4.受難の始まり
下級種といえ、竜もどきと違って本物の竜が皆の前へ現れた。竜が放つ威圧は生徒達を硬直させ、前に竜から襲われた記憶が恐怖を増幅させる。泣き叫ぶ者がいなかっただけでもマシな方だが、この状況はよろしくないと菊地は考えていた。
ーー周りに誰もいなくて、狭間と一緒だったらやれる相手でもないが…………
対竜部隊が竜に対する戦法はヒット&ウェイであり、正面から戦わないやり方なのだ。その戦法で行くなら、周りに戦えない者がいないことが望ましい。
しかし、今は後ろに戦闘員でもない生徒達がいることにより、自分から標的を外して他の所へ気を取られている間に死角から攻撃し、離れると言うヒット&ウェイ戦法は使えない。もし、標的を自分から外す動きをしたら、後ろにいる生徒達が標的にされてしまうからだ。
目の前にいるワイバーンだけでも、危機に陥る可能性があるのにーーーー
「グァッ!?」
「なっ!?」
悲鳴が聞こえ、後ろを見ると賀野先生が、二メートルぐらいはある熊によって、横へ叩きつけられて木にぶつかっていた。側に腰を抜かして座り込んでいる生徒がいたことから、賀野先生が庇ったのがわかる。
「クソ! こんな時に!!」
「ワイバーンに注視し過ぎたわ……」
普通の熊に無いはずの鋭く長い牙があることから、竜もどきだとわかる。今は、ワイバーンと熊の竜もどきに挟み撃ちされている状況だ。フォース使いである二人のどちらかが熊の竜もどきを倒せれば良いが、ワイバーンは一人で抑えるには厳しい。さらに先生はまだ生きているが、木にぶつかった所為で気絶しているため、助けに行く人も必要だ。それを恐怖に支配されている生徒達に頼むのは酷だろう。
「っ! 動けない奴を狙うつもりか!?」
菊地の眼には、庇われた男子学生は腰を抜かしていて、熊の竜もどきがその人を狙って手を振り上げているのが見えた。狭間が鞭で弾き飛ばそうと振り上げるが、距離が遠すぎて間に合わない。ここで生徒の命が消えようとしている所だったーーーー
「やらせるかよ!!」
「ガゥ!?」
暁が剣で熊の手を弾いて、男子学生の襟を掴んで勢いよく後ろへ投げていた。武藤がいる場所へ投げられたため、怪我一つは無い。
「良くやった!!」
「今から私が熊の竜もどきを相手にするからーーーー」
「いえ! 二人はワイバーンをやって下さい!! ワイバーンは一人ではキツイはずです。熊の竜もどきは俺が抑えます」
男子学生を助けただけでも充分凄いことだが、さらに暁が熊の竜もどきを相手にすると聞いて目を見開く二人。暁は二人の返事を待たずに、動けないでいるクラスメイトへ指示を出す。
「皆は先生を連れて離れるんだ! こいつは俺が抑える!!」
「一人では無茶だ!! 俺も加勢をーー」
「いや、お前は他の奴らを守れ! 戦えない奴もいる。見捨てるにはいかないだろ!!」
「っ!」
武藤だけは戦う気はあるが、他の人はそうでもない。先生がやられたことに恐怖が更に強まっている。特に遠野は顔を青くして、いつでも気絶をしそうな表情をしている。武藤もそれがわかっているのか、舌打ちをして皆に発破を掛けていた。邪魔になりたくないなら、出来るだけ安全な場所に向かうぞ!! と言って。
その言葉にようやく身体が動くようになったのか、鈍くともワイバーンと熊の竜もどきと離れようと動き始める。先生を介抱し、街がある方向へ行こうとしたが…………
「クソ、まだ一体いるのかよ!?」
離れようとした先には、先程と同じ四本腕の猿がいた。武藤が前に出て、対峙する。他の男子学生も何人か怯えの表情になりつつも、剣を抜く。
「その猿は、攻撃方法が噛み付きと引っ掻きしか出来ないはずだ!! 真っ直ぐに突っ込んでくるはずだから、脚をやれ!!」
熊の手を避けながら、大きな声で猿の戦い方を教授していく。武藤はその声を聞き、真っ直ぐに突っ込んできた猿を無意識に横へズレるだけで躱していて、そのまま剣を横に倒して脚を斬っていた。
「脚をやったら、皆で囲んで突き刺して殺すんだ!!」
皆も暁の声を聞き、慌てて倒れている猿を囲んで、皆は恐怖を消すように、声を張り上げて剣を突き刺していた。猿は悲鳴を上げ、バタバタと動かしていた四本の腕が動かなくなった。死んでいてもまだ突き刺している生徒もいたが、死んだと確認したら安堵するように腰を下ろすのが殆どだった。
「や、やった……」
一人の男子学生が安堵の声を漏らした時、後ろから悲鳴が聞こえて皆がそこへ視線を向けることになる。
「え?」
誰が漏らしたのか、目に入った情報が信じられないというような一言だった。何せ…………
暁が熊の手を斬り落としていたのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「一体、何が……?」
狭間も暁が熊の手を斬り落としていたことに驚愕していた。狭間はワイバーンと戦いながら、猿と戦う生徒達を見守っていた。もし、何かあればすぐに助けへ行けるように警戒していたのだ。
「やりやがったな。アイツは!」
「何が起こったのですか!?」
狭間は生徒の方を警戒し、菊地は熊の竜もどきと戦う暁の方に気を掛けていた。だから、暁が何をしたのかわかったのだ。
本来なら、戦闘員ではない生徒である暁に、熊の竜もどきを任せることは心苦しいが、暁の身のこなしに、熊の攻撃を避けていたことから信じて任せることにしたのだ。
「アイツは熊の攻撃を先読みしていたから、早い動きに対応して避けることが出来ていた。それを生かし、カウンターを狙っていた」
「え、それだけでは……」
「あぁ、それだけでは剣で強化された熊の身体を斬れるわけがない。だから、一工夫して斬り落としやがった!!」
菊地は笑っていた。まるで期待の新人を見つけたような笑みで、狭間は隊長がそんな笑みを浮かべたことに驚いていた。
ワイバーンは隙を見つけたというように、尾を振り回して菊地を狙っていた。
「うっせぇよ! トカゲは飛んでいないでひれ伏せとけ!!」
重力の力を強めて、尾どころか身体ごと地に落としてやった。だが、それは続かずに重力の力が破られてしまう。
「ち、馬鹿力が……」
「ワイバーンを落とせただけでも充分凄いことなんですが……」
菊地と狭間は二人とも下級クラスのフォースであり、ワイバーンぐらいの強さだったら、倒すには二人で戦う必要がある。ヒット&ウェイ戦法で少しずつ硬い身体を削って倒すのが普通で、今も狭間が身体の中で一番柔らかい箇所、翼を狙って攻撃している。
「時間はかかりそうだが……お、またやるつもりだ。狭間、見とけよ!」
「ワイバーン相手にずっと別の場所を見るにはいかないのですが……」
その口で言いながらも、視線はもう暁の方へ向いていた。熊の手を斬り落とした暁の方ではーーーー
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「クガァァ、アァァァァァァァァー!?」
「硬えな……」
熊の右手を斬り落とせたが、剣の刀身はバラバラに割れていた。熊は痛みに叫びながらも、左手で叩きの動作を起こしていた。暁からにしたら、その動作は動きが大きいため、先読みもしやすかった。そのまま、転がるように脇の下を通って避けた。体勢を戻すと、武藤と眼が合う。
「剣を寄越せ!」
「……あ、あぁ!!」
武藤は鞘に入ったままの剣を投げ、熊が追撃をしてきたので暁は折れた剣を顔を狙って投げつけた。熊は咄嗟に追撃を止めて左手で弾いたが、暁に時間を与えることになってしまった。
「よし、掛かってこい! 熊公!!」
「ガァァァァァァァァァ!!」
受け取った剣を抜き、切り裂こうとギラついた爪を振り落としてくる左手を、暁は鞘で受け流した。
受け流した暁は剣を持った右手を前に、左手は右手と身体の内側に構えた。先程、右手を斬り落とした時と同じ構えで、身体を脚から流れるように回転する。脚から身体へ流れを繋げながら勢いをつけ、さらに構えていた左手で右手を弾くことでーーーー
(さっきはぶれたから、刀身が割れたんだ。上手く流れに身を任せて、繋げた力を剣に乗せる!!)
全ての力が剣に乗った瞬間、ズバッと音がしそうな剣速で左手も斬り落としたのだった。暁の剣は先程と違って、傷一つも無かった。それに対して、両手を無くした熊は更なる痛みで、身体が仰け反った。その隙を逃すこともなく、また身体を一回転する。
さっきは上から下へと斬り下げたから、次に繋げた攻撃は斬り上げになる。
「終わりだ!!」
斬り下げたスピードを落とさずに、下から熊の右脇腹から左肩をなぞるように、斜めに斬りつけた。まともに喰らった熊は大量の血を噴き出して、大きな音を立てて前へ倒れたのだった。
生徒達は暁が熊の竜もどきを倒したことを理解すると、歓声が沸き上がった。
(今度は上手く力を使えたみたいだな)
歓声が沸き上がる中、暁はさっきの攻撃のことを考えていた。連続で流れを繋げるのは五分五分の成功率だったが、成功して良かったと考えていた。熊の竜もどきとの戦いが終わり、まだ戦っているワイバーンの方ではーーーー
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「抑えると言っといて、倒しやがったぜ」
「凄い。あれは、螺旋の原理ですね? さらに、螺旋に加えて弾きの力を上手く剣に乗せていたから強化された熊の身体を斬ることが出来たのね。でも、それは…………」
「あぁ、防御を捨てた諸刃の剣だな」
二人は暁がやっていたことを冷静に観察していた。ワイバーン相手に余所見をするのは命懸けだが、観察している間も確実にダメージを与えていた。ワイバーンは翼の片方がボロボロになっていて、上手く飛ぶことが出来なくなっている。これが、部隊を率いる実力を持つ二人である。
それよりも、暁がやったことは諸刃の剣だと言っていた。それは間違いではなく、暁のように先読みで相手の隙を見つけ出し、動作が長くなる螺旋+弾きを確実に当てることが出来なければ、やられていたのは暁の方であった。構えの時は、腕を組んでいるのと変わらない動作で防御をしにくいし、螺旋の流れを上手く繋げることが出来なかったら剣は皮を斬るだけで、反対に隙を見せることになる。
「それらのリスクを含んでいるのに、成功させた。それにやろうとする胆力が凄えな」
「そうですね。スカウトは出来ないかしら?」
マジで部隊へのスカウトを考える二人だった。だが、暁へ忍び寄る危険に気付いて会話を止めていた。
熊の竜もどきを倒した暁の元へ皆が向かう。危険があとはワイバーンだけで、あの二人が優勢だとわかって安心していた。武藤が暁の近くへ向かおうとしたが、先に暁の腹へ抱きついた者がいた。
「うおっ、なんだ……?」
「皆を守ってくれて、ありがとう!!」
抱きついてきたのは、暁の胸ぐらいの高さしかない遠野杏里であった。声を掛けようとした武藤が急な展開に固まっていた。
「ん、構わない。それよりも怪我はないよな?」
「あ、うん……」
暁は頭を撫でながら聞いてきたので、遠野は頬を赤くして俯いていた。暁はただ撫でやすい位置にあったから撫でただけで、今のような反応をさせるつもりはなかった。
「おーい、今はそんなことをしている場合じゃないと思うが……」
「そんなこと? 俺もワイバーンとの戦いに加われと言うのか?」
「いや、そんなことじゃないんだが…………もういいや、お前は暁だったんだしな」
「よく分からないことを言うんだな?」
本気でわからない暁のことを内心で「超鈍感め」と呟く武藤であった。そのまま、暁と武藤の距離が五メートルぐらいになった時、暁の表情が変わり、側にいた遠野を武藤へ押し返していた。急に押し返されて、遠野が驚いている時にーーーー黒い影が前を横切った。
遠野の眼には横切った影によって、突き飛ばされて宙に浮かんでいる暁の姿が映っていた。
黒い影が先程、倒したはずの熊だと理解した時、遠野は悲鳴を上げていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突き飛ばされた暁は、そのまま地へ叩きつけられるーーーーーーーーーーーーーーーーーーことはなく、受け身を取って直ぐに体勢を直していた。
「あ、暁!! 大丈夫なのか!?」
「危な、この剣を盾にしなかったらヤバかったな」
手には鞘に入った剣を持っており、それを盾にして咄嗟に横へ跳んで衝撃を減らしたのだ。そのおかげで、怪我は地面を転がった時に出来た擦り傷だけである。怪我がないことに皆がホッとしているが、熊の竜もどきは止まらない。
「グギガァァァァァァ!!」
凄さ増しい量の血を流しながらも、周りに気をかけずに暁だけを睨んでいた。両手を無くした熊は残った武器、鋭くて長い牙を向ける。
「ふ、武器を!?」
投げようと思っても、絶対に熊の方が先に暁へ肉薄するのがわかる。先程の突進で持っていた剣は折れてしまって、使えない。だが、暁は諦めていなかった。
腰を落として、右手は牙を受け止めるような構えで左手は学ランの胸ポケットがある辺りを添えていた。まさか、受け止めるつもりなのかと叫びたくなったが、暁の顔がいつもと違って真剣だとわかり、口を紡ぐ武藤。
先に動いたのは、牙を向ける熊の方だった。身体が負傷してようが、怒りと憎しみの感情で真っ直ぐへ突っ込んでいく。熊の巨体に重量があるば、人間などは簡単に吹き飛ばして骨を砕くことも難しくはないだろう。
それに対して、暁はそれを避けることをせずに真正面から受け止めた。
「暁!?」
「石神君!?」
まさか、真正面から受け止めるとは思っていなくて驚いていた。先程の戦いから、暁なら油断をしなければ避けられると思っていたから。だが、武藤はその衝突に違和感を感じていた。
その違和感とは、牙を向けた突進を受けてなお、吹き飛ばされてないことに気付いたからだ。
「ギリギリか」
実際の所は、右手は牙を掴んでおり、後ろへ跳んだため吹き飛ばされることもなく、熊の顔へ肉薄している状況だった。
「たまたまこれを持っていて良かったよ」
空いた左手には胸ポケットの中に入っていた二本のボールペンが掴まれていた。それを指の間に差し込み、肉薄している熊の眼へそれが突き刺さったーーーー
「がァァァァァァ、あァァ!?」
そのボールペンは眼の奥まで突き進み、命の終わりとなる一撃を喰らったため、熊の動きが止まった。
これから地面を転がるだろうと、暁は受け身を取ろうとした時、気付いた。下に地面がなかったことにーーーー
「狭間!!」
「わかってるわ!!」
既に狭間が動いていた。熊が突進していた先には、たまたま崖がある方向で、皆がいる場所では崖が見えにくい所だったのが運のツキであった。菊地と狭間は底が暗くて見えない崖があるのを知っていたが、ワイバーンが現れたせいで頭の中から抜け落ちてしまった。せめて暁だけには教えてやれば、回避していたかもしれない。
教えるのを忘れたことを後悔するよりも、狭間が鞭を伸ばして、熊と一緒に落ちようとしている暁を助けようとするが…………
「いけぇぇぇぇぇ!!」
鞭はどんどん伸びていき、あと一メートルの所で止まった。伸ばせる距離の限界を超えてしまったからだ。狭間は足りない分を走って届かせようとするが、それでも落ちていくスピードが速かった。
「すまねぇな……」
暁は鞭が届かないのを知り、誰に対してなのか謝罪の言葉が口から出ていた。そして、熊と一緒に崖の下へ落ちていき、姿が見えなくなった…………
続きは今日の内に載せると思いますので、お楽しみにして頂けると嬉しいです。