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勇者伝説  作者: 之木下
15/40

終結



ロニが由乃を信じる理由は、ただ一つしかない。

それは彼女が、ロニの出会った中で一番、誠実な人だったからだ。

妹より、母親より、父親より――誰よりも誠実で、ロニにとって、誰よりも尊敬できる人だった。


勇者ではなく、一人の人間として。

ロニ・アフェットは、八色由乃のことを、心の底から愛していた――



□■□



「ロニ――」

「ウィル!!」

窓の上から降ってくる、ロニを憂惧する声を遮りながら、由乃は《人形》の名を呼んだ。

浮遊や飛行を移動手段として用いているウィル――を含む人形たち――は、重力操作の魔法をとても得意としていた。

言葉も説明も少ないままにユリアをけしかけたが、由乃には絶対に大丈夫であるという保証があった。無ければけしかけたりしないのだが、あの場において、由乃の事を無条件で信頼する人物は、悲しい事にロニしかいなかった。


否、悲しい事は何もない。

例えどんなに信頼していても、いきなり「飛び降りろ」なんて言われて飛び降りられるような精神は、絶対に正しい物ではないと由乃も思っている。

盲信は視界を曇らせる。

何故か由乃に対して絶対の信頼を置いているロニには、昔その事を確りと教えた。信じるのは良いけど、信じ過ぎるのは止めなさい。するとロニは、怒気に満ちた笑顔で「そんなに馬鹿じゃないから」と、悲しそうに言うだけだった。複雑すぎる。


着地前にふわりと浮かぶ体。すぐに重力がもどり、駆けるように着地をして、転びそうになりながら上を見上げる。

「ユリアおばさま!早く!」

クローゼットは、もう誰も押さえていないのだ。

実践と事実により勝ち得た信頼は大きい。由乃が無事な様子を見て、下を覗きこんだユリアは、決意の色を見せた。


「ヨシノ様は人形使いが荒いです」

いつの間にか傍に来ていた浮遊する真っ白な少年は、ふう、と息を吐いて、呆れたように愚痴を零す。

「知ってたでしょ?」

「諦めました」

「賢明ね」

ロニを降ろしながらウィルの言葉に返せば、斜めな解答が返ってきたので、由乃はその心意気を手放しで褒める事にした。野心に必要なものは欲望だが、それを叶えるためには、時として諦めが必要となる。

その状況を見極め、諦められることのできる人材。正しく賢者である。

「へーき?」

「へーき」

ウィルでは無くロニに問えば、鸚鵡返しでの主張ではあったが、その相貌を彩る『楽』を見てとれた。楽しんでる場合じゃないんだけどと思いつつも、怖がらせるよりは良いかと由乃は思いなおす。


ロニはくるりと向きを変え、首を傾けて、浮いたウィルを見上げる。

「ウィルも、ありがとうございます」

「いえ、ヨシノ様のいつもの無茶ぶりですから」

「ヨシノにはいつも困るよね」

「本当に」

「オイコラ」

趣味・逃走、特技・逃走の折に、ウィルとロニは面識がある。ロニから見たら、ウィルは同い年くらいの少年に見えるため、彼らはかなり打ち解けていた。主に由乃の、由乃にとってありがたく無い話題で。


美少年二人が和んでいる姿を見るだけ、という和やかな空気は、外部からの切羽詰まった声で中断を余儀なくされた。

「あ、あんたら、一体何がどうなって――」

「あらあら、見張りのお金で雇われたっぽいおじさん方。とっとと逃げればいいのに何故かこの場に留まってた、不思議極まりないお人たちじゃないですか」

「なんだその説明口調は」

「あと『おじさん』じゃなくて『お兄さん』な」

途中で言葉を遮られた割に、彼らはツッコミを怠らなかった。由乃と口を利いたのはたった一人であるが、由乃に敵意が無いのは総意らしい。


代表は由乃と話した、セミロングの金髪を、後ろ側で耳くらいの高さで結わえた、百八十センチくらいの青年である。

「こりゃ、何がどうなってんだ。お嬢ちゃんは上から降ってくるし、浮くし、ドタバタしてるし、人は浮いてるし――」

「それはともかく、何で逃げなかったんですか。もう憲兵来ちゃいますよ。ばかだなぁ」

ほら、と指さした方向からは、二階から覗いた時に見えた憲兵が、先ほどよりも近くに来ているのが見えた。今逃げた所で、様子を見ていた憲兵にひっ捕らえられてしまうのがオチだ。悲しきかな。彼らはお金ももらえず、牢屋に入ってしまう運命にあるのである。


だが男は首を振った。結われた金髪が首に合わせて左右に動き、頬に当たってパチンパチンと良い音を立てた。

「それは別に構わん!金は困るが、俺たちは、最終的にお偉いさんに話させ通ればそれでいいんだ!あ、いや、やっぱ金は必要になるかもしれないが、だがそんな事じゃなくて――」

男の言葉が不意に途切れた。それは由乃の様子を、ウィルと共に大人しく窺っていたロニが、「ヨシノ!」と呼んだのと同時である。

原因は、「わあぁぁあぁ」という安定しない叫び声だった。


ユリアとユエ、そしてユエに抱かれたミシェルが飛び降りたのだ。降って来る途中でふわりと重力を失い、変な体勢をしていたおかげで、最後にどすんと、重力の戻って来た彼女たちは尻餅をついた。

「あっいたたた……」

「ユリアおばさま、大丈夫ですか?」

「おばさんもミシェルも?」

「あ、は、はい……」

「うん!だいじょうぶ!おにいちゃん、もーいっかい!」

「駄目だよミシェル……」

尻を撫でるユリアと、脱力するユエと、無邪気に手を振るミシェル。

男たちは唖然とし、ロニは母と妹を助け起こしつつ、状況がイマイチ読めていないミシェルを宥めた。ユエは浮いているウィルの存在に驚きつつ、顔見知りであるミシェルは「ウィルー」と手を振る。逃走を計った窓から男たちが覗いて罵詈雑言を吐いている姿が無ければ、とても和やかムードである

ミシェルは大物だなと思いつつ、由乃は何かを賜るように、両の掌を上に向けた。

連動するように落ちて来たのは、ウィルに預けていた彼女の剣。

――『勇者の剣』


「……傷だらけですね、ヨシノ様」

「わぁ、見える?バレバレ?服黒いのに」

「ロニ少年は知らないふりしてくれたんでしょうが、バレにバレです。何が『この場を丸く収める方法』ですか。全然丸くないです。怒られますよ」

誰に、とは、言われなくても解る物だ。由乃を怒る人間は、この世には二人しかいない。

由乃はあくどい顔で笑った。

「ハッこれは向こうの落ち度だよ。怒られたらそっちを持ちだして相殺してさしあげるわ」

説教をかます美少年は、それでどうにかなるだろう。

ゆっくりと鞘から刃を抜き出せば、脇差程度の短めの鞘から、普通の剣と変わらない刀身が姿を現す。明らかに、鞘の長さが足りない。

柄から刀身まで、総てが白。剣を飾るのは荊と十字架。一度剣をジャグリングに使われるクラブのように高く上に投げ、くるくると回る剣の柄を難なくキャッチする。思いの外響いた手首に由乃は眉を寄せるが、ウィルの魔法が残っている。大方は大丈夫だろう。兵士たちが到着するまで、恐らくはあと数分で済むのだから。

それを――彼女の剣の刀身をこの場で見たことがあったのは、見た目年齢が由乃より低い子供達だけだ。

大人は体を竦めて目を見開くが、由乃がその様子を眺めている暇など無い。

和やかムードはここまでなのだ。


「お前……あんた、ま、まさか……!」

「え?何です?あぁだめっぽいね、喋ってる余裕はないわ。オジサン達も、ウィル――あの浮いてる白い子と一緒に、子供と女性陣を守ってさしあげてくださいね」

赤に金の装飾が施された鞘は、再度ウィルに投げる。ベルトを巻く時間が無いので、邪魔なのだ。


ご丁寧に、家の内部でふっとばした男たちが、一人一人玄関から順々に現れる。

靴は履いたままだと言うのに、変な所が律義である。由乃達が屯していた、リビングらしき部屋――子供部屋の真下、玄関から入って左の部屋――の窓から登場するのが、奇襲として有効的だし、実践的とも言えるだろうに。想定されてもなお、この距離ならば対処が難しいのだから。

本来ならそこから撤退するべきなのだろうが、こちらには、これ以上移動できない理由があった。女子供ばかりとか、そう言った理由では無く。


出てきた奴からかかってこれば良いものを、何故か律義に全員――と言っても出て来たのは五人程度だが――出てくるのを待ち、バラバラな武器をバラバラな体格、バラバラ年齢の小汚い男たちが、由乃の目の前に、約二メートルの距離を空けてずらりと並ぶ。ボウガンがいないのが救い、か。由乃は自身が遠距離攻撃を行うのは好きだが、行われるのは好きではないのだ。


さて、どうしたものか。

剣をまるで、ホームランを狙う打者のように彼らに向ける由乃。

けれど威勢が良いのはポーズだけで、内心では「憲兵見えてるんだからとっとと来いよ」と思っていた。時間さえ稼げれば、彼らの相手をする必要など無い。今由乃が気を配るべきは、奴らが後ろの――ユリア、ユエ、ミシェル、ロニ、ウィル、そして見張りの三人組の所へ、一歩も行かせないことである。


(……手首、いったい……)

魔人との戦闘で出来た傷もあると言うのに、由乃が負っている傷の中で、一番の重傷が、先ほど剣を受けた右手首の痛みである。

利き手の故障は重大だ。

けれど、数分。憲兵が辿り着くまで、たったの。

(大丈夫――絶対、大丈夫)


由乃は息を吐き出し、一瞬の瞬きで、瞳の色をがらりと変えた。

闇色に暗い覚悟を添えて、由乃は『敵』を見据える。

己の身体に残ったウィルの魔法を確認し、地を蹴――


瞬間、

爆音が鳴った。

「がしゃん」という滑稽とも思える、硝子が割れる音が響き渡る。


瞬時に理解した由乃は、前進した己の身体を、着地した瞬間逆方向へと踏み切った。

「ちっっ」

くしょう!

やはりというか何と言うか、割れたのはリビングの窓の硝子である。

小さく短い悲鳴をそれぞれに上げながら、丁度その下に固まっていた女性陣は硝子が顔にかからない様に俯き、男性陣はかっこよくも、女性陣を守るように覆いかぶさるようにして背中を窓へ向けて盾となった。

硝子も危険だが、それだけでは済まない。

奇襲。

しかも、タイミングが悪い。由乃が目前の戦闘へ意識を切り替え、足を進めた直後の奇襲。

これを最悪と言わず、なんと言うのか。


相手は、予想通りと言うか当たり前と言うか、由乃が脅威であると判断した、傭兵を名乗ったあの男であった。それがまた最悪たる所以である。この男だけは、近づかせてはいけない。

魔法が残っていて良かった。今度は剣があって、良かった。

ほぼ瞬間移動のように彼らの間に身を滑り込ませた由乃は、自身でも恐ろしいほどの冷静さで、体に残った魔力を総動員して体を固定する。

既に降りあげられた、肉体に合わない小さな剣。威力は見た目以上に大きい事を、由乃は良く知っている。右手首の鈍痛が、ありありと告げていた。

剣が、振り下ろされる。

重力と、窓から――硝子を破ったことによって多少相殺されてはいたが――飛び出してきた事による速度も加わり、衝撃は計り知れないだろう。


――覚悟は、できていた。

護る覚悟。

彼女たちを、子供達を守り、自分も致命傷を負わず、無事に帰る覚悟。

(ミオは……怪物だから置いといて、ウィルの魔法だって、流石に腕は吹っ飛ばな――)


視界の端が、金色に光った。


まだ相手の剣を受けてはいない。由乃の視界に入った清らかな光は、敵の刃物の反射でも無い。

右手に剣、左手で剣の側面を支え、傭兵の攻撃に備えたまま、不思議な光を捕えた方向をへ視線をやる。

それは屋敷の入り口がある方向で、幾人かの破落戸風情が襲って来ようとしている方向で、そして、城の見える方向だった。

駐在所とは逆方向。

光は――城から。


けれど、それの確認は既に遅かった。

二筋の閃光。

破落戸達の手前の足元と、由乃の足元。

その二点に――金色の矢が突き刺さっていた。


由乃は総ての魔法を解き、その場から跳び退いた。

「!」

「!?」

由乃が退いた瞬間、光の矢はさらなる光を放ち、破落戸たちはその場に立ち竦み、傭兵は空中で為すすべ無くその光に包まれた。


「…………わぁ」

「……ええと……」

「これは……」

「……どういう」

「何が……」

「どうなって……」

「きらきらー」

「……ヨシノーこれ、どういうこと?」

各々に感嘆と、呑み込めない現状への疑問を口ぐちにする中、やはりロニだけが一味違った。

本人に言葉以上の重さを意識させる様子は無いが、由乃からしてみたら、重い。お前知ってんだろ話せよ、といった風である。


光の檻。

見たままだが、そう表現するのが、やはり正しいのだろう。

彼ら――傭兵と破落戸たちは、足元に落ちた矢から放たれた光に捕らわれて、逃げられなくなっていたのだ。鳥籠のように光が彼らを覆い、行動を制限する。光と光の間から手を伸ばすことはできるし、光に触れても痛みは無い。だが、その光は決して消える事の無い強固な物。刃物は役に立たず、逃げ出そうと振われる武器を悉く跳ね返し、破壊した。

完全に彼らは無駄な努力をしているが、一筋の希望に賭ける姿を笑う気は、由乃には無い。


「…………」

由乃は、城を見やる。

光っていたのは恐らく、城の、一番高い屋根の窓。

そこは城下を見渡す為の、時に天体を観測するための場所である。部屋事態は屋根の中腹にあるからとそれほどの広さも無く、数多の魔道具や要らなくなった物が詰め込まれていることもあり、窓から階段への道幅しか確保されていない、物置の様な場所である。

そして、そこに上がり、尚且つ精密で正確な、弓術の達人で、さらに魔法に長けた人と言えば――


「エトワール、様――」

「え?」

その名を発したのは、由乃では無かった。

目の前で、光の檻に捕らわれた、傭兵の男である。


エトワールの矢は、魔法で出来ている。

矢を放つ正確さは魔法では無く、彼自身の実力ではあるが、彼が零から丹精に生成した矢には、彼が用途に合わせて別の魔法を乗せる事が出来た。便利なものである。

傭兵の男も、破落戸達も、金色に光る檻の内に捕らわれ――文字通り、手も足も出ない状態になっていた。

破落戸達は悲鳴のような叫びを上げ、武器を失ってもなお檻を壊そうとするが、カルロディウス国でも一、二を争う魔法力を持つ、十二神将の第一人者、エトワール・レト・アインの魔法なのだ。ミレオミールならばともかく、ウィルも、ウィルの主人であるリュネでさえも、この魔法を打ち破ることなど、不可能だろう。


由乃の膝から力が抜け、その場にぺたんと座りこむ。

「ヨシノ!」

ロニが駆け寄り、大きく息を吐いた由乃の傍にしゃがみ込んで、顔を覗きこんだ。

光を浴びて、メロンソーダのように光る瞳が、不安気に由乃を窺った。

「大丈夫?」

「うん、へーき」

へらりと気の抜けた笑顔を浮かべながら、ロニの頭を撫で、そのまま滑らせて、むにむにと頬を揉むように撫でると、ロニは頬を膨らませた。よろしく無かったらしい。


「あー」と呻きながら、未だ屋敷の中に破落戸が残っているにも関わらず、由乃は大の字に、地面に背中から倒れた。

空は、いつもと変わらない、長閑な青色だった。浮いた白い雲は厚く、とても重たそうなのに、早足で空を駆けて行く。まるで捕まえられない大きな鶏のよう。


冷やりとした土が気持ち良い。体は痛んで、できる事ならこのまま眠ってしまいたい。

そう思い、段々と近づく蹄の音と振動を感じながら、由乃は自身の意志で、瞼を下ろした。




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