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勇者伝説  作者: 之木下
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『勇者の剣』



 緑眩い森の中、水気の無い水の音、荒廃した教会。

 光降る、今は無き楽園の痕跡。

 波立つ影。

 囀る鳥。

 祭壇には枯れた花。

 壊れた椅子には割れた硝子。


 魚が水面を跳ねる音が、静かに耳の奥で響いた。



 ――どうか、私を――



   □■□



「猫と鳥って、何」

「……猫はにゃーって鳴いて」

「……鳥は……鳥は…………鳥……あっお空を飛びます!」

「うわあー!」

 突如、疑問を発した筈の由乃が叫び、顔を覆いながら畳の上を転がった。

 猫の鳴き声は統一されていたが、鳥の鳴き声は鳥ごとに違う。そこに気付き、鳴き声を一例に持ち込めないと判断した結果、『空を飛ぶ』である。その思考回路が微笑ましすぎて、由乃は読んでいたノートを投げ出して、悶えた。

 彼女の長い三つ編みと、コートのような外套が翻り、藺草の上に散らばる。


 投げ出されたノートは、バサリと音を立てながら、古く汚れた本の頁を繰るミレオミールの隣に落ちる。拾う気はさらさら無いらしく、彼は髪の一本分すら姿勢を変えることなく、じっと開いたページを見つめ続けた。


 彼が眺めている書物は、世に出回る『勇者伝説』の原本、である。

 その本はこの世に一冊しかなく、かなり古くはなっていたが、それでも読むのに苦労は無かった。保存状態が良い、というよりは、古くはなってしまったが、過去生きた誰かが、これ以降の劣化を防ぐ魔法を仕掛けた、というのが彼、そして保有者の見解である。

 原本とは言え、世に出回っている物と、内容の大差はそう無い。グリム童話のように残酷な描写も無く、教訓として学ばせるべき部分があるわけでもないのだ。大筋は同じで、言葉の使い方が違ったりはするが、大きく違う部分があるとすれば、最初の勇者は『勇者の剣』を持って魔王討伐に向かったのでは無く、魔王を討伐して帰って来た時、『勇者の剣』を持ち帰った、というところだろうか。


「……何で出回ってる書物は、全部『勇者の剣』を持って出てるんだ?」

 由乃の奇行を他所に、ミレオミールは自身の疑問を口にする。

 由乃の疑問は未だ片付いてはいないのだが、別に今すぐどうにかしたいものでは無い。転がした体を起こし、ミレオミールが原本を広げている、丸い卓袱台――卓袱台!――に着席していた、もう一人に視線をやる。

 彼は由乃の視線に気付くとふわりと微笑み返し、「それはですね」とミレオミールへ解答を示した。


「今出回っている本の殆どが、魔王復活の二百年後に書かれたものだから、です。勇者は魔王討伐後、こちらへ帰還した時、『勇者の剣』で魔王を倒したのだ、とおっしゃられました。そしてその後勇者はその身を大地へと返した後、魔王が復活してしまった。再び『勇者』の存在を人々が求めたことで、では誰が『勇者』となるか、という問題に直面いたしました」

 彼はそこまで言うと立ち上がり、彼の後ろの棚に詰め込まれた巻物――巻物!――を取り出すと、広げて文字を辿り、見つけた文章をミレオミールへと示した。由乃もミレオミールの肩に手をついて、上から覗きこんでみたが、無駄な行動に終わった。文字はカルロディウス国の言語で書かれていたため、異世界人たる由乃に、読める筈がなかったのだ。


「これは、わたくしが故人の日記を書き写した物になりますので、信憑性という面では、些か弱いかと思われますが……」

「誰の日記?」

「フォルン・アイン。わたくしの御先祖様にあたりますね」

「へぇ、エトワールの」

 由乃からしたら、子孫だろうが親友だろうが、日記を読まれ、さらに書き写されるなど、死んでも死にきれない事態だと思うのだが。

 書き写した本人も、読んでいるミレオミールも、気にする素振りは見せない。


 ミレオミールは文章に集中しているし、書き写した本人――エトワール・レト・アインは穏やかに微笑むばかり。

 その微笑みには癒されるオーラしか無く、マイナスイオンが発生しているのではないかと予測される。由乃はとても幸せな気持ちになった。


 今更ながら、ここは城内にあるエトワールの私室だった。

 洋風な白亜の城に似合わない、重厚な色合いの、蔵の扉そっくりのその扉を開ければ、最初に在るのは靴を脱ぐ玄関の様なスペース。

 十二神将個々の部屋は、それぞれの個性に合わせ過ぎて、どこも独特である。ナイルの部屋は物が少なく閑散としているし、リュネの部屋は一部の客室を除いて、作りかけの人形の手足や、瞳にするための鉱物や、人間や動物の毛が保管されていて、はっきり言っておぞましい空間となっている。引きこもりなので、掃除や接客、その他生活に必要な家事全般は、専ら彼が創り上げた《人形》たちがやっているらしい。


 エトワールの部屋は、全体が和の雰囲気を醸し出していた。

 玄関スペースで靴を脱ぐと、最初はフローリングの床。扉と同じ深く暗い焦げ茶色の床には、大量の書物や巻物、洗濯物や植木鉢、弓やら変な壺やら、とにかく雑多に色々な物が個々に山となって点在している。片付けが得意ではないのかと思われたが、そういう訳では無く、ひとえに仕舞う場所が確保できていないだけらしい。

 奥には、やはり木造の箪笥と、枠を組んだだけの、布で目隠しをされた大きな棚――簡易の押し入れにも見える――が壁一面に存在している。その手前、八畳分だけ畳が敷かれ、そこには小さな円形の卓袱台と、一つの座椅子がぽつんと在り、純日本人である八色由乃は、この部屋を訪れると、酷く懐かしく、心が安らぐのを感じるのだ。


 エトワールはもう一度立ち上がり、布を捲り上げ、ずらりと並んだ巻物の内、一本を取り出す。

 体格や見栄えは疑問を挟む余地のない男性なのだが、仕草や動作、そして中性的な顔つきと、輪郭や首のライン、そして何より、たおやかで女性的な美しい手。優雅で穏やかな彼は、女性的な観点から見ても美しい。顔だけで比較してしまえば、恐らく美しいのはナイルだろう。だが、どちらかと言えば平凡的で、穏やかで優しさを兼ね備えたエトワールの柔らかな微笑みの方が、由乃は断然好みだった。

(エト様は今日もかわいいかっこいい……)

 ミレオミールの肩に肘を置き、ぐいぐいと食い込ませながら、そんなことを由乃は考える。

 エトワールは由乃にとって、初恋の相手と言っても過言ではないのだ。


「ユノ、もうちょい右」

「右ね、みぎー」

「あー、そこそこ」

 注文の通りに肘をずらすと、ミレオミールはおっさんくさい声を漏らした。

 肘から伝わる肩の感触は酷く固く、相当凝っているのが伝わった。


「……あ、ミレオミール、こちらにも」

「ん、見して」

 由乃が揺らしながら、ミレオミールは二つの巻物を見やる。何処に何が書いてあるのか、由乃が見てもさっぱりである。けれども母国語であるミレオミールは、「ふんふん」と頷きながら、納得したように自分の手記に色々と書きこんでいった。


「経済戦略みたいなもんだな。印象操作。つまり、『勇者の剣』を持てる者が勇者であった方が、何かと都合が良かったわけ、か」

 由乃の理解が及ばない事を呟きながら、ミレオミールは手記を閉じ、その手の中から消した。

 彼が原本の方へ視線を戻すと、エトワールは察して巻物を片付け始める。まるでできた奥さんである、と由乃は思った。


「エト様、つまり?」

 ミレオミールを無視し、由乃はエトワールの方へ矛先を向けた。

 ミレオミールは原本を読み解くのに必死で、今は外に関心が全く向いていない状態である。

 研究スイッチが入ってしまったミレオミールは、外界の殆どを遮断し、目前の対象にのみ一直線だ。説明を求めればしてくれるし、ちょっかいを出せば反応はある。が、由乃は別に構ってほしい訳でもないし、どちらかと言えば集中させてやりたいと思っている。大好物を前にした犬に対し、「待て」と命令するような物だ。本当に駄目な事以外は好きにさせてやりたいし、態々手を煩わせるのも悪い。

 彼女自身に置きかえるとするならば、本を集中して読んでいる時に話しかけられるとキレる。そういうものだ。意図的に集中を削ぐようなことは、ある程度避けたいものなのなのである。

 ただしマッサージは除く。ただの由乃の趣味である。


 四つん這いでエトワールの方へ寄り、ミレオミールとエトワールの間に腰を下ろした。序にノートも回収して、邪魔に卓袱台の邪魔にならない端の方へ置いておいておく。

 エトワールは親戚のおじさんのように優しく微笑み、由乃にクッキーを寄こした。

「ありがとうございます」

「はい。『勇者の剣』ですが、ヨシノ様も、あれが勇者である証になっていることは御存じですね」

「はい、嫌ってほど」

 由乃は正直者で、発言はエトワールに対しても容赦が無い。微笑んだまま眉をハの字に傾け、申し訳なさそうにエトワールは謝罪を述べた。

 由乃は少し焦り、掌をパタパタと左右に倒し、「いえいえ」と軽く謝罪をつっぱねる。


「嫌とは思ってますけど、勇者するって決めたのは私自身なので、エト様が謝ることじゃありませんよ」

 本心ではあったが、これは半分だ。相手がナイルであった場合、そこにつけこみ、これ幸いとばかりに、自身にとって吉となる交渉に移っていたことだろう。

 だが、相手はエトワールである。

 彼は、最初から由乃に対して良心的だった。由乃の事を『勇者』では無く、『異世界から呼びこまれた少女』として、何も強要せず、ただ見守ってくれていた。彼は由乃にとっての宝であり、奇跡なのだ。

 彼の生きる世界ならば守る価値は十二分にあるし、何も悪く無い彼が、罪悪感に苛まれる様子など、見たく無い。


「私あんまり考えずに発言しちゃうので、その辺は……気を付けますから、エト様も、あまり気にしないでくださると有難いと思います」

 しっかりと彼の目を見て言い募れば、下げた眉を戻し、夜空色をした瞳の中に暖かな色を乗せ、「はい」と笑んだ。


 由乃はあまりの可愛さ――由乃の主観である――に崩れ落ちそうになりながら、エトワールの言葉の続きを聞く。

「ええと……そう、勇者の剣、ですね」

 ぽん、と開いた左の掌を、軽く握った右の拳で叩く。ころころと可愛らしく笑いながら、エトワールは由乃にお茶を勧めた。

 ちなみに、エトワールが出すお茶は大方緑茶である。今日のお茶請はクッキーだが、基本的には団子や饅頭と言った和菓子が備えられていることが多い。まるで近所に住むお爺ちゃんのようだと、由乃は度々思うのだった。


「わたくしも、まだ二百を越えた程度の若造なので」

 人はそれを、若造とは呼ばない。

「その歴史を見て来たわけではございません。なので、予想でしか言えないのですが――どうやら、ミレオミール殿も同じお考えのようですので、お話しますね」

 前置きだった。

 彼は一度ズズ、とお茶を啜り、彼の横、由乃とは反対にあるお盆の上に置き、少し体勢をずらし、斜めなれど、由乃と対面するように姿勢を正した。


「元々、『勇者の剣』は、初代勇者様が、魔王討伐からご帰還なされた時に、持ち帰って来たものとされております。二通りの説があり、『魔王討った剣』である説と、『魔王を討った後、魔王城から奪ってきた剣』である説ですね。現在、どちらかが正しいかは定かではありませんが、それ以降、初代勇者様が唯一持ちかえられた物品として、『勇者の剣』と呼ばれるようになったのです」

「……つまり、元々は『魔王の剣』だったのかもしれないんですか?」

「その可能性も、大いにあり得ますね」

 居た堪れなさそうに苦笑する。エトワールはその温厚な性格から、過去の話だろうが、敵だろうが魔王の話だろうが、死に纏わる話をする時は、大抵こういう顔をした。


 人は命の上に成り立っている。

 今日もどこかで誰かが死に、誰かが生まれ、明日もどこかで誰かが死に、誰かが生まれていくのだ。

 死は逃れられない。それは仕方の無いことであり、真理であり、生きとし生けるものとして、当然の循環であり、理なのである。

 それでも、彼は悲しむのだ。

 人より長く生き、多くの死を看取ってきた、彼だからこそ。

 命を奪うということの罪深さを、知っているからこそ。


 悲しみを吹き飛ばすように小さく柏手を打ち、エトワールは表情を正した。

「ですが、その説は、あまり有効ではありません」

何故なにゆえ?」

 エトワールは、由乃の腰に携えられた剣を見やる。赤い鞘に、金の装飾。刀は柄から刀身まで総てが白く、雪を固めて作ったような美しさを持つ剣だ。独特な意匠が凝らされており、荊を纏う十字架は確かに由乃の好みではあるが、何と言うか、『勇者っぽさ』というものに欠けるな、と常々思っていたりもしたのだが。

 魔王の剣、と呼ぶには、些か美しさが際立つが、背徳的という面では、充分にありうる話だと思うのだが。


「えぇと、実は、初代勇者様が剣を持ち帰った後、色々な人がその剣に触れました。彼女が元々暮らしていた村人たち。彼女の元に集った人々。そして彼女の子供達。けれど、その剣を抜く事が出来たのは、勇者様本人だけだったのです」

「……つまり」

「はい、魔王には、その剣を抜く事は、できなかった。書物にも、そう残っております」

 そういうことです。

 エトワールは締めくくり、由乃の疑問の一つを解消した。裏付け証拠として、由乃はこちらの文字が一切読めないので、

「勇者様もお供も、誰も魔王が剣を抜いたところは見ておりません。なので、魔王の剣という説は、基本的には否定が大きいところですね」

 と口頭で伝えた。

 なんだ、と由乃は思い、剣の十字架部分を人差し指でなぞった。


 十字架と茨は、カルロディウス国の象徴にもなっている。十字架には剣を表す意味合いもあり、荊という柵に巻かれた剣。それはそのまま、使用できる人間が限られた、勇者の剣を表すとも言われていた。

 けれど、もしも『魔王の剣』だったとしたならば、彼らがこれを未だに『勇者の剣』と扱うはずも無いのだろう。

 それは憎悪と嫌悪の対象であり、唾棄すべき汚物だ。敵を討った功績として飾ることもあろうが、利用できるからという理由のみで、それを許容できるような図太い人間は、こちらにはいない。

 由乃は三度程頷き、エトワールへ視線を戻した。


「そして、長らく時間を置き、魔王という存在が復活を果たします。これも一応、かなり昔ですね。ご存知かと思われますが、ヨシノ様よりも前に、このカルロディウスには何代もの勇者様が召喚され、その都度……お命を……」

 また暗くなった。

 心優しさは彼の長所である。が、それに彼自身が左右されすぎるのは、短所以外の何物でもない。紙一重とは、良く言った物だ。振り幅が大きければ大きいほど、それらは視野を狭める枷となる。


「エトワール」

 不意に、第三者――ミレオミールが本から顔を上げないまま、エトワールの名を呼んだ。

「お前が生まれる前の命まで背負おうとするのは、やめとけ。お前でも、役者が不足してる」

 何かに集中し、無表情に考えこんでいる時のミレオミールは、一切合財容赦というものが欠如するのだ。時折由乃も、こう言った鋭い指摘を受けることがある。笑顔なら良いと言う訳ではないが、最短で傷口を抉って行く様は、冷酷であり澆薄ぎょうはくだ。


「過去の死に捕らわれるより、今在る者に生を、平和を与え続けろ。償いっていうのは、そういうもんだ」

「…………はい、そうですね」

 ミレオミールの言葉がエトワールの心に沁み込み、ゆっくりと返事を返す。

 言っている事は正しいのだが、慈悲の欠如したミレオミールは、正しいが故に鋭く刻む。切っては薬を塗って去っていく、まるで鎌鼬のようである。何となく思い出しただけではあったが、鎌鼬に痛みは無く、出血も無いらしい。肉体的な傷を負わないと言う点では、由乃にはまるっきり同じような物な気がしてならなかった。


「エト様、ミオの後で何か言っても蛇足だと思いますけど……勇者の使命、私が完遂します。私は絶対、エト様に背負わせるようなこと、しませんよ」

 由乃からも言葉を募れば、彼は泣きそうに微笑んだ。


 魔王の復活は、約八百年程前のこと。

 それ以降、当然のように、カルロディウス国の人々は、勇者の再来を求めた。元より魔王を討った、勇者を信仰してできた国である。求めるのは、当然の成り行きだったと言えるだろう。

 魔王が復活する前に、彼女は寿命で生と言う呪縛から解き放たれていた。彼女に縋ることはできず、ならばと白羽の矢が立ったのが、今で言う『十二神将』の面々。


「勇者の血を引く十二人。その頃には既に神格化されておりましたので、『十二柱』という言葉は、既にあったようですね」

 彼らや民は、由乃命名十二神将の面々を十二柱と呼ぶ。

 由乃はそれが何だか嫌で、数も丁度いいからと勝手に『十二神将』と呼んだ。

柱とは、本来神様の数を数える単位に当たる。

 人が神と並ぶなど痴がましい、などとは由乃は思わない。でなければ、いくらゲームや漫画などのフィクションで、度々使用されるようにになっていたとしても、『十二神将』という言葉も用いなかっただろう。ただ、『柱』という言葉から、『人柱』という生贄の別名を想起されるのが嫌だったのだ。


 昔から由乃は思っていた。

 人柱とは、人が人の身体から神を作る儀式なのだ、と。神が偉大な事には変わりないが、良い気持ちがしないのも確かである。勇者と言う名の人柱である自覚は由乃にはあったが、由乃にはさらさら死ぬ気が無い。ある程度がんばる気は確かにあったが、自身を犠牲にする気は毛頭ない。

 元々由乃は死にたいとは思わなかったし、勇者になれなどとふざけたことをぬかされた時、「他人の私を巻き込むな」とブチ切れた経験もある。当事者だが、他人事だ。守りたい物が出来てしまったからには、他人事ではいられなくなった。由乃が勇者をするのはただそれだけの理由。それ以上もそれ以下も無く、そして、由乃は自身が死ぬことで、誰かが傷つくのだと言う事を、とてもよく知っているのだから。


「けれど、彼らは勇者の剣を抜けなかったのです」

 勇者にしか抜けない剣。それは、血族をも受け付けない。

 彼女の血を引く彼ら、彼女らにも剣を抜く事はできず、それでも、戦いを避けることはできなかった。

「剣を抜けずとも、彼らは魔王――魔族と戦いました。戦力的には微々たるもので、魔王討伐軍を出したにも関わらず、魔王に到達する前に追い返され、そんな日々が何年何百年と続き――あ、勿論、代替わりはしておりますよ。そんなある日、魔法都市バルで召喚魔法の基礎が確立されたのです」

 あとは推して知るべし。

 異世界の存在を求めた彼らはその魔法を学び、研究し、駆使し、勇者をこの地に喚んだのだ。


「……その人たちには、剣が抜けちゃったわけですか」

「はい。初代勇者以降では、初めての事ですね」

 エトワールはお茶を一口啜り、由乃はベルトを外し、剣を高々と掲げてみる。赤と金、そして白。代々勇者の手に渡り、そして、

「勿論、魔王は倒せませんでした。けれど、二代目勇者は、魔界に乗り込む直前まで行き、カルロディウスに巣食っていた魔獣や魔人を、殆ど討ち払ったと伝えられております」

 何百年しても、十二神将だけでは為し得なかったことが、実現した。


「――それは、希望だったのでしょう。けれども勇者は死に、今ならば初代の血族だけで魔王を倒すことが可能なのではと、彼らは総攻撃をしかけたと聞きます。美味しいところだけをもらっていく様はあまり美しくありませんが、再度勇者を喚ぼう等と言いださなかったことは、評価に値したと思います。ヨシノ様のおっしゃるように、異世界の方に、こちらの事情を押しつけるのは、良いこととは思えませんので。……結局失敗に終わってしまいましたが、それでも永い間、カルロディウスは平和でした」

 そして、また勇者は喚ばれた。

 それを何度も繰り返して、未だ決着の着かない、今。

 由乃が勇者として喚ばれ、勇者をする破目になっている。


「――つまり、召喚魔法で喚ばれた異世界の人だけが、剣を抜けたの」

「はい」

 故に、『勇者の剣』と。

 『勇者』に、異世界人のみにその刀身を示し、その身を抜いた者にだけ、姿かたちを変え、望む力を与える剣――

「『ならば、初代勇者様も、最初から持って出かけてくれた方がそれっぽい』『剣が勇者を選ぶ』『剣を持っている人こそが勇者だ』――当時狡猾と言われるほどだった我らが先祖は、そういう設定を後付けしました。異世界の方に勇者になっていただくのも、そちらの方がすんなりと事が運んだと聞きます。故に、彼らは世に回っている書物を少しずつ回収し、新しい物を出版し、人々の意識を塗り替え、今の勇者体勢ができたのです」

 あなたにしかできないことです。そう言われると、人々は十人十色の覚悟を決め、その剣を取った。恐れ、驕り、喜び、悲しみ――そこにある感情は本当に様々で、けれど、彼らは。


「――でも、それでも勇者を否定したのは、ヨシノ様が、初めてでしたね」

 エトワールは嬉しそうに微笑みながら、責めるとも褒めるとも取れない事を言い、由乃にクッキーとお茶を勧めた。





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