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勇者伝説  作者: 之木下
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桃太郎

予想外に桃太郎について語らせすぎてしまいました。無駄に長いです。


 剣の経緯を粗方聞き、お茶とクッキーで一段落し、由乃はやっと最初の疑問を思い出した。

「猫と鳥だよ」

 クッキーを数枚、時折ミレオミールの口に運びつつ食していた由乃は、思い出した瞬間口から言葉が零れ落ちた。

 猫と鳥。


「だから、鳥と言えば鷹で」

「わたくしは、猫は三毛猫が好きですね」

 平坦な気の無い声と、穏やかで心安らぐ声が、由乃の疑問に斜め三十六度の角度から答えた。そんなこと、由乃は全く聞いていない。

「ミオが鷹好きなのは知ってるよ。三毛猫は私も好きです」

「かわいいですよね、猫」

「エトワール様は、猫を膝に乗せて縁側で日向ぼっこする姿が似合いますね」


 基本的にカルロディウス国は洋風だが、畳や卓袱台があったり、果物や森の木々、野菜や雑草に至るまで、由乃の住んでいた国に程近かった。動物も当然ながら、由乃の故郷とそれほど違いが無い。猫は三角の耳に丸く目尻の上がった可愛らしい目に、全身を毛に覆われ、髭がアンテナのような役割をし、尻尾を揺らしながら優雅に歩く。その舌で舐められるとざらざらとした心地よさ、もしくは痛みが皮膚に伝わる。

 基本的に無類の動物好きな由乃ではあったが、どの動物が一番好きかと問われれば、猫であると即答で断言できた。この世に猫に勝る存在はいない。かなり真剣に、由乃はそう思っている。


「そうじゃなくて」

 自分でエトワールの会話にのっておきながら、由乃はふるふると頭を横に振った。連動して揺れた長い三つ編みの髪を前へ持って行き、弄りながら由乃は問う。

「あの、勇者の伝説、あれで、お供の少年以外に、猫と鳥と旅に出るじゃないですか」

「あぁ、はい。そうですね」

「あれはその……一体全体、何がどうなってそうなるんですか?」


 酷くふんわりとした由乃の疑問に答えたのは、少し困ったように首を傾げたエトワールでは無く、やっと本から顔を上げたミレオミールの方だった。

「『何』も『どう』もないよ。猫は猫、鳥は鳥。一緒に旅をした。それだけだ」

 ただし、解答は解答足りえない。彼は怠惰に耽る気らしかった。


 眉間に指を当て、きつく瞳を閉じながら、ミレオミールはぱたりと後方に上半身を倒した。「きゅーけー」とだるそうに言っているとろこを見ると、満足したのでは無く、疲労が勝っただけらしい。まだまだ本を読む気であると判断したエトワールは、栞を挟んで勇者伝説の原本を閉じ、畳の傍のフローリングに山と積まれた座布団を頂上から一枚取り上げ、半分に折ってミレオミールの頭の下に敷いた。

「悪い」

「いいえ」

 ほぼ居眠り体勢である。


 自身の関心に手一杯なのだろう。普段の彼ならば、由乃に対して知識の供与を厭わない。それはお供としての仕事だから、なのか、それとも彼の性なのか。由乃が一の疑問を放てば、十にも二十にもして返すほどに、その博識を披露したし、順序立てて物を教えるのも上手い。魔導士と呼ばれるだけのことはあり、勉強はそれほど好きではない由乃でも、基盤から少しずつ、必要な知識を溜めこむ事が出来た。

 けれど、彼はどちらかと言えば、研究者の類である。

 教えるのも得意なのだろうが、専ら自身の頭を動かし、考えることに集中するのが好ましい。

 久しぶりに見つけた新たな研究対象に、彼はすっかり研究モードである。


 由乃はミレオミールから何かを聞くのを諦め、勇者大国の最高責任者たるエトワールに向き直った。

「で、猫と鳥がですね」

「そう言われましても……」

 エトワールは苦く笑うばかりだった。

 由乃も馬鹿では無い。具体性に欠ける質問に答えられないことくらいは解っている。


 暫し思考し、小さな疑問から入ることにした。

「勇者は、お供の少年と、猫と、鳥と一緒に旅をするんですよね?」

「はい、そうです」

 エトワールは教師の顔になり、生徒である由乃の言葉に頷いた。

 ミレオミールのように、確りとそういう仕事があったわけではない。だが、エトワールも他の人より長く生き、他の者より長く十二神将として滞在してきた実績がある。早いうちから城の守りを押しつけられた身として、城内での仕事は兵士や代替わりした十二神将への指南もまた、彼は何度も経験してきたのだ。教育指導はお手の物である。


「お供の少年は、えっと、最初に助けてくれた少年で――つまり人ですよね」

「はい、人間です」

「……猫と鳥は、えっと……どっから来て、どうやって仲間になったんですか?意志の疎通とか、できたんですか?」


 由乃の疑問は、猫や鳥と言う、あくまで由乃の常識的には意志疎通の難しい存在との同道、という点である。同一の言葉を話すことができない種族が、どうして、どのように彼女と共に生きることを決め、そしてそれを伝え聞かせることができたのか、という部分だ。

 鳥はともかく、猫は気難しい。確かに懐かれれば甘えてくるし、足にすり寄りすぎて普通に歩く事すら困難なこともあるだろう。

 けれど、魔王討伐のお供、という表記はどうだろうか。お供という存在は、隣に居るだけで務まるものではない。彼らは共に戦い、勇者を助け、支えた存在だと言う事だ。

 そして、それが正しいのだとすれば、こちらの猫や鳥は、由乃がえがく猫という像を、すごい勢いで無視した存在だということになる。

 猫は猫だが猫でなく、鳥もまたそれに同じ。

 もし由乃が勇者なのだとして、伝承をなぞることを推奨、もしくは強制されるのならば、由乃は猫が猫で無いことを覚悟していなければならない。


「……桃太郎みたいに、普通に『きびだんご寄こせ』とか言ってくるのかなぁ……」

 あまり想像したく無い光景だった。動物との意思疎通は、動物好きなら誰もが夢見る魔法の一つだろう。由乃も確かに夢見る部分はあったが、それでも、猫や鳥がいきなり喋り始めたら、嬉しさよりも恐怖が勝る事は想像に難くない。

 眉間に皺を寄せて唸る由乃の疑問に答えたのは、微笑むエトワールでは無かった。


「『桃太郎』?何、それ?」

「うわ、これウザイやつだ」

 目は開かないまま、由乃の外套のような真っ赤な上着の袖を引いたのは、ごろんと身体を転がしたミレオミールである。口に出していたつもりは由乃には一切無かったのだが、出てしまっていたのだから仕方が無い。

「母国の童話というか、お伽噺の一つ……って待って、今ミオ、目ぇ瞑ったまま寸分違わず私の袖を引かなかった?」

「童話か……それはここの『勇者の伝説』とは違うんだ?」

「違うと言うか何と言うか……さらっと無視するし……うーん、なんて言うのかなぁ……」


 由乃は困りエトワールに視線をやったが、こちらも完全に聞く体勢に入っていた。夜空色の瞳は輝き、まるで星々の瞬きが垣間見えるようで、由乃は完全敗北を悟らざるを得ない。由乃がエトワールに弱いのは、最早エトワール自身も知る事実なのだ。

「……確信犯だったら、やだなぁ……」

 いや、それはそれで、別に良いかもしれない。

 しばし沈黙して、熟考の後、由乃は桃太郎の話を二人に聞かせ始めた。

 前置きは、

「最初は話を全部聞く事。ツッコミ禁止、質問禁止。最後に質疑応答の時間を設けます」

である。

 桃から生まれる存在にいちいちツッコミを入れられては、堪ったものではないからだ。





 目を瞑りっぱなしのミレオミールと、目を丸くするエトワール。

 双方、話の行方に対する反応は逆ではあったが、眉間の皺はそっくり同じだったのが、少しだけ由乃の笑いを誘った。


「流れて来た桃を持って帰って……」

「……桃から人が……」

「……桃太郎で……」

「鬼退治で……」

「きびだんごで喋る動物が仲間になって……」

「鬼を倒して……」

「鬼の持ってた財宝を配る……?」


 ツッコミところが多くて困っているのだろう。エトワールは眉間を押さえながら、ミレオミールは仰向けになり、腕で目元を隠しながら、由乃の聞かせた『桃太郎』を確認するように、交互に内容をなぞった。

「桃太郎では猿、犬、雉が仲間になります。だから、こちらの勇者はお供、猫、鳥、なのかなーって思ったんですけど……」

 長く喋ったおかげで、由乃は喉の渇きを覚えた。考えこんでいても気の利いたエトワールが由乃に茶を渡し、由乃はお礼を言ってそれを啜る。

 この大陸に来て以来、由乃は『冷めたお茶』という物を経験しなくなった。魔法は偉大だが、猫舌にはたまらない魔法だろうと由乃は思った。


「はい、ユノ」

 お茶を飲んで一息ついていた由乃を呼んだのは、勿論ミレオミールだ。

 ピとト天井に向かって、目元に乗せていない方の手を挙げている。

「はい、ミオくん」

 いつもとは逆に、由乃がミレオミールを指名する。

 こちらの世界において、ミレオミールに知識で勝るには、由乃の故郷の話を始めるしかない。だが、彼の探究心は底を知らない。

 彼は一の疑問に十以上答える変わりに、由乃の一から十以上の成果を得ようとするきらいがある。ただ由乃は彼ほど頭が回らないので、いつもてんやわんやと面倒になってしまうのだ。

 偶の優越感よりも、常の平穏が大事。由乃が失言をしない限り彼が由乃に何も聞いてこないのは、ある種の彼の優しさなのだろう。


 ピンと挙げていた手の先をひらひらと振りながら、ミレオミールは言う。

「ユノの世界では、人が桃から生まれてくるの?」

「んなわけありますか」

 むしろ、あってたまるか。

 由乃の発言に、ほっとしていたのは、ミレオミールではなくエトワールだった。 「なんだ」と小さく呟くのを耳聡く聞き付けた由乃が彼を窺うと、口を「あ」の形に開き、頬を染め、彼は湯呑で顔を隠そうとした。

 エトワールが女子で、由乃が男なら、確実に結婚を申し込んでいる仕草だった。


 ごほん、と一つ咳払いをし、由乃は言葉を続ける。

「私の生きて来た日本って国でも、大人の事情ってやつで物語が改変されることは多々あったわけですでさ。童話やお伽噺って部類は大方が子供向けだからね。大人になった日常より、子供の頃の読み聞かせが先に思い起こされます。――瞳を繰りぬく『灰かぶり』に、熱した鉄の靴を履かせて踊らせる『白雪姫』に、カニバリズムな『カチカチ山』。勇者のお話みたいに、歴史的に裏付けされたものがあるわけでは無いですが、確か原本――と称して良いのかも不明ですが――桃太郎の話は、川から流れて来た桃を食べて若返ったじじばば夫婦が励み、その時にできた子供、なんて言われてたかなぁ」

「…………それは……」

「なるほど、子供には説明がし難い」

「子供は先ず、人がどうやって生まれるのかを知らないからねぇ……」

 由乃とエトワールが頷き合い、ミレオミールは頷かない代わりに人差し指で宙に円を描いた。


「で、ユノの世界では、桃から人が生まれるの?」

 由乃の身体から、がくっと力が抜けた。

「違うと言ったでしょうが」

「じゃあ、人と人が交わって、女の腹から生まれるわけだ」

 直接的なのか曖昧なのか解らない物言いに、由乃はうっと言葉を詰まらせる。

「そうだけど……ごめん、駄目、この話はここで終わりたい」

 元より、由乃はこう言った話題が得意ではないのだ。保健体育の授業は、基本的に自主睡眠学習をする程度には。

 学術的方面で言うのはある程度平気なのに(保健体育は周りから上がる桃色のオーラが耐えられない)、他人からそういう話題を振られると、どう反応したらいいのか解らない。人類の繁殖に関わる生物学的な事と解ってはいるのだが、そこに付随する行為を連想してしまうのが、たまらなく居心地が悪いのだ。


 ミレオミールはクスクスと笑い、身体を起こして、何度か瞬きを繰り返した。

「ユノのそういうとこ、女子っぽくてかわいいよ」

「刺したい」

「勇者の剣で?過激なのか控えめなのかわかんない照れ方だなぁ」

 知ったような口をききながら、ミレオミールは由乃の頭を軽くぽんぽんと叩く。性別を意識させる扱いや言動は、どうにも苦手である。それならば、今ミレオミールがしている様に、子供扱いされた方が、由乃にとっては万倍マシなのだ。


 彼は由乃に限らず、人で遊ぶことは好きだが、後に響くような事は決してしない。それ以上話題には触れず、「それにしても」と話を戻した。

「人から生まれてくるのはともかく、それなら何で、桃から生まれてくるなんて奇抜な発想になったんだ?」

「そうですね……植物から人が生まれる図、というのは、些か恐怖を覚えずにはいられません」

「『桃』が鍵かな?向こうの桃には人が若返る効果があるらしいから」

 ありません、と由乃が言葉を挟む余地すら無い。

「そうですね、『桃』はあの『桃』なのでしょうか……鬼も気になりますね」

「鬼は、こっちで言う魔族達みたいなもんだろう」

「では、財宝というのは」

「魔法みたいなもんじゃないのか?」

「あぁ、それは、成程です」

「……」


 二人がお互いに考察を始めてしまったので、由乃は手持無沙汰になった。と言うか、由乃は猫と鳥の話を聞きたかった筈なのに、どうしてこうなっているのだろう。

 経験から、二人の探究心が一定まで満たされないと、由乃の疑問が解消されないことは良く知っていた。気長に彼らの質問を待つも良いが、こちらにもこちらの疑問があるのだ。

 由乃は小さく挙手をすると、「本当か嘘かは知りませんが」と前置きした。


「先ず、桃ですね。桃は、こっちで栽培されてる桃と変わりません。あの丸いピンクいやつです。別に若返り効果なんてありません。古来より、私の国――と言うか、古来より、私が住んでいた国と交流のあった国で、桃は厄除けや魔よけの効果があるとされてきました。本来は実では無く樹そのものにあったらしいですが、樹にあるなら実に合ってもおかしくないですもんね。そういえば、実には不老長寿の効果があったんだっけ……あまり覚えてないけど、兎に角、神聖な物として扱われてた事は結構確からしいのね。

だから、『桃太郎』における、『桃から生まれた存在』は、即ち『魔を祓う者』。『鬼』は『厄』であり『魔』となり、話を大きくした『厄除け』や『厄払い』等と言った、そういうお話だという一説を、聞いたことがあります」

 本当に、聞いた話だ。

 由乃も幼い頃、父や母がしてくれるお伽噺に逐一ツッコミを入れ、何がどうしてそうなっているのかを根掘り葉掘り聞こうとした経験があった。これは血らしく、母親もそうだったと聞く。なので、母親も「お爺さんに聞いた話」と前置きを入れながら、由乃に話してくれたのだ。

 また聞きも良いところである。


 それでも、二人は納得したように頷き合い、しきりに「なるほど」と呟いた。

「鬼の持つ財宝ってのは?」

「故郷の物語は、そういう謎の大団円が多いんだけど……由乃さん的には、厄を祓った後の、未来に対する希望とか、そういった物を財宝って言う俗物的で即物的なモンに置き換えた、って考えが、好き」

「犬や雉は何なのでしょう」

「知恵、勇気、仁徳何かの象徴だという話もありますね」

「よく作り込まれていらっしゃいますね」

「まぁ、後付けの一説にすぎませんですが」

 猿、犬、雉には、他に干支説もあるのだが、その話をしてはまた長くなってしまうので、割愛だ。

 物語の考察を始めてしまえば、こじつけの様な事はいくらでもできる。成程と思う事から、ちょっとそれは無理だろう、と思うような事まで。

 作者の意図は読んだ者にしか解らず、古い話になればなるほど、真意は歴史に埋没し、多様な解釈が可能となる。本物を見極めることはできず、その代償として、誰がどんな説を信じても許される自由が手に入った。


「考察するのは構いませんが、正解はありません。なので、各々、好きな説をご提唱くださいませ。あ、でも、くれぐれも『一説』であることをお忘れなきよう」

「提唱はいたしませんが」

「肝には銘じておくよ」

 ミレオミールが右手で蓋をするように湯呑を持ち上げて、親指と人差し指の間からお茶をズズズと啜る。

 異世界のお伽噺は中々刺激的だったらしく、二人の表情は至極楽しげだった。


 そろそろ、由乃の疑問をどうにかしてもらいたいのだが。

 そう思って声を上げようとすれば、

「そうそうユノ」

と何度目かになるミレオミールの問いかけで、それは阻止されてしまった。


「……何」

「そんな顔しないでってば。ユノの疑問には、……ちゃんと後で答えてあげるから」

 エトワールの出したクッキーを食べながら、ミレオミールは笑いながらそう言った。

 それは、つまり。

「……答えられるだけの知識はあるのに、敢えて私の質問をはぐらかしてきたわけか……」

「おっと」

 ミレオミールは由乃から視線を外した。既に最後の一枚となったクッキーを掴み、由乃の前に差し出す。これで手打ち、らしい。

 由乃も、遠回りはしてしまったが、疑問に答えてもらえるならば何でも良かった。クッキーを受け取り茶を飲みながら歯ごたえの良いクッキーを食べ、ミレオミールの質問を待つ。


 彼の質問は、やはり『桃』だった。

「桃が祓いなのは良いとして、桃から生まれて来た理由は?若返ったじーさんばーさん云々はともかく、他の表現の仕方はいくらでもあるだろう。桃と一緒に子供が流れて来たー、とか」

「うーん……さぁ……」

 流石に、そこまでは調べていない。態々『桃から生まれる』という、人間的にあり得ない設定を付けた理由。

 子供は結構「そういうもん」と言われてしまえば、退かざるを得ない生き物だ。其処まで穿って視るだけの頭脳は無く、屁理屈とも無縁。例外は稀にあるが、由乃も最初はそうだったし、この桃太郎の説を聞いたのも、最近テレビで桃太郎の話題を見たからにすぎない。

 由乃はそれほど桃太郎に興味があるわけでもないし、桃太郎を紐解きたいわけでもない。桃太郎は授業には出ないし、雑学としては面白いが、由乃の人生において、重要な設問では無いのだ。


 由乃の困惑した様子を見て、ミレオミールはならばと言葉を変えた。

「じゃあ、ユノの意見は?」

「私の?」

 頷きながら、ミレオミールは由乃に笑みを向ける。

「ユノが、自分なりの答えも出さないまま、物事を放置するとは思えない」

「……買い被るなぁ」


 由乃は苦虫をかみつぶしたような表情で、頭を掻いた。

 ミレオミールが由乃にどんな評価を与えているのかは知らないが、彼と同等の働きを求めているとしたら、それは由乃にとって酷な事と言えた。実際由乃は、生活に関係の無い部分であれば深く知ろうと思わない事も多い。興味の沸いた物しか根底を暴こうという気は無く、総てを知るには、時間も頭も資料も足りないのが世の常だ。小さな謎を解消することはあっても、彼らのように、文献を片手に歴史を紐解くような、大それたことはしていない。


 けれど、幸運な事に、『自分なりの答え』は、この桃太郎に関しては、出せていた。


「……人間以上感が増す、からかなぁ……」

 ぽつんと、由乃は言葉を零した。

 桃太郎が桃から生まれる理由。そんなものは知らない。けれど、桃から生まれた桃太郎は、本当に人間なのだろうか。

「『人間以上感』……?」

「どういった物なのでしょうか……」

 首を傾げる二人に、由乃は言葉を続ける。

「ほら、ミオもエト様も、桃太郎の話聞いた時『は?』みたいな顔したじゃないですか。そういうことです。桃から生まれる人間なんているわけないってことです」

 さらりと出された言葉に、ミレオミールとエトワールは、ずるりと不自然に肩を下げた。まるで片方の腕を引っ張られたかのような落ち方である。


「……なんですか御二人さん」

「先ずそこから……」

「否定に入るんですか……」

 二人とも言いたい放題やっていたくせに、由乃が言うのは駄目らしい。ジト目で由乃が睨みつければ、口々に謝罪が入る。

「何も知らない奴が勝手言うのと、話知ってたユノ本人に反対されるのは、何か違うんだよ」

 解るようで解らない言い訳である。

 一つ息を吐く事で視線を収め、由乃は話しの続きに戻る。

 本当に由乃が思いついただけの話なので、本当に、話し辛い、のだが。


「……さっきちょろっと話した通り、桃には不老長寿の意味もありました。そして、普通人は人から生まれてきます。宇宙人説もありますがそれは置いといて、『普通ではあり得ない誕生』から、例えば――ここで言う『勇者の条件を満たしている』という形になるんじゃないのかなって、思うんです」


 勇者の条件。

 異世界から来た存在で、『勇者の剣』をその鞘から抜く事の出来る存在。

 二人は緩やかに頷く。

「何度も言うけど、桃から生まれるなんてあり得ない。お二人が意味分からんと言った通りですが……実は、似たような変な所から色々生まれるっていう伝承が、私の生きた日本って国には、結構あったりするんです。まぁそれは人では無い存在なので、『そういうもの』って言われてしまえばおしまいなんですが」


 思い起こされる由乃の記憶。

 『そういうもの』で済まされればおしまい。けれどもその意外性は面白く、歴史の授業で聞いた時は、意味が解らな過ぎて爆笑してしまった記憶もある。

「それは、何なのですか?」

 穏やかな口調で、けれど、表情は真剣そのもので、エトワールが由乃に問う。

 焦らすつもりは無かったのだが、過去を思い起こしているうちに、エトワールは焦れていたようだった。


 由乃はピンと人差し指を天井に向けて立て、示す。一本でも、天井を指さしたわけでもない。何となく得意げになってしまっただけなのだ。

「それは、『古事記』です」

「…………『こじき』?」

「……『乞食』?」

「ミオのイントネーションだと物乞いよ。あ、発音ね」

 外国語に食い疲れる前に、制しておく。こくこくとミレオミールは頷き、おろおろとエトワールは控えめに手を上げた。


「ヨシノ様、その、『こじき』とは、何なのでしょうか……」

「うん、えっとですね……うーん、日本書紀だったかな……兎に角、私の国、日本が神に創造されるって感じの書物なんですが」

 二人はぽかんと、口々に「神……」と呟いた。

 そういえば、この国の信仰は勇者に傾いていて、神の名を聞かない。

神が存在しない、ということは無いだろう。城下の貴族たちが住む町には、勇者に関わりの無い教会がいくつか建っていると聞いたこともある。勇者の子孫とは言え、十二神将もただの人だ。彼らの実家では好き好きに己の信仰する神を祀っていることだろう。

 予想でしかないが、きっとこの国にも、神たる概念が存在するはずだ。

 由乃は気になり始めたので、今度誰かしらに手当たり次第聞こう、そう思ったのだった。


「八百万の神っていう言葉がありまして、日本って国には、沢山の神様が居たんです。太陽の神に、美の神に、恋愛の神に、食物、豊穣の神に、夜の神。解り易いのはその辺ですかね。植物の神様とか」

 別の国では唯一神に対し、その唯一に傅く天使達がいるのだが。

 こちらの神事情が解らない以上、ある程度の説明は必要だろうと、由乃は判断したのだ。

「始まりの神様が、男女でおりまして、人間と同じ方法で最初は子供――世界創造のために必要な神様を生もうとするんですけど、えっと、そこから色々あって女性の神が死に、黄泉の国――死者の国まで迎えに行くんですけど――あーだめ、省略しますね」

 うろ覚えと説明がめんどくさいのダブルパンチは、由乃には良く効いた。

 二人は何度目かになる脱力の末、由乃に話を聞くのはそういうことだと学んだらしく、二人で苦笑し合い、由乃の言葉を待った。


「死者の国から返ったイザナギ――男の神は、川で顔を洗うんですけど」

 女の神様は?と気ミレオミールもエトワールも、双方首を傾げる。が、由乃はそれを説明しない。省略と言ったら省略。彼らが悶々としようが、今の由乃に関係は無いのだ。


「右目を洗ったら神が生まれて、左目を洗ったら神が生まれて、鼻を洗ったら、また神が生まれます」


 双方の疑問という爆弾は、由乃に言葉でスイッチが入り、木っ端みじんに吹き飛んだ。

 何だその超常現象は、という顔である。

「…………」

「…………」

「他にも、剣を食べてその吐息から新たな神を生んだり、ツッコミ所は続々です。古事記面白いでしょう。今度解釈本読んでみようと思ってたんですけど、すっかり忘れて何年か経っちゃいましたね」

 あははと笑う由乃に、ミレオミールは卓袱台に突っ伏し、ミレオミールは半笑いで応えた。

「……俺、ユノの国に行きたい。すっごく行きたい」

「……同感です」

 そんな訳の分からない書物、解明したくて気が済まない、といった様子である。


 確かに、日本という国は――否、日本以外でも、彼らの知識欲や探究心を満たすには、充分過ぎるほどの書物、伝承、伝説、逸話、説話、寓話など――沢山すぎるほど揃っていることだろう。

 何を専攻するかはともかく――彼らなら、手当たりしだい気になった物からとりあえず調べに行きそうだ――暇つぶしとしても、一生を懸けるとしても、何の問題無く、楽しんで生きることができるのだろう。

 向こうには、魔王も魔族もいないのだから。


 口元に笑みを湛え、由乃は嬉しそうに言う。

「あら、ならどうぞ、私が向こうへ帰るための魔法を発明してくださって構わないんですよ?」

 由乃も家に帰れる。二人は日本へ――地球へ来ることができる。

お互いに利害の一致した、これぞウィンウィンと呼べるものなのだろうと、由乃は思う。

 この、カルロディウス国を放置して。


 エトワールは苦笑し、ミレオミールは表情を隠したまま、右手をひらひらと動かし「考えとくよ」と言った。

 勿論、ミレオミールはそんな魔法は作らないし、由乃も期待していない。

 言いだしたミレオミールも、同意したエトワールも、提案した由乃も。

 この中に一人として、この世界を放って違う世界へ行くことを良しとする者は、いなかったのだ。






※本文中でも記載されている通り、諸説あるうちの一説であり、正解でも無ければ、沢山矛盾もあると思います。流石にいらっしゃらないとは思いますが、鵜呑みにされませんよう、ご了承くださいませ。


長ったらしい文章になってしまいましたが、此処まで読んでいただき、恐悦至極に存じます。ありがとうございました。

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