表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者伝説  作者: 之木下
13/40

戦闘中

※副題の通り、一応戦闘中ですので、痛々しい表現を含みます。



後ろを歩く、か弱い女性たちが頷くところまでは確認せず、由乃は足早に、二人の男と戦闘した左側の廊下を歩く。

扉は二つ。どちらかが子供部屋なのだろうが、いきなり開けて待ち伏せをされていてはたまらない。

ドアをブチ破ることも考えたが、家主が目の前――背後にいるのに、家屋を破壊するところなど見せるのは、何と言うか、やりにくかった。


手前の部屋を先ずノックする。当たり前だが反応は無い。

ドアノブに手をかけ、少しだけ隙間を開けると、由乃はへらりと二人に笑い掛け、思いっきり扉を蹴り飛ばした。

「…………」

「…………」

「……ここは、子供部屋じゃない?」

「……違います」

「ういうい」

中に入る事はせず、扉を開け放ったまま、由乃は奥の部屋へと廊下を進んだ。

どうやら、あの笑顔が「ごめんなさい」の変わりだったらしい。

罪悪感は覚えても、基本的に「ごめん」の後を引きずらないのが由乃である。

それを良く知るユリアは、この状況に不謹慎にも半笑いになり、初めて家の扉を女の子に蹴り飛ばされる場景を見たユエは、呆れも恐怖も怒りも無く、ただぽかんと、口と瞳を真ん丸に見開いていた。


扉が外開きだったらどうしたのだろうか。疑問は浮かぶが、幸運な事に、扉は内開きである。

次はどうしようか。別段バリエーションを求めているわけではないのだが、中に人物が居る場合それだけで牽制になるのは確かである。

それに、由乃が手前の扉を蹴った時、隣の部屋から人の気配があった。

子供では無く、大人の気配。

それが今は、鳴りを潜めている。つまり、彼ら――もしくは彼女ら――は、由乃に奇襲をかける用意をしているということだろう。


「…………」

由乃は一度、窓を伝って外から行こうと考えたが、止めた。

流石に無い。問題外である。

一度溜息を吐き、時間をかけるわけにもいかないので、ユリアとユエを手で制し、何度目かになる背後の確認を促し、由乃は代案を決行した。


ノックは無し。

蹴り飛ばすのも無し。

まるで自室へ帰るが如く、自然に、ただノブを回し、普通の速度で開けた扉の隙間から、その身を中へと滑らせた。

「ッう、わあああああああ!!」

「ハローどーもーこんにちはー」

扉の陰にならない方には、酷くうろたえた、鉈を持った男がいた。疎らに毛の残った禿げ頭に、何故か赤い鼻。叫んだ声は震えていて、鉈を持つ手も細い。


振り下ろされた鉈を、由乃は真正面から受けた。

カキィンという金属音が部屋と、そして廊下に響く。由乃は上手く体を滑らせ、鉈の下から部屋の内へと身を滑らせた。鉈に込めていた力の行き場を失った鉈男は「う、わ、あ」と前につんのめり、扉に鉈が刺さって動けなくなったらしい。彼は何者なのだろうか。

身体を内部へと滑らせたと同時に、扉の陰――けれども扉を開けても当たらない位置に居た男からの攻撃を、その右手に持ったナイフで弾いた。


「それは……」

「あ、わかります?さっき拾っちゃいました。結構良いナイフですね、コレ。何故か、城から支給される、兵士の徽章?紋?マーク?がしっかりと彫り込まれてる、大量生産ながら結構な業物な、アレです」

『待て』の命令に従って、ユリアとユエは周囲を警戒しつつも、顔を出したり、部屋へ入ろうと言う意識は無いらしい。

由乃が持っているナイフは、左側にいたボウガン男の、さらに奥にいた男の得物である。

怪我をしたうえ、体が痛み始めたので、最初の目標よりも短期決戦を求めた結果、牽制目的で武器を持つことを選んだのだが。……思いの外、嫌な拾い物をしてしまったらしいと、由乃は感じた。

無ければ縋る事もないのに、あるのならば、使わざるを得ない。

ちなみに、最初の目標というのは、無傷帰還と双方NO流血且つ全員捕縛、である。

捕縛は通報を受けた憲兵がやり、鼻血は流血に含まない方向で。それでも、ボウガンの矢を相手の腕にブッ刺した時点で、既にアウトである。


鉈男は、間抜けにも扉に刺さったらしい鉈を抜こうと、焦った様子で四苦八苦していた。どうにも素人らしい。

だが、目の前の、剣の男は雰囲気からして一味違う。

良く見れば装いも、他とはどうにも違和感を覚えた。

他が機能性を重視した軽装、脅しを込めた厳つい見た目の服装、とりあえず盗った物を身に纏ったような服装であるとすれば、男も確かに軽装ではあったが、まるで『騎士の私服』のような趣である。少々――かなり汚れてはいたが。


「……あなた、騎士さんですか?」

「否、私は傭兵だ」

「傭兵さん……」

一瞬、自分の言葉が「妖精さん」に聞こえ、由乃は眉間に皺を寄せた。男はどう見ても、そんなファンシーな存在では無い。

無造作に生えた髭、伸ばしっぱなしで、まとめる事も無く放置された長い黒髪。数日はお風呂に入っていないと予想される体と服の汚れ。汚いのはこの際仕方ないとしよう。

ただ、男はとても屈強だった。鍛え抜かれた肉体は隆々と呼ぶよりもしなやかで、無駄に長い黒髪も相まって、由乃は武士を連想した。

武士、よりは落ち武者。毛の奥で光る鋭い切れ長の目つきは、落ち武者と言うより、毛羽毛現だった。最終的に人から離れてしまったが、毛むくじゃらな顔面はともかく、立ち姿は酷く綺麗で、相当の経験を積んでいることは、由乃にも理解できた。


「傭兵って、お金次第では、こちらについてくれたり?」

希望的観測を問うてみる。が、色好い反応は得られない。

「それは認識が甘いというものだ、童よ」

「あなた何時代のどこの人よ」

思わずツッコんでしまった。

まるで時代劇で聞くような、古い日本を想起させる言葉遣い。手にした武器は刀では無く剣。峰打ちはできそうにない構造の、由乃が知る限り、あれも城に勤める兵士たちが最初に与えられる、大量生産だが業物である中々良い武器だ。

武士っぽい見た目と口調の、騎士っぽい得物を扱う、傭兵。何と言うか、不思議な状況であると由乃は思った。和洋折衷とはこのことか。

(いや、でもこの国、言葉は日本が基本っぽいんだよなぁ……)

この世の謎の一つである。


由乃の言葉の悪いツッコミに、男は眉間に皺を寄せる。

おかげで、恐ろしげな顔がさらに恐ろしく映った。

「貴様に軽んじられるほど、私は甘くは無いぞ」

「軽んじては無いですが。……とりあえず、うしろのおじさん。死にたくなかったら、鉈を置いてそこにしゃがんでてください。向かって来たり逃げたりしなけりゃ、追いかけませんから」

傭兵から一瞬たりとも目を離さず、由乃は鉈男に声をかける。彼は「ひいィ」と悲鳴を上げながら、頭を抱えて部屋の隅にしゃがみ込んだ。


この集団は、どうにもおかしい。

由乃は思う。

年代、体格、戦闘経験。どれもがてんでバラバラであった。前者二つはともかくとして、最後の一つは無視することが出来ない。即席で寄せ集めたとしか思えないのに、見張りを雇う計画的な犯行。

傭兵の男に関しては、百戦錬磨――否、百獣の王かと問いたくなるほどの威圧が放たれている。流水のように静かなものだったが、けれども確かに重く、この空気の中にずっと居たら、溺れてしまいそうな息苦しさ。恐らく、鉈男が怯えている理由は、主に彼の雰囲気だろう。

武士系騎士の彼とは反対に、鉈男は完全な素人である。どんなに控えめに見ても。恐らく、由乃以上に戦闘経験が無い。喧嘩すら、したことが無いかもしれない。

(……いや、刃物、かもしれない。あの人、初めて持ったのかな)

武器は――刃物は、一歩間違えれば、簡単に命を奪う事ができる。どんなに小さな鋏やカッターでも、刃物ならば、結局危険は同じである。


傷つけるための何かを持つならば、必要なのは、それに対する筋力や、慣れや、マニュアル等では決してない。

覚悟、だ。

この傭兵と名乗った男のように、誰かを殺す、覚悟。


「……傭兵さん、あなた、この家にあなたが来た理由、解りますか?」

隙が無く、動く気配も無い男に、由乃は問いかける。

短期決戦を望んだものの、この男相手では、きつい。

せめて時間を有意義に使いたい。そう思った結果である。

傭兵は相変わらず鋭い瞳で由乃を睨み、瞬きの一つもしない。

「知らぬ。だが、主犯らしき男の言葉によれば、復讐、と」

復讐。

それはつまり、私怨である。

この家に、この家の誰かに。


「……一人、君たちの中に、見覚えのある顔を見、ました。主犯はそいつか」

「知らぬ」

「あ、そうか。あなたは、私が下でやったことを、見てない」

「酷く暴れ回っていたようだが、私はここから出ていない」

「…………あなた、ここで何――ッ!」

何をしていたのか。

そう問おうとした由乃に、暗い幻想が、ヘドロのように由乃の身体にまとわりついた。

男が動いたのだ。

素早く、そして重く、振り下ろされた剣は、一般的なサイズのそれと変わらない、この図体のでかい男が握るには、小さすぎる大きさの得物だ。

けれど、小さなナイフで受けたそれは。


「!」

「――ほう」

由乃は、剣の軌道を変えるのが得意だった。

相手の剣に真っ向から立ち向かうには、由乃は小さく、非力である。急所ばかりを突いているから、魔法があるから、由乃はいくらか強く見える。対等に応戦することができる。が、本来彼女は小さく細く、とても弱い。

勇者の剣がなければ、魔獣など、到底倒すことのできない。そんな力しか、持っていないのだ。

だからこそ、そんな由乃が最初に覚えた事が、軌道修正である。

相手の剣を受け、自身の剣を傾け、その上を滑らせる事によって、自身に当たらない様に、そして相手の体勢を崩す。そういう方法だ。

短く小さなナイフではあるが、それはできなくは無い。小賢しい技術力に関しては、訓練をつけていたナイルを凌駕するほどの資質が、由乃にはあった。

問題は、由乃の力と体格の方だ。


最初と同じように、由乃は腰を落としながら警戒し、傭兵は乱れの無い動きで、酷く綺麗に剣を構える。

「貴様、見た目の割に経験を積んでいるようだ」

「てめーさま相手に構えてる時点で、気付くべきですね」

「言うな」

クッと、傭兵は笑った。

こっちは何も面白く無い。

そう思いながら、由乃は痺れた右手に、左手を添える。


彼の剣は、由乃の手には酷く重かった。部屋に入った時の攻撃は、かなり加減されていたのだろう。

上手い事滑らせたは良いが、まともに受け止めた右手は痺れ、手首は重く熱を発する。

しかも相手はバランスを崩す前に持ち直したうえ、距離を取って冷厳と構え立つ。由乃は態勢を立て直すことで精いっぱいだったのに、だ。悔しい。とても悔しい。


死神かよ、と由乃は思う。

彼の持つ雰囲気は、攻撃の意志を持った瞬間、まるでそれだけで死を予感させる、猛烈で鮮烈な殺意があった。完全に由乃を殺すつもりで振り下ろされた剣。由乃は絶対に死なないつもりで、金縛りにも似た殺気をどうにか振り切り、彼の過重な一撃を逃げる事もできず受ける羽目になった。

死ななかっただけ良しとはするが、ナイフでの戦闘は、最早見せかけだ。手首を痛めた以上、由乃がこの刀子を繰ることは、できない。相手もそれには気付いているのだろうが、得物を放るなら、相手が向かってきた時に投げつけてやるのが利口だろう。


(ユリアおばさま、ユエさん、ロニ、ミシェル――外にはウィルと、見張りの三人、あと、フェリア)

守らなければ、ならないもの。

ロニとミシェルとフェリアは友達だ。友達を守るのに、理由なんてものは必要ない。

例え勇者じゃなくても、戦う力が無かったとしても、由乃はきっと立ち向かった。由乃はそういう人間なのだから。


ユリアの証言によれば、ロニとミシェルというあの幼子たちが、この部屋のどこかに居るらしい。

クローゼット。小さな勉強机。木でできたおもちゃ箱。子供一人が寝るには大きすぎるベッドは、兄妹が二人で眠るためのものだろう。

隠れるとしたら、何処にいる?

オーソドックスに、クローゼットか、ベッドの下か――

(……いや)

どこにいようが、由乃がやらなければならないことは、一つ。

由乃が死なず、誰も死なず、皆が平和な世界に戻る事だ。

彼らの心に、酷い傷を、由乃自身で穿つような、そんなことだけは。


ウィルがリュネとコンタクトが取れたのだから、恐らく、城にこの騒動は伝わっているだろう。気まぐれなリュネが、エトワールに対して報告を怠らなければ、きっと。

町に駐在している憲兵よりは遠くとも、城を裏から出れば、あとは下り坂だから、かなりの速度が出せるはずである。転ばなければ。


(時間稼ぎ……も、できるけど……)

危い。

いくら城に伝わったとはいえ、時間稼ぎに興じる余裕は――由乃の心にはある、ものの、それは由乃に限った話でしか無い。

身を寄せ合う人妻の姉妹に、恐らく身を寄せ合っているであろう兄妹。下にまとめた男たちと、隅で震えているオッサンに、恐らく逃げたであろう見張りの男と、目の前の傭兵。

由乃は、守るためにここにいるのだから。



一度、由乃は深く、深く息を吐き、肺の中を空にした。

二秒程新しい空気を取り込み、由乃はゆらりと前へ進み出た。

魔法力は使わなかったので、それほど速く無い。それで良い。そう距離もない空間で、曲がる事も、不意に体の向きを変えることも、フェイントを挟む事もせず、ただ真っ直ぐに、傭兵へと突進した。


利があるとすれば、彼が由乃の戦法を知らないことにある。

外である意味正しい現状を叫んで以降、人数に対してかなりの短時間で彼の元までやってきたのだから、短期戦を好むことはもうバレているだろう。が、やり方までは、恐らく知られていない。

もう由乃には、その予想と、自身の反射神経に賭けるのみだった。

真っ向から彼に対峙しても、由乃では勝てない。これは絶対だ。


突進を試みる由乃を見て、傭兵は興味を失ったような酷く冷めた目をして、体に合わない剣を、軽く振った。

速く、鋭く空気を切る音聞きながら、由乃は一歩どころか元の位置までバク転で下がる。

そして魔法力を込めた足で――今度こそ本気の速度で、傭兵に突進した。


「!」

「あなたが人間で、男で良かったー」

彼が剣を振う前に、前転で彼の股下に潜み、流石に魔法力は使わずに。

バネのように体全部の力を使い、由乃は股間を蹴りあげた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ