第十二話 侵入
車を走らせ、進み続けた。道路の幅は次第に狭くなる。道路の両端にはガードレール。その向こう側には、たくさんの木々。多くの葉を茂らせた背の高い木々が連なって立っている。右も左も同じような森林の景色が続く。もう民家も田畑も見えない。緩やかな坂を上ったり下ったりした。右へ、左へとハンドルを切って、いくつも急カーブを越える。前方にも後方にも車の姿は見えない。対向車とすれ違うこともない。歩行者も自転車に乗る人もいない。たった一人、奥へ奥へと進む。車を置くのは最短で泉まで行ける場所がよい。奥の方へ進むにつれて減速し、慎重に車を走らせた。ほかに誰もいないので、好きなように走る速度を加減できた。道幅は更に狭くなっていき、一般的な乗用車同士ですれ違うことも困難なほどになっていた。待避所が見付かる。そこに車を一旦停めて、現在地を確かめた。泉までかなり近付いた。公道上で、ここが最も近い場所と思われた。この付近で車を置いて、歩き出せたらよいのだが。少し離れた場所に何やら空地があるのを見付けた。草が多少生い茂っているが、車で入っていけないこともないように思われた。広さも十分だ。そこに車を置くことにした。待避所から出て、狭い道路を更に進む。やがてその空地の前に着いた。この土地がどのような場所なのかは分からない。だが、何かに使っている様子もない。車を置かせてもらおうと思った。ハンドルを左に切って道路から空地へと進む。車の底に伸びた草がこすれる音を聞いた。
エンジンを止めて降車する。冷ややかな空気に触れて思わず体がこわばった。空はよく晴れていて、高く伸びた木々の上から日の光が注がれている。荷物を詰め込んだリュックを後部座席から引っ張り出して背負った。車のドアをロックした。「行ってくる」と車に告げる。一歩、二歩と踏み出した。振り返らずに進む。どのような道をどのように進むのか。すべてが未定で自由だった。空地から出て、細い道路を横切り、ガードレール越しに広がっている山林を眺めた。割と急な下りの斜面が続いている。道らしき道もない。だが、歩けないことはない。ここから行くと決めた。
慎重にガードレールをまたぐ。とうとう森に足を踏み入れた。さっきまでのアスファルトと違う、柔らかな土の感触が足に伝わる。草や土の匂いする。虫の音が聞こえる。慎重に一歩一歩踏み出して斜面を下っていく。連なって生えている木々を避け、歩いていく。風が吹いた。穏やかな風だった。木々の葉ががさがさと音を立てて揺れた。思わず立ち止まり、空を見上げた。しばらくして風は止む。また歩き出す。斜面を下り終えると体は適度に温まっていた。リュックの重さにも少しは慣れた。もう道路から大分進んだ。ふと周りを見渡せば、広がる森の風景。更に歩く。ためらわずにとにかく進む。
誰かから聞いたことがある。森にはさまざまな生き物がいると。木、草、鳥、獣、虫、目に見えない微生物。多くの命であふれている。命が集まっているのだと。その命の集まりに飲まれていく。歩くたびに、深く、深く。額に汗をかき始めた。楽しくなってきた。行く手を阻む木の根やぬかるみをどのように越えるか。そのようなことだけ考えて進んだ。しばらく進むと足に疲労を感じ始める。その場で立ち止まり、休憩することにした。木の根に腰掛け、汗を拭いた。持参した水筒で水分を補給した。地図を見て、行く先を確かめる。おそらく方向はこれで合っている。これから進む場所に目をやると、いくつも木々が立ち並び、多くの草が生い茂っている。進むのが困難になると思われた。だが、それでやる気がそがれることはなかった。むしろ冒険の意欲は高まった。ふと、奥の方に、何か人の手で作られたものがあるのに気が付いた。
「あれは、看板か?」
ガードレールを越えて、もうかなり歩いた。ここはもう日頃人が立ち入るような場所ではないはずだ。どうしてそのような場所に看板があるのか。誰が何を示そうとして設置したのか。気になって立ち上がり、歩き出す。看板を目指して。