1.日常の始まり
ーーーー宮城県仙台市
襲ってきた竜によって燃ざかる街々。武器を持たない人々は叫んで逃げ惑うしか出来ない。そんな景色が広がっていた中、一つの潰れた家があった。その潰れた家によって、下敷きになっている子供とそれを助けようとする子供がいた。
「お、お兄さ…………ん」
「千佳! 今出すから待ってろ!!」
お兄さんと呼ばれた10歳にも満たない男の子は下敷きになった妹を助けようと動くが、子供の力でなんとか出来る状況ではなかった。だから、逃げ惑う大人達に助けて貰おうと呼び掛けたが、誰も聞き入れずに竜の脅威から離れようとしているだけだった。それでも諦めずに、呼びかけると…………
「ーー!? 君、早くここから逃げるんだ!!」
こっちに気付いた近所のおじさんが呼びかける男の子の手を引っ張っていた。
「まだ千佳があそこに!!」
「もう助からない! もう竜がここまで来ているんだ!!」
「ま、待っ……!!」
おじさんは強く握り込んでおり、子供である男の子は手を振り払うことも出来ず、自分の家から離れていく。まだ千佳が家の下敷きになっているのに、おじさんは男の子の言葉を聞いてくれなかった。男の子はもう離れすぎて聞こえないはずの、千佳の言葉が聞こえたような気がした。
耳には「お、お兄さん……どうして、助けてくれないの…………」と頭の中を反芻するように流れ込んだのだーーーー
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「っ!」
頭に痛みを感じて、机から飛び上がるように顔を上げたら一人の女子がいた。その手には丸めた教科書があったことから、それで叩いたのが予想出来た。
「おはよう、ゆっくり眠れたかな? 授業中に声を掛けても起きないもの。どんな楽しい夢でも見ていたのかな? 暁君?」
「だからって、それで叩くか……?」
ニコニコしているが、額には青筋が浮かんでいるのが見えた。目の前で起こっている女性は、石神暁の幼馴染みである橘守。守はショートホブヘアーで可愛らしい容姿を持っていて、クラスでも人気者の立場にある。真面目な性格で、授業もキチンと受けており優等生なのだ。
その反対に、暁は髪を結構伸ばしてて、肩まで届いており、眠そうな顔をしていた。顔は普通より整っているが、ダルそうな雰囲気や髪が少しボサボサになっていることから暗く見えている。
暁は授業が始まったらすぐに寝てしまって、授業の内容は全く聞いてなかった。そのことに守が怒っているわけだ。
「仕方がないでしょ、隣から何回も揺すったのに起きないし。それに、授業中で大きな音を立てて叩くにはいかないし……」
「あー、俺が悪かったからその手は降ろそうな?」
また教科書を丸めた手が振り上がろうとしているのを見て、暁はすぐ謝っていた。守とは幼馴染みで、怒り始めたら謝らないと収まらないことを知っているからだ。
「よろしい、次からは気をつけてよね?」
「はいはい」
降参するように両手を挙げて、守から眼を逸らして窓へ向けていた。窓の外には、普通ではあり得ない景色があった。
地平線を見れば、前の東京では無かった森が広がっているのが見える。森と街の境界線には、柱みたいな物が建っており、『プロティクト』と呼ばれている。その柱は生き残った街を守っている。あれには、竜が嫌がる物質を使っているとしか聞いていない。中級種以上の竜には効かないらしいが…………
(しかし、なんであの夢を? アレから見なくなったのに……)
暁と守は七年前までは仙台市に住んでいたが、『竜の襲来』の日によって、今は東京都と呼ばれていた街、東ノ国と言う名に変えた街に住んでいる。
今、日本で生き残っている街は三箇所しかない。他は竜によって壊されて、魔の漂う樹海となっている。生き残った街は一つの国に独立しており、東ノ国、大ノ国、沖ノ国と変わった。元は東京都、大阪府、沖縄県でこの名前に変わった時、暁は単純だなと思ったものだ。
(そう、あの日。適性がないとわかった時からーーーー)
竜が襲ってきた日から研究が進み、三年前から死んだ竜の魂を使って、対竜兵器を作り出したのだ。その対竜兵器は『フォース』と呼ばれ、適性のある人が竜の魂を使って武器にすることで、新たな能力を得ることに成功している。その情報は国民にも広まっており、家族を竜のせいで無くした暁も申請した。
竜に恨みを晴らすために……………………だったのだが、政府から連絡が来て、『不合格』の結果だった。政府にある竜の魂は数が決まっており、適合する魂が無かった理由であった。新たな竜の魂が来るまで待つことも出来るが、竜の魂はそう簡単に手に入ることは出来ない。
竜の魂を手に入るには、竜を倒してからある手順を踏まなければならない。一年に多くても十に満たない程度なので、都合よく適合する魂と出会わせるのは難しいのだ。
暁は絶望したのだ。暁に恨みを晴らす資格がないと言われたようで…………
ただ、一つだけ暁には予測していなかったことがあり、守も申請していたことだ。そしてーーーー適合した魂があったのだ。
守も暁と同じように父親を亡くしている。だが、守の性格では復讐に燃やすことはあり得ないし、母親を置いて竜と戦おうとは思えなかったからだ。なら何故、申請したのか? と守に問い詰めたことがある。
その答えはーーーー
「暁君を守る力が欲しかったから」
暁は呆けてしまった。そのためだけに、力を求めたことに。守が言うには、家族を亡くした気持ちもわかるけど、復讐に燃える暁を見て、父親のように竜に殺されてしまうのが怖かったと言う。暁のことを家族のように想っており、死なさせたくはないと思っていたのだ。
(その時から、復讐の炎が弱まってあの日を見る日が無くなったよな……)
チラッと隣へ座った守を見て、暁はお人好しめと口元に笑みが浮かんでいた。そこに、チャイムが鳴って授業が始まった。
次の授業は竜に関することである。さらに、それに対抗するために『フォース』のことを勉強するのだ。
「皆いるな? まず、授業の前に三日後にやる社会科見学のことで、見学したい場所を選んだか? 書き終わった人から提出してこいよ」
三日後にある社会科見学は、竜に関する研究をしている研究所と竜に対抗する対竜部隊が訓練している場所のどちらかを見学するのだ。
場所はほぼ同じ場所で、静岡県があった場所に設置されている。ちなみに、東ノ国は東京だけの土地だけではなく、埼玉県の一部や千葉、神奈川、静岡といった県に繋がっている箇所があるのだ。静岡県だった場所もまだ安全な場所があって、そこに対竜の研究所と訓練所が置いてあるわけだ。
「ねー、暁君はどっちを選んだのー?」
「秘密だ」
「むー」
どちらを見学するか自分で選ぶことが出来、希望者を決めてから班を作ることになっている。守は保護者のつもりなのか、暁と同じ場所を選ぼうとしていた。だが、暁は自分が見学したい場所を決めてほしいと思って、教えなかった。
「あのな、俺に合わせないで守が見たい場所を決めろよ」
「む~~」
ここは、暁が言っていることが正しいので頬を膨らませるだけでこれ以上は追求しなかった。と、後ろから声を掛ける者がいた。
「あははっ、相変わらずの保護者っぷりだね!」
「確かに。それを断る暁に成長が見えるな。いや、ただの反抗期の線も……」
「何言ってんだよ」
話しかけてきた男女二人は、高嶺絵里と武藤健で、この学校へ入学した時から友達である。因みに、暁達は15歳の高校一年生なのだ。
皆は学校に入学から一ヶ月なので、学校の雰囲気に慣れていて、問題児や不登校している人がいるような特別なクラスではない…………いや、特別と言うなら竜の魂に適合して、特別な能力を使えるようになった守が例になるだろう。
クラスに一人どころか、学校に『フォース』を使えるのは二人しかいないのだ。
守が有名になってもおかしくはないが、「騒がれるのは嫌いなので、普通に接して下さい」と入学した日の自己紹介で言っており、今のように優等生という位置に留まっているのだ。守のファンクラブがある噂もあるが、それは噂でしかないので詳しいことはよくわかってない。
話がそれたが、この二人は暁と守が幼馴染みを越えた関係を持っていると疑っており、色々と弄ってくる。
「ん~、よし決めた!」
配布されたプリントに希望する場所を選び、先生へ渡す守。暁も既に書き終わっており、守より先に出していた。
「暁君と一緒になりますように~!」
「たかが場所選びで、何を祈っているんだよ」
机に戻った守は、手を組んで祈るポーズをしていて、暁は呆れていた。暁を守りたい一心で見学する班まで一緒にするのはやり過ぎだろうと思っていた。
皆もプリントを渡し終えたようで、授業が始まった。
「前回の復習だが、『フォース』とは何なのか説明出来るか? …………高嶺!」
「ふにゃ、私!?」
指名された高嶺は慌てて立ち上がって、説明し始める。
「『フォース』は……三年前から研究によって、竜の魂から適合者の武器を作り出せて、更に特別な能力を生み出すことが出来る不思議な力……ですよね?」
「よろしい。ちゃんと授業を聞いていたようで嬉しいよ」
「にゃはは……」
高嶺の机には教科書、ノート、あとは…………一枚の紙がある。その紙には、さっき説明していたのと同じ文が書いてあった。つまり、見ながら説明していただけで、覚えてなかったのだ。その紙を準備してあげたのは、高嶺の隣にいる武藤である。
武藤は運動系で勉強が苦手そうに見えるが、実際の成績は上位に居座っている程に頭が良い。ちなみに、暁と高嶺は中の下と言ったとこである。
「『フォース』には様々な武器の形があって、能力も元の魂が持っていた能力に似通う。例えば、橘の『フォース』は守りに特化した能力だったな?」
「はい。私の『フォース』は下級種『シェルドラ』から出来ていますので」
守の『フォース』は下級種の亀型である竜の魂から出来ており、守りに特化している。下級種といえ、守の場合は攻撃を捨てた守りに特化しているので、下級種の中でも随一の硬さを誇っている。
「それに、私は盾に似たような物で、武器とは言い難いけど竜の魂に合った武器の形を保ちます」
「そうだな。欠点は自分で形を選べないことになるが、普通の武器より硬くて壊れにくい」
もし、竜との衝突で武器が壊れても適合者が生きているなら時間を置けば、修復も可能である。
「現在、『フォース』の適合者は殆どが下級種になるが、中級種の適合に成功した人は下級種の一割にも満たない。まぁ、中級種の魂が少ないのもあるがな」
「質問ですが、上級種に適合した人はいますか?」
そこは気になる所だろう。中級種の適合者が下級種の一割に満たないなら、上級種になるとさらに少ないだろうーーーー
「三人だ」
「え?」
「やっぱり驚くよな。三人しかいないんだ。アメリカ、ロシア、イギリスに一人ずつだ」
日本は上級種の魂がないため、適合者がいない状況である。上級種を倒したのは、たまたまだったとしか言えないミサイルの嵐によってなんとか倒せた三国だけである。
「上級種に適合した者は、中級種の竜を単騎で葬る化け物だ。見る機会があるかわからないが、喧嘩だけは売るなよ? 戦争になったら勝てないからな。ハハッーー」
「「「……………………」」」
先生は冗談のつもりで笑っていたが、生徒達はキツイ冗談で笑えてなかった。この空気のまま、授業が終わるまで続くのだった…………
まだ続きます!