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勇者伝説  作者: 之木下
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休日の始まり



「え、おやすみ?」

ノートを開いたままうっかり眠ってしまった由乃を待っていたのは、もう真っ暗になった室内と、何故か由乃の自室のソファで眠っている、ミレオミールという魔導士の存在だった。

ノートの検閲時には無かったはずの毛布がかけられているのは、恐らくミレオミールの手によるものなのだろう。

お前何やってんだよ。部屋に帰れよ。とも思ったが、彼は用事も無しに、勝手に人の部屋に居座るような人間では無い。

何かしらあったのだろうと思い、テーブルの上に置かれた見知らぬバスケットの中身を確認した時、あぁ、と由乃は得心が行った。


中に入っていたのは、由乃とミレオミールが懇意にしている料理長お手製のサンドウィッチだった。バスケットの大きさに対し、中身の量がどう見ても少ないと言うのは、まぁ、つまり、そういうことなのだろう。

由乃は溜息を吐いた。


大方、夕食時に顔を出さない由乃を心配し、料理長が拵えてくれたものだろう。それをミレオミールが部屋へ運び、流れだか用事があっただかで由乃の目覚めを待っていたところ、由乃は起きないまま、自身が眠ってしまった。別に由乃が何かをするわけではないが、何ともまあ、無防備なことである。

(……や、ミオは強いから……無防備っていうか、防備なんて要らないっていうか、余裕があるだけか)

納得し、毛布をミレオミールにかけてやり、再度自身もベッドにもぐりこんだ。

服だけでも着替えようかとは由乃も思ったのだが、眠っているとは言え、流石に男性が部屋に居る状態で着替えをしたいとは、由乃も思えない。むしろ、したくない。


それから、先ほどまで眠っていたにも関わらずぐっすりと眠ってしまい、朝になってミレオミールに揺り起こされ、現在、一緒に朝食を食べている、という状態である。

「お休みって?なに?休暇?休日?毎日が日曜日?」

「曜日は毎日変わるけど。まぁ、休暇、休日で間違いはないよ」

砂糖をいくつも入れたコーヒーを飲みながら、ミレオミールは肯定する。


「こっちも色々あったし、今城も人が出払ってて、守りが手薄だ――って言っても、リュネ様とエトワール様は居らっしゃるんだけ――」

「えっエトさまいるの?エト様いるの!?やだ!ご挨拶にお伺いしないと……!」

ミレオミールの言葉を遮り、ワントーン上がった声色で、由乃が嬉々として今日の予定を立てる。

リュネ・ドーラ。

エトワール・レト・アイン。

共に、ナイルと同じ、十二神将の一人である。


この国には、王も帝も存在しない。

勇者の子孫であると謳われている、十二の家系。その人物たちがカルロディウス国の実質的なトップに当たる。

その十二人の中でも、一番発言力を持つのが、エトワール・レト・アインだ。


黒い髪に、紺色の、夜空と星屑を詰め込んだ様な綺麗な瞳。

最年長でありながら、その魔法力の高さにより、二十代の頃から変わらない容姿を保つ、童顔で物腰柔らかな青年(姿だけ)である。

御歳二百十七歳。

年齢を重ねたからか、生来の人柄なのか、彼は争いを好まない、酷く穏やかな性格をしていた。常に唇に笑みを湛え、穏やかな眼差しで子供達を、人を見守る、十二神将の父性。

現在、由乃が最も好感を覚えている男性である。


(でもこの国の名前って不思議だわ。エトワールは確かフランス語だし、アインは……確かドイツ語だし)

口に出そうものなら、ミレオミールがすかさず食い付いてきそうな話題なので、間違っても声に出したりはしない。

傍から見てもウザイほどウキウキしている由乃の前で、ミレオミールは「慣れた」と「諦めた」を凝縮した、うんざりとした様子で笑った。

「ユノ、とりあえず話しの続きは聞いて」

彼は昨夜から由乃の自室に置いてあったサンドウィッチ――恐らく、ミレオミールの自室で見た、クッキーと似たような魔法をかけられていたのだろう――を、由乃の口に詰め込む。

物理的に黙らざるを得なくなった由乃だが、エトワールに会える事と、料理長の料理がおいしい事で全部チャラ。幸せいっぱいな笑顔で、一口よりも大きいサンドウィッチに手を添えて、もぞもぞと咀嚼し始めた。


小さく頷いたのを確認し、ミレオミールは小さく息を吐いた。

その顔には、ありありと「こいつめんどくせえ」と書かれている。仕方ない。今は幸せだがら何も言わないでおこう。今は。

「国一番のお偉いさんが、十二人のうち、かなりの人数出払ってるんだ。理由は魔獣退治と、ユノのおかげで発覚しちゃった、魔人の領地進行の件だな。他にも鬼ごっことか実家にちょっと帰ってるとか、そんな理由でいなかったりもするんだけど……とにかく、今は城が手薄だ。この状況で、城下を攻められてみろ。すぐに城は空っぽになる」

城下の街には、軍での激しい訓練で鍛え抜かれた、屈強な軍人が憲兵として派遣されている。

ある程度の襲撃には耐えられるだろうけれど、もし。

もし、ある程度では済まない襲撃を、この機に狙われてしまったら。


考えて、由乃は首を振った。

勿論、横に、である。

「……いや、ミオがいれば大体大丈夫でしょ。ていうか鬼ごっこって何」

「鬼ごっこは鬼ごっこだよ――全く、そうやって、ユノはすぐ俺のこと働かせようとする。勇者はユノなのに」

「いや働きなさいよ。希代の大魔術師様で大魔導士様なんでしょうがあなた」

新しいサンドウィッチを取り出しながら言えば、ミレオミールは訳知り顔で頷くと、やれやれという風に笑った。


「俺はもう、勇者の――いや、ユノだけの戦士だからね」

「じゃあやっぱり働けよ。いつも助けてくれない癖に」


間を空けない、由乃の容赦ないツッコミに、ミレオミールは笑顔のまま、眉だけをハの字に変えた。

「……ここは女子ならときめくところの筈だけど、『ユノ』はだめか……」

「あら、ミオってば、私のこと女子だと認識してたの?吃驚した」

「……ユノはほんとに『ユノ』だなぁ」

ミレオミールはそう言って、満足気に微笑んでいる。が、由乃以外の由乃がいてたまるか、と由乃は思うのだ。

それがミレオミールなりの褒め言葉の一種である事は解っているのだが、穿ってしまう性質の由乃は、馬鹿にされている感じも否めない。

「うぬう……」

「何ユノ、何か悩み?」

「まぁほどほどに……」

本人に全くそんな意志が見られないので、由乃は忘れることにした。この世に必要なのは、コミュニケーション能力でも、知識でも体力でも無い。スルースキルである。


そう言えば、話題が逸れている。

二つ目のサンドウィッチを半分まで食べた所で、由乃は思い至った。

ミレオミールも一応気付いていたらしく、甘ったるいコーヒーを飲み干すと、バスケットの中に入っていた小瓶を取り出し、中の角砂糖をつまみ始める。

「そうそう、お休みお休み……とにかく、城周りが手薄なのと、旅をさせるには、ユノが傷みすぎてること、あと、俺もで無きゃいけない用事があることから、ユノは今日からしばらくお休みしてもらうってことで」

「そっか……ってうん?」


指折り伝えるミレオミールの言葉を素直に聞きながら、最終的な部分で由乃は首を傾げた。

「用事?なにそれ聞いて無い」

「そりゃあ、今初めて言ったから」

しれっと事もなげにミレオミールは言うが、先ずそこから始めるべきではないのか、と由乃は思う。

「えっなに、つまるところ、ミオに用事があるから、私は足止めを食らうの?」


砂糖の付いた細い指を舐めながら、ミレオミールは悪びれることも怒ることもなく「うん」と言う。

まじでかよ。

基本的に、言葉のチョイスは下手糞だが、由乃が誰かに振りまわされて怒ることは、とても少ない。今回も確かにミレオミールが振りまわした結果だが、程々に人を振りまわす自覚を持っている由乃は、誰かに振りまわされたくらいで怒るような、自分勝手な恥知らずでは無いのだ。

彼女を本気で怒らせたのは、それこそ、召喚されて当初、勇者をやれと言われた時くらい、だろうか。

角砂糖の入っている瓶の蓋を閉め、まだサンドウィッチの残るバスケエットの中に戻す。量の少なくなった瓶の中身がおどり、カラカラと軽い音を立てた。


「ちょっと、野暮用があってね。だから、ユノには危なくて、外を歩かせられないんだ」

由乃は一人でこの城から出ることを許されてはいない。

それは勇者だからであると同時に、由乃が異世界人であるからだ。

由乃には、この国の土地勘が無い。旅などした事が無く、野宿なんてのはもってのほかだ。

土地勘の問題だけであれば、カルロディウス国出身の兵士がついて行くのが正しかっただろう。けれど何よりも物を言ったのは、土地勘よりも旅をした経験の無さである。


由乃も少し聞いただけではあったが、ミレオミールは昔、約二年から十年に渡り、拠点を持たずに世界各国を渡り歩いていたらしい。

軍人の遠征演習ですら敵わない旅実績を持った彼が同行するならば、由乃の旅慣れ無さもなんら問題にならない。

『異世界から来たばかりの勇者は、争いを知らずに弱いから、護衛せねばならない』などという本末転倒とすら思える、『勇者の護衛』という存在も、希代の大魔術師が傍に居るのなら、心配する方が馬鹿らしいというものだ。


本来ならば少数精鋭の最低人数にしても、十人以上は確実に必要とされる遠征に、たった二人で出ていたのは、偏にミレオミールの存在の大きさと言えるだろう。

だからこそ、ミレオミールが一緒に行けないという現状。

由乃には、国内ですら、移動する手段を奪われるのである。


「ふむ……そっか。まぁ、仕方ないね。行ってらっしゃい。怪我や体調に気を付けてね」

「……ユノのそういう、こう、挨拶?ちゃんとするとこ、好きだな」

「え、ほんと?嬉しい……これ、お父さんの教えなんだよね」

ミレオミールが曖昧なことを言えば、それでも由乃は、えへへと、頬を染めて、本気で嬉しそうな様子を見せた。ミレオミールはおや、と思う。

由乃が家族思いであることは彼も知っていたが、父親について、具体的な話を聞いたのは、これが初めてだったのである。幼い頃亡くしたことだけは由乃も公言していたのだが、それほどに父親のことが好きだったのか、由乃の喜びようは、誰が見ても意外に思えるものだった。


突っ込んで聞いておこうかとミレオミールは思案したが、食事に時間をかける由乃に合わせていては、日程に遅れが生じてしまう。確かに気にはなったが、それほど気にかかるわけでもない。

また思い出した時にでも聞こう。

ミレオミールはそう心に留めて立ち上がり、バスケットの中に残ったサンドウィッチを確認し、由乃の頭に掌を乗せた。

「行ってくる。すぐ帰るから、足、さらに痛めないように、静養してろよ」

「…………イッテラッシャイ」


バレてる。

後ろ姿で手をひらひらと動かすミレオミールの姿が見えなくなってから、由乃はふう、と溜息を吐いた。




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