水霊『ネロ』
一人は寂しい。
けれどここから出られない。
思い出が根を張り、肉体を縛る。
自身の総てが、そこにしか無いのだと錯覚させる。
あぁ、なんて、孤独。
けれど、外に出たいのならば。
外に出たいと、停滞では無く、自身の意思を望むのならば。
自身で身体に巻いた柵は、自身の手で、解かなくては。
例え、そこでどんな苦痛が両の足を貫こうとも。
例え、外でどんな憎悪が、自分という存在を灼こうとも。
例え――それが、大切な何かを代償にしてしまうとしても。
孤独でも、
苦痛でも、
間違いでも。
最後に、ただ一つ、目指した場所に辿り着ける時が来るのなら。
頬から伝う雫。
悪夢のように優しい神の名だけを。愛おしい故郷の思い出代わりに刻み込んで。
□■□
「…………ユノ、もう行ったけど?」
バレてる。
そう思いながら、由乃はナマケモノよりも気怠げに、その身をゆっくりと闇の外へと曝け出した。
いつの間にか掛けられた布が、自身の熟睡を物語る。自身の眠りが酷く無防備なものであるという自覚はあったが、元来由乃は危険の少ない世界に身を置いていたのだ。行き成り「寝つつも警戒しなさい」などとどこぞの暗殺者教育のように言われても、はっきり言って無理な話なのである。
「……おはよぅ」
「お早う」
欠伸を噛みしめながら挨拶を交わす。彼は無作法を気にすることなく微笑む。けれど、彼の頭脳がどこか遠くへ行っている事は明白だった。
ミレオミールの本質は、物ごとを考え抜く所にあると、由乃は思っている。
思考に耽り、興味の在る物ごとに対し只管掘り下げる悪癖。それは好奇心を満たす娯楽であり、未来の危機に対する備え。特に現在は謎しか無い空間に捕らわれていると言っても過言では無いので、彼の脳もフル回転していることだろう。
寝返りを打てなかったためか、動かした身体のあちこちから小気味良い悲鳴が上がる。痛みが少ないのが救いだろう。
椅子に布と、寝る時にバランスが悪くなる事を疎んでベルトから外した剣を置く。由乃自身は立ち上がり、足を肩幅に開き、ゆっくりと腕を天井に突きあげながら大きく伸びをした。
体中に一気に血液が流れる感覚。耳の奥で潮騒のような音が響き、次第に遠ざかり、水音を鮮明に聞きとれるまでに回復する。欠伸で脳に酸素を渡らせ、剣を定位置となる腰へと戻すと、正方形の布を対角線上に一つ畳み、作った三角を持ってミレオミールへと近寄った。
「ごめんね、有難う」
魔法都市の国章が入った、ベージュの、ミレオミールの腰布だ。
基本的に、身に付けた国章はその人物の身分証と言っても過言ではない。国章を身につける者は、その章を持った国がその者の身分を証明するという証である。故に、遊び半分で身につける者、悪事を行う時の保険に身につける者、贋作を作る者、そして身につける者に対しては、厳しい取り締まりがなされている。
由乃の上着――背に描かれた国章も、カルロディウス国が由乃の身分を証明する、という証だ。ミレオミールには、そういった点に対する意識が低すぎて、由乃の方が偶に冷や汗を掻く程度だった。
そんな由乃の心中もいざ知らず、彼は笑顔でそれを受け取ると、立ち上がって腰に巻きなおす。そしてそのまま、長椅子に腰を下ろした。
「あのお嬢さんは?」
先程までいた、涼やかな声色をした、穏やかな女性。
由乃は、彼女とミレオミールの会話の途中で目を覚ました。
知らぬ人の前に寝起きで登場できるほど、由乃の神経は図太く無い。故にそのまま寝たフリを決め込み、彼女との対峙を由乃は避けた。
「近くの集落のお嬢さん、だってさ」
具体的に聞かなかった自身が悪いのか、由乃の意図を察していて、態とズレた解答を寄こすミレオミールが悪いのか。
由乃は、小さく息を吐いた。
溜息にはならない、ただの吐息。
「で、見解は?」
やはり問いは具体的では無いが、ミレオミールは顔の横で、軽く両の掌を掲げた。謎の降参を示す姿勢。
はて、と由乃は首を傾げる。彼は一体、何に降参したのだろう。
「人ではなさそうかな」
一つ頷いて、ミレオミールはさらりと告げる。
それはもう、今日の天気を語るかのような気軽さで。
その気軽さに触発されたわけでも無く、由乃も「うわーまじか」と同じくらいさらりと告げる。けれど内心は酷く単純な感動に彩られていた。それこそ、「うわーまじか」という言葉が、由乃の動揺を只管物語っている。正しくシンプルかつダイレクトな動揺だ。
その反応に、ミレオミールは目を瞠る。純粋に、その表情に疑問を描いた。次の瞬間には猫のように楽しげなそれに変わる。上半身を屈め、膝に肘を突き、傍に立つ由乃を覗きこむように、上目でニヤニヤと笑った。
「ユノ、いつの間に、視える『目』を手に入れたの?」
聞くミレオミールに、由乃は眉を寄せる。
「んーそう……なる……んんん?」
「なに。曖昧で、煮え切らない」
ミレオミールの苦笑も当然だが、腕を組み、身体を捩る由乃の疑惑も当然だ。
由乃自身も理解している自身の思考。八色由乃という人間は、他者に対する偏見が少ない分、基本的にどんな人間であろうと受け入れることができる。生まれ故郷にそれ程ハードな生い立ちを持っている人間こそいないが……好き嫌いに構わないのであれば、大抵の人間の生を受け入れることができた。恐らく「自分幽霊なんです」と言われても、由乃は「そっ……マジか、すげーな。成仏せんでええの?」と返すことだろう。
だからこそ、だろうか。大抵の『人間らしい』ものを『人間』であると分類する故に、由乃が人間らしい人物のその差分を感知し、『人間では無い』と思考することは、断じてない。
正しく、絶対に。
八色由乃という生き物は――
下手をしたら、命あるモノ総てを、自身や他者の人間と同列に扱う人間だから。
恐らく、『人間では無い』と悟った所で、彼女があの女性を差別することも、無いのだろうが。
ただ、そもそも浮かばない筈の思考を彼女が直感すること。それこそが、由乃が自身に感じた驚愕である。
その面倒な思考をミレオミールも理解しているようで、故のからかうような軽やかな問いかけだった。
「…………この空間、か」
そして、由乃を放置して、勝手に導き出される解答。
由乃も、「多分」「きっと」「恐らく」そうなのだろうと考える。だが、断言は出来ない。単に自身が未知と遭遇しすぎたために、『彼等』の境界をはっきりと知覚できるようになった、という成長の可能性も捨てきれないためだ。勿論、そんな可能性一パーセントにも満たない事は、由乃自身確信しているのだが。
視線を落として思考に入るミレオミールを他所に、由乃は考えない事を選んだ。
結果は出ている。
彼がこの空間に起因すると口に出した時点で、つまりはそういうことなのだ。
彼にとっては、それは可能性の一つとしての呟きだったのかもしれない。薄らと発音には疑問符が付いているようにも聞こえた。だが彼は、由乃から見て悠久とも呼べる時を生きている。彼の積み上げてきた経験や知識は、その辺の人間とは桁違いに高く、そして深い。「つい」「うっかり」「無意識」に投げ出された言葉にも、彼の積み上げた総てが反映される。決して「つい」と切り離して考えて良い程、軽い物では無いのだ。
由乃は身を翻す。自身が無意識下で予想した以上に長い上着が翻り、意図しない所で、彼の思考を中断させてしまった。
気付きつつも、やってしまったことは取り返しがつかない。再度勝手に彼が思考に耽ることを願って彼から距離を取るが、ミレオミールはそのまま由乃に視線を投げたまま、漫然とその動きを追っている様子だった。
辿り着いた祭壇には、枯れ花では無く、瑞々しい生花が並んでいる。水をやってすぐ摘んだのか、昨夜由乃が感知しない間に雨が降ったのか、それとも水蒸気が露と化したのか。花弁、茎、葉。一様に淡く水を纏い、ステンドグラスを通過して色づく光を鮮やかに反射し、煌めいていた。花の種類は百合で、花弁の色は白。
凛と美しく気高い姿を祭壇に横たえて、それはまるで、供えられた生贄の聖少女のよう。
「――夢を」
ぽつり、由乃が零す。
未だ思考に入っていなかったミレオミールは――例え思考に入っていたとしても――その言葉を拾い上げ、問うような独り言で「夢?」と呟いた。
「酷く、懐かしい……夢を見たんだ」
ミレオミールは沈黙し、由乃は頼れる優しいお兄さんの面をした彼を振り返る。
「ほら、私……夕飯前に、一回仮眠したでしょ」
彼は「あぁ」と漏らす。
寝ないと決めた癖に、結局寝に入ったのだから優柔不断も良いところだ。
ミレオミールが起こすのも気付かず、最終的に起き上がったまでは良いが、座った状態で更に眠りに入ろうとしたため、彼にデコピンを喰らわされた数時間前のソレである。
そこで、由乃はついでにデコピンの痛みを思い出した。
額にクリーンヒット。地味な鈍痛は食事中も続き、ずっと眉間に皺を寄せて食事をしていたのが記憶に新しい。
額に手を添えれば、苦笑する気配を肌で感じる。手前のせいだとは言えず、由乃は自業自得という言葉を噛みしめながら、視線を合わさずに患部を擦った。
「あの時、夢を見たんだよ。酷く懐かしい……っていうか、既に私の記憶には無いくらいの幼い頃、家族で初詣に行った夢」
「……『はつもうで』?」
気になるのはそこか。
「年始に、神様の社に『昨年はこうでしたので、今年はこうでありますように』ってお参りをする風習、かな」
「へぇ、ユノの国は信仰深いんだね」
どちらかと言えば、信仰深かったのは過去の遺物で、現在はその儀式が形骸化し、行動だけが残った、と言うべきなのだが。
まるで自身の事のように嬉しそうに頷くミレオミールに対し、横槍を入れて良い気持ちが見当たらない。
幻想は幻想のまま、彼の内に留めてやるのも良いだろう。どうせ、由乃があちらに帰る方法も、彼等があちらに行く方法も、見つかってはいないのだから。バレる事も無い。
「で、その夢が?」
信仰とは無縁代表の由乃は、バチ当たりにも祭壇上に腰を下ろし、贄の百合を持ち上げて観賞していた。
彼の言葉に思考を戻され、それでもミレオミールを一瞥しただけで、視線は百合に戻した。これでも、由乃は結構花が好きなのだ。
「本当に幼い頃で、真面目に、夢か現かも曖昧な記憶なんだけどね……その中でちょっと、興味深い会話が登場したので」
「『興味深い会話』……」
「うん」
言葉を復唱する彼の癖に、由乃は頷く事で応える。直ぐに言葉を紡がないのは、一字一句正確に伝えるには、その記憶が本当に曖昧模糊としているためだ。三年間掃除をしていないザリガニの水槽よりも不透明。異物を取り除き、その時の感覚だけでは無く、正確に、言葉を隅々まで思い出さなくては。
こう言う時、ミレオミールは横槍を入れない。
由乃の話す事柄が興味本位で気になるからでは無く、この場と関係の有る物であることを、確りと悟っているからだ。
証拠に、彼の瞳は真剣だ。時間の流れさえも意識させない様な急かさない待機の姿勢と、柔らかい笑みだが、由乃がうっかり思考を脱線させようものなら、しっかり口を挟んで来る事だろう。心を読む奴は、これだから面倒くさいと由乃は思う。
ううんと唸りながら、先にこちらの疑問を片付けてしまおうと、由乃は顔をミレオミールへと向けた。
「ミオ、此処は神の――えっと、水霊さんである『ネロ』の空間なわけだよね」
「まぁ、十中八九は」
「……残りの二割は?」
「魔族側の罠という可能性を考慮し」
まぁ、無いだろうけど、と綺麗に微笑むミレオミールから、由乃は視線を外した。
ミレオミールは、由乃の迂闊な行動を、軽く非難しているのだ。
彼は否定も拒否も無かったが、由乃が此処に留まる事に反対だったのだろう。由乃の「大丈夫そうだから一泊する」等という曖昧で、不確定極まりない直感を許しつつ、その危険に対する浅慮に対し、確りと灸を据えるつもりだったのだ。
そして今、タイミングが合ってしまい、笑顔と言葉で由乃に圧力を加えている。
由乃は「今後気をつけます」、という日本人ならではの否定的な言い訳を唱え、彼の非難を回避し、会話を続けた。
「ミオ、私はね、神ってやつをそんなに信じてないんだよ」
言って、聞こうとしてくれているミレオミールを他所に、由乃は首を傾げた。
違う、この言葉では、無い。
「ううう、なんて言うのかな……興味が無いって言うか? 困った時の神頼みはするし、やっぱり最後の最後、どうしようも無くなった時に縋るのって神様なんだけど……それまでのトラブル――厄介事ってさ、結局、自分と自分の周囲に居る人たちの協力で解決するしかないじゃない? 魔王のことだって、そう。神様じゃ無くて、私がひっぱり出されてる。世界のためなら神様が手伝ってくれても良いのに、人間がやってる。まさかこんな風に、教会の主様が結界を張ってくれてるとは思わなかったけど……」
告げたい事の半分も伝わっていない気がしていたが、由乃は根気よく言葉を探した。
一番根気良いと言えるのは、由乃の言葉を待つミレオミールなのだろうが。
由乃は百合を手放し、祭壇の上へとそっと戻した。
他の百合たちと同じように、厳かにその身を水霊へと捧ぐ。
百合はlily。その語感の通り凛々しく、誇り高く、その背を伸ばし、気高く美しく。
由乃の足元で、小さく見えない魚が跳ねる。
「父さんが――、その、父がね、あんまり全然全く覚えてないと言って過言では無いんだけど……言ってたの。『神様が良い奴で、人々を守ってくれる存在なら――人々が幸せで、自分を頼らずしっかり頑張って地に足つけてしっかり生きてんの見りゃ、それがそいつの幸せってもん――』って感じのことを」
もやもやとした感情のまま、由乃は高い祭壇から滑り降りる。
爪先から波紋があがり、次いで踵から第二波が揺らぐ。勢いに任せて片足を前へとずらし、くるりと身体を反転させて、再度祭壇へと身体の正面を向けた。
――神様が良い奴で、人々を守ってくれる存在なら。
――人々が自身を頼らず、地に足付けて生きているのを眺める事に、幸せを感じてくれるのだとすれば。
水霊が、由乃を呼んだ理由。
近隣の住人だと騙った、人では無い彼女。
神は魔王という名の災厄を退治しない。
良い奴なら。
神が――水霊『ネロ』が、まるで人間のように、何かを望む存在であるとするならば。
由乃は腰に携えられた剣をずらし、スカートに入ったプリーツの合間に手を突っ込んだ。
制服のそこには、腰から落ちないよう留めるフックとジッパー、そして何も入れなければ対して目立たないポケットが備わっている。
そのポケットから、目的の物を取り出し、さらにその目新しい袋から物を取り出して、輝く表を上に向け、祭壇の上へと置いた。
振り返った先、ミレオミールはきょとんと由乃の様子を見守っていた。どうやら由乃の行動は、由乃に隠れて見えなかったらしい。
別段説明する気も無く、数歩祭壇から離れ、由乃は丁度ミレオミールと祭壇の間に立った。
背後に、ミレオミールの視線を感じる。
「父は――」
天井と床の水面は揺らめいて、壁は大雨が打ちつける窓のようになみなみと水を滴らせる。視覚から得られる音と魚が跳ねる音だけが響き、時折天井から落ちる雫がピチャンと波紋を広げた。
水霊『ネロ』の作り上げた異空間。
由乃を呼び、閉じ込めた、美しい水の檻。
魔族を近づけさせず、人を守ってきた教会。
そして――誰かが決めた罪人を裁いてきた、凄惨な死の現場。裁きの間。
「『神様ってのは、親みたいなもんだ。ユウやハナが大きくなって、自立して――それで俺たち親のことなんて気にせず、しっかり平和に生きていけるなら、それが俺らの幸せ。でも』」
暖かい笑顔と、冷たい空気。
父の暖かい言葉が、正しいのなら。
神が本当に、そういった存在であるとするならば。
――守れなかった人々。守りたかった人々。
守るべき人の居なくなった場所で、由乃を求めた理由は。
「『でも――欲を言うならやっぱ、傍で見守ってたいもんだよなぁ』」
愛おしいものと、生を共にすることを。
願う。
由乃は、一度深呼吸をする。清らかな湿った空気を肺へと送り込み、身体の内を廻り、溜まった余分を集め、それらを一気に、けれどもゆっくりと吐き出す。
空になった身体は、清らかと呼べるのだろうか。
それは由乃の知るところでは無い。興味もない。
例え穢れていようとも、そんな由乃を呼んだのは此処の主なのだ。
ならば――これも、『彼女』の自業自得なのだろう。
「おいで」
たった三文字。
それは、由乃の意識の外で、酷く美しい音を奏で、教会の内に響いた。
「私がここから、連れ出してあげる。
――一緒に行こう」
人のために。
人の傍に。
柔らかい声色に、空気が凍った。
波打っていた水面は凪ぎ、流れていた壁の水も動きを留める。
完全に制止した世界の中、由乃も、ミレオミールも、身動ぎ一つしないまま、『それ』はするりと凍った水面を走り抜け、祭壇へと辿り着いた。
百合に気を取られる事も無く。
傍に由乃が置いた『何か』の隣で『それ』は跳ね、そして、飛び込んだ。
瞬間、空気が動くのを、由乃は全身で感じた。
だからどうという事も無く、由乃は二本の足で立ちつくしたまま、周囲が落ちつくのを待つ。
水面が波打つ。
津波でも無く、誰かの立てた波紋でも無く。
それは――祭壇に引き寄せられ、引きずられ、吸い寄せられるように。
教会に在った総ての水を吸い込んだ所で、空気は静謐なものへと化す。
水色に反射する壁も、床も、天井も無く。
唯一、ステンドグラスに照らされた由乃の立ち位置だけが、美しい青色に飾られていた。
そこから歩きだし、由乃は、祭壇に置かれた『何か』を躊躇わずに手に取る。角度を変えて眺めるそれは、表面を波立たせながら、それでも確りと光を反射し、由乃の顔を映し出した。
背景まで、確りと。寸分違わぬ、弛まぬ線を。
当然である。それの本質は、『映す』ことにあるのだから。
違わぬ世界で優雅に泳ぐ魚の影を奥に捉えながら、由乃は満足げに微笑んで、ぐるりと身体の向きを変えた。
「帰ろうミオ。なんて言うか、色々怒られるかもしれないけど、後の事は報告してから考え――って……ミオ?」
対峙した不可思議な現象よりも、由乃はこちらに対し気を取られた。
そういえば、いつからだろう。ミレオミールは一言も由乃に投げかけず、相槌の言葉すら、耳にしていない。
「何、どしたの。変な顔してるけど……」
由乃が率直に述べると、ミレオミールは一瞬の間の後、ゆっくりと瞑目した。
再度由乃が呼びかけるよりも早く、ミレオミールが動く。
「何でもないよ」
そう言って、ミレオミールは、とても綺麗に笑顔を捏った。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
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