戦闘開始
※蹴ったり殴ったり、描写は細かくありませんが、流血を伴う戦闘描写があります。ご注意ください
奇襲は基本である。故に、自身が対処する時は冷静に。相手には、冷静になる暇を与えず、素早く矢継ぎ早に攻撃を入れるのが肝心だ。
由乃はそう思っていたし、やはりそれは、酷く有効な手段と言えた。
「せっや!!」
「!!??」
既に相手に声は無い。ウィルの魔法により打撃力を増した由乃の膝が、思いっきり無防備な顔面にぶち当たった男性は、何か言うよりも早くに気を失い、そのまま玄関手前の廊下に倒れこんでしまった。
わかめ頭の黒髪に、浅黒い肌。年齢は三十代から四十代と言ったところか。
(こいつ――ま、いいや。左膝、あと四回)
由乃はわかめ男の顔の、直ぐ横にしっかりと着地をする。彼に意識があったなら、鼻先に足が突然現れることになる。これも絶叫物だったことだろう。
元は外の塀に腰かけていた、長い棒を持った男――恐ろしげな顔立ちをしていたが、服装は小奇麗だ。髪は黒で、平均的な短さである――は、状況を読みこめずに玄関の隅に立ちつくしていたので、とりあえず外へ行くように促しておいた。視界の端で外へ逃げたことを確認しながら、由乃は地を蹴り、次の敵が出てくる前に走り出す。
開いた扉は右。手前にある二階へあがるための階段のおかげで死角となった、キッチンとダイニングへ続く扉だ。
無駄に足が速いのは、こういう時不便である。
車は急には止まれないが、由乃も急には止まれない。
動く扉を無視して、一度奥へと入る。扉が開き切り、尚且つ自身に当たらない場で床を蹴り、そして壁を蹴り、自身よりも高い扉を文字通り乗り越え、騒がしく出てきたスキンヘッドに刺青の入った男の上に落っこちる。由乃も急には止まれないが、車よりも断然、小回りも機転も利くのだ。
二十代くらいの若々しさだが、体は鍛えていたのだろう。細マッチョと言うやつだった。
「うわ!?」
スキンヘッド男は、いきなり落ちて来た由乃を避けようとバランスを崩し、階段の裏側となる出っ張りに思いっきり顔面をぶつけた。
けれど気絶した様子は無く、「テメェ」と姿も見ていない由乃を憎みながら立ち上がろうとするので、その前に思いっきり、股間のブツを蹴り込んでおいた。
「!!!!!」
気絶……したかは由乃には解らなかったが、彼の意識は真っ白になったらしく、これ以上の戦闘の意志は削がれたようだった。良い傾向である。
膝をきゅっと寄せ、左右の内股をすり合わせる。自身の両手で股間を押さえ、顔から床に倒れ込み、ピクピクと小さく痙攣しているのが見て取れた。
勿論、実際にしっかり眺めているわけではない。
ダイニングには二人の男が居るのだから。
「動くな!この女がどうなっても――」
痙攣する男を視界の隅で捕えつつ、攻撃を仕掛けてきた一人の男の剣を、彼を素通りすることによって躱す。
(右足、四回)
地面を蹴り、通常では出せないスピードで、由乃を脅そうと女性を抱え、首にナイフをつきつけた男の顔に、左膝を叩きつけた。
「あぶっがっ……」
「人質は負けフラグっすよ、おじさん」
(左膝、三回)
ドレッドヘアーに、顔面に沢山ついたピアスが痛ましい。これで顔を蹴られたのだから、なおさら。
恐らく、気絶は免れないだろう。多分、きっと。
小さな二種類の甲高い悲鳴が上がり、崩れ落ちるドレッド白人、恐らく五十代の男の身体を踏み台に、由乃は回転しながら後方へ着地を試みる。
「畜生!クソ女アァ」
由乃に躱され、完全にスルーされた茶髪で髭面な金目の二十代の男が、絶対に家の中で振りまわす物では無い剣を構えながら由乃へと向かってくる。
ので、由乃は机に乗っていたコップを投げつつ、思わず着地してしまったテーブルから降り、そのテーブルの下を滑るように移動し、剣男の脛を強化した足で思いっきり蹴りつける。
男は何故か、それだけで気絶した。そんなに痛かったのだろうかと、由乃は眉間に皺を寄せた。
(右足三回)
そろそろ数えるのが億劫になって来た。
ウィルの魔法は、いつものミレオミールが行う魔法とは性質が異なる。
ミレオミールの魔法は、基本的に彼任せ。由乃が攻撃を加えたり、喰らったりするのに合わせて、彼が好きなように防御壁を張ったり、物理攻撃力増強の魔法を行ったり。
あまり気にした事は無かったのだが、やはりミレオミールはすごいのだ、と由乃は感心する。
ウィルの魔法は回数制限のある、由乃が好きな時に扱える魔法だ。使う時と使わない時を由乃が自由に決め、それにより能力を展開する魔法。
自身のタイミングで出来る利点がこれにはあるが、回数制限が発生してしまう、言わば魔法実行者であるウィルの手からは離れた魔法となる。
由乃は今まで、ミレオミールの魔法を不便に感じたことは無かった。
彼はあまり助けてくれない性質ではあったが、致命傷は免れないと思う攻撃には、必ず防御壁を張ってくれたし、由乃が欲しいタイミングで攻撃を強化してくれた。
(……心とか読まれてたら、どうしよう。ミオはケロッとそういうことしてそうだしなぁ)
言われ無き罪を疑いつつ、階段から下りて来た男に椅子を投げつけブチ当てる。手を魔法力で強化したので、普通の椅子が当たった程度の威力では済まないだろう。
粗方は片付いたが、由乃は男たちの仲間が何人いるのか、正確な数を知らない。
見張り三人、ここまでで倒したのは五人。
時間に換算すれば、優秀すぎる数だろう。由乃だって、伊達に一対多数を経験してきたわけではないのだ。
「よ、ヨシノ、さま……?」
か細い女性の声が空気を震わし、敵の存在を警戒しながらも、由乃は自身を呼ぶ声に応えた。
「あ、ユリアおばさまこんにちは。これは一体何事なんでしょう」
「それは、アタシどもが聞きたいことなのですけれど……」
青ざめた顔で微笑む、長い金髪を後ろで一つにまとめているユリアと、長い金髪をそのまま流し、ユリアに縋りつくようにしているユエ。良く似た相貌の二人は、事実姉妹である。
「私からの説明は後で。現状は?ロニとミシェルは?あと、男たちの人数とか、その辺を教えていただけると助かりますが」
手短に早口でそれらを伝えれば、ユエはともかく、ユリアはすぐに応じた。
「アタシが見たのは、ここに倒れてる、元々部屋に居た四人だけ。多分一人は、玄関でヨシノ様が昏倒させた輩ではないかと。でも、二階をかけずる音が何度か聞こえてきましたので、最低でも、二階に三人はいるかと」
「三人……少ないね。ロニミシェは?」
「ユエが、隠しました」
「よし」
良い手立て、という称賛で無く、把握しました、という相槌である。
二人を休ませたい、が、人手が全くと言っていいほどに足りていない。
ウィルでは二人を驚かせてしまうし、見張っていた三人に任せるには、信頼関係が足りていないし、そもそも逃走しているところだろう。見張りを倒さなかったのは完全に由乃の気紛れだったが、他のユリアとユエを脅していた奴らが、いつ目覚めるかも解らない。
「……先ずは子供達。おばさま方、実は今、ミオ居ないんです。外に、仲間はいるっちゃいるんですが、彼ではお二人を守れませんし、不可視の結界も作れないらしい。あと、家の間取りが私にはわからないので、危険は伴うけれど、私の後ろにいてくれませんか?」
由乃が言っている間にも、二階ではドタバタと、まるで足音を隠す事を知らない素人丸出しの泥棒の様な屋探し音が聞こえてくる。「なんだ!どうした!何があった!?」等という叫ぶような声も聞こえ、とりあえず一匹敵の位置を把握することが叶い、由乃は一度頷いた。
「で、何処に隠したんですか、ユエおばさま」
「……こ、子供、部屋の……っ」
「ヨシノ様、すみません、ユエは……」
「へーき。子供部屋は上行ってどっち?」
「左に」
「おっけ」
由乃は身を翻し、歩いて部屋から出て行こうと歩を進めた。
ユリアとユエは一瞬疑問符を浮かべ、それが肯定の言葉だと理解が及ぶと、既に部屋を出てしまったヨシノに続いて、慎重に一歩一歩を踏みしめた。
ユリアはともかく、ユエは精神的に危うい、歩行も恐怖からかたどたどしい。けれど、あまりそれに構ってもいられないのが現状だ。
「ゆっくりでもいいから、転んだりしないように気を付けて。あんまり間を開けずにくっつかれても、後退する場は戦闘時に必要だし……あ、でも後方の危険も気を付けてね。襲われそうになったら叫ぶか呼ぶかし――」
「前!!!」
「わっ」
「チッ」
由乃が注意事項を加えていれば、半歩前、元々由乃が立っていた場に穴が開いた。
筋骨隆々、スキンヘッドで顔も体も傷痕だらけ、大柄な武器を振りまわす事に慣れているとい言った様子の、由乃の好みでは決してない無骨な男が、斧を思いっきり振り下ろしたのだ。
マジかよ、と思う前に由乃は斧を持つその手を蹴る。が、片手しか離れず、彼は痛みを伴わなかったもう片方の腕で斧を思いっきり振りかぶった。
そのおかげで、男の正面が思いっきり柄空きだったため、ありがたく腹に肘を、そして怯んだ隙に掌底を顎に叩きつけさせてもらった。顔を揺すると、上手くいけば脳震盪を起こせるのだと聞いたことがあったが、どうにか上手い事気絶してくれたらしい。幸運この上無い。
(左肘、右手あと四)
足の方が使う頻度が多いので、そちらの回数はもうあまり覚えていなかった。
多分平均して三回か四回くらいだろうと記憶しているので、節約するとは言わないが、変に使いすぎないようにしなければ、と由乃は思い直す。
倒した男たちに関しては完全に無視して、けれども刺激をして起き上がられるのも嫌なので、由乃はなるべく踏んだり触れたりせずに隙間を縫い、足を進めた。
ユリアとユエもそれに倣い、ゆっくりと、二人で身を寄せ合いながらも、由乃の後ろをついてくる。
その間も警戒を怠らない、遠征中に鍛えられた目敏さで、由乃は二階から覗く一人が、ボウガンで自身を狙っていることに気付いた。
「飛び道具卑怯すぎっ」
さっきの思い直しは何だったのか、叫ぶ事によってユリアとユエの動きを止めた由乃は、右足の魔法を使い、階段を一気に飛び上がった。
由乃の動きを追っていくつかの矢が階段に刺さる。ユリアとユエの方を向かないのは、彼女らが敵から見えない位置に移動したからだ。邪魔にならないできた女性である。
階段の一番上にさしかかったところで、右側の壁を思いっきり蹴れば、左側から狙っていた男の目の前へ一瞬で辿り着く事ができる。
辿り着く事はできる、が、残念ながら、直線距離の矢を避けられるほど、由乃は器用ではない。一本は長い三つ編みの髪に刺さり、ギャグかとツッコミを入れそうになったが、もう一本はしっかりと二の腕に刺さってしまったので、そんな場合でもなくなった。
しっかりと、相手の目の前で、廊下の木を踏みしめ、勢いのままに体を回転させ、遠心力に任せて彼の頬に肘を思いっきり叩きこんでやる。刺さった矢がむかついたので、死ぬことは無いだろうと序に、ベランダのようにせり出した二階の廊下から、一階の玄関ホールへと男を落とす。
薄いブラウンの髪に、同系色の瞳。肌は黄色が強く、年代は五十代といったところか。数打ちゃ当たる飛び道具と言えど、冷静に狙いを定める構えはそれなりに経験があるだろうと思われた。
「二人とも上来て!やっつけ次第下に落とすことに今決めたから!」
半分無茶苦茶を言いつつ、ボウガン男の後ろで待ち構えていたナイフを体を捻ってやり過ごす。
黒髪に紫目。見たところ三十代から四十代。武器さえあれば相手に勝てると思っている、小物の武器捌きだった。
一度バク転しながら後方へ下がるが、刺さったボウガンの矢が邪魔で仕方が無い。本来ならば血を流さないためにも、抜かない方が良いのだが、異物感よりは痛みの方が慣れ親しんでいる故、由乃は向かってくるナイフ男を注意しつつ躊躇い無く矢を抜いた。
それも一応武器になるので、素早い動作で伸ばされたナイフを持った方の腕に、負けず劣らずの素早さで刺し込ませてもらった。
悲鳴を上げながらナイフを取り落とし、ナイフ無し男が後退する。
ほぼ忘れていた、挫いた足や、魔人との戦闘によりついた傷がじわじわと痛みを発するおかげで、些か戦闘がお粗末な気がしてならない。
一番気にかかるのは、縛る物が無い故に野放しになっている気絶した連中ではあるが、そこはまぁ仕方が無い。一人で戦闘をして、一人で全員を捕獲するなど、由乃には土台無理な話なのだ。
だからと言って、ユリアとユエの姉妹にやらせるのも気が引ける。彼らは人質として、彼らに脅されてきたのだから。
(……いや、皆が何で捕まってたのか、私は知らなかったっけ)
重大なことを思い出し、目の前で呻く男に聞こうかとも思ったのだが、その前に、痛みから立ち直った男が、涙目になりながらも新たなナイフを背から取り出し、由乃に向かってきた。
「うわー、もー、やだー」
うんざりした様子で、でもかなり本気でそう思いながら、由乃は先ほどよりも速度の劣るナイフを避けながら、その腕を取り、左手で顎に掌底。アッパーと呼んでも良いのだろうか。
魔法力は使用したが、これだけでは些か不安が残ったので、締まりの良い肉体には、肉体の威力のみの膝をついでに叩きこんでおく。これでどうだ。
「ッヨシノ様!」
後方からの声に、由乃はしゃがみこみながら振り返る。こちらもボウガンを所持していたので、一本はまたもや髪に刺さり、もう一本はちゃんと避けることができた。髪が長いのはこういう時不便だが――あと髪を洗う時にも不便ではあるが――長いのだから仕方が無い。切る予定も無いし、髪に刺さった矢が背に刺さるわけでもないから、あまり気にせず、手足を使い飛び上がり、窓の桟を文字通り足がかりにしてボウガン男へ向かって行く。
体幹にさえ当たらなければ、どうとでもなるだろう。
変な所無謀で考えなしで単細胞な由乃は、勢いに任せて、やはり顔に、思いっきり右膝を叩きつけた。
灰色の髪は長く、だがそれほど汚れてはおらず、綺麗だった。ボウガンの腕前は初心者のようで、ただ撃てばいい、撃たなければ死ぬというお座成りなもの。年の頃は十代後半から二十代前半。
「あれっ何回目だっけ」
最早回数を数えていない。先ほどのボウガンとナイフのおかげで、すっかり数えることを忘れてしまっていた。
「もういいや、知らない、分かんない!」
立て続けの戦闘に、喚きながら、ユリアとユエを退かし階段から二人目のボウガン男を落とす。
「生きろ!若人よ!」
相手は由乃より確実に年上であるうえに、やっていることは完全に生存とは逆である。
階段から左側の敵を二人倒し、右側から出てきた内一人を倒した。
何人残っているかは解らない。右側を片付けるべきか、とっとと言われた通り、左側の兄妹を捜すべきか――
「人命優先。行きましょおばさま方!後方にご注意ください」
元ナイフ男も、既に倒れている男たちと重ならない様に一階へ落としながら、由乃は子供部屋を探し始めた。




