閑話 ―― side涼華
閑話です。涼華が自覚したときの話。
ブックマークしてくださっている方が100件を超えていて、ぶわっと嬉しさが沸き上がりました。
ありがとうございます。ありがとうございます。
意識し始めたのは、入学式。
それも今思えば、ということにはなるのだけれど。
そんな桜舞う高校の入学式で、あたしは響さんに出会った。
良くも悪くも響さんは目立つ人だった。
一言で言うと美人。それも驚くほどの。
長い黒髪は腰まで伸ばされているにも関わらず、艶があって風に靡く様子からサラサラで、天使の輪っていうんだっけ。それがきらきら輝いてる。
体躯は女性平均より長身で165cm前後はあるんじゃないかな。細身だけれど凹凸はしっかりしてて、同じ女性として嫉妬も出来ないくらい綺麗なスタイル。
目鼻はくっきりしてて、二重でまつげがすごく長い。残念ながら間近で見たことがあるわけじゃないけど、遠目にもわかるくらいには整った顔立ちをしている。
たぶん、入学式では学校中が驚いたんじゃないかな。
こんな綺麗な人がいるだなんて、想像も出来なかったと思う。勿論、あたしもその一人だけれど。
理想だけが先走って、見目と同じでお嬢様みたいな人だと思ってたんだけど、そばにいる男の子との会話がちらっと聞こえてきて、それは瞬時に瓦解した。
だって、すごく男らしい喋り方なんだもん。
でも幻滅したわけじゃなくて、なんだろう。カッコいいって、思った。
これがあたしの、一方的なファーストコンタクト。
思い返してみれば、ほとんど一目惚れみたいなものだよね。でも女の子どころか、誰かを好きになったことがなかったあたしはしばらく自分の感情に全く気が付かなかった。
次に響さんを見たのは、確か美術室。
残念ながらクラスは離れてしまったから、響さんとあたしには一切繋がりはなかった。
だから、そこで出会ったのは本当に偶然。
出会った、というか見かけたレベル、というのが正しいけど。
入学して1か月にもならないくらい。まだ学校に完全に慣れていないけど、少しは馴染んできたかな? というくらいの5月の頭。
先生に言われて美術室に備品を取りに来たあたしは、中にいた響さんに全く気が付かずにがらりと扉を開けた。正確には響さんともう一人、先輩だと思われる女の人がいたのだけれど、あたしの頭はフリーズしてしまって目の前で起こっていることが理解出来なかった。
なんというか、それ以外に表現のしようがないのだけれど、見たままをいうと――――響さんが抱きつかれて押し倒されかけていた。
何を言ってるのかわからないかもしれないけど、あたしにもわからない。
数秒固まったまま響さんたちを凝視してしまったのだけれど、たぶん、というか絶対にまずい現場に居合わせてしまったに違いない。
慌てて見なかったことにして外に出ようとしたんだけど、あたしが我を取り戻すより一瞬早く響さんに抱きついていた人があたしの横を走り去っていった。びっくりするほど足が速いな、というどこかズレた感想しか浮かばなかったのは冷静になり切れていなかったのだと思う。
ぽかん、と走り去っていった先輩と思われる人の方を見ていると、服装を整えた響さんが苦笑しながら歩いて来た。
「助かったよ、ありがとう」
女の人殴り飛ばすわけにもいかないし。
そういってあたしにお礼を言うと、響さんも美術室から出て行こうと私の横をすり抜ける。
おそらくは顔を真っ赤にしてたであろうあたしを揶揄うでもなく、響さんは足早に立ち去って行った。
これがセカンドコンタクト。
たぶん響さんは覚えてないだろうし、あの時居合わせたのがあたしだとは気が付いていないと思う。
それからも何かと目立つ人だからちょくちょく見かけていたんだけど、会話をすることは結局1年間で数えるくらいしかなかった。
ただ響さんを見かける度に胸がきゅうっと締め付けられる感じがして、不思議と動悸が絶えなかった。どうしてそうなるのかが全く分からなくて、だけど響さんを見た時だけなのだから見なければ問題ない、のに、目で追ってしまう。
苦しくて、でも見なければいいなんて思えなくて。
情けないけれど、本当にこの時あたしはいっぱいいっぱいだった。自分で自分のことがわからなくて、内科か精神科を受診しなくてはならないんじゃないかって、そんなことまで考えていた。
そんなあたしのやり場のない感情の矛先を定めてくれたのは、あたしのふたりいるお姉ちゃんとお母さんだった。
「涼華、最近元気ないわよ。どうしたの?」
「華緒里の言う通りよ。何か悩み事? 高校でなにかあったの?」
「涼華に何かしたヤツがいたら言いなさいよ。わたしと里子姉でお礼をしてあげるから」
身内の贔屓目を抜きにしても美人で格好いいお姉ちゃんたちなんだけど、ちょっとシスコンなんだろうなっていうのはあたしもわかってる。
三人姉妹の末っ子で10歳くらい離れてるからすごく可愛いんだって。あたしももう高校生なんだけど、お姉ちゃんたちからするといつまで経っても小さな妹なんだと思う。
「何もされてないよ。大丈夫」
あたしがそういうとお姉ちゃんたちは納得はしたみたいだったけど、悩んでいるのは隠せてないからと心配そうにあたしに寄り添ってくれた。
里子お姉ちゃんも華緒里お姉ちゃんも、言いたくないなら言わなくていいけど、相談くらいいつでものるからと頭を撫でてくれる。
子ども扱いじゃなくて、本当にあたしのことを心配していってくれてるのがよくわかった。
「ありがとう。里子お姉ちゃん、華緒里お姉ちゃん」
お姉ちゃんたちの気持ちが嬉しくて笑ってお礼を言うと、両側から抱きしめられた。
うちの妹マジ天使って……あの、恥ずかしいから外では言わないでね。……言ってないよね?
なんとなく聞いてはいけない気がしたから気にしないことにして、あたしを抱きしめて猫可愛がりしているお姉ちゃんたちを宥めてちょっと離れてもらう。
残念そうな顔をされたけど、相談に乗ってくれるって言ってくれたのはお姉ちゃんだから構わず話を進める。
でないと、経験上いつまでも離してくれないんだもん……。
「あのね……」
両側に座ったままのお姉ちゃんたち(向かいのソファに移動してくれたりはしないらしい)に、響さんの名前は伏せて事情を話す。
響さんをみると胸が締め付けられるように痛むこと。動悸がして顔が赤くなっちゃうこと。苦しいのに目で追ってしまうこと。
何かの病気じゃないのか気になるけど、内科にいけばいいのかどこに行けばいいのかわからないこと。
一通り話し終わると、お姉ちゃんはふたりとも肩を落としてふるふると少し震えていた。
……どうしよう。やっぱりあたし変な病気なのかな。
お姉ちゃんたちの反応を見て漠然とした恐怖があたしを襲った。今考えると馬鹿みたいだと思うけど、このときは本当に不治の病にでもなってしまったのかと思った。
なんというか、まあ、ある意味不治の病みたいなものではあったけれど。
「……お姉ちゃん。あたしやっぱり病気なの……?」
恐る恐る、お姉ちゃんたちに話しかけたあたしの声は震えていたかもしれない。
自分がわからないことに恐怖を覚えるのは致し方ないことだと思う。
ぎゅっと膝の上で両こぶしを握って目を瞑る。目を開けてお姉ちゃんが泣いているかもしれないところを見るのが怖かった。
でも、たぶん、このときのあたしは怒ってもよかったと思う。
だって。
「涼華が……っ 涼華は私達のなのに!!」
「どこの馬の骨よー! あたしたちの天使を誑かしたヤツはーー!!」
「今からでも遅くないわ、華緒里! そいつが涼華に寄ってくる前に私達で篭絡するのよ」
「里子姉頭いい! 涼華一筋じゃないヤツに涼華はあげられないものね!」
「問題はそいつが誰なのか、よ」
「手あたり次第涼華に寄って来る輩を相手にしてらんないものね。うちの涼華は可愛すぎるから寄ってくる数も半端ないし絶対」
「そうなのよ。だから、涼華。その人の名前を教えなさい? お姉ちゃんちょっとお話ししてくるから。その子と」
「え? え?? お、お姉ちゃん……?」
肩を落として震えていたお姉ちゃんたちはがばっと勢いよく起き上がって、ふたりであたしを挟んでぽんぽんとよくわからない方向へ話を進めていった。
話についていけなくて困惑しか残らなかったあたしは悪くないと思う。
お姉ちゃんたちのシスコン具合をあたしは正確にわかっていなかったらしい。
さあ、早く。とお姉ちゃん達に詰め寄られてしどろもどろになる。
いくらあたしでもここで響さんの名前を出すのはマズイのはわかった。
わかったけれど、お姉ちゃんたちの勢いが衰えない。
さっきとは別の意味で涙目になっていると、パカーン! と、軽快な音がしてお姉ちゃんたちが頭を抱えてソファから滑り落ちた。
「涼華が困ってるでしょ。馬鹿娘共」
そんな声が聞こえて振り返ってみると、お母さんがトレイを両手に呆れたようにお姉ちゃんたちを見下ろしていた。
頭を押さえながら蹲って唸っているお姉ちゃんたちに、晩御飯の準備手伝いなさいと有無を言わさない雰囲気で睨みつけている。
「だ、だって母さん……涼華がぁ~」
「涼華も高校生なんだから好きな子の一人や二人出来るわよ」
「涼華に見合うには私達より秀でた人間でないと認められないわ!」
「なんであんたたちの許可がいるの。ったく、さっさと妹離れしなさい、あんたらは二人とも」
何やら喚いているお姉ちゃんふたりの頭をもう一度トレイでパカンと叩いて叱りつけるお母さん。
助かったけど、お母さん怖い。
あたしが怒られたわけじゃないけど、反射的に背筋が伸びた。
そんなあたしのことは気にしていないようで、さくっと歩く! と、お姉ちゃんたちをキッチンに向かわせて、お母さんがあたしに振り返る。
苦笑しているような、慈しんでいるような、そんなちょっと入り混じった笑顔。
「涼華。好きなだけ悩みなさい。お母さんは涼華の味方よ」
「お母さん……」
「むしろ初恋がまだだったことにお母さんビックリだわ。今度どんな子か教えてね」
そう言ってお母さんもあたしの頭を撫でると、お姉ちゃんと同じくキッチンに消えていった。
あとに残されたあたしはお母さんの言葉に呆然とする。
「はつこい……?」
【はつこい】という単語が脳内で上手く変換出来ず、唇に乗せてようやく意味が自分の中に落とし込められる。
はつこいは【初恋】だ。
言われてみれば動悸も顔の赤面も響さんを見たときだけに起こるのだから、少し考えれば行きつく答えだった。
自分の頭の回転の悪さと、図らずしも家族に恋愛相談をした形になった事実に、今更ながらに羞恥心が急速にあたしに襲い掛かる。
ばか! ほんとにあたしばか!!
結局あたしはお姉ちゃんたちがご飯が出来たと呼びに来るまで、ソファで羞恥に悶えていたのだった。
長女:東雲里子(旧姓)。30歳既婚。子供を連れて里帰り中。
次女:東雲華緒里。27歳独身。OL。たまたま実家に遊びに来てた。
たぶん今後登場はしません。