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勇者伝説  作者: 之木下
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神様のお社

第二章(?)の始まり。序章になります。



「由乃、良い?二礼、二拍手、一礼。二回お辞儀をして、二回手を叩いて、そのままお願い事をして、最後にもう一回お辞儀、よ?」


 いつの記憶かは定かではないが、それは由乃がとても小さな頃のものだった。

 物心ついていたかも怪しい、けれど、記憶にあるのだから、その頃にはある程度、由乃の基盤は固まっていたのではないかと推測することができる。

 にれい、にはくしゅ、いちれい。

 小さな掌、短い指を駆使して、指折り手順を確認する。

 二回のお辞儀。二回の柏手。一回の礼。


「……おかあさん、これは、なんのためにするの?」

 由乃に手順を教えた母に、それの意味するところを聞く。

 母は優雅に微笑んだまま「神様にお願いごとをするための、決まり事よ」と教えた。


「ほかのひとは、してないよ」

「廃れてしまったの。でも、必要な手順よ」

「すたれ?」

 言葉の意味が解らず、由乃を抱えた父親の肩から、覗きこむように身体をずらして、母と視線を合わせる。

 父は「あぶねッ」と由乃を抱き直そうとするが、由乃は負けじと、無茶な格好で母と向き合っていた。

「古くなって、忘れ去られてしまう事」

「かみさまなのに、わすれられるの?」


『神様は、皆のことを見守って、時に願い事を聞いてくれる、すごい能力を持った、すごい存在の事よ』


 母は、由乃に以前そう伝えた。

 神様はすごい存在で、皆が畏敬の念を持ち、尊ぶべき存在であるのだと、教えてくれていた。言葉が難しくて、言っている意味は殆ど由乃にはわかっていないのだが。

 母の言う『必要な手順』を、人々は忘れてしまったと言う。

 母が教えてくれた通り、人々が神様を『尊んで』いるのならば、そんな現象、起こりうるのだろうか?


 母は「ほほほ」とお淑やかだが面白く笑い、兄の手を引きながら、由乃の身体を父親の抱きやすいように戻す。


「誰が忘れても、神様はそこにいるわ。私は由乃に手順を教え、由乃は、いつか生まれるあなたの子供に教えるの。そうすれば、手順は滅びないし、神様に対する信仰心も、形だろうがなんだろうが、ちゃんと残って伝わって行く。――由乃、決して、忘れてはだめよ?あなたが気になった『なんで』は、全部納得行くまで調べなさい。そして、ずっと心に留めておくの。どんなに小さくて、些細な事でも。神様なんて関係の無い、誰の役に立つかも解らない疑問でも。あなたは、忘れてはだめ。誰かに聞かれた時、それをちゃんと答えられる人がいることが、大切なの」

 母の言う事は、幼い由乃には、全くと言っていいほど理解ができなかった。

けれど最後の、「誰かに聞かれた時、それをちゃんと答えられる人」という言葉だけ。それだけは、由乃の心に、深く刻まれた。


「……おかあさん」

「何かしら?」

 小さな由乃に呼ばれ、母は柔らかく聞き返す。


「おかあさん、はぐらかしてるでしょ」

 由乃が言いきると、母は「まぁ!」と口元を隠して声を上げた。

「由乃、あなたはお父さんにそっくりね!だめよ、そんな風に相手の言葉をまるっきり聞かないのは。罪よ」

「いや完全にはぐらかしてただろ。やめてやれよ。お前に似てユウは聞きたがりなんだからよォ」

 ユウとは、由乃の事である。父は母が付けた「由乃」という名を見たとき、当然のように「ユウノ」と読んだのだ。

 それが残って、由乃は父から「ユウ」と呼ばれていた。


 母は大げさに眉間を縮め、眉をぱたりと下げる。

「いやね、何を言ってるかしら。『はぐらかすな』だなんて、あなた以外の誰に似たっておっしゃるの?完全にあなたそっくりだわ。いずれ素手で男の子を何人も圧倒するようになってしまったらと、私心配で心配で」

「ざけんな。喧嘩なんてさせねーよ。ユウをいじめる奴は俺が全員ぶっ飛ばす」

「まぁ嫌だわ、ロリコンって血気が盛んで」

「娘だろーが」


 親馬鹿ここに極まれり。完全に問題である。

 血気盛んな父親と話し始めてしまった母が、由乃の問いに答えることは無いだろう。口では喧嘩をふっかけるようにしながらも、母は父が大好きだった。父も何だかんだ母を大切にしていたし、息子も、娘も、同等に愛を与えていた。


「……おとうさん、かみさまって、わすれられるの?」

 母がだめなら父親、である。

 由乃は父の服を引きながら、しっかりと彼の顔を見て、問いかけた。

 父親は猫のような目元を丸く開き、人懐っこい笑顔で、腕の中の由乃に額をこつんとくっつける。


「神様ってーのはな、居てほしい時だけ思い出される存在なんだ」


 無邪気に笑いながら言う事ではない。

 幼いながらも衝撃を受ける由乃を他所に、父は子供のように笑い、感情移入と言う言葉も知らないかのように、軽く言葉を紡ぐ。


「先ず、俺たちには見えない。定義も良く解らん。ともかく凄い存在で、俺達を見守ってて、なんか、凄い存在だ」

「すごいそんざい」

 父はそれしか言わない。母ほど物事を考える性質では無いので仕方ないのだが、この年で、由乃は既に、父と母の知識の差を明瞭と感じとっていた。


「でもな、神様ってのは、忘れられてなんぼなんだ」

 けれど由乃は、父を過小評価してはいなかった。

 母には無い、直観的で、感覚的な捉え方のできる人。男女の性格としては、母と父は逆なのが正しいのだろう。男は理論的で理屈を求め、女性は感覚的に霊的な物を信ずる性質だと、由乃は後にどこかで情報を仕入れる事になるのだから。

 勿論、個人差があるので正確な物ではない。父は感覚的で理論など二の次だし、母は幽霊の存在をまるっきり信じていない。信じていないと言うよりは、見えないのだから私に関係が無い、という姿勢を貫いている、というべきか。


 ただ、直観的な父は、それ故に鋭く、由乃の心に残る言葉をくれる。


「神様が忘れられてる時ってのはな、人々が平和な時なんだ」

 なんぼ、の意味が解らなくて由乃は首を捻っていたが、それに気付かない父は言葉を続けた。


「勿論、平和になっても忘れない人もいる。それは信仰が日常になってるタイプの奴だが――普通の人間の日常ってのは、働いて、勉強して、寝て、食って。そんな感じだろ。神が介在する場があるとすれば、仕事勉強なんかの神様に恩恵を賜りたい時くらいか」

「……おん……たま……?」

「ん?温泉卵食うか?」

「そうじゃないわよあなた、言葉が難しいの」

 母の至極真っ当な正論にばっさりと切られ、父は「そうか?」と首を傾げる。


「兎に角」と由乃に向き直り、父は大きな声で由乃の頭を真っ白にさせた。


「神様が良い奴で、人々を見守ってくれる存在なら――人々が幸せで、自分を頼らずしっかり頑張って地に足つけてしっかり生きてんの見りゃ、それがそいつの幸せってもん――あぁ、そう、つまり」


 由乃を抱え直し、細い割にしっかりと筋肉のついた腕で、由乃を高く掲げる。

 父は何かを言うが、由乃の耳には届かない。

 違う――覚えて、いない。


 父は確かに何かを言った。

 けれど古い記憶は廃れ、色付いていた景色はモノクロに変わる。

(……思い出せない)

 由乃は記憶を探る。あの時父は、一体何を言ったのだろう。

 酷く暖かな記憶だった事は、覚えている。

 由乃の少ない父の記憶。忘れられた一部。乱暴で、粗暴で、体力馬鹿で母に良く馬鹿にされていた、それでも暖かくて優しい、情に厚い、由乃の尊敬する父親――





「――ユノ?」

 遠い呼び声に、脳が反応して、すぐさま声の主の名と顔を、瞼の裏に映しだした。

「…………」

 夢オチ。まさかの。


 少々不機嫌に、それでも起床を告げようと、ひらひらと手を高く上げて振る。

 彼はそれに気付いたらしく、「おはよう」とそれだけ投げかけたが、由乃の寝起きはそれほどよろしく無い。挨拶は返さず、昨日から着っ放しの制服も、彼がかけてくれたらしい暖かな布も無視して上半身を起こし、眠っていた長椅子の背もたれに起こした上半身を預けた。うつらうつらと漂う眠気を払おうとしたが、はっきり言って、失敗だった。


 その数分後、呼び声の主、ミレオミールにデコピンされた事により、由乃の眠気は完全に吹っ飛び、現状を総て確認せざるを得ない事態になってしまった。





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