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勇者伝説  作者: 之木下
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準備運動



「では先ず、できる事をしましょう」

ウィルに肯否を言われる前に、由乃は立ち上がって、ウィルに防音壁を張るように指示を出した。

青と紫のグラデーションが、由乃達を包み込む。

小さな薪小屋の半分ほどの大きさのそれに、由乃は「あーやっと普通に喋れる」と肩を回し始めた。


「いや、なんか、沈黙って肩凝るんだよね。だから静かな授業とか、苦手だったんだよなぁ」

「ヨシノ様、だめで……ちょっと、ヨシノ様、いきなり何をやってるんですか」

慌てるウィルを他所に、由乃はぐっと体を伸ばすと、きつく握られたフェリアの指を優しく解き、その腕を持ち上げ、立ちあがらせた。

「いや、まずはフェリアが先決でしょうやっぱり」

自身の肩にフェリアの腕を回して、彼女の身体を支えるように、彼女の腰に手を回す。

顔色は真っ白で、震える唇は真っ青だ。瞳に生気は無く、フェリアに何が合ったのかは解らないが、その何かが、彼女に根深い傷を残していることだけは、由乃にも解る事だった。


フェリアに対して何も思うところの無いウィルは、眉を寄せた。

「防音壁は、ここにしか張られていません。移動しては、音を遮断することはできませんよ」

「だいじょぶだいじょ、ぶっ」

「ぐあっ!」

「ここで終わるので」


呻いたのはフェリアである。

膝では無く、腹を抱えてしゃがみ込むフェリアに対し、由乃は酷く平常通りの口調で「大丈夫?」と聞いた。

「なっ、げほっよ、ヨシノ!アンタ!何すんだよ!?」

「はいはいあんまりじたばたしないの。声はともかく、姿は丸見えなんだから、なるべく動かないでほしいな」

「それが、思いっきり腹を殴った友人に対する態度か!?」


抱え込んだフェリアに由乃がしたことは、彼女の言う通り、腹を強かに殴りつけると言う暴挙だった。

ショック療法のおかげで、フェリアは確かに正気を取り戻した。が、この扱いは、やはり考えさせられる物があるのも確かだろう。


ごめんごめんと軽薄な謝罪をフェリアに与え、由乃は先ほどフェリアにさせたように、彼女の肩に腕を回した。

体が密着し、顔が近くなる。

フェリアの整っている故に迫力のある、怒気を孕んだ視線を至近距離で受けるが、当の本人であるはずの由乃はどこ吹く風である。


「フェリア、きみ、ロニミシェの家に入った事は?」

「は?いや、まぁ、そりゃあ……」

由乃の突然の質問に、単純なフェリアからは怒りの感情が一瞬にして霧散する。

真剣な瞳に、真意が見抜けず、未だ本調子でない頭をフル回転させるが上手く動かない。結局しどろもどろに、答えるだけだった。

「間取りは?」

「……アタシは玄関までだよ。いっつも泥だらけだったし、あいつらは外で遊ぶのが好きだから、遊ぶ時は内より外だし」

寒気を思い出したように、フェリアは二の腕をさする。

由乃は「そっか……」と言いながら、肩に回した腕を折、フェリアの頭を抱えて、優しく撫でた。こてんと傾けた頭をフェリアの頭に当てる。この動作が案外、やられている方に安心と戸惑いを与え、恐怖から引きはがすことを、由乃は良く知っていた。勿論、個人差はあるが。


扉の前に三人。家の中に何人。ユリアとユエ、そしてロニとミシェルは家の中に居るとして、一体どこにどのように配置されているのか。

間取りが解れば、予測が立てられる。予測できなくとも、うっかりトイレの扉を開けたり、しょうもない失敗で時間の短縮に繋がるかと思ったのだが。


第一条件は、最低でも由乃が解っている四人の無事確保である。

勿論、最悪の場合、既に殺害されている可能性も無くは無い。が、由乃は敢えてそれを考えない。考えた所で、仕方が無いからだ。

いざという時、最悪を想定するのは、覚悟を決めるという点では大切だ。

だが、その最悪に囚われ、最善を尽くせない事態は、最悪よりも尚悪い。


幾分顔色の戻ったフェリアの肩を軽く叩き、一度離れる。

窺った様子は相変わらず。

三人の男は、警戒していると言うよりは、暇で暇で仕方が無い、と言った様子でぼうっと空を眺めていたり、地面に何かを書いたり、下を向いて居眠りをするように上半身を前傾させていた。

見つかる心配は無さそうだが、それでもあまり見つめすぎないうちに、由乃は体を陰へと戻す。


「さて、フェリア、ウィル。私はとっととこの謎な状況を終わらせて、家……お城に帰ろうと思うんだけど、異存は?」

立ち上がり、腰に手を当てて、粗略な態度で不透明な事を言う。

ウィルは数分前から押し黙り、由乃の言葉に耳を貸す気配は無い。

フェリアは頭から頭から疑問符を飛ばしながら、きょとんとそう身長の高く無い由乃を見つめた。

数回瞬きをすると、復活したらしいフェリアが、おずおずと聞く。


「ヨシノ……何を、どう……?」

「今この現状を、打破」

しれっと、軽々しく。さらりと、軽率に。

由乃の無重力レベルで責任という物を一切感じさせない物言いが、ゆっくりと、時間をかけてフェリアの頭に浸透する。

「……打破って……」

「文字通り、打ち破る」

「それって……」

「物理で殴る」

「物理以外でどうやって殴るつもりだよ!!」

ツッコミ所はそこじゃない。

そうは思ったが、由乃は言及しなかった。


慌てて立ち上がったフェリアの身体が傾ぎ、由乃は対照的な冷静さで彼女を支えた。

そのままがっしりと肩を掴まれ、揺さぶりながら怒鳴られる。

「バカか!相手は三人――家の中にはもっといるかもしれない!魔獣相手に戦ってるから、人間と戦う恐怖を忘れたのか!?相手は男だし、お前より大人だし、お前よりよっぽどでかい!勇者の仕事は、魔王を倒すことだろ!?変なことに首突っ込むな。ここは大人の、憲兵達に任せておけ!」

「わぁ正論」

「茶化すな!」


フェリアは怒鳴るが、由乃にその言葉が届く気配は無い。

彼女は安心した風に「フェリアほぼ本調子だね、よかった」と笑うだけだった。

由乃の様子か、自身の混乱のせいか、相手が善人である可能性は、フェリアの中からすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。

「ヨシノ、いい、アタシは――」

「勇者のお仕事は、魔王を倒す事」

宥めるように、あるいは動きを牽制するように、由乃は自身の肩の前で、小さな掌を広げている。

突然の台詞は、フェリアが先ほど言った事に相違無い。

勇者の仕事は魔王を倒すことであり、決して、人間を相手に、その細腕を悪戯に奮う事では無い。


由乃が口元に浮かべた笑みは、処世術の一種なのだろう。

由乃は元々、人づきあいが得意な方では無かった。

友達はいたし、人と慣れ合う事は嫌いでは無い。けれど、得意では無かった。

だから由乃の友達と呼べる人たちは、いつも極少数だった。知り合いはある程度沢山いたが、真に友人と呼べる相手は。


「フェリア、きみは私の友達だわ」

本当に、そう思う。

勇者では無く、由乃の心配をして、止めようとしてくれる、彼女は。

「そして、ロニとミシェルも、私の友達」

由乃の言わんとすることが伝わり、フェリアの形の良い瞳が、ふっと色を変える。

酷く傷ついた顔で、眉を下げ、唇を噛む。視線を合わせる事が辛くなったのか、彼女はゆっくりと俯き、両の手から、力を抜いていった。


諦めたかとも思ったが、そうでもないらしい。

彼女は問い詰める対象を変えただけであった。

先ほどまで震えていたのが嘘のように、フェリアは素早くウィルに詰めよる。

対するウィルの瞳は焦点を合わせず、由乃と同じように揺さぶられるままになっていた。

「ウィル、止めろよ!お前、ヨシノを止めるためにここに居るんだろ!?おい、こっち見ろ!聞いてんのか!?おい!未確認飛行生物!」

半分悪口である。

けれど、もうそろそろ。

由乃の勘が正しければ、そろそろ、彼の瞳に意志が戻る。


フェリアに大きく揺さぶられ、胴の上に乗っかっている頭がぐらんぐらんと上下する。由乃は人形を作る肯定を知らないし、つなぎ目がどうなっているかも知らない。うっかりしたら、頭が飛んで行ってしまうんじゃないだろうか。

そんな風にハラハラと情景を見守っていたが、それもすぐに終わりを迎えた。

フェリアが疲れたからと、ウィルが声を発したからである。


「主様に、確認をとらせていただきました。わたくしでは、ヨシノ様を説得することは、不可能だと思いまして」

人形同士は、魔力の波長が同じであることから、少量の魔力で電話のような通信魔法が可能だった。リュネとの直接交渉も可能だが、人形たちは、主と一線を画する存在であると自身を認識していた。故に、彼らは主の近場に供えている人形を介し、主との意思の疎通を計るのだ。

結果はどうだったのか。それはウィルの、不機嫌そうな溜息が総てを物語っていた。


「『勇者』の好きに――と。わが主様の、お達しです」

由乃は満足そうに頷き、フェリア表情の一切をどこかに落っことした。

ウィルの言葉は、由乃にとっては想定内以外の何物でもない。

十二神将にも色々いるが、リュネは別格に、由乃に対して興味が無い。

と言うか、彼は人間と言う物全般に、興味が薄い。好きで人のを創り、行動できる意志を与えているのに、だ。不思議な男である。本当に。


ウィルが高度を上げる。由乃を見下ろす位置を陣取り、「生存のお助けは、禁止されておりませんので」と告げた。

「それは助かる。いつもと服違うし、靴も遠征用の慣れたブーツじゃないし」

言いながら、腰に巻かれたベルトを外す。

同時に、そこに繋がれていた勇者の剣も外され、それを見ていたウィルは目を丸くした。

「ヨシノ様?何を――」

「人に刃物は向けられないでしょう。喧嘩は素手が基本だわ。私の義は、ルールの先にある」


勿論、相手が持ちだしてきたら考え直すけど。

良くわからない自分勝手な理論を唱えつつ、由乃は「持ってて」と剣をウィルに放り投げた。

上手くキャッチすることはできたが、ウィルからは溜息しか出ない。

由乃は笑う。別に良いだろうに。どうせこの剣は、『切る』ことができないのだから。


最初に男たちを見つけた時のように、恐怖だけが支配する世界にいるような表情をしているフェリアに由乃は言葉をかける。




「フェリアはこっから動かないでね。ここ、大声出してるから解ってるかもしれないけど、ウィルが防音壁張ってくれてるの。姿さえ見られなければ、見つかる事は無いから」

優しい笑顔で告げる由乃が、フェリアには、今だけ魔王のように見えた。

甘言で騙し、優しい声音で囁かれるのは、絶望。

自身より小さく、子供のような、勇者にされてしまっただけの少女。

魔王を倒す為の、人柱。


「……行くなよ、ねぇ、ヨシノ……アンタが死んだら、この世界は……勇者が死んだら、カルロディウスはどうなるんだよ!」

酷い事を言っている自覚は、フェリアにもあった。けれど、死んでほしく無かったのだ。彼女に。由乃に。

フェリアを友達だと言ってくれた、勇者に。


由乃は縋りつくフェリアを自身の腕の中に閉じ込め、宥めるように頭を撫でた。

身長は低いのに、フェリアよりも厚く肉のついた胸の奥から、穏やかな一定のリズムがフェリアを落ちつかせる。

優しいそよ風のようにフェリアの不安を攫い、その代わり、悲しみだけが溢れて来た。

失ってしまうかもしれない。大切な友達を。




「ウィルくんとフェリアちゃんに、良い事を教えてあげよう」

私的には全然全くこれっぽっちも良い事じゃないんだけど。そんな風に続けて、由乃は一度、視線をどこか遠くに投げた。

思い出されるは、ミレオミールと共に歩いた平原、山道、野宿の場。

自然に満ち溢れているのは良い事なのだろう。空気もおいしいし、野菜も美味い。

「これまで私がしてきた『勇者としてのお仕事』だけど、魔獣退治よりボランティアの方が断然多いんだよね」

「……ぼらんてぃあ?」

あ、デジャビュ。

「献身的、見返りを求めない行い」

「はぁ……」

最近したような説明をすると、解ったのか解らないのか、曖昧な声が返ってくる。ミレオミールの理解力が無駄に高いのか、平常とは違うから、フェリアの理解力が及んでいないのか。


思い起こせば、たった二週間、それはとても濃いものだった。

勇者になることを決め、最初数日こそナイルに剣の指導を受け、経験が大事だと言うミレオミールに乗せられたことと、タイミングが良くて悪かったことにより、とっとと遠征に出る事が決まってしまった。

最終目的は南西部の大型魔獣。道中でこまごまと悪さをする魔獣たちを倒しつつ、城下以外の町や都市を見て、この国の事を勉強しながら旅をしよう。

そういうコンセプトで始まった遠征で、由乃が自身を勇者であると自ら名乗った事は無い。けれども、腰に下げられた勇者の剣は雄弁で、ミレオミール曰く「信仰してる割に友好的」な信者たちは、勇者を見かけると話しかけ、ついでにと貢物を渡すと、さらについでにと、子供の子守りを頼んだり、畑仕事を手伝わせたり、子供の名前を考えさせたり、と色々な事を由乃に求めた。

「ヨシノ様、そんなことしてたんですか」

「してたんよ」

苦い思い出、である。

施しも献身も、由乃にとっては等しく重荷だった。


「まぁ、そんなわけで」

何が言いたいのか解らないまま、由乃の話はまとめに入った。

ウィルもフェリアも首を傾げ、一人悠然と笑う由乃の言葉を待つ。

ふふふ、と勿体ぶって、由乃は笑う。

フェリアの手をゆっくりと己から外し、立ち上がり、片手を腰に当てた。



「勇者のお仕事は、魔王を倒す事だけじゃないよ」



言いたい事は総て言ったとばかりに、由乃は「さて」と準備運動である前屈を始めた。

「ウィル、きみはとりあえず、ここに隠れてて。浮遊する少年なんて、それだけで名を名乗ってるようなもんだからね。リュネ様のために、お留守番。いいね。呼んだら助けて」

「承知いたしました」

リュネ様のため。そう言葉を足しておけば、ウィルは大抵の命令は無条件で聞いた。勿論、本当にリュネのためになると、彼が本心から納得した時に限るのだが。


「それともう一つ」

最早見送るしか無くなったことを確信したフェリアは、何も言わない。言えることも無いのだろう。怒鳴って説得を試みて、泣き落としまで駆使したにも関わらず、由乃は強情にも、考えを改めることをしなかったのだから。

体を左右に倒し、後ろにも倒す。途中真後ろにあった壁に頭をぶつけ、「痛っ」と悲鳴を上げるような茶番もあったが、恙無く準備を整えた。


「私が遠征で一番戦ったのって、魔獣じゃ無くて、盗賊とか夜盗とか賊とか賊とか賊とか――ま、ただの人間の類なんだよねぇ」





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