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僕のみかた  作者: ルアー
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小動高校

 小動こどう高校は自らの名前に小さいという文字をいれるだけあって、たいした高校じゃなかった。学力は平均より下。中途半端な出来の生徒が集まり、無茶をするのも出来損ないで、そんなこんなで学校側の規制もゆるく、教師生徒ともに怠けた学校だった。

 そんな高校に通う僕は当然同じようなものだ。とはいえ、僕は別に高校はどこでもよかった。学力はそれほど悪くなかったけれど、良くもなかった。頑張ればいい高校に入れたけれど、別に入りたくもなかった。だから主体性のない僕は親が言えば頑張ろうと思ったけれど、親よりも優先すべき存在は僕の主体性そのものだった。

「どうせ頭のいい高校のやつらなんて面白くもないやつばっかでしょ」

「それなら頭悪い高校いったほうが面白い。でもあたしまで頭悪いとは思われたくないから、間をとって真ん中らへんにする」

 ――みかたの一声で僕の高校は決まった。平均より少し下なのは、どちらかというと下に期待しているということなんだろう。家からもそこそこ近いのもあるかもしれない。

 そして、中身が中途半端なら、外見も中途半端だ。

 無駄にでかいグランドや、汚いところと綺麗なところ、どっちも意味もなくそろえている校舎。

 僕が今寝そべっている机もクラス内で旧式新式分かれているかのようにバラバラだ。少し離れた席にみかたが座り、よだれをたらしてこっちを向いている。目を開いて眠るのは勘弁してほしい。

 ちなみにクラスが発表されたとき、僕の記憶に間違いがなければ、みかたは別のクラスだった。それなのにいざ集まってみればみかたがいた。あの時の担任の引きつった笑顔は印象的だった。僕は自分を見ているようでとても惨めになったのをよく覚えている。

 その中年でやせぎすの頼りない担任が、いくら待ってもなかなかこない。ホームルーム遅いな……、とあくびがでそうになったところに、教室の扉が開いた。

 現れたのは、姿勢がよく引き締まった体、若々しさにあふれている体をしているのになぜかそれがまったく感じられない男性だった。短く切りそろえ、さわやかささえ感じられるはずなのに、きっとその表情のせいだろう、それは気のせいぐらいに思えてしまう。

「副担任の、徳持とくもちです。担任のたいら先生は――」

 その口から発せられたのも、聞くだけでこちらのやる気も削ぐような声だ。

 僕の心臓がとたん不規則な鼓動を刻み始めたかのように、慌て始めた。気に障るとかそんな理由ではなく、もっと切実な思いだ。

 僕はみかたを見る。寝ている。まだ、寝ている。目を開けたままだからわかりづらいが、あれは寝ている。

 みかたが同じクラス――そばにいる以上、僕は常にみかたの動向を気にしなくてはいけない。みかたがみんなに被害を撒き散らさないようにしなくてはいけないし、みかたがそう思うまでの道のりも、僕が工事して通じなくしなくてはいけないのだ。

 それだというのに僕は副担任の存在をすっかり忘れていた。担任はなんとかしたというのに、それで安心してしまった。僕はいつも迂闊だ。

 いまさらみかたの取り扱いをこと細かく説明し、注意を促す時間はない。高校では平和に過ごしたいのだ。事前の僕の行動が、直接学校の平和にさえつながることを僕しか知らない。

 徳持先生はすでになにやら話し始めている。幸いみかたはまだ寝ている。それでも、みかたのレーダーは眠っていても作用しているに違いない。みかたの目の前でみかたが暴れるからと注意できるわけがない。先生が余計なことをしゃべらないように祈るしかない。

 しかし、さきほどからの徳持先生のやる気のなさに、教室内が不穏な空気になってきている。これはまずい。無言ですでになにかを訴えている。どうかその先生のやる気のなさで、それも無視してほしいと僕は手に汗握る。

 しかし、僕の祈りは正しくかなえられたためしがない。

「……お前らがどう思ってるか知らんけど、教師も人間なんだぞ」

 みかたの体がピクンと動いた。やべえよ。おいおいおいおい。

「めんどくせえんだよ、教師だって。なにが悲しくてお前らの相手せにゃならんの? 仕事だから我慢しろみたいなこと言うけどさ、仕事だったら対等じゃなくてもいいのか? そうじゃねえだろ? なんでそんなんなってんのかなあ……」

 みかたの目が見開いた。あんまり区別はつかないが、あの色は目が覚めたときの色だ。ああ……。もう、しゃべんなよ、徳持。あほ。

「教えるのって、手間かかるんだよ。寝てる奴もいるけどさ、俺はお前ら寝さすために自分の時間使ってるわけじゃねえんだよ。それだったら、自分のことに時間使ってもいいだろうに……。お前らの時間、よこせよ」

「うっさいわ、ぼけえ!」

「うおっ!」

 みかたの気迫――鬼迫だろうか。教師が必死になってたじろいだ。

 イスをふっとばして立ち上がったみかたは、そのまま教師に近づいていく。

「なあにが、対等だ……! このくそぼけがあ……。それならなー。こんなことしても、こんなことしても、あたしは別になんの問題、ないんだよなー? 対等、なんだよなー?」

 みかたが教師の目の前で、拳を握り風を切る。その脚を振り上げ、黒板の寸前でとめてみせた。驚くことに、風圧でチョークで書かれていた文字が消し飛んだ。見せるだけのものとしても、あれをくらったら常人は一発で逝ける。寒気を覚えたのは教師だけではなく、ここにいる全員だろう。せっかく僕が守ってきたみかたの評価も、今日までだ。僕はやっぱり無駄な努力はするもんじゃないな……、と悲観的になった。

「お、おま、おまえ……。暴力は、教師とか生徒とか抜きに、まず、だめだろ。普通に」

 声は震えがちだったけれど、堂々とやる気がないだけはある。まだどこか余裕そうだ。

「お互い我慢してんだからさあ……。あんたみたいのがいると、みんな怠けたくなるんだよね。困るなあ……」

 ぼそぼそとしゃべっているのにも関わらず、一声一声が頭に染み渡ってくる。これはかなり危ないな――、と僕が判断するまでもなくみかたの体が動いた。

「へぶう……」

 顔を歪ませて見事な声をあげた徳持先生は、みかたの一閃を顔面で受けそのまま倒れこんだ。頭から落ちたので、あれは痛いだろうなと思うけれど、顔を歪ませたまま留めてしまったみかたの一撃のほうが痛いに決まっていた。

「ふう……」

 口をパクパクさせる生徒の目の前で、みかたは気持ちよさそうに額をぬぐった。

 そうしてそのままの笑顔で僕を見た。

「とものり、適当なウソついて保健室でも運んどいてよ」

「……わかったよ」

 いろいろいいたいことはあったけれど、僕はそれは後回しにして、起きてしまったことをなんとか片付けようということだけを考えた。

 近づいてみれば、ますます間抜けな顔でこいつは傑作だといつか笑ってやろうと思って、携帯を取り出して写真を撮った。

「……なにやってんの?」

 それにみかたが鋭い視線をくれるので、僕は慌てて徳持先生を運び出す。

 もちろん一人ではもてないので、ずるずる引きずって。



「う、うぐう……」

 徳持先生を保健室のベットに寝かせ終えると、徳持先生の間抜けな顔が苦痛に満ちた顔に変わった。

 僕はそれを見て、あの一撃で記憶がとんでなかったら改めて僕が殴って記憶をなくそうと考えていたので、よし、と気合をいれたところ、先生と目が合ってしまった。

 一瞬固まったと思えば、先生はこの場所が保健室だということに気づき、目を丸くした。

 僕は先生がなにか言うかと思って待っていた。殴られたことを覚えていたら、もう一度殴ろうと拳を握り締める。

 そうすると、なぜか笑い出した。

 記憶なくすよりもやばい効果があったのか、と僕は少しあせったけれど、笑い終えると徳持先生は見た目どおりの若々しさを取り戻していたので、僕は奇妙に思い黙り込んだ。

「まいったな……、ほんと」

 そう言って殴られた場所を触り、「痛ッ」とかいいつつも、また触っている。

 そのうちに慣れてきたのか、今度は愛おしそうに傷を触り始めた。

 僕はためらったけれど思ったとおりのことを口にした。

「先生……、マゾなんですか」

「……ちげえよ」

 気まずい空気になった。

 お互いが黙り込み、先生がなにげなく背中に手を伸ばす。とっさに僕は目線をそらす。

「……なんだこれ」

 背中は僕が散々引きずったせいで、破れてしまっていた。

 先生の視線を感じる。すごく見てる。それでも、僕はそっちを見ようとはしなかった。

「ぶふっ」

 そうしたら、徳持先生がまた笑い出した。

「うぐっ……、ぐふほ……、ふふふ……」

 なんかこらえそうでこらえきれてないので、すげえ気持ち悪いなと思った。

 そうして、僕はやっぱり徳持先生はマゾなんだな、と確信した。

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