友人たち
※後書きでちょっとお知らせがございます
――どうか私を尊ばないでほしい。
私は話す口を持たぬ闇。
地上に遺す名すら無く。
水中に漂うことすらできぬ影。
□■□
城下には、由乃の『友達』がいた。
幼い兄妹と、由乃よりも身長の高い年下の少女と、その家族である。
「あれ、珍しい。ロニがこっちにいるんだ」
「ヨシノ!」
「ヨシノ!?」
「おひさしー」
由乃がひらひらと手を振れば、金髪碧眼の少女の様な少年は、由乃に躊躇い無く抱きついた。
畑仕事をしていたフェリアは如雨露を持ったまま、畑を覆った低い柵を乗り越え、水と土で汚れた手で由乃に触れようとし、あっと小さく呻いて手を引っ込める。
「気にしなくていいよ」
「良く無い。気にしてんのはアタシだ」
だからこそ、気にしなくていいと言っているのだけれど。
確かに、相手に良いと言われたからと言って、気になったものが気にならなくなるという事は無い。
けれど、フェリアは大体、忘れるのがオチだったりする。細かいことを気にするのは苦手な性質なのだ。ならば最初から気にしなければ良いのだが、相手を思いやれるのも、彼女の性質。どちらも好ましく、微笑ましい。由乃はフェリアが好きだった。
「ヨシノ、変な服に戻ってるね」
「ホントだ」
一見して解ることだが、由乃は召喚する前から身に着けていた、高校の制服を常時着用していた。常時と言っても、洗濯をしないわけではない。約一週間前にはちゃんと自分の手で洗濯をしたし、寝巻は別に持っていたし、外で転がったりもしていないし、遠征にも出ていない。
制服なので容易な事も言えないが、今度ミレオミールか衣装屋に行き、似たような物を仕立てられないかと考えてもいた。制服が特段気に入っているというわけでもないのだが、なんとなくしっくりくるのだから仕方が無い。
ある種トレードマークのようにも、アイデンティティのようにもなってしまっているので、新衣装を捜したり、誂えたりする方が由乃としては面倒極まりない。戦闘に向いているかと問われれば、それは確実に否だろう。鎧が無いので防御面は果てしなく低い。けれど、鎧は重いので、その分由乃の優れた点である、瞬発力やスピードが削がれ、かえって弱くなってしまうというリスクもあるのだ。着慣れていることもあり、やはりこれが一番しっくりくる。制服こそが、由乃の定めた戦装束なのである。
確かに戦う時スカートは不便だが、短パンを履いてるので無問題である。それならばスカートを脱いでしまうのも一つの手だが、制服に短パンは似合わないので、仕方が無い。全体のコーディネートを気にするあたり、由乃は女子であった。
ロニはふふと笑い、可愛らしい顔をふんわりと、花のように綻ばせる。
「普通の服もいいけど、やっぱりヨシノはこっちだなぁ。似合ってるよ、ヨシノ」
可愛い顔して、言っている事はまるでホストだ。
哀しい事に、少年がホスト染みた台詞を吐くのに慣れてしまった由乃は、「ありがとう」とお礼を述べ、そのサラサラの髪に指を通す。触り心地は、由乃のそれとは全く違う。触り心地の良さを伝える代表としては、『上質なシルクのような触り心地』というものがある。けれど、由乃は上質なシルクなど触ったことが無いので、本当にロニの髪が上質なシルクのようなのかが解らない。ふんわりと柔らかく、指に絡むこと無く素直に由乃の指を通して行く。
兎に角美しく、気持ちの良い触り心地なのだ。
何度か撫でてやれば、ロニは「へへへ」と笑い、由乃から少し離れる。
身体は離れるが、手は由乃の袖を握ったままだ。控えめな主張は、素直に可愛いと由乃も思う。
この仕草を素でやってしまっているのなら問題だが、彼の場合は、計算の可能性が多いに高い。計算でやっているとすれば、それに対する弊害を考えるだけの頭もある、と言う事だ。其処まで考えていない中途半端な場合もあるが、彼はちゃんと考えられるだけの頭を持っている。なんら問題は無い。
駆け寄ったフェリアは、ロニの笑顔とは対照的に、少々むすっとしていた。
察しがつかず、由乃が不思議そうに首を傾げれば、フェリアはぱっと表情を変え、「何でも無い」とすまなそうに笑った。水分を含んだ、土の付いた手で頭をかいたから、多分頭が汚れただろうが、彼女はそんなこと、一切気にしない。 自分には酷く無頓着なのだ。
「で、今日は何しに来たんだ?随分御無沙汰じゃないか」
「うん、まぁ……蒸し返すのもあれだけど、こないだのあれ……。あれの脱獄犯が全員捕まるまで、外出禁止令だったからさぁ」
「あぁ、ミレオミールが一緒じゃ無かったもんな……」
「そうそう」
既に帰ってきてはいたのだけれど、フェリアは城の情報に精通しているわけでは無いので、知らないのだろう。
正すのも面倒だと、由乃は彼女の言葉にうんうんと頷いておく。
「この辺にも、兵士が置かれてたよ。父さん母さんが話つけてくれて、あんま近くには来なかったけど、何かあったらすぐ対処できるところに居たらしい」
「あれ、そのおばさまおじさまは?」
由乃の問いに応えたのは、フェリアではなく、袖を軽く引いたロニであった。
「街だよ。序に、ミシェルは家。僕もまだ外は駄目って言われてたんだけど、フェリア姉さんの家ならってことで許可貰って来たんだ」
ミシェルとは、ロニの妹である。父親譲りのチョコレートのような茶髪に、濃い紫のアメジストの様な瞳。顔立ちは顔立ちは少女の可愛さを凝縮させたような、小動物的な愛くるしさがあり、人に抱きあげられる事が好きなブラコンの幼女である。
普段は兄であるロニと行動を共にしているのだが、由乃同様、そちらも保護者から外出禁止令がだされているのだろう。ご愁傷様、と由乃は他人のような感想を胸の内に唱えた。勿論、他人事である。
街は、この田舎町からは、幾分離れた場所にあった。
こちらが城の裏門から一直線で来られるとすれば、あちらは正門から一直線。それだけ聞けば案外近くに在りそうな気もするが、城自体が一つの街並に広く、その城の建つ山の下、円を描くように、商店街や市民区、フェリアたちのいる田舎町や、貴族たちが住む住宅街等が連なり、総てが一様に王都と呼ばれていた。中心点から離れた、半径や直径が大きい円の方が、円周が長いのと同じ原理である。距離は充分離れていたし、当然ながら、落差もある。
この田舎町から商店街へ行くには、馬車でも一時間は軽い。週三回は、日用品の移動商人が商売にやっても来るのだが、品揃えはやはり、一回街に出てしまったほうが有意義と言える。勿論、要望や予約に応えて品物を仕入れたりもするが、荷馬車に積みこまれる量は限られている。限りある中で最善を尽くそうと、移動商人も頑張ってはいたが、優先順位は覆せない。ごく偶に娯楽の日もあるが、一カ月に一度あるかないかの頻度なので、あまりに欲しい物の種類が嵩むと、人は荷馬車を借り、自分で街へと繰り出すのだ。
「何買いに行ったの?」
由乃が何気なしに聞くと、フェリアははぁと大きく溜息をついて「色々」と言った。
「多分、要らないものまで買い込んでくるんだ……全く、困った親だよ」
苦い顔で呟くフェリアに、由乃は「あらあら」とそつのない返事を返した。
二人に浪費癖は無いし、二人ともかなりのしっかり者だ。フェリアが言う『要らないもの』があるとすれば、恐らく。
「フェリアもたまには、おしゃれしても良いと思うんだけどな」
「思わない」
由乃がニヤニヤとフェリアに問えば、ばっさりと嫌な顔で否定されてしまった。
彼らが買ってくる、フェリアにとっての要らない物と言えば、女性物の服や、化粧品の類である。
フェリアの勝気そうな顔立ちは、髪を短くしていても、男ものの服を纏っていても、それでも美人と評することができるだろう。女性としては勝ち組と呼んで遜色ない。問題無いくらいには整っていたし、女性らしく着飾れば、世の男性が放っておかないであろう事くらい、容易に推測が可能である。
それでも、フェリアは興味が無いらしく、一切のお洒落という類を毛嫌いしてきた。肌に合わない、と。それがフェリアだと言ってしまえばそれまでだが、着飾った姿を見てみたい、という自分勝手な欲望を、由乃も持っているのだ。
「そんなことより」
由乃の考えを一掃するように、フェリアは眉を下げて、由乃を見やる。
「身体は?怪我は?もう、大丈夫なの?」
フェリアが心配していたのは、由乃の身体のことだった。
約一週間前、この場に居る由乃とフェリアとロニ、そしてその他何人かを含む人間が、とある事件に巻き込まれた。――否、巻き込まれたのはロニだけで、由乃は自ら首を突っ込んでいった、というのが正しいのだが。
その折、由乃は大きなとは言わないが、色々と身体を傷めてしまった。その事件の前から負っていた怪我もあり、フェリアは酷く心を痛め、ずっとそれを気にかけていたのだ。だが、今日になるまで、由乃がフェリアの元を訪れる事は無かった。
心配ならば、フェリアが自分から会いに行けばいいのだが、由乃が住んでいるのは城である。
一般市民であるフェリアが、フラフラと出歩いて良い場では無い。由乃も、勇者で無ければ一生踏み入れることの無かった場だろう。広い部屋は落ち着かなくて、狭い部屋を所望したのも良い思い出である。
由乃はロニに捕らわれてない方の手を胸元で振りながら、自身の無事を主張した。
「怪我はへーき。帰ってさぁ、色々あってさぁ、すぐに回復魔法かけられた。やんなるよもう」
「そういえばヨシノ、回復魔法嫌いなんだっけ」
「変な奴だよなぁ。パッと怪我が治れば、畑仕事もすぐできるのに」
由乃が辟易したように言えば、ロニが納得するように頷き、フェリアは呆れたように主観で物を言った。
由乃でも、言いたいことは解るのだ。
怪我が瞬間で治るということは、負傷によるペナルティを受ける事が無い。すぐに戦線に復帰できるし、傷めた部分を引きずる事も無い。足手まといにはならず、いつでも自身をフル稼働することが可能だ。治療による薬を使う事も無く、包帯やガーゼ何かの物資も必要ない。感染症にかかる心配も無く、はっきり言って、良い事づくめなのだ。
それでも、由乃は回復魔法が得意ではない。
「…………だって、得体が知れないじゃん。どうやって骨はくっついてるの?カルシウムでも精製してんの?木工用ボンド?傷は?寸分違わず血管はくっつくの?筋肉は?神経は?出てった血はどうなるの?全然分かんないじゃん!そんなもんで肉体弄られてみてどう!?怖くない!?今後魔法で治したところで内出血が起きやすくなったりしたらどうするのー。怖いよー」
なまじ医学が発展した世界にいた由乃である。
魔法のように便利な物は無く、人体の構造を解し、多くの傷や病を人の手で治療してきた世界なのだ。
ある程度の身体の構造は一般常識で、とても単純なことを言えば、肉と血と骨と神経で成り立つのが人間の身体である。魔法で、それがどうやってなおるのか。由乃にはそれが解らない。
時間を巻き戻してその傷を無かったことにするのであれば、何故記憶は消えないのか。傷の部分だけの時間を巻き戻すのならば、他の身体の部分とは時間にズレが生じることになるのではないか。
放っておいて良い矛盾では決して無い。目を瞑っては最後、とんでもないどんでん返しを喰らうような気がしてならない。
そういった思考が、、由乃を回復魔法から遠ざける要因となった。
理屈の解らないものに頼るのは嫌だ。そういうものだ。
だが、この世界には魔法がある。
誰もが使える便利術では無いものの、ある程度の重傷を負えば、憲兵の中から治癒師を派遣してくれることもあり、一般的な平民達の中にも、回復魔法は広く浸透していた。
その代償として、医学の進歩という観点から言えば、ここはまだまだだった。研究されているのは薬草等の植物で、病気で腹を切ることも無い。臓器についての知識はあるものの、どこが何の役割を果たしているかは知られていない。
だからと言って、学問は廃れたわけではない。
目覚ましい進歩はみられないが、研究している者はまだたくさん存在する。
由乃は魔法よりそちらを応援しているだけで、まぁ、それだけなのだ。
理解が及ばない、という表情をするフェリアとロニ。
由乃も、この感覚を解ってもらおうと言う気は無い。
彼女たちは、この世界の人々は、回復魔法を使用してもなんら問題無く生きているのだ。害の無い利便を捨てる必要はないし、悪い意見を覚えさせるのも、由乃の本意ではない。
「あっ」
不意に、フェリアが小さく声を上げた。
「どしたの?」
「姉さん?」
由乃とロニが首を傾げれば、フェリアは「あ、いや」と言葉を濁した。
考えこむように視線を外し、暫し沈黙する。ロニと由乃が顔を見合わせ、お互いに疑問符を飛ばしていれば、フェリアは自身の家を指さした。
「ちょっと寄ってきなよ。ヨシノに用があったんだ」
二人を置いて、小屋の様な家へと戻るフェリアに、由乃とロニはやはり、顔を見合わせ首を傾げた。
こんにちは、之木下です。
此の度、一身上の都合ながら、暫く『勇者伝説』の更新を停滞させていただきたいと思います。
詳しくは活動報告にて。
いつ更新を再開するかは未定ですが、再開する気は満々なので、絶対また更新を再開したいと思います。
ではその時まで。
失礼いたします。




