出した。そして、不思議な夢を見て目が覚めた。その夢は、広い公園の見たこともない遊具に心が引きつけられる夢。公園に入ろうとしたが、結局、門扉の周りに張り巡らされた有刺鉄線を見て、おののき、逃げ出してしまった。大まかにだが、内容を思い出せる。そのことをオオトに話した。すると彼は言った。

「そうか。私は夢占いとか得意じゃないし、やったこともない。しかし、なんとなく分かる。君は危険に抗った。そして、逃れることができたのだ。おそらく。夢の中に出てきたという有刺鉄線。それは君の心が用意した、最後の予防線だとは思わないか。そして公園の中にあったという遊具。それはおそらく遊具に見えて遊具ではない。森に巣食った、人を眠らせ、心を蝕む魔物の化身なのだ。きっと。近付いたが最後、君の心は食われていたのかもしれないな。目が覚めてよかったな」

 どこまで本気で言っているのだろうか。

「さて、本題に入ろうか。余談はこれまでだ」

 オオトはそう言うと、コーヒーをぐいと飲んで立ち上がり、机の上で折り畳まれていた地図を机の上で再び広げた。何について語るのか。それはだいたい分かっている。また二人で地図をのぞき込む。オオトは言った。

「この赤い円に、興味があるんだろ」

 とんとん、と赤い円の部分を指で叩いて聞いてきた。

「もちろん。そうです」

「教えてやるよ。教えられるだけのことを」

 少し笑ってオオトは言った。

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