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勇者伝説  作者: 之木下
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お説教



姓は八色、名は由乃。

出身は、太陽系第三惑星『地球』の小さな島国。

父親は幼い頃亡くなって、高校二年生になった現在に至るまで、母はその身一つで、由乃と兄をしっかりと育て上げてきた。

三つ程年の離れた兄は、大学生になると同時に家を出た。大学近くのアパートに身を置き、彼岸と年末以外の帰宅は無い。


ほぼ母親と二人暮らしの生活を続けてきた由乃は、その日、本屋で文房具の安売りを行っている事を知った。

消耗品の買い出しは、安い時にまとめて、が基本である。

高校のクラスメイトから情報を得て、一度ダッシュで帰宅をすると、学生鞄の中身を部屋にぶちまけ、財布にお金をつっこみ、今度は安売りをしている本屋へ、「ライトノベルにありそうな制服」と揶揄される学生服を身にまとったまま、走った。

結果として、文房具は二年分ほど買った。

五冊まとめて売られているノートを五つと、シャープペンシルの芯(結構拘りがあるため、定価だと無駄に高い)を三つ、赤色のペンを四本と、青のペンを二本、ルーズリーフ五百枚入りを一つ。消しゴムは基本的に、百円均一で十個入りを買うため今回は無視である。序に本を数冊買って学生鞄に総て納めれば、教科書類を入れていた時並に重たくなった。

結構お金を使ってしまった自覚はあったが、消耗品ならば仕方が無い。例え半分以上の額が本だとしても、本は由乃にとって、生きるのに欠かせない存在であるのだから仕方が無い。

ハッキリ言うと、由乃は本の虫だった。


その帰り道、由乃はこのカルロディウス国に、有無を言わさず召喚されてしまった。






「この馬鹿どもが!!」

平等に怒号を浴び、ミレオミールが密かに、由乃の上着を引っ張った。

賭けは由乃の負けである。


「貴様らのことだ、どうせ書面を運ばせた時点で発っていただろうことは、容易に想像がつく。残念ながら、あの場で私が止められたとは思えない。だが、それ以降の連絡が今朝とは、一体どういう料簡だ!?」

城内の一室。

由乃とミレオミールに正座をさせ、その前に仁王立ちになりながら二人を叱る、絶世の美青年。の図。

美人は怒っても美人だし、むしろ言うなら、彼は怒っている顔が一番美人に見える、と言っても過言ではないだろう。

(……いや、過言だった)

由乃は素直に自身の誇大表現を認め、誡めた。


現在二人は、お説教真っ只中であった。

原因はただ一つ。遠征に出ていた南西部の町で遭遇した、小さなアクシデントのことである。

職務において、大切なのはホウレンソウ。報告、連絡、相談である。

それはどこの国でも変わらないのだな、と由乃は思う。


由乃が召喚されたのが一カ月と二週間前。召喚されて以降、逃走を計っていたのが一カ月間。

何度も何度も上手い事逃走をする由乃に対し、「逃走することをわたくしにご相談くだされば、捜し出す手間も省けますのに」と穏やかに苦笑した、童顔な青年を思い出す。ナイルを筆頭に、由乃の存在を知る者総出で城充を探した結果、国の重鎮歴が一番長い彼が、ミレオミールと一緒にパンをつまみ食いしている由乃を発見した時の言葉だ。本末転倒とはこのことか、何か違う気もするけど、という感想を覚えながら、その言葉のお茶目さ(?)に、由乃は一気にその青年のことを気に入った、という経緯があったりもする。


由乃の思考が飛んでいる事を悟ったのだろう。

ギロリという擬音を携えて、美青年――ナイルは由乃を睨んだ。

人と視線が合ったら笑う、というのが、鍛えられた由乃の技術ではあったのだが、怒られている場面で笑うのは、全く効果的で無い事を、由乃はちゃんと知っていた。

故に、難しい、反省してます、という表情だけを投げかけておいた。

「私が《声》を飛ばしても弾かれるし、《影》を飛ばしても弾かれるし……一体、こちらがどれだけ心配したと思う?」

「え、飛ばしたんですか?」

「当たり前だろう!!」

「知りませんよ!私魔法に対する能力皆無なんですから!ミオ!」

「うわぁとばっちり」


確実にとばっちりでは無い。由乃に魔法の感受性が皆無に等しい――正確に測ったことは無いので、推測の域を出ないが――ことは、説教の鬼と化している彼も知っていることだ。

ならば、彼が《声》――通信魔法の一種で、声だけを相手に届け、会話をする魔法――を、《影》――通信魔法の一種で、自身の姿、イメージとしては零体を飛ばし、直に会話をする魔法――を飛ばす先は、ミレオミール以外に在りはしない。


痺れた足を気にしながら、複雑な表情で、事もなげにミレオミールは答える。

「昼前からずっと、相手の結界内部に居たんだ。《声》も《影》も、俺に届く前に弾かれたんだろう。あれは山をすっぽり覆うような球体の物だったから、地の魔法を使うしか手段は無いだろうし……ナイルは地の魔法苦手だし。もしも結界が地下まで通っていたら、それすらも不可能だったろうしなぁ」

「確かめてないのか?」

「高圧の魔力結界の内部だよ?ユノは山に不慣れだし、桁外れ魔力は感じるし、そもそも結界そのものが、内側に対して魔力を発してるから、酒も飲んでないのに酔いそうになるし……俺の魔法力を、相手に察知されるのも避けたかったからな」

「そうか……」

「結界解けてすぐ連絡しようかとも思ったけど、ユノも傷んでたし――」

「私は果物かなにかかよ」

「ユノはユノだよ――結界出た時は夜も深かったし、優先順位はちゃんと考えて、行動したつもりだよ」


一応色々と言い訳をしてはいたが、ナイルの反応は冷たい物だった。

「当たり前だ」

うわぁこえぇ。

一辺倒な発言に、由乃は些か引いた。冬に体育の授業で、何故か必ずやらされる遠距離走の距離ほど、引いた。

けれど、由乃が思った物とは違うところにその意図はあったらしく、彼はそのまま言葉を続ける。


「ミールが、何も考えずに行動をするような馬鹿ではない事を、私は知っている。だから、私はもっと根本的な話をしているのだ」

一辺倒なのではなく、彼を、ミレオミールを信頼しての発言だったらしい。

ちなみに、ミールとはミレオミールのことである。『ミオ』というのは由乃がつけた渾名であり、他の人間は大抵、『ミール』か『ミレオミール』と呼ぶ。


何度か怒鳴ったおかげか、ナイルの怒りも段々収まってきたようだった。

赤らんでいた頬も白元に戻り、アメジスト色の瞳の奥に燃えていた炎も明るさを弱め、いつもの冷静な彼が顔を見せた。

上がっていた眦が下がらないのが、御愛嬌だ。幼い頃は良く笑う少年だったらしい彼だが、親や一部の親戚からは、表情を見せないようにと育てられた。そのため、無表情を貫こうとして、不機嫌そうな表情が定着してしまったらしい。

笑いっぱなし、と言っても過言ではないほどヘラヘラしているミレオミールとは、大違いである。


根本的な話とは、やはりアクシデントのことなのだが。

由乃とミレオミールは、横目に視線を合わせた。

お互いに正念場を悟ると、由乃からこれ以上伝えられる事は無く、ミレオミールも余裕綽々に言葉の続きを待つしか無く、同時に視線をナイルへと戻した。

二人の雰囲気から察したらしく、ナイルは一度咳払いをした。


「話を聞く限り、そんな高度な結界を張れる輩がその場にいたとすれば、ミールが気付かない筈がないだろう。元々結界が張られていたと仮定した場合も同じだ。結界が外から解らない様に創られたものだったとして、ミールほどの人間ならば、近づけば解ったことだろう。その場で引き返すことが、できなかったとは思えない」

「…………」

「…………」

反論は、無い。その通りである。

それに関しては仕方の無いことであると言えた。元々二人は、その『高度な結界を張れる輩』に会いに行ったのだから。

その時、元々「ユノにはまだ早い」と反対していたミレオミールが、相手のテリトリー内に入らない様に慎重に行動していた事は、ナイルは勿論の事、傍に居た由乃ですら全く関知していなかったのだが。


「いくら魔力を悟られない様に封じた所で、魔法を行使する場合、一時的にそれは外れる。ミール、お前なら、相手が結界を張り終わる前に脱出することくらい、可能だろう」

「……ユノがいたし」

「引きずりこめるだろう」

「女の子をいきなり他の場所に引きずりこむなんて、そーんな不埒なこと」

「できるだろう」

「できるけどさぁ」

「できるのかよ。できそうだけど」


言うつもりは無かったのだが、うっかり声に出してしまった。

由乃の、ある種一番酷いツッコミに、ミレオミールは何も悪びれず、複雑そうな感情も無く、ただあははと笑った。

けれど、言わんとしていることが違う事くらい、由乃にだって解る。

彼ができるのは、『女子をいきなり他の場所に引きずりこむ』ことでは無く、『由乃をいきなり他の場所に引きずりこむ』ことである。

(境界線は引いてたけど……まぁ身長も無いし、妹感覚だろうな)

女子として見ていない由乃なら、できる。つまりはそういうことだ。


少々思う事が無いでもないが、別段、由乃もその程度で怒るようなタイプでは無い。

だがむしろ、頭を撫でたり肩を叩いたり、由乃に対して割とボディタッチの多いミレオミールに、女子として見られては迷惑極まりないと言えた。

(て言うか、もしみられてたら、もう宿代ケチって一緒の部屋に泊まれない)

倹約家の由乃にとっては、大問題である。


うんうんと頷いていた由乃が唸り始めると、

「真面目に聞け」

「ひゃいっ」

ナイルがピシャリと言い放った。

少々驚きつつも、短く返事をし、未だ痺れていない足を正す。

既に痺れまくっているであろうミレオミールが、ぎょっとした表情で由乃を窺うが、茶道部にお茶菓子目当てで入り浸り、日常的に正座をしていた由乃にとって、この程度は造作も無いことだった。


「私も、ミールの優秀さにケチを付けたいわけではない。起こってしまったことは起こってしまった。それまでだ。だが、どうだ。お前たちが丸一日費やしたことは、結果的に何を生んだ?」

「…………」

「…………」

「……言い訳も無い、か」

言い訳できる筈もない。恐らく、言った傍から、また怒号が飛び交うに決まっている。

由乃はこの結果をも解っていたし、解っていたが、それを行った。

最初から怒られることは覚悟していたし、怪我をせずに済むとも思ってはいなかった。いや、一パーセントくらいの確率で、無傷帰還を願ってもいたが。


ナイルの瞳に、再度怒りの炎が灯る。

火種は確り生きていて、彼の中で燻っていたようだ。

「つまりお前たちは、元々その『高度な結界を張れる輩』に会いに行った、という結論を、誰かに指摘されるまで、言葉にする気は無いと」

「…………」

沈黙。これで押し通すしかないだろう。


けれど、由乃の思惑とは違い、ミレオミールはそこに引き際を見たらしい。

「……ユノ、ぶっちゃけた方が早く無い」

「やだミオ、『自分は止めましたぁ』とか言う気でしょう。酷いわ。許さないんだから」

「実際止めたじゃん」

「あんなの、止めた内に入らないわよ。うちで『止める』と言ったら、柱に縛り付けてでも、檻にブチ混んででも止めるの。ミオは結局私を自由にしてたんだから、全然全く『止めて』ない」

「極論すぎるよ」「極論すぎるだろう」

二人の声が重なるが、それが八色家での教えなのだ。

『本当に駄目な事は半殺しにしてでも止めさせる』

それを行おうとしている人が、大切であればあるほど、絶対に。


「……でも、そうね。ミオの言う通りだね。結果こんなザマだし……ミオ、ごめんね。ナイル様も、ご心配をおかけしました」

正座のまま、由乃は深く頭を下げた。

重心が動いて、ミレオミールも知らない挫いた足が痛む。


由乃が傷に負っている事を、恐らく――確実に、ナイルは気付いていない。

ミレオミールが傍にいるのに、回復魔法を使わない筈が無いからだ。

由乃の服は、幸か不幸か露出が少ない。

「制服だから、服だけは直してほしい」という由乃の願いを聞き、服だけは綺麗さっぱり修復されていたので、さらに。


瞼を落とし、数秒。

ナイルは目を開け――そこにはもう、怒りという名の熱は、存在しなかった――二人に優しく問いかけた。


「詳しく話せ――何も知らないままでは、ちゃんと叱ることすらできやしない」



――その後、しっかり詳しくちゃんと総て話したことにより、再度ナイルが激昂したことは、言うまでも無い。






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