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勇者伝説  作者: 之木下
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魔法について



『勇者』の『敵』と言えば、即ち、『魔王』である。

由乃が持つその方程式は、このカルロディウス国でも十分通用するらしい。

と言うか、最初の勇者は、『魔王』を倒したから『勇者』と呼ばれるようになったらしいのだから、『勇者の敵』イコール『魔王』なのではなく、『魔王を倒す者』イコール『勇者』なのかもしれないと、由乃は思った。


由乃とミレオミールが出会った小さなアクシデントは、二人が言うほど小さな物では無い。

本来の目的――大型魔獣の討伐――は無傷で完遂したのに、高度な魔術結界に閉じ込められ、体中に傷を負って――どれも軽傷だが――も最善を尽くせない、そんな出来事。

言ってしまえば、それを「小さなアクシデント」で済ませようとした、由乃とミレオミールの方にこそ、問題があると言う物だ。


詳細を簡潔に述べるなら、『魔人と遭遇』だろうか。

魔獣の討伐を終え、次の日。さて帰るかと宿を出ようとした二人を呼びとめたのは、その宿の娘が、「近辺で魔人を見た。どうにか退治してほしい」という旨のことを伝えてきたため、由乃はそれに応じたのだ。

だが、結果は現状の通りである。


甘く見ていたわけでも、なめてかかった訳でも無い。

由乃は最初から、ただ只管自業自得な行為により、傷を負い、ミレオミールの魔法でその場から切り抜けることとなった。

普段交通手段や、伝達手段や、ちょっと困った時に手品のように使うものとは違う、殺傷能力を伴い、その目的のために振り下ろされた、彼の刃。


相手の魔人は、由乃以上の傷を負い、逃走を余儀なくされた。

だが、倒したわけでも、討ったわけでもない。

またいつ、何処に現るかも解らない。


けれどとりあえずこちらは無事なので、今はまだそれで良い、というミレオミールとの合意のまま、由乃はこの城に帰還したのであった。



ちなみに、ナイルの説教の始まりは、ミレオミールの手紙に対する物だった。要約すると、「内容が具体性に欠ける」、と。

魔人等と言う単語を出そうものなら、血相を変えて止めに来られかねない。そんな当然の配慮により、由乃はミレオミールが書く手紙の内容を、由乃自身が考え、それを口頭で伝えつつ書かせたのだが、それがお気に召さなかったらしい。

そんなことを言われても、止められたく無かったのだから、具体的に書くわけにもいかないではないか。由乃は不貞腐れつつも、最終的には総てバレ、結果何もかも順序立てて、しっかりとお説教される羽目になってしまった。






再三の説教を終え、本日の料理長特製ミルフィーユも取り上げられ、傷心の末、由乃は自室では無く、ミレオミールの室に逃げ込んだ。

由乃が割り当てられた部屋にある物は、基本的に由乃が召喚された際に所持していた、文房具と数冊の本が主に入った、学生鞄だけだった。

戻っても特にすることはなく――本を読みたいのは山々だが、既に四度程読みこんでいたし、それに今は、目を酷使する気分じゃない――何より物が、主に書物が乱雑と積まれているミレオミールの部屋は、どことなく故郷を思い出し、落ちつく事ができるからだ。


「……これで、ここにある書物、全部読めたら言う事がないんだけどなぁ」

本の虫である由乃にとって、こちらに召喚された事による一番の弊害は、文字が読めないところにある。

言葉は最初から通じていた。だが、文字に起こすとそれは別で、ミレオミールを筆頭に、彼らの書く文字は、由乃にとってはアラビア語やヘブライ語や古代文字、英語やスペイン語となんら変わらない。

文章も言葉も文字も好きだが、如何せん、由乃は日本語以外の語学とは相性が悪かった。


「文字の勉強、する気にでもなった?」

書物やメモで埋め尽くされた万年床ではなく、クッションと毛布で最低限の寝床が確保されただけのソファの上から、揶揄うような笑いを含んだ声が響く。部屋をあてがわれて以降知った事なのだが、この世界には、畳が存在していた。勿論布団も存在し、何と言うか、違和感をぬぐえない。


部屋の主であり声の主であるミレオミールは、ソファに怠惰に腰かけながら、手で書物を繰っていた。完全に、寝床はソファ派、である。蒲団は一体なんのためにあるのか。

視線は手元から離れることは無いが、会話をしている時点で、それほど集中していないことは伝わった。

「……しないよ。したいけど、全然わかんないから、多分無駄」

「ユノは変な所で諦めがいい」

「……それは置いとく。ミオがうるさそう」

由乃は肺に溜まった息を吐き出す。

言わば、経験則だ。

過去何度も、由乃はやる気を起してドイツ語やフランス語の勉強を始めたが、どれも肉とはならなかったし、英語のテストだけは毎回平均点以下の赤点ギリギリ。

けれど、下手に故郷の話をすれば、ミレオミールの知識欲を刺激しかねない。


カルロディウス国の重鎮である十二神将たちは、由乃の世界事情よりも、由乃が『勇者』として、この世界を救うことばかり考えていた。彼らの心配はカルロディウスの今後であり、由乃の故郷でも、由乃がどうなるかでも無い。

それは国を担う者として、正しい思考だろう。

一人の小娘――しかも、国の民ですらない小娘に対し、何かしらの感傷を抱いている場合ではないのだ。


例え、自分たちが喚んだおかげで、少女が家に帰る方法を、失ったのだとしても。


「…………」

それについては、由乃は既に議論を終えていたので、これ以上言えることは無かった。蒸し返す気も無い。

喚んだナイル――召喚魔法の代表がナイルだった――の事も嫌いではないし、他の十二神将たちの事も、まだ顔を見た事の無い人物は居るものの、由乃は決して嫌いでは無い。むしろ大好きな人が、その中にいる。カルロディウスの民にも友達が出来てしまったし、勇者として頑張るための心構えもできた。

それに、召喚の原因が魔王であるのなら、その魔王にお引き取り願えば由乃はお役御免。晴れて、平和な暮らしへと身を投じることができる。


魔法は元は、魔王や魔族にのみ扱う事のできる能力だったと言うし、ならば、もしかしたら、あちらの方々ならば帰る方法を知っている、もしくは、編み出してくれることも可能かもしれない。

(その替わりに人類滅ぼせって言われたら、流石に断るけれども)


でも、一番の理由はやはり、結局のところ、勇者をやることでしか、今の由乃に、このカルロディウスでの存在意義が無いから、なのだろう。

そんな深刻な話では無い物の、彼らが必要としているものが由乃では無く、『異世界から来た勇者』であることを、由乃はちゃんと知っている。

異世界に興味は無く、あるのは『勇者』という存在たるための、『異世界から来た』という称号のみ。


でも、だからこそ。

「俺がうるさいってことは、ユノの故郷のお話かあ。ちょっと、興味をそそられるね」

時々、由乃を『勇者』ではなく、『異世界人』として由乃の世界に興味を示すミレオミールのことを、由乃は、とても酔狂だな、という辛辣な感想を持っていた。


「嫌だよ面倒くさい。それよりミオ、ここの本だけどさ」

溜息を吐きつくしながら、しっかりと話題の転換を計る。

書物から顔を上げたミレオミールは、結構厄介だ。

彼は由乃以上に本の虫だが、それ以上に、研究の徒でもある。

「本?どうせユノには読めないよ」

「そうだけどさ、前より増えたよね。また魔法関係?」

「大方は……て言うか、どんな本でも、魔法に関係しない本は無いんだけどさ」

周囲に聳える本の塔から、ミレオミールは適当に一冊を取り、由乃にも表紙が見えるように掲げる。

一面の赤色に、金色で模様のような文字が存在を主張する。

何が書いてあるかは解らないが、会話の繋がりから恐らく、これは魔法とは何ら関係の無い本なのだろう。


「これ、天気の研究書」

「天気!?」

予想外の方向だった。

(赤に金で物々しい雰囲気なのに……)

由乃の驚き方が良かったのか、ミレオミール楽しそうに笑った。パタパタと風を起こすように本を仰ぎ、言葉を続ける。


「魔法で雨を降らせるには、二通りある。魔力で雨雲や水を生成する方法と、魔法により雨雲を作る気象を整える方法。わかる?」

「うん。なんとなく」

満足そうに微笑み、本を塔に戻し、ついでに読んでいた本もその上に置き、ミレオミールは由乃の席に着いたテーブルの方へとやって来た。


定位置となる、由乃の右手側の椅子を引き、そこへ座る。

完全に、家庭教師モードだった。

「前者なら水魔法単体だな。あとは、上手い事自分で、水を降らせる量をコントロールするだけだから、それほど難しくは無い。一応高等魔法だけど。

 後者は、これまた色々あるんだけど、基本的には水魔法と風魔法の応用……かな。序にいうと、うっかり雷雲にならないように、慎重にやらなきゃいけなかったりもするから、どちらかと言えばこっちの方が難しい」

「うん、それは何となく解るよ」


それ以前に、後者の方は、しっかり気象についての勉強もしておかなければならない。

どういう条件下で、どういった雲が出来るのか。

水分量は、風は、陽は、範囲は。どのくらいの水の量なのか。どのくらいの期間なのか。

それら総てを、後者の場合は総て計算したうえで、行わなくてはならない。

「まぁ、あんまり雨が降り過ぎるんだったら、風で雲を散らせばいいんだけど」

「後始末が大雑把だなぁ」

「時間はかかるけど、俺はこっちの方が好き」

それはひとえに、水を降らせる注意を割き続けるより、上空で風を起こして思い通りの雲を作り上げた方が、後が楽だから、なのだろう。

ミレオミールが魔法を選ぶ基準は、上位下位の分け隔てなく、基本的に、『楽な方』に他ならない。


「……でもそれ、一人でやる魔法じゃないよね、多分」

「そうだね。範囲や時と場合によるけど……例えば、畑に水が撒けないとか言うなら、別に雨を降らさなくても、如雨露の中に水を魔法で出してやればいいし、生活の水も必要なら、井戸に水をぶちこんでやればいい。広範囲の旱魃なんかだったりになると、扱うことはあるけど……そうだな。術者の力量にもよるけど、人間の中で、一人でやれそうな人は、あんまり見たこと無いかな」

「うわぁ」

いくら魔法に疎い由乃とは言え、天候の操作がいかに難しい事か、くらいは何となくわかる。

しかもこの男、一人でやれそうな人は見たことが無いと言いながら、自分は基本的に一人でなんでもやって、なんでもできてしまうのだ。

由乃が知る限り、最強のチートとは彼のことだ。


「天気だけじゃないよ。植物の本に、歴史の本に、音楽の本に、美術や工作や武術や片付けや外国の本。勇者伝説の類も、子供に教える用の絵本から大人用の脚色満載大長編小説までしっかり、俺の部屋には揃ってる」

ミレオミールは、テーブルの上に乱雑に積まれた書類――ただのメモ書きかもしれない――をごっそりと手に取り、とんとんと軽く机の上に落とし、綺麗な束に整えて行く。

「全部が全部、魔法に繋がる。『――魔法とは、無から有を生み出し、万物の法則をも捻じ曲げる、叡智の結晶である』なんて言われてるけど、はっきり言って、そんなことは全然ないんだよね。もしそうだとすれば、今更新魔法なんて生まれなし、本当に万物の法則を捻じ曲げることができるなら、魔法に欠点なんて無いはずだ。でも、そうもいかない。どんな魔法にも、多かれ少なかれ、何かしらの欠点はあるもんなんだ」

むしろ、元は人間の能力ですらなかったし。

何度か書類をまとめ、結局また机の隅に積む。

けれど中央のものはあらかた片付き、山となっていた書類っぽいメモの下から、平べったい缶が現れた。


「結局魔法ってのは、論理と、理論と知識に基づいた、法則に従って御することが最低条件に置かれてる、とても自由だが、使い方を間違えれば酷く不自由な、選択肢の一つにすぎない。……まぁ、だからこそ、研究し甲斐があって面白いんだけど」

ミレオミールが缶の蓋を指で二度叩くと、一瞬、缶全体に仄かに光が走る。

どうやら魔法で何かしらの加工が施されていたらしい。

それを解いてから、ミレオミールは缶を腕と腹で抱え、かぽんという少々間抜けた音を立てながら、蓋を開けた。

「要は、付き合い方の問題だよ。依存し過ぎるのも毒だが、使わなすぎるのも勿体ない。無いなら無いで、在るなら在るで最大限、毒にならない程度に有効活用してやればいい。自分の発想で、自分の力量の範囲で、ね」


付き合い方を間違えなければ。

それは有効な、選択肢の一つ。

「ユノも食べる?」

缶の中から現れたのは、クッキーだった。

ミレオミールの好む、由乃も好きな、カルロディウス城おかかえ料理長作、ほろにがココアと程良いプレーンな甘さ、歯に優しすぎない固めな食感の、最高に美味な逸品である。

ただ、一体いつ作られた物なのか。

「…………」

気にはなったが、聞く勇気も無かった。


「いら……ぐむう」

恐れをなして、要らないと答えるために開けた口に、問答無用でクッキーが詰め込まれる。

流石に吐き出すなどと言う、不届き千万な行動をとろうとは、由乃も思わない。

もごもごと口の中に総て収め、少々固めの、新鮮そのものな風味で味わいなそれを咀嚼する。美味。本当に美味。


「ちなみにそれ、三ヶ月前に作ってもらったクッキー」

にっこりと微笑むミレオミールを見やれば、

「ほら、魔法って、便利でしょ」

「…………さいで」

悪戯っ子の様な、誇らしげなその表情に、由乃は半分呆れつつ、不器用に笑い返す事しかできなかった。





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