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勇者伝説  作者: 之木下
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ミレオミールと魔族



由乃は思う。

ミレオミールは不思議な人間である、と。


ミレオミールについて、由乃が知っていることは、恐らくそれほど多くは無い。


名はミレオミール。姓は知らないが、恐らくナイルや、十二神将や国の他のお偉いさんなら、ちゃんと知っていることだろう。

髪はクッキー色で、瞳は澄んだ空色――宝石では、ラリマーという宝石をクリアにしたような、そんな、綺麗な色をしていた。

容姿もそれほど悪くは無く、ただ言うならば、いつもヘラヘラとしているのを、由乃はどうかと思っていた。


出身はこのカルロディウス国では無い。

彼はここから遠く離れた、同大陸に存在する、魔法都市バルという、大陸最大の魔法研究国からやって来た年齢不詳の大魔術師であり、魔導士である、らしい。

大魔術師、と言うのは、言わば魔法がどれくらいできるかを一言で表したものである。一般的な者は魔法使い、秀でている者を魔術師、最早秀でてるなんて言葉で片付けることが出来ないほど規格外な人物を、大魔術師、と呼ぶ。

自他共に認められている大魔術師は珍しく、それこそ、世界には十人といないらしい。五人はいるらしいとも聞いたが、まぁ、自分が会う事は無いだろうと思っているので、由乃はちゃんと記憶していなかった。


では、魔導士とは。

魔導士は、役職を表す名称である。

基本的に、魔法都市バルで魔法を研究する職員の、その中でも特に優秀な者、こうして諸外国を訪れる資格を持つ者のことを指した。


彼ら魔導士の、本来の主な仕事は、外交である。

魔法という、浸透はしたし、使用者も増えたが、やはり特別である能力を研究するということは、即ち強い武器を開発することと同義であった。故に、彼らはその門戸を開き、魔法都市バル以外の国々にも魔法を与えるようになった。

その一環である、有能な魔導士の派遣。

国同士の交流、そして、欠かせない、魔法に対する知識の教授。

博識で、有能で、けれども相手に干渉しすぎる事の無い、外国に対して全く敵意の無い存在。

ミレオミールという存在は、そういうものであった。


決して由乃――勇者に同道し、お守をするための存在では無い。むしろ、派遣された国から離れるなど、言語道断と言えるだろう。曲がりなりにも、彼はカルロディウス国にとって国賓なのだから。

一応、その辺に対しては抜かりなく、ミレオミールはちゃんと替わりの魔導士をこの国に呼んだらしいことを、ミレオミールは由乃に報告してくれた。が、十二神将を含む、城で働く者からの評価も高く、魔法都市バルからの評価も極めて高い逸材。

そんな存在を、由乃(と言うかミレオミール)の一存で、由乃が連れ回してしまって良いのだろうか。

それは由乃の疑問の種であり、考えると、胃痛の伴う話題でもあった。

けれど、彼の強さや、魔法の便利さは否めない。実際、彼の知識、魔法、強さが無ければ、由乃はたったの二週間で、大型魔獣を二匹も相手に無傷で帰還できるような、そんな強さを得ることは、きっと不可能であっただろう。


由乃が得た魔法の――そして、敵である魔王、そして魔族の詳しい知識を得ることができたのは、偏にミレオミールのおかげと言えた。

元々勇者をする気などさらさら無かった由乃は、召喚――この召喚に、ミレオミールは関わっていないらしい。逃走中、初対面した折、彼にとても驚かれた記憶が由乃にはある――されて以来、召喚の第一責任者と呼べるナイルから幾度も逃走を謀り、幾度も仕事の休憩をしているミレオミールと、隠れて色々な会話をしてきた。


時には由乃の住まう異世界の話。時には愚痴。時にはミレオミールの仕事の話に、まだ会った事の無い十二神将たちの話。

そして、勇者と――魔王と、現在の国と、大陸の状況について。


「…………」

そこでふと、由乃はどうでもいい事を思い出した。

出会って初期の頃――正確には、一カ月。由乃が勇者を始める前まで、ミレオミールと由乃は、お互いに役職で呼び合う間柄であった。

お互いに「『魔導士』様」「『勇者』様」と呼び、あまつさえ、由乃は彼に敬語で接していた。

今思い出すと、大変気持ちが悪い。


ミレオミールの部屋から戻り、自室のベッドで書きこまれたノートを捲りつつ、由乃は眉間に皺を刻んでいた。

ベッドに投げ出された二冊のノートの内、一冊は日記のようなものであり、もう一冊は、この世界の知識などを、自身の中で咀嚼し、まとめて書き連ねたものである。

カルロディウス国や、この国に伝わる勇者の伝説。ナイルのような城で働く人々の内情だったり、美味しかった料理のメモまである。

このノートに書かれた物は、基本的に――否、総てがミレオミールから聞かされたことであると言っても、過言ではない。


一カ月に渡る世間話や、勇者になると決めてから、自発的に質問を繰り返した事柄の数々。

だからこそ、由乃は彼の事を思い出していた。

彼は何でも知っている――わけではないが、由乃が質問すれば、大抵の解答を寄こしてくれた。

だが、由乃は彼の事を殆ど知らない。


魔法都市バル出身の、すごい大魔術師。

研究や探求が趣味で、知識欲が豊富。

由乃から異世界の話や、時折会話に混ざる、ミレオミールの知らない言葉をその都度聞いたりはするのに、由乃の質問は、大方はぐらかしてしまう。


割に合わない、と言うか、少し、悔しい。

それが由乃の所見である。けれど、聞かれたくないのなら、聞いてやらない方が良いのかもしれない、とも思っていた。

結局一カ月と二週間、彼に対して必要以上に聞く事は無く――恐らく、これからも、必要に迫られない限り、由乃が彼の出自について、とやかく言う事は無いのだろう。




「――それはさておき」

ミレオミールについて散々考えこんだ後、ようやく由乃は本来の目的を思い出すに至った。あれが謎な人物であることは、今に始まった事では無い。

お手軽に作り上げた目次を確認し、目的の項目を開く。


項目は――『魔族』

魔王の眷属であり、魔王に魔法で創作された『魔法生物』である、魔人と魔獣両方の項目、である。


『魔獣

・魔王により、魔法で創られた下位の『魔法生物』である。

・原動力は魔力。魔法生物だから当たり前。

・基本的に黒と紫色で形成、この世には無い動物の形をしているため、見れば大体解る。

・人型に近づくほど強くなり、ほぼ人型の場合、見分けるポイントは「勘」になるらしい。』


魔法生物とは、その名の通り、魔法で作り上げられた生物、である。

魔獣とは、元よりこの世に存在しない生き物。魔王が創り上げ、自身の軍勢として従えてきた、彼(もしくは彼女)の魔力により形成された――ミレオミール曰く、人形のようなもの、である。

彼らにあるのは意志では無い。由乃の言葉に置き換えれば、プログラミングされた、ロボットのようだ、という説明が、一番近いのだろう。

姿は獣だが、存在は命令をこなす為に生まれた、それだけの存在。

ミレオミールはそう言って、魔獣を退治する由乃に「だから容赦は要らない」と微笑んだ。


その隣の頁にあるのが、魔人。


『魔人

・魔王により、魔法で創られた高位の『魔法生物』

・原動力は魔力だが、魔獣とは違い、食事や睡眠で魔力を自主的に回復することも可能。(魔獣はできない)

・見た目に、人との差は無い。魔王の美的センスが良かったからか、魔人は基本的に美人だが、美人全員を魔人と判断するのも浅はかすぎるからだめ、らしい。

・偶に角や、獣の一部を体に持つ者もいるが、魔人にはあまり魔法力の差は無い。

・武術に長けた者は魔法力が低いらしい噂もある。真偽のほどは解らない。』


「…………つまり、何なのよ」

要領を得ない、とはこのことだろうか。

由乃は上半身を支えるために、胴とベッドの隙間に挟んだ枕を思いっきり挟み潰した。


下位と高位の違い。人と獣の違い。魔法力の違い。

色々と違いは、ある。

魔人と魔獣では、その魔法力の高さは段違いで、魔獣が下位、魔人が高位に位置付けされている事は、両方と対峙してしまった由乃としては、嫌と言うほど理解できる事実だった。あの時ミレオミールがいなければ、きっと由乃は、最善でも四肢の一本二本はちぎれていたに違いない。


思い出したように、挫いた足が鈍痛をもたらす。

うつぶせた状態で、痛く無い方の足を使い、患部をそっと撫でる。

当たり前だが痛みは引かず、冷え性故にただ冷たい足の裏が気持ちいいだけであった。


『――魔法生物っていうものは、ほんと、説明すると面倒なんだ』

ノートではなく、記憶に在るミレオミールの言葉から、基本的な事を思い出そうとした。

枕を抱き、ノートを少し遠ざけて。由乃は体の総てを寝具へ預け、なるべく誤り無く思い出せるように、瞼を閉じて視界を遮断し、ぼうっと昔の記憶を呼び起こす。

『下位の魔法生物なら、多分、作れる人は結構気軽に作ると思うよ。俺しかり、ナイル様しかり、ね。態々ペットを作ろうって言うなら分かんないけど、単純な目的を持って作られる場合、情が移ったりしたら面倒だし。形を生物に似せるってことは、それだけで、命を認識しかねないからね――でも、魔法生物は極論を言えば「魔法」に他ならない。そこに魂っていう概念は存在しない。下位の魔法生物は、特にそれが顕著だね。自身を構成する魔力を失ったら死――構築式と、余った魔力共々。殺されたら――肉体を構成するたけの構築式を壊されたら、あとは残っていた魔力を霧散させ、消えてしまう存在なんだから』


初めてミレオミールが、魔法生物を作ってくれた時。

ちいさなその栗鼠は、与えられた魔力の残量分だけ生き、そして、前触れも無く、電池が切れたように、由乃の手の中でその肉体を崩壊させた。

淡い、ミレオミールの瞳と同色の光へと変わり、由乃が「あ」と、一文字呟くそんな間すら待たず、淡い光は空気中に霧散し、消滅した。


『高位の魔法生物――基本的には、魔人だね。あれは、ユノは避けた方が良い。元々「魔人」って存在は――下位の魔法生物には扱えない高度な魔法の補助のために生まれたんだ。……あ、ごめん、これ俺の考えた仮説の一つだった。仮説

っていうのを念頭に置いて聞いといてくれると助かる。ちなみに、定説は「魔王が身の回りの世話を自分で考えてやってくれる使用人が欲しかったから」とか「魔獣以上の力を持つ軍隊が欲しかった」とかあるけど、俺としては、どっちも何か、信憑性に欠けるからさ。

それで、魔人なんだけど――うん、ユノが避けた方が良いっていう話』

言葉は一度ここで切れて、彼は言い難そうに、言葉を濁す。

『……ユノには、多分無理だ。強い、弱いじゃなくて……ユノは、勝てない。絶対に、ね。

魔獣と違って、高位の魔法生物っていうのは、もう魔法生物の域じゃないんだ。

繁殖機能を持ち、食事や睡眠で栄養、魔力の補給をし、季節や天候なんかに自身の体調や気分を左右され、自ら意志を持ち、命令が無くとも創作者である主を、知略を駆使して、身を挺して守ろうとする存在――ほら、ね。ユノはそういう顔するんだから。

……だから、ユノは、避けて良い。今はまだ、ね』


脳裏に焼きついた、可哀想なものを見るような瞳を、由乃はしっかりと覚えていた。

『ミオはすごいね』

由乃はこの時、確かそう言った。

彼の続く言葉を聞き、彼を誉め、そして、貶した。


由乃には、人を殺す事ができない。

それは悪とか、敵とか味方とか、そんな境界でわけられる物では無い。

由乃は人を殺した事が無い。

当たり前だろう。由乃が生きて来たのは、人の死が液晶の中に、ブラウン管の中に存在している世界なのだ。

戦争は昔に終わり、けれど、人々は色々な物と戦っている。でもそれは、人同士の殺し合いでは、決して無い。

由乃は人を殺した事が無い。殺して良いなどと、思った事も無い。


由乃には、人を殺せない。

由乃は、命を奪えない。


そんな物々しい話はしないまま、ミレオミールはたったの一カ月でそれを理解していた。

人を殺す覚悟が無いまま、由乃は勇者として、戦うことを選んだ。

けれど、

(――でもさぁ)

ミレオミールの言いたいことは、解る。

魔人が人に近い事。魔法生物だけれど、人として生きることができるということ。

魔獣に命は無い事。魔法生物であり、傀儡であり、ただの魔力の塊に過ぎないということ。


あの時、由乃の掌にあった命は。

魔力の補充を行われず、由乃の手の中で光となった、あの栗鼠は。


(……ミオ、あれが、命でないのは、何故?)



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