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泉を探して  作者: roak
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第十七話 隊員

「どこかの山奥に人が立ち入り、そのまま姿を消して行方不明になる。そういった話は、さまざまな地域で人から人へと語り継がれている。民間伝承とでも言うようなものだ。私たちの組織は、調査を行う中で多くの職員を失ってしまった。この森の中で実際に多くの職員が姿を消し、彼らは今もどこにいるのか分からない。一見すると奇妙な事件だ。だが、決してそうではない。こういうことはよくあることなのだ。まずはそのことを理解してもらいたい。そんな風に講師は最初に話をした。そして、大きなスクリーンに画像を映し、実際に各地で発生した事件について説明した。どれも原因不明、未解決の失踪事件。さまざまな場所で発生した十数件の事件が取り上げられた。講師は一つ一つの事件について丁寧に説明した。誰が、いつ、どこでどうやって行方不明になったのか。事細かに話した。これだけのことで五日を費やした。五日も費やしたんだ。それぞれの事件について受講者と講師との間で質疑応答する時間はなかった。とにかく講師は受講者に一方的に話した。一人で話しまくった。十数件の事件について説明を終えると、講師はとうとう本題に入った。私たちの組織で起きた事件について話し始めた。そのときの話の概要はこうだ。五年前、空が突然変色した。その原因を突き止めるため、私たちの組織は調査隊を編成し、この森に足を踏み入れた。調査は難航した。普段誰も立ち入らない森の中。少し前へ進むだけで隊員たちはひどく疲れた。道なき道を進み続け、調査三日目の午後のことだった。調査隊はとうとう目的地に到着した。目的地というのは、空に変色が見られたところからちょうど真下に位置する場所。私たちの組織は、さまざまな証言をもとに細かな位置を特定していたのだ。そこで調査隊は何を見たか。特別なものは何もなかった。それまでと変わらない深い森の景色が広がっているだけだった。だが、それで調査は終わらない。周辺の写真を撮り、土壌のサンプルを採取した。異常現象の原因解明の手がかりになるのならとにかくなんでもいい。そう思ってのことだった。何もなかったでは済まされない。どんな形であれ調査の成果を求めていたのだ。現地での作業は、二、三人の小グループをその場で作り、分担して行われた。作業を始めて少しの時間が経つと一部の隊員が気付いた。隊員の何人かが姿を消したことに。組織から命じられた秘密の任務。特別な手当ももらっている。その任務を放棄することは、クビを意味する。勝手に帰るはずはない。どこかにいるはず。自分のいる場所が分からなくなり、周りの隊員たちとはぐれてしまっただけ。時間もさほど経っていない。転落などしていなければ、すぐに見付けられる範囲にいる。隊員たちはそう思い、辺りを見回し、声をかけ合った。互いの居場所を確かめた。それでも、また一人、また一人と姿を消した。呼びかけても声が返ってこなくなった。何の前触れもなく、姿が見えなくなる。声が返ってこなくなる。恐怖心がじわりと隊員たちの心を蝕んでいった。しびれを切らし、調査隊のリーダーは叫んだ。直ちにここから離れるぞ、と。それはまさに非常事態を伝える声だった。隊員の全員がその叫びで理解したのだ。ただならぬことが起きていると。調査隊の統率は完全に失われた。危険から逃れる。命を守る。その後の隊員たちは、そういうことだけ考えて動いていた。互いの安否に気を配る余裕もなく、来た道をただひたすら引き返した。出口を目指して。森から出て、点呼を取ったときには、約半数の隊員が消えていた。調査隊は全部で五十人ほどいた。二十人以上が行方不明になった。そのときの様子はレポートに記されている。無事に帰還した者たちが残した大切な資料だ。講師はレポートのすべてを読み上げた。どのレポートも緊張感あふれる内容だった。しかし、果たして一体何が起きたのかは、そのレポートだけでは分からない。分かるのは、どうやら二十人以上の隊員が姿を消したらしいということだった。調査隊が組織に戻ったあと、私たちの組織は総力を挙げて調べた。写真、採取した土壌のサンプルを詳しく調べた。空の怪奇現象の原因、そして、行方不明になってしまった隊員たちの居場所。これらを突き止める手がかりが何かないか、と。しかし、何も得られなかった。危険を冒して得られたものは何もなかったのだ。それはまさに大失態だった。それでも私たちの組織が世間から非難されることはない。もともと秘密の調査。報道発表など調査が表向きになるようなことは一切しなかった。一方で一部の職員から内部告発が行われたようだった。しかし、そのような告発は世間や社会に轟くことなど毛頭なく、三流大衆誌のゴシップ記事の片隅に空しく収まるのが関の山だった。何らかの力が働いていたのか。事件が明るみにならないように誰かの特別な力が働いていたのか。それは私には分からないし講師も特に何も言わなかった。内部告発があった。某誌で取り上げられた。説明はそれだけだった。調査が失敗に終わり、すっかり意気消沈していた私たちの組織だったが、ある事件が起きて再び騒がしくなる。一通の電子メールが組織の代表アドレスに送られてきたのだ。送り主は行方不明になった隊員の一人からだった。業務用に持たせていた携帯電話からだった。ひどく文字化けしていて、文章はほとんど判読できなかった。しかし、暗号解析の専門家の話によれば、『迷い』、『救い』、『祈り』、そんな単語が含まれている文章だということだった。更に私たちを驚かせたのはメールに添付されていた画像だった。どこかの集落と思われる場所が映し出されていたのだ。君はさっき友人から不思議な画像を見せてもらった話をした。おそらく、それと似たような画像だ。組織はなんとか連絡を取ろうと何度もその隊員へメールを送った。電話もかけた。だが、一切メールの返事はなかったし、電話がつながることもなかったということだ」

 オオトは頭を素早く左右に振って小さく両手を上げた。「お手上げだ」ということか。彼に言う。

「気になったことが」

「なんだ」

「隊員という言葉です」

「その言葉がどうかしたか」

「あなたの組織は、彼らを切り離そうとしている。隊員という言葉にはそういう気持ちがあるように思えて。なんて言ったらいいのか。隊員たちは違うタイプの人たちだから、別に切り捨てても構わないと言ってるように聞こえるというか」

 オオトは、ぱちりと一度大きくまばたきしてから言った。

「そうだな。隊員なんて呼び方をしたところで結局同じ組織のメンバー。もしも当時、私も組織で働いていたら、隊員の一人になっていたかもしれない。そしてもちろん隊員だからと言って、切り捨てていいわけじゃない。組織が彼らを見捨てようとしているのなら、それは間違っているし正されるべきだと思う。だが」

 そのとき、外で一段と強い風が吹いた。風が激しく小屋に当たる音を聞き、飛ばされてしまわないだろうかと不安に思ってしまうのだった。

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