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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章 アイドル護衛任務
9/14

9話 非情な決着

今回の話には『グロ』と『急展開』が含まれています。ご注意を。

 ~side レイ~ 2027年 3月17日



「アイ、どこから狙撃されたか分かるか?」


『1014m先のビルからだよ。そこの屋上』


「よし。じゃあ後はクラウンでのサポートに徹してくれ」


『りょーかい』




 クラウンとは、俺と杏香さんを始めとした色々ともう終わっている人間の合作だ。

 形状はヘッドフォンが近いか。目を覆うようにディスプレイがあることを除けば、だが。


 このクラウンという機械は、アイの補助があって初めて成り立つ戦闘補助兵装だ。一番助かるのは銃弾の着弾予測地点を表示してくれるところだな。これのおかげで命を救われたことも少なくない。




「…行くか」


「令様。……いえ、なんでもありません」


「そうか。白奈を頼んだぞ」




 天音の返事は聞かない。あいつは俺を第一に考えて生きているから、どうせ俺の身を案じる言葉しか出てこないだろう。普段であればありがたいが今のような緊急時では余計だと言わざるを得ない。


 割れた窓に向けてそこらに転がっていたイスを投げてみる。一瞬で吹き飛ばされた。敵さんはかなり優秀な狙撃手スナイパーのようだ。そもそも1㎞も離れた地点からの狙撃なんて人間業じゃないのだが。

 意を決して敵の射線に躍り出る。直後に表示される射撃予測線は――俺の腰辺りを狙っていた。




「――っ!」




 背後で何かが砕けた音がする。しかし無視だ。

 銃弾をギリギリで躱した俺はやっとパーティー会場の外に出ることが出来た。ここからスナイパーまでは一直線。どう考えても相手の方が有利だ。


 だが俺だって何の考えもなく飛び出てきた訳じゃない。アイのサポートがあれば狙撃弾でも避けることが可能なのは知っていたし、俺は疑似的にだが空を飛ぶことが出来るのだ。三次元的な動きをする相手を撃つのは意外と難しいのも俺は知っている。


 アーミーブーツの底には感応石が仕込んであり、そこを中心に斥力の力場を作れるようにしてある。つまりその力場を踏むと反発力で空中にも立てるのだ。加減を間違えるととんでもない速度で吹っ飛ばされるが。




「チッ、連射できるのかよっ」




 今は夜だ。そして俺の格好はタキシードに黒いプロテクターという、変わってはいるが暗闇でなら目立たないスタイルだ(ブーツは装甲車モドキに積んでおいたので履き替えた)。にも拘らず敵は2連射を基本としてガンガン攻めてくる。

 しかも狙う場所が巧い。知っている人も多いとは思うが、戦争では頭よりも腰付近を狙って撃つことが多い。頭よりも的が大きいし、敵が動けなくなればそれでいいからだ。それをこのスナイパーは実戦してくる。




「っ! ……らぁっ!!」




 ギィィンッッ!!!!


 とうとう避けきれなくなった俺は、ナイフで銃弾を逸らすという、もう人間辞めた技を披露することになった。クラウンを着けていないと不可能だけどな。それに腕への衝撃が半端ない。




(一発で使い物にならなくなった……あれだけ徹甲弾だったのか。ということは俺が避けられなくなるのも織り込み済みだな。ここからが本番か……)




 銃弾を逸らすために使ったナイフは大きく欠けてしまった。次は確実に砕け散るだろう。仕方ないのでナイフシースに戻し次のナイフを持つ。残りは5本。

 彼我の距離は残り600mほどだ。あと300mも近付けば、クラウンでも反応しきれなくなるだろうな。しかし地上に降りて隠れながら進むのはよろしくない。ただでさえ俺の背後には流れ弾で被害が出ているのだ、これ以上は異能力者へのバッシングにすり替わってしまう。


 実はもう敵の姿は見えている。クラウンのディスプレイには黒い布を全身に巻きつけた不審者がこちらに銃口を向けているのが映っているのだ。体格から考えるに、恐らくは女。しかしそれしか分からない。


 その銃口から予測線が伸びてきた。右肩と左脇腹だ。身体を傾けて難なく避ける。

 狙撃というのはそこまで連射できるものではない。少なからず銃口が揺れるし、ターゲットが動く可能性があるからだ。だから俺もそう考えて空中を蹴り、全力で駆けた。



 それは幸運以外の何物でもなかった。ただ、何となく、一瞬だけ左側に視線を逸らしてしまったのだ。何かが光った気がして。



 ――見えたのは、射撃予測線・・・・・だった。



 なんでとか、どうしてとか、そんなことを考えるよりも前に身体が動いた。

 心臓を狙っていたそれは、左腕の外側を抉って夜の空へと消えていく。俺はバランスを崩して地上に落ちそうになったが、全力で堪えた。何故か? 次の射撃予測線が正面から1本、右側から2本も伸びて来ていたからだ。




「っ……!!」




 もはや声を出す余裕も無い。それほどまでに濃縮された一瞬は、左腕が使えなくなる、という結果で終わった。




「はぁっ、はぁっ! ……っ、狙撃手が2人、とか……」




 すぐに地上へ降りて、細い路地に入って左腕の応急処置をする。骨は確実にヒビが入っているが、大きな血管は傷付いていない。そこだけは気を付けたからな。それでも上腕の外側は抉れているし、前腕に穴が2つ開いてしまった。簡単な止血をして考える。

 狙撃手は恐らく2人。正面に1人――こちらが最初に狙撃してきたヤツ――、左側面に1人だ。左のヤツはずっと隙を窺っていたのだろう。先ほどのタイミングはそれくらい完璧だった。




(参ったな……俺1人じゃ無理だぞ、こんなの。片腕しか使えないってのもツラい)




 さてどうするか。本音を言うなら、病院に直行して腕を治したい。しかしそれは柊探偵事務所が信用を失ってしまうので不可。せめて1人くらいは見方が居れば楽なんだが……




『レイ! 大丈夫!?』


「……クラウン使ってるときは大声出すなって言っただろうが…っ」




 今まで黙っていたアイが話しかけてきた。銃撃の予測をしている間はアイにも話している余裕が無いらしいのだ。まぁそれは置いておいて。というかクラウンを着けている時は耳元から声が聞こえるから、本当にあまり大声を出さないでほしい。




『あ、ごめん。それで、腕はどうなの?』


「あと20分くらいかね。それ以上は腐る」


『…レイ、さっきから3人と連絡を取ろうとしているんだけど……』


「出来ないか」


『うん。でも紗ちゃんだけ違うの。携帯が壊されたみたいで』




 ……壊された? 皆月のが? こう言うと嫌味に聞こえるかもしれないが、あいつは俺を殴れる数少ない人間だぞ? その皆月のスマホが破壊されたということは、狙撃手の仲間に襲われたか、狙撃されて行動不能になったか、それとも……



 ――ッドッッオオオォォォォンン!!!!!!




「うおっ!?」


『え、なにこれっ!』




 突然、凄まじい爆音と振動に襲われた。地震とも爆弾とも違う、なにか大質量の物が落ちたかのような揺れ方だ。方向は……左側のスナイパー辺りか? あっちは300mくらいしか離れていないから間違えることもない。




「っ……アイ! 何が起こった?」


『……紗ちゃんが』


「皆月が? つーか無事だったのかよ」


『紗ちゃんが萌々ちゃんと・・・・・・戦ってる・・・・……』


「……はぁ?」




 この緊急時に何をしているんだあいつらは。……いや待て。どちらかが件の異能力者に操られているとしたら辻褄が合う。どちらが操られているのかは分からないけども。

 しかしそうだとするなら、皆月が勝つ。一之瀬がどれだけ戦えるのかは知らないが皆月には勝てないからだ。というか操られてるのは一之瀬だろうな。でないと皆月が会場近くで襲われた意味が分からない。カムフラージュだったら話は別だが。




「そっちは放っておけ。俺達はビルの上のあいつを討つ」


『……そうだね。このまま路地を進んで行っちゃおっか。もう被害云々なんて手遅れだし』


「あー……それもあるのか。また杏香さんに借りが……」




 そうと決まれば話は早い。俺は出来るだけ狭い裏道を選んで、ビルの屋上から死角になる暗闇を駆けて行った。




 ○ ● ○ ● ○




 ~side ???~



 ……対象ターゲットが墜落、目視不可の状態になってから5分が経った。こちらに向かって来ているのだろう。彼は腕1本程度じゃ止まらない。


 一之瀬 萌々は皆月 紗と交戦中。……やはり皆月 紗は殺しておくべきだった。最後の最後で邪魔される予感はあったのだ。しかし彼も彼女も隙が無い。結局、支配下に置けたのは3人だけだ。その内の1人――相川 巴は狂って死んでしまった。




(彼は怒りを抱くのだろうか? 悲しむ? 嘆く? ……それとも何も感じない?)




 御門 令には以前から興味があった。柊探偵事務所の最高戦力。この肩書きはバカに出来ない。なにせあそこには所長である柊 杏香だって所属しているのだ。あの化け物よりも上だという彼。……興味を抱かずにはいられなかった。


 彼が黒瀬 白奈の護衛任務を受けてから、ずっと観察してきた。

 その結果は――まさしく化け物だ。周囲を囲む30人を吹き飛ばし、毎晩ヤクザの構成員を50人ほど狩り、ランクB相当の超能力者をあしらい、公安の捜査員すら余裕で撃退した。本人は異能力者なら当然だと考えているようだが、そんな常識など存在しない。


 も異能力者ではあるが、どれもこれもあそこまで綺麗に終わらせることは出来なかっただろう。何人かは確実に殺していた。それを彼は……




(嫉妬、しているのかな。……くだらない。彼に敵わないことなど分かり切っていたことなのに……)




 あれは嫉妬を抱くには遠すぎる存在で。あれは自分と比べるのも烏滸おこがましい存在で。あれは追うのも畏れ多い存在で。あれは常勝を体現する存在で。あれは成長する前に殺さなければならなかった存在だ。


 自分とは、そこらに蔓延る人間とは一線を画した生物。それが御門 令だ。


 一度だけ彼が全力で戦った時の映像を見させてもらったことがある。相手はあの柊 杏香だ。化け物と化け物の戦闘を、自分は1割も理解できなかった。

 あんなのは“ヒト”が振るう力じゃない。同じ姿をした別の何かだ。そう思いたくなるほどに、彼らは届かない存在だった。




(……そろそろ、来るかな)




 彼が見えなくなってから10分が経過した。もうすぐこの屋上に辿り着く頃だ。彼はどうやって戦うつもりなのだろうか。この屋上は干渉領域で覆ってあるから、いくら強力な彼の異能でも使えなくなる。となれば肉弾戦しかないが、彼は銃の類を持っていないのでこのライフルがあれば勝てる。さすがに彼だって至近距離からのライフル弾は避けられないだろう。


 次の瞬間には、彼ら“化け物”のことなど1割も理解できていなかったと痛感させられたが。



 ――屋上が吹き飛ばされる……なんて状況は想定していなかった。




 ○ ● ○ ● ○




 ~side レイ~



「くっそ、なんで停電してんだよ!」


『スナイパーさんの仕業だね。予備電源まで使えなくなってるよ』


「はぁ、40階を駆け上がるとか、はぁ、もう帰りたい…」


『異能使ったら気付かれるもんね』




 俺は今、狙撃手が陣取っているビルの中を駆けている。理由は言った通りだ。

 さすがにこれは俺でも息が切れる。ここら一帯でかなり高い部類のビルだけあっていくら上っても終わりが見えない。いや、実際は着々と屋上に近付いているんだけどさ。




『レイ、残り10階だよ』


「分かってる!」




 5分間で30階を駆け上がった。1階につき10秒の計算だ。

 さすがにハイペース過ぎる気がしないでもないが、相手に逃げられるよりはマシだと判断。スナイパーというのはじっとしている方が少ないのだから。


 そうして急ぐこと、さらに数分。やっと39階まで上がってから、面倒な問題が発生した。




「階段が無い?」


『あっちゃあ……』


「……あぁ、最上階フロアには専用のエレベーターを使うしかないとか、そんな感じか」


『だと思う。どうする?』


「天井をぶち抜こう」


『その判断が即座に出て来るのもどうかと思うんだけど……』




 うるさいな。今はグダグダやってる暇も無いんだよ。

 俺はすぐに天井へ向けて、穴が開く程度の斥力を使った……が。




『おろ?』


「……干渉領域?」




 天井には傷1つ付かなかった。というか異能力が発動すらしなかった。それはつまり俺が立っているこの場所も、相手の干渉領域の中だということだ。そもそも干渉領域を使ってきているのがおかしいのだがそれは置いておく。




『で、もう1度聞くけど、どうする?』


「1つ下の階から吹っ飛ばす」


『…もうちょっと穏便な方法は無いのかな?』


「あるなら採用するけど?」


『……よし、吹っ飛ばそっか』


「お前もお前だよな」




 まぁアイはこう見えても計算能力が高い。そのアイを以てしても現状を打開する策は思い付かないのだから、このビルの上層階は諦めてもらうしかないだろう。

 因みにだが、アイの本体はある女性の家に置いてある。さすがにスマホや、今俺が着けているクラウンでは処理能力が低すぎるからだ。ここまで自由に動くAIなど高性能なスパコンでも使わないと入りきらない。


 話が逸れた。




「よし、やるぞ」


『瓦礫は落とさないようにね』


「言われなくても分かってる」




 さすがにこの都市部でビル大噴火とかシャレにならないからな。あの杏香さんでも笑って済ませるレベルじゃないだろう。

 瓦礫は吹き飛ばした後すぐに引力でここに集めるとして、この上に居るはずの敵の処遇を考える。個人的には殺すほどではないかな……と思う。実際、任務が始まってから受けた被害など心的疲労以外には特に無いのだ。まぁそれは俺個人の感想であって、白奈からしてみれば色々と、それはもう色々と言いたいこともあるだろうけど。




「んー、どうするべきか」


『何が?』


「敵の処遇。やっぱ後々のことを考えると殺さない方がいいよな?」


『だろうねー。手続きとか面倒になるし、納得しない人も出て来ると思うよ』




 どっちも面倒なんだけどなぁ……瓦礫の中、人間1人だけを助けるとか難題すぎる。


 ぶちぶち言っていても仕方ないので38階に戻り、異能の準備をする。普通に使うと俺より上の部分がそのまま飛んで行ってしまうからだ。粉々にしないと敵の姿が確認できない。




「よし、いくぞ」


『いつでもどうぞー』




 次の瞬間、漫画やアニメだと言われた方が納得できるような光景が展開された。簡潔に纏めると、ビルの最上部が半円状に吹き飛んだ。


 ……実は皆月vs一之瀬が騒ぎになり、報道陣が近くに来ていたことを俺は知らなかった。さらに言えば、屋上に居るスナイパーさんがテレビ局のヘリを撃った(撃ち落としてはいない)ことで騒ぎが拡大していたことも、もちろん俺は知らなかった。

 しかしそれを後悔するのはもう少し後の話。今の俺は狙撃手の姿を確認することで精一杯だったのだ。




「――見つけたっ」


『っ!? 射撃来るよ!!』




 俺とアイが声を出したのはほぼ同時。反射的に動いた俺は、右の太腿を貫かれた。

 なんとヤツは吹き飛ばされ空中に投げ出されていたのにも拘らず、瓦礫の隙間を縫うような射撃を披露して見せたのだ。左腕に続き右脚も使えなくなってしまった。




「痛ってぇ……」


『あんな体勢から撃ってくるなんて!』


「あんの真っ黒女。絶対にぶっ潰す」


『殺しちゃダメだよ!?』




 だから分かってるっつーの。

 どうやら相手も撃ってはきたものの動揺しているらしく、干渉領域は展開されていない。また使われると収拾がつかなくなるので飛び散った瓦礫は随分とサッパリしたビルの最上部に掻き集めておいた。もちろん俺は巻き込まれないように上へと避難している。

 それと同時に相手の銃を壊しておく。具体的には銃口を圧し潰した。さらにその持ち主を引っ張り寄せる。……が、地面に足が着いた瞬間に干渉領域を発動しやがった。コイツ、俺が引っ張るのを待っていたのか。




「…一応言っておく。降伏しろ、悪いようにはしないから」


「………………」




 何も言わずに……短刀? っぽいものを構える黒装束スナイパー。近接戦闘も出来るのかよ。というかもう逃げられないのは確定しているというのに、コイツは一体なにがしたいんだ?

 そんなことを考えていたら黒装束が突っ込んできた。




「――ハッ!」


「っ、重っ…!?」




 仕方がないので迎撃しようとナイフを抜き、黒装束の短刀を受け止め――られなかった。尋常じゃないほどの力で無理やり押し切られたのだ。

 俺は後ろに飛び退き、周囲の瓦礫を礫に変えて黒装束へと射出した。俺も干渉領域を使っているから、俺側の屋上半分は異能が使えるし、慣性によって飛んでいく石は干渉領域では打ち消せない。

 しかし相手はそれも読んでいたのか、殆どをスルスルと躱し、それ以外を短刀の柄で殴り砕いていた。




「……る。……たんだよ」


「は?」


「ふふふ、ふふふふふふ、あは、あはあはははははははははははははは」




 ……なんだコイツは。抑揚のない、ただ音を出しているだけの笑い声は酷く不気味で、とても乾いていた。


 しかも、この声は――




「……前言撤回だ。殺す気でいく」


「あははははははは――ウフッ♪」




 ギャリィィ!! と金属が擦れ合う。どちらも右腕を振り抜いた形で一瞬だけ止まり、次の瞬間に俺だけ仰け反る。空いた左手で殴られた。

 しかしそれくらいで止まるわけがない。右腕を引き戻して斬り上げる、が、短刀で正確に抑えられた。その外側から黒装束の左足が鞭のように迫ってくる。それを屈んで避ければ、目の前には軸だったはずの右膝が。俺は右手だけでそれを受ける、と同時に黒装束がぶっ飛んだ。俺の背後から岩を飛ばしたのだ。なかなかに制御が難しかった。




「くふふ……いいよ。凄くイイ。それでこそ君だ」


「…おい、そろそろ顔を見せろよ」


「もう君は気付いているのに?」


「……何にだよ」


「僕の正体さ」


「………知らねぇから聞いてんだろうが」


「おや、嘘はよくないね。少なくとも・・・・・顔の想像くらいは・・・・・・・・出来ているんだろう・・・・・・・・・?」


「…………死ねよ」


「ごっふっっ!!?」




 黒装束の脇腹に鋭い石が突き刺さった。それは黒装束の背後から飛んできた物で、どうやら相手は全く想定していなかったらしい。




「な、なん……」


「干渉領域の開発者は俺だ。その俺を干渉領域で封じ込められると思い込んだ時点でお前は負けなんだよ」




 こう言ってはいるが、実際にやったことはただの力技だ。黒装束が展開している干渉領域を俺の波動で包み、強引にその範囲を狭めただけ。それでも未だに黒装束の周囲2mほどは俺でも干渉できない。大した意志力だと思う。思うだけだが。




「アハッ♪ さすが……ゲホッ!?」


「まだやるのか?」


「ぐぅ…! も、もちろん。こんな楽しい時間を放棄するわけないじゃないか」


「そうか。俺も放棄できなくなったよ」


「本当かい? 嬉しいなあ」


「あぁ、何が何でも顔を見せてもらう」


「なに――」




 ヤツの右膝が折れる。大腿骨も折れた。左の脛には穴が開いた。右肩が潰れる。手首付近に石の欠片が刺さっていた。左の肘が逆を向く。掌が抉れて骨が見えていた。腹にも大小つの石が食い込む。頭にも1つ当たり血を流す。




「ごっ……げぁっ……」


「これが俺とお前の差だよ」




 これだけやれば、さすがに顔を隠している布だって取れる。そいつは前に倒れたので、俺から顔は見えない。蹴ってひっくり返す。


 そこには、俺の想像通りの人物が居た。分かっていたさ。その声を聞いた時……いや、最初に狙撃された頃から、頭のどこかでは理解していた。それでも、やはり俺は認めたくなかったのだと、その顔を見て分かった。




「う、うふふふ……完敗、だよ……」


「……なんで、こんなことをしたんだ。――相川・・




 黒装束スナイパーは俺の同僚であり、今回の任務では仲間であったはずの、相川 巴だった。

 俺は相川に馬乗りになって、その細い首にナイフを押し当てた。今のコイツは同僚でも仲間でもない、ただの敵だ。




「うふっ、相川 巴は死んだよ。僕は別の人間さ」


「……ならお前は誰だ!」


「あははは……なんでそんなに苛立っているのさ? 君にとって相川 巴という女性はどうでもいい存在だったはずだ」


「っ……そんなわけ」


「あるよ。それはもう100%の事実だ。いや、真実かな。とにかく君は、相川 巴など気にしていなかった。ああもちろん友や仲間としてはちゃんと見ていたみたいだけどね」




 ………………。




「巴はね、」


「……やめろ」


「君のことを、」


「やめろ」


「愛していたよ」




 俺は奥歯を噛み締めるしかなかった。


 コイツが言っていることは全て本当のことだ。そして、相川が完全に・・・死んだのはついさっきのはず。




「愛してる。愛してたんだよ」


「っ!」


「さっき、巴が最期に言ってたね。なんで返事をしてあげなかったんだい?」




 『……る。……たんだよ』。――『愛してる。愛してたんだよ』。

 ……あぁ、知ってたよ。たしかに相川はそう言っていた。だが俺にどうしろと?




「ふふ、別に君を責めているわけじゃないんだ。巴は随分前から精神を病んでいたからね。最期の言葉は奇跡にも近いものだったんだよ? 手遅れも手遅れ、巴を救いたかったのなら2年くらい遡らないとね」


「じゃあお前は何が言いたいんだ」


「特に無いかな。強いて言うなら」


「……なんだ」


「君には感謝するよ。気付いていたんだろう? 巴が二重人格――解離性同一性障害だったってことも」


「っ」


「そして君は、いや君だけは、僕の存在に気が付いてくれた。いやぁー、愛しい男性ひととの殺し愛。なんて甘美な時間だろうか。僕はもう満足してしまったよ」




 そう言って微笑む“誰か”。もう正常な思考力も保っていられないのか、言っていることが少しずつ繋がらなくなってきた。

 ……コイツの言う通り、俺はコイツの存在に薄々気が付いていた。それは護衛任務が始まるよりもずっと前の話で、相川は何も言ってこなかったので俺もそれについて触れることは出来なかったのだ。




「好きだ、大好きだった、愛しているんだよ。苦しかった、でも迷惑だから。結ばれないから。ふふふ、でも白奈だって無理なんだよね。紗だって、萌々だって、杏香だって、その他大勢だって、うふっ、うふふふふふふふふっ――マキナ、だっけ」


「!!?!?」


「ねぇ、御門・・アタシ・・・は遅かったのかな?」


「なっ……」




 なんだ。なんなんだ。お前はどっちだ!?




「アタシの方が早かったら、あはは、は遅すぎたけど」


「……それでも、俺は謝れない」


「うん。御門きみは何も悪くないからね。アタシが一方的に思い詰めただけなんだよ。だから責任を感じる必要も無い」


「………………」


「最期に1つ聞いてもいいかい?」


「…なんだ」


アタシのこと、嫌いだった?」


「……嫌いではなかった。むしろ異性の友人としてなら好意すら持ってた」


「――そう、よかった」




 なんでこうなってしまったのか。簡単な事だ。俺が異性の考えていることを理解できないから。ただそれだけ。

 もう出血多量で意識が朦朧としているのだろう。その瞳の焦点が合わなくなってきている相川の、その胸に、心臓に、俺は、ナイフを振り下ろした。




 ○ ● ○ ● ○




 ~side キョウカ~ 2027年 3月17日



『次のコーナーは……へ? あ、はい。えー、速報です。○○市のビルで爆破事件が発生しました。詳細は不明ですが、異能力者同士の戦闘があった模様です。現場の鳥羽さーん』


『はーい。私は今、その爆破事件があったビルの上に居ます。見てください、ビルの最上部は全て瓦礫で埋まってしまっています!』


『うわ……これは酷いですね。あら? 鳥羽さん、人影が見えた気が……』


『はい! 実は事件に深く関わっていると思われる人物は、まだビルの――』




 ブツン……




「……ふぅー、あいつは一体なにをやってんだ……」




 異能力者の事件だというから、まさかと思ってみていたら本当に御門が関わっている事件だった。遠目に映っていた人影は間違いなく御門だ。それだけは間違えようがない。

 しかし、御門があそこまで派手にやるとは……相手は相当な使い手だったのか。周囲への被害は最小限に留めている辺りは実にあいつらしいが。


 そんなことを考えている時だった。件の人物、御門から電話が掛かってきたのは。




「もしもし、御門か」


『…はい』


「どうした? 声が死んでるぞ」


『……相川を、殺しました』




 私は思わず、咥えていたタバコを落としてしまった。今の私はさぞ間抜けな顔をしていることだろう。それくらい御門が言っている言葉の意味が分からなかった。


 御門が、相川を殺した? 何故? あいつらは仲が良かったはず。ではどちらかが操られていたのか。




「そ、それは精神干渉系のヤツに操られていたからという解釈でいいのか?」


『いえ、相川が今回の事件の犯人でした。降伏することを勧めたんですが、戦闘になったので止む負えず……』




 向こうから風の音と、何か手帳のようなものを捲る音が聞こえてくる。

 状況から考えて、恐らくは相川の遺品か何かを見ているのだろう。御門は紙媒体をあまり使わないからな。もしかしたらそれを見て相川が犯人だと決め付けているのだろうか。だとしたら迂闊としか言いようがない。




「相川が犯人だという決定的な証拠でもあるのか?」


『あります。相川は最期の最期に、俺へ記憶を譲渡してくれたので』


「……なんだと?」




 私は事務所に所属している人間の能力くらい全て把握している。だからこそおかしい。相川の能力は、たしかに精神干渉系ではあったが、それは記憶を譲渡することなど出来ないのだ。


 しかし私のこの疑問は、御門が放った次の一言で解決された。




『相川は、精神干渉系ではなく、極めて珍しい――』




 ――脳内干渉系でした。


 私はまた間抜けな顔をする羽目になった。




いきなり相川の気持ちが出てきても、読者の皆様は混乱してしまいますよね。すいませんでした。何故こうなったのかは次話で明らかになりますので、それまで待って頂けると嬉しいです。

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