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勇者伝説  作者: 之木下
9/40

平和な城下の田舎町



フレドの謎のテンションは、基本的に最初だけである。

勇者の来訪を喜ぶあまりのテンションは、仕方ないと言えば仕方が無い。由乃だって、信仰対象、もとい、好きなアイドルが目の前に現れて、親しげに話しかけてくれるとしたら――

(いや、逃げるわ。逃げるしかないわ)

由乃はかぶりを振った。

そんな非現実的なこと起こってみろ。

幸運に対する対価は、同等以上の不運。これが基本である。ならば、猛烈な幸運からは逃げるに限る。由乃は幸運や不運に左右上下縦横無尽に弄ばれる運命より、平凡で平均的で、平和で安全、すなわち平安な日常を好む生き物なのだ。


「お召し物が違いますね!?」「お怪我はされていませんか!?」「あっクッキー食べて行かれますか!?ユリアがね、昨日作っていたんですよ!!」「パンも焼いてましたし、良かったらもらってってくださいね!!」などなど、質問や押し付けを大方し終えたフレドは、ゆっくりと鎮静へ向かう。

フェリアに頭を叩かれ、ようやく仕事と、テンションが上がりすぎて半分ほど零してしまった水桶の存在を確認したフレドは、苦笑しながら家の隣に出っ張った、倉庫のような部分へと入って行った。


「でも、なんで水?」

由乃が目を丸くして問う。カルロディウス国の生活水準の程を、由乃はあまり理解していない。けれど少なくとも、個々の家庭にはちゃんと水道があり、ちゃんと水が引かれていることは知っていた。城下の暮らしぶりはともかく、城には風呂もあるし、シャワーからもちゃんとお湯が出る。

生活に必要な水は充分確保されている、はず。態々、山にまで汲みに行く必要は、本当なら無い筈なのだが。


由乃の疑問に、フェリアは一言「念のためだよ」と答える。

もう一本の鍬を手に持って小屋から出てきたフレドを見て、フェリアは盛大に息を吐く。それでも文句は言わず、二人は畑仕事を再開した。




「あぁ、ユリアはユエの所だよ。会いたいのかい?じゃあフェリア、お前も行っておいで。ついでに、母さん呼んで来てくれ。あいつはユエと話し始めると、時間を忘れるからなぁ。それにお前、ヨシノ様に会いたいって、ずっと騒いでたんだから、ちょっとくらいお話したいだろ」

「騒いでない!!変な話すんな!!別に話す事も無い!!」

「ははは」

鍬を振り上げて否定に走る娘に対し、父はどこまでも楽しげに笑うだけだった。

耕起の作業を一通り終えると、フレドはそう言って、いつもの落ちついた父の顔で笑った。ミレオミールのように飄々としているのでは無く、彼の場合は、ただおおらかなだけである。

ちなみに、ユリアはフレドの妻、つまりはフェリアの母で、ユエはロニとミシェルの母親である。由乃はユエに会った事は無いが、二人はとても仲が良い姉妹なのだと聞く。


そろそろお暇しようか。ロニとミシェルにも会わなければですしね。

そういった由乃とウィルの会話から来たのが、先の親子の会話である。


父の言葉に甘えたのか、単に逃げたのか、フェリアは由乃にくっついて、兄妹の所へ行く事になった。

「あの親父帰ったら殴る」

「あはは、楽しいお父さんじゃん。で、フェリアは何?寂しかったの?」

「お前も殴るぞ」

「それは困ります」

フェリアの暴言に応えたのは、相変わらず浮遊、飛行をしているウィルである。

一応、見張り兼ボディーガードとして同行しているウィルなので、危害を加えるなどと宣言され、黙っていることはできなかったようだ。けれども、フェリアは由乃の友人なので、どう止めたものかと悩んだ結果の「困ります」である。

例えば、これが由乃で無く、彼の主とその友人であった場合、友人が危害を加えるための発言をしようものなら、問答無用で武器を抜いただろう。

彼らはそういう存在なのだ。


「大丈夫だよウィル。フェリアは殴んないから」

「そうですか。安心しました」

「ね」

「アタシを抜いて完結すんな」

ツンデレって奴だろうか、と由乃はふふと笑う。

その笑いが不快だったのか、既に深く刻まれていた眉間の皺をさらに深く刻み、彼女は由乃の一歩手前を歩いた。


町は長閑で、歩く人々は時折由乃に手を振った。

ミレオミールだとこうも行かないが、傍にいるのが浮遊している少年だと、町人はいくらか尻ごみしてくれるらしい。驚くほどに人に囲まれない。これは良い事を知った。

「これからはミオじゃなくて、ウィルと町に来ようかな……」

「それは困ります。わたくしの存在意義は、あくまで主様ですから」

さらりと述べるウィルに、由乃は苦笑して、けれど内心はとても微笑ましく、

「だいっ好きだなきみたちは、ほんとに」

と述べる。

すると、苦笑はウィルに移り、由乃はきょとんとするばかりだ。

「違いますよ」

それが当然なんです、と彼は、いつもとなんら変わりの無い表情で、笑った。



□■□



「――やー、ありがとナイル。ここまでで良いから、ナイルはさっさと戻ってやって」

「……本当に良いのか?」

「いーよ。移動魔法くらい使えるし、馬だって出せる。ナイルも用事あるんだろ?鬼ごっこ。そっちどうにかして、早く城に帰ってやってよ」

「解っている」

「あ、でも、帰ってもユノを訓練に誘うのは無しで」

「……解っている」

ナイルは深く息を吐きながら頷き、彼を乗せた馬車は、今までに通った道を引き返して行った。

馬車が胡麻粒程の大きさになった頃、ようやくミレオミールは体を反転させ、目の前にある小さな宿場町へ足を運ぶ。

ここからさらに、一つの都市と二つの宿場町を越えた国境付近。ミレオミールの用事はそこに在る。


(ユノ……じっとしてないんだろうな)

自身の主人であり、対等な相棒でもあり、自身が守護する存在を思い出し、ナイル以上に深く溜息を吐いた。

足の捻挫に気付いたのは、ミレオミールが自室のソファで暇潰しに文字を追っていた時の事だ。

部屋の真ん中に存在するテーブル。勉強する時の定位置に腰かけ、顔をテーブルに突っ伏し、ゆらゆらと由乃は自身の足を動かしていた。

その動きに、違和感を感じた。

距離を置いて、初めて解ったことだ。


普段から、どうにも由乃は、自身の傷を隠したがる性質を持っていた。

最初は回復魔法をかけられるのを嫌がっての事だったのだが、その後、回復魔法の代用に使った魔法がお気に召さなかったらしく、これまた血の出ない怪我は殊更上手く隠すようになった。

基本的にはミレオミールは見ているだけなのだから、怪我をすればすぐに解る。どこかしら捻ったのも含め、大抵は解る。

が、前回の戦闘は、相手が魔人であった。

あれはミレオミールが出ないわけにもいかず、むしろ守ることに必死で、由乃に対する注意はいつもの半分も払う事が出来なかった。

(なんであんなに隠すのが上手いのか……)

由乃の困った面である。


本を読んでいない時、考え事をしていない時は、基本じっとしていない由乃の事。ミレオミールには、彼女の行動はある程度予測可能である。

どうせ、今日も洗濯か料理、もしくは町に下りているに決まっている。

釘は刺したから、あまり無茶な事はしないだろう。畑仕事を手伝ったり、変な体勢でしゃがんだりしたり。頭が悪いわけでもないから、恐らくリュネの所から既知であるウィルと共に行動することを選ぶ筈。そう思い、リュネにウィルを由乃に同行させる話をすれば、あっさり了承を得られたのが幸いか。


「……まぁ、考えてもユノはユノだ。気楽に、時間まで次の都市で観光とかして、用事とっとと済ませてさっさと帰ろう」

両腕を上に挙げ、ぐっと伸びをする。

(ちょっと目を離しただけで、ユノが死ぬわけがない――)

彼女は強くなった。魔獣は大型が二匹でも、引けを取らないほどに。


ウィルがいて、城にはエトワールがいて、リュネはともかく、ナイルも引き返した。

何かがあるのも、何事もないのも。

後は、時の運。

もしくは由乃自身が持つ、宿命と運命の先だけだ。


空では、薄い雲が速度を上げて流れて行く。

ミレオミールは小さく鼻歌を歌い、自身に優しく吹き寄せる風に乗せた。



□■□



薪を集めた小さな小屋の陰で、三人は小声で会議を始めた。

「さて、どうします」

否、三人では無い。

人は確かに三人で寄り集まってはいたが、会話に参加できるのは、二人だけである。


ロニとミシェルが両親と共に住まうのは、フェリアの家に比べたら倍以上に大きな、煉瓦造りの中々可愛らしい建物であった。

大黒柱である父親が国に仕える兵士であり、国から派遣された町の駐在さん、もとい憲兵にして治安部隊の一員である。国仕えだから、収入はある程度多いらしい。この家の大きさも、ある程度は納得が行くものであった。

「ロニミシェは結構育ちが良かったのね」

「勇者に対して信仰が厚いのは、父親が国仕えしていらっしゃるから、とも考えられますね」

「勇者様の血筋の恩恵にあずかりましてって感じなのかな――じゃなくて、そんなことより、よ」


由乃が身を隠しつつも視線をやった先、煉瓦造りの、可愛らしい建物の前。

建物は、これまた色の違うレンガでぐるりと周囲に境界を敷いていた。そう高くもない塀に座る者、玄関の前の短い石畳に腰を下ろす者、立って他の二名と話す者――

城下の中でも田舎と名高い、けれども不自由が無いようにと確保されたこの町に、贔屓目に見ても決して穏やかと思えない風景である。

何より、三人とも男で、この町の人間では無く、尚且つ、一人は武器として使用可能な――むしろそれ以外の何に使うのかを問い詰めたい、長い棒を持っているのだ。

勿論、男だから危ないわけではない。ただ彼らがここいらの出では無く、見知らぬ存在である。田舎だから見知らぬ人間に対しての大らかさはあるものの、流石に、カーテンの閉め切られた、国仕えする兵士の家の前に、屯している姿。家へ入るわけでも無く、訊ねるでもなく、話しこむ男たち。

残念ながら、警戒心を抱かずにいられるほど、由乃は平和に呆けてなどいなかった。


(と言うか、家の前に見張りたてるとか、馬鹿なのかな。カーテンも閉め切って内部との隔絶はかられてるし。「俺たちここで悪い事してますー」って言ってるようなもんじゃん。馬鹿なのかな。それとも釣りなのかな)

気取られないうちに顔を引っ込め、隣で塞ぎこむフェリアの背を撫でながら、目の前で寝ころぶように浮いたウィルを見やる。

「どうするもこうするも、先ずは憲兵さんに報告かなぁ……中見えないからアブナイデスヨーとした言えないけど。ホウレンソウ、大事よ。ナイル様にも、『連絡は小忠実こまめに』『報告は具体的に』『相談を二人の間だけで完結させるなちゃんとこちらにも寄こせ』って良く言われるもの」

「ナイル様以外で実践に移すというのが、なんともヨシノ様らしいとは思えますが……」

基本的に、皮肉は右から左へ、だ。

今はそれどころでは無い。


自身の身体を抱いて震えるフェリア。

彼女は、あの男たちの様子を見た時からこの状態である。

顔は青ざめて、自身の腕を抱く指先は紙のように真っ白だ。かっこよく、さっぱりとした笑顔の彼女はどこにも無く、そこに居るのは、ただの年下の女の子。


「……フェリア、大丈夫?呼吸してる?」

「……無駄です。聞こえていません。息は浅いけど、してるみたいですね」

膝に顔を埋めてしまっているから、表情は全く解らない。

由乃の言葉に反応も無いし、存在だけは伝えようと、なるべく彼女の身体に触れるようにはしているのだが、それが功を奏しているのかどうかは疑わしい。

「うー、中の様子も気になるし、フェリアもどうにもならないし……」

見張りが三人。正面玄関である。

どうにか裏に回ったとして、そこに見張りが居ない可能性は幾許か。


「確証が無い。裏が取りたい。中の様子を知って安心して憲兵に知らせに行きたい」

「申し訳ありません。わたくし、まだ透明化できるまで、力が戻っておりません」

当てが外れた。

「……正面突破が好きだなぁ。正々堂々としてて、相手も警戒はするけど、逆に不意を突きやすい」

「駄目です。無茶です。却下です」

「私弱そうだから、結構これでいけるのよ」

「何統計ですか。絶対駄目です」

由乃は唇を尖らせる。案を出しても、却下されては意味が無い。

フェリアの事も放っておけない以上、何より優先すべきはやはり、憲兵への報告だろう。一番現実的であり、堅実的と言えた。由乃たちに被害が及ばない、という点で。

けれど、問題はウィルだ。

今フェリアから離れるのは得策ではない。ならば由乃はここで待機になるだろう。

透明化はできなくとも、ウィルの移動は飛行だし、障害物は通り抜ける事ができる。ここから憲兵達が屯する場所までは、結構距離がある。だからこそ、ウィルにそこまで飛んでもらえるとすれば、願ったり叶ったりだろう。

「…………」

駐屯地及び駐在所が遠いから、平治であれば、この辺りの見回りは強化されているはずなのだが。

こういう日に限って、兵士は影も形も無い。


どうしたものかと思案して、由乃は首を横に振る。

どうしたものか、では無い。どうにかしなくては。

(私が走ったとしても、こっから憲兵さんとこまでは結構かかる。長距離走は苦手だし、持久力が無いのは自他共に認める事実。第一フェリアを置いていけないし、私が行ったらウィルは絶対について来るし……)

事実だけを只管並べていくが、解るのはとても面倒、という事だけだ。

特に、ウィル。彼さえ由乃の思う通りに動いてくれるのなら、この状況は、今のところは何も恐れる事は無いのだ。

ところがどっこい、彼の受けた命は、『由乃のお目付け役』である。

由乃の行動を見張り、時には行動を諌める、そういう役割としてここにいた。

彼が命令を違えることは、決して無い。

だからこそ、彼は由乃から離れることができない――離れることを、決してしないのだ。


「一応聞くけど、ウィル、一人で憲兵のとこまで飛んでってくれるかしら」

「無理です」

「ですよね。解ってた。ごめん」

ウィルは、いつも通りの平坦な口調で「いえ」と言った。全く悪びれない様子は、それが彼にとって、悪い事では無いからである。

(フェリアは多分トラウマ的なあれこれだろうから仕方ないけど……ウィルも一応、仕方ない事だからなぁ……)


フェリアは置いていけない。ウィルは由乃とワンセット。中の様子は解らず、残念ながら兵士は近くに居ない。

相手の目的はわからない。見張りは小奇麗な見た目の若者で、一概に悪人などと思えないような三人組だが――

家の窓は総てのカーテンが閉められ、内側を覗けない。男たちはただ扉の前で佇んでおり、ガラも悪く無いし、ただの青年たちだが――このド田舎では、見知らぬ男というだけで、かなり不審。


「…………」

ミレオミールは、いない。

殆どの戦闘を由乃に押し付け、けれども、由乃を二つの意味で殺さないように動く事のできる、有能な彼。

決して由乃に致命傷となりうる攻撃を与えさせず、由乃の攻撃を阻害しない。

由乃の成長を第一に考え、バカみたいに過保護な守り方もしない。

由乃は彼を十二分に認めてはいたが、いない事によって、彼の有難味が身にしみる。


一つ一つ考えに考え、由乃は一つの結論に達した。

「ウィル、きみは、どの程度魔法を扱えるのかしら」

真剣な瞳で由乃が訊ねれば、ウィルはきょとんと首を傾げながら、戸惑うように答えた。

「どの程度……と言われましても……」

「あ、そうか……そうね、ごめん聞き方が悪かったわ」

素直に非を認め、フェリアの背を擦りながらうーんと唸り、由乃は続ける。


「そうだね……ウィル、防音壁は張れる?この一角だけで良いんだけど」

「結界は無理ですが、防音壁くらいでしたら」

「両方から?」

「も可能です」

「片側だけってのも」

「可能です」

続く肯定に、由乃はうん、と頷き、一度視線を落として口元に手を当てた。

結界は、無理か。

「不可視?」

「壁自体は。ただ、内部の音を出さないにしても、外の音を入れないにしても、両方だとしても、中に居る存在は丸見えになりますね」

「見えちゃうかー」

由乃の呟きに、ウィルは呆れたように肩を竦めて見せた。

「見えないようにできるのなら、隠れ始めた時から既に張ってます」

「それもそうだ」


一歩間違えれば、簡単に相手に見つかってしまう場に、由乃達はいる。

今は気付かれていないからいいものの、こんな、彼らの目から隠れる場所に留まり、こそこそと気付かれない様に相談しているなど、見つかったら捕まった瞬間殺されることも覚悟しなければならないだろう。

由乃もフェリアも、流石に「遊んでました」で通じるような年齢ではない。ウィルは見た目だけは子供だが、ずっと浮いているなど、不審にも程があるというものだ。


「ウィル、魔法で…………こう、拳の上を魔法力で覆って物理攻撃力を高めたり、防御力を高めたりって、できる?」

流石に、肉体改造はしたくない。その思いでウィルに問えば、目を細めた彼から返って来た言葉は、静かで冷たいものだった。

「……一体何をお考えですか」


冷えた視線と言葉を無視し、由乃は酷く冷静で、且つ覚悟の決まった瞳をウィルへ返した。

「この場を丸く収める方法」




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