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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章 アイドル護衛任務
8/14

8話 後始末とパーティー

 ~side レイ~



 さて、突然だがここらで俺の異能力についてちょっと説明しておこうと思う。今までゴタゴタしていてする機会が無かったからな。


 俺の異能力は、端的に言えば『引力と斥力』だ。固有名称は『受絶じゅぜつ』。


 敵を吹き飛ばした時も、ビルの壁を蹴って上空に飛び上がった時も、白奈を抱え上げた時も、斥力を利用していた。

 引力は、今のところ高所から飛び降りた時しか使っていない。自分を上に引き上げて落下速度を減衰していたのだ。


 この力は殆ど万能だと言っても過言ではない。何故か超能力や異能力も跳ね返せるし、自らの身体に作用させることも出来るからだ。

 まぁ、ちょっと力の『方向』が固定なのが不便と言えば不便だが。だって直線にしか使えないからな、これ。しかも使っている間は方向の変換は不可という縛り付き。


 つまり、目の前の人間を斥力で吹き飛ばしさらに地面に叩き付ける、というようなコンボは出来ない。自分から直線だけということは、相手の頭上から力を加えることが無理だから。コンボは、まぁ引力も使ってちょこちょこ調整すれば出来なくはないかなって感じだ。


 マンションのエントランスで複数人を吹き飛ばしたように、一度の同時行使は可能なのが謎だ。メチャクチャ難しいけど、方向変換より有用だと思うのは俺だけなんだろうか?


 斉藤を倒した時は、引力で頭を引っ張り斥力でそれを押し戻す、を瞬間的に何度も繰り返しただけだ。あれは我ながら凶悪な技だと思った。初めて使ったけど。



 こんなところか。能力が進化したり変化したりする人も中には居るらしいが、俺はそうならないんじゃないかな。この能力が更に進化とか本格的に手が付けられなくなりそうで怖い。


 ……母さん曰く、『令くんの能力確実に進化していますね』とのことらしいが。どこが進化したのか分からなくて聞き返したら、


『恐らく、令くんの異能は進化しても本質は変わらないタイプなのでしょう。どちらかと言うと使い勝手が良くなっていく感じですかね』


 と言われた。それが合ってるのが母さんの恐ろしいところなのだがそれは置いておいて。


 実は現在すでに『受絶』の使い方は2種に分かれているんだよな。最初は物体にそのまま作用させることしか出来なかったのに、今では引力と斥力そのものを扱えるようになった。



 良く分からないだろうから例を挙げると、


 物を引っ張ったり押し返したりする。これは物体に作用しているよな? 9才くらいかな、たしかそれくらいまではこれしか出来なかった。これは対象の全体に均等な力が加わるのでこれ自体は全く攻撃にならない。壁に叩き付けたり、引き寄せて殴ったりして初めてダメージになるのだ。

 こちらが『物体にそのまま』作用させる方。



 相手の腹だけを押したり、足だけを引っ張ってバランスを崩させたりするのは上記のものとは根本的に色々と違う。

 引力と斥力という目に見えない力を“形にして”飛ばすのだ。そこまで細かい“形”は要らないが、これが使えるようになってからはとても便利な力になった。ハサミのように引力と斥力を使えば首だって簡単に跳ねられるのだから。

 こっちが『引力と斥力をそのまま』運用する方だ。



 これ、母さんには一言も言ってなかったし見せることもしてなかった筈なんだけどなぁ……。なんでバレたのか未だに分からん。




 * * *




 ~side レイ~ 2027年 3月12日




 公安の斉藤に襲われた翌日。杏香さんから電話があった。斉藤の上司から正式な謝罪と、詫びの印と、斉藤を警察学校に送り返す処分を下したという割とどうでもいい書状が届いたらしい。随分と緩い処分だが……斉藤あんなのは知らん。勝手にしろって感じだ。




「そうですか」


『反応が薄いな。仕方ないとは思うが』


「別に被害が無いですしね。実質的に俺が殴られただけですし」


『まあそうだな。ふむ、では謝罪は受け取るということでいいか?』


「ええ。問題ありません」


『分かった。……ところで、送られてきた詫びの品なんだが……』


「……仕方ないので俺が受け取ります。というか俺しか扱えないでしょう」


『済まん。そうしてもらえると助かる』


「はい。ではまた」


『ああ』




 改めてしてみると、なんとも淡泊な会話だなと思ってしまう。だからなんだと言われても困るのだが。




「つーか、公安め……何が『詫びの印に』だ。手に余る物を俺に押し付けただけじゃねえか」




 どの部署がそれを送ってきたのか知らないが、公安が俺に寄越した品物は感応石だった。


 あ、感応石というのは波動の形状を記憶したり、様々な特性を付与したり出来る石の総称・・だ。

 世界のどこでも採掘可能――というか普通にその辺にも落ちているので、正確には採取可能――なこの石は、今や能力者にとって必需品と言っても過言ではないほど一般的になってきている。しかしやっぱりリスクは何にでも付き物なのだ。


 この感応石、体積に比例して効果が上がる。そこまでは良いのだがその上がり方が尋常じゃない。大体50立方センチメートルから制御不能になるのだ。まぁ値段も同じように跳ね上がるからそこまで大きな感応石は滅多にお目にかかれないが。



 ここまで言えば分かるだろうが、公安から送られてきた感応石はちょっと大き過ぎた。



 縦60㎝・横20㎝・奥行30㎝ほどで材質は花崗岩かこうがん。とんでもない物を送ってきやがった。36,000立法センチメートルの感応石なんて誰が使うんだよ。ランクGの超能力で日本が滅ぼせるぞ。ましてや俺が使ったら……考えるだけで恐ろしい。


 ん? あ、感応石っていうのは材質に関係なくそう呼ばれるんだよ。稀にコンクリートの感応石とかもあるくらいだし。原因は波動を浴び続けたからだと言われている。俺もそれには概ね同意だ。




「しっかし……どうするか。手持ちのやつで間に合ってるんだけどな……」




 ナイフ1本につき1個の計6個。靴の裏に2個。予備に3個は常備しているから、普通に10個以上は持ち歩いていることになる。こうなると新しい武器を作るくらいしか使い道が無いのだが……。




「感応石って砕くと使いにくくなるしなぁ……」




 多分それが、公安が俺に押し付けた最大の理由だと思う。

 感応石はそれ1つで感応石であり、どこかが欠けたりすると波動を増幅する時に偏ったりして使いにくくなる。人間も部位欠損をすると超能力が使えなくなるらしいし、波動は入れ物のバランスが大切なのだろう。




「……融かして使うか? それなら酷くはならないしな……」




 あまり知られてはいないが、感応石は融かしてもそこまで変質しない。あくまで感応石としてだが。だから貰ったやつも融かして何かに使ってしまおう。




「…今すぐどうこうする物でもないか。まずは仕事を終わらせねえと」




 なんか自由が少な過ぎてイライラしてくるな。白奈が一度逃亡したのも分かる気がする。


 ……そういえば、どうして白奈が逃げ出したのか、可能ならば聞き出してレポートに纏めておけって言われてたっけか。仕方ない。俺は部屋から出て、もはやお隣さんと化してしまったことを軽く後悔しながらドアをノックした。




「あれ、御門じゃん。珍しいね、どしたの?」


「白奈は居るか? ちょっと聞きたい話があるんだが」


「ん、問題ないよ。上がって上がって」




 実は白奈の部屋に入るのは初めてだ。……間取りは同じだからそこまで新鮮というものでもないか。




「れ、令? こっちに来るなんて何かあったの?」


「何をそんなに焦ってるんだ? ……いや、ちょっと話が聞きたくてな。時間あるか?」


「大丈夫だけど……」


「そうか。使っていい部屋は?」


「こっちならいいよー」




 皆月に案内されてイスだけ持って空き部屋に入る。あの3人は仕事と言うだけあって荷物が少ないから、1人1部屋にすると凄く寂しくなるらしい。だから部屋も余っている。俺の部屋もスカスカだしその気持ちは分かる。




「……なあ」


「な、なに?」


「なんでそんなに緊張してんだ?」


「違っ………………あの、さ。昨日さ、火を出す人に襲われたでしょ?」


「ああ」


「その……いつもあんな危ないことしてるの?」


「……? そもそも昨日は危なくなかっただろ。パイロキネシス……つまり炎は脅威だが相手はただの人間だ」




 むしろ超能力を記憶させた感応石を積んでいる自律型兵器の方が俺は嫌いだ。対峙する度に粉々に壊しているのにいくらでも湧いてきやがるし、痛覚がないから怯まない上に気絶しないから徹底的にやらなくてはいけない。金属だから固いし。


 つーか今まで命の危機を感じたのは3回しかない。叶未さんと戦った時と、杏香さんと出会った時と、ある女性の暴走を抑えた時だ。他は全て殺さないように手加減していたが、この3回だけは全力全開だったのだから。




「なっ……危なかったでしょ! あんなの当たったら火傷じゃ済まないじゃない!」


「当たったらな。そもそも当たる前提で話すから危険になる」


「それでもっ! 当たる時は当たるでしょ!?」


「なあ……これって何の話なんだ? お前を守るために俺が戦うのは当然のことだろ?」


「く……うぅ……」




 白奈はどうやら一般人のようだから知らないのかもしれないが、パイロキネシスの評価は低い。目視で何の能力か判断可能だし、実体がないので銃器に負ける。どうやっても炎で銃弾は防げないからな。同様に電操力エレキネシスも実戦的ではない。ちゃんと扱えるならあのスピードは恐ろしいが、自分の認識を超える速度を操るのは超能力の中でも最難関とされている。




「……お願いだから、あんな危ないことはもうしないでよ……」


「いや無理だろ。というか危ないのはお前だからな? 分かってんのか?」




 俺が斉藤に狙われたのではなく、白奈が側に居たから襲われたのだ。俺が居なかったら白奈は問答無用で連れて行かれていただろう。公安がなんでそこまでするのか理解に苦しむがな。




「………………」


「はぁ……白奈、質問に答えろ」


「……?」


「お前はあの日、どうして逃げた?」


「っ……答えないと、ダメかな?」


「別に。必須項目じゃないしな」


「………………あの時はね、ちょっとおかしかったの」


「……続けろ」




 その後10分ほど、スマホにメモりつつ話を聞いた。一応ボイスレコーダーに録音してあるが、その時の表情など生で聞いて気付いたことはここでしか記録できない。

 曰く『異常だった』とか『申し訳なくて仕方なかった』とかを延々と語ってくれたが、俺は白奈の思考が突然変わったというか、方向が偏ったことの方が気になった。それではまるで――




(……いや、気にし過ぎか)




 ショッピングモールで女性陣に嵌められてからというもの、俺はどうも信用しきれないでいるのだ。杏香さんは別だが。




「……よし。もういいぞ」


「そう? なんか話したらスッキリしちゃった。自分でも気付かないうちに溜め込んでたみたい」


「気にするなと何度も言っただろうが」


「それでも、ね? あたしにも罪悪感はあるもの」


「それは意外だな。嫌がらせを続けていた人間のセリフとは思えない」


「そ、それはもういいでしょっ」




 よくねえよ。お前が部屋を荒らした所為で壁とか床に傷が付いて修理代を払わなきゃいけなくなってるんだぞ。しかも何枚か書類がダメになったし、一言で解決されるのはイラッと来るものがある。




「…はぁ……俺は戻る。何かあったら叫べ。多分聞こえる」


「あ、ちょっと待って。ねえ、今日はこっちに泊まらない?」


「嫌だよ面倒くさい」


「は、ハッキリ言うわね……」




 何のために部屋を別々にしたと思ってるんだ。男女間での余計なトラブルを回避するために決まってんだろうに。そもそもここは女の園だろ? 居心地が悪すぎる。




「もう用はないか? ……あいつらにはあまり迷惑をかけるなよ」


「…何よ、その言い方は」


「別に?」


「くっ……」




 ちょっとだけスッキリした。杏香さんの気持ちも分からなくはないな。普段うるさい白奈を黙らせると胸がスッとするのだ。

 俺は歯噛みしている白奈を放置して自分の部屋に戻り、今聞いた話を纏め上げる作業に入った。色々と興味深いこともあったし、疑問も少なからず出てきたが、まぁ個人的な意見は求められていないので書き込むことは無い。




「……チッ。これだから精神干渉系の異能力は嫌いだ」




 もしかすると、白奈はまだ異能の影響を受けているのかもしれない。ニュースで話題に上がったのが大体1ヵ月前だから、まだまだ完全に消え去ったとは言い切れないのだ。あれが鹿野崎の指示だったとしたら面倒な上にちょっとヤバい。

 干渉領域で消せれば問題も心配も無いのだが、残念ながら精神系の能力は対象の内部に作用する、異能力の中でもさらに異端な能力なのだ。どうして他人の波動に干渉できるのか俺にも分からない。……まぁそれは置いておいて。

 もし白奈が異能の影響を受けているのだとしても、その異能は白奈の内部に作用しているから干渉領域が届かないし、届いたとしても消せるかどうかが分からない。だから精神干渉系は嫌いなのだ。




「これから白奈の仕事もあるし……なんで内部にまで気を張らなきゃならないのか……」




 溜息を吐く。

 ……最近は本当に溜息が多い。自覚できる程に。幸せが逃げるとかそういうことは言わないが、溜息1つごとに少しずつ老ける気がする。なんかもう色々と面倒だし警視庁襲撃してやろうかななんて考えながら眠りについた。




 * * *




 ~side レイ~ 2027年 3月17日




 あれから何事もなく5日が過ぎた。

 今日はとある大御所が主催のパーティーに参加している。テレビに出る前の通過儀礼のようなものだ。簡単に言えば、大きなバックがあれば安心なので媚を売っておこうといったところか。




「そうは言っても面倒だけどな」


「え? なんか言った?」


「別に」




 俺は白奈のエスコートのためについて来ている。あの3人は会場の外で警護中だ。もちろん異能力的な意味で。

 エスコートしている理由は簡単だ。白奈に悪い虫が近付いてこないようにするためである。媚を売る相手は主催者だけでいい。……実は『媚は売っても身体は売らない』と白奈が喚いたのも理由の1つだったりするが。俺達はそこまで求めてねえよ。


 会場には誰でも見たことがある女優や、最近勢いがあるアイドルグループのセンター付近の少女達に、俳優、役者、よく司会をやっている芸人まで来ていた。

 何故こんなに呼んだのか。まぁ見栄だろうけど。特に女優を呼べる人間は尊敬やら何やらを向けられるらしい。それが堪らない愉悦だとか何とか。正直どうでもいい。




「さて、さっさと終わらせて帰るぞ」


「あ、うん。……ん? なんでそんなに急いでるの?」


「面倒なヤツがここには多い――」


「あぁーーーーーー!!!!」




 白奈と話していたら、偶然目が合ってしまった女が叫びやがった。だから早く帰りたかったのに……周囲の人間も何事かとこちらに注目してしまって、しかもその中で何人かが最初に叫んだ女と同じような反応をする。こりゃダメだな。収拾がつかない。




「令くん! なんで、なんでここにいるの? うわぁ令くんだ。久しぶりだねぇ、覚えてる?」


「……あぁ、覚えてるよ、夏凛かりん。忘れる訳ないだろ」


「あは♪ だよねだよね! ところでお隣のはどちら様?」


「黒瀬 白奈。今は前のお前と同じ状況だ」


「――ぁ、あ、あぁ! そうなんだね! 白奈ちゃん、令くんのセクハラに困ったときとか相談してね。懲らしめてやるから」


「は、はぁ……」




 この凄まじい勢いの女は秋風あきかぜ 夏凛。どことなく話し方がアイに似ているがあいつとは全く関係ない。グラビアアイドルではあるが、珍しいことに同性からの支持も多くあまり肌を出さないことで有名だ。

 これと初めて会ったのは随分と前のことになる……が、そんなことをいちいち語るつもりは無いのでスルー。因みに俺の中の面倒くさいランキング第4位が夏凛こいつだ。




「夏凛、久遠くどうさんはどこだ?」


「ん? あの人なら挨拶回りしてるけど? ゆっくり話したいなら後にした方が良いと思うよ」


「そうか……」


「それよりさぁ……今日はこの後時間ある?」


「無い。お前と同じ状況だと言っただろうが」


「ですよね~。……あ、やば。“オヒメサマ”だ。じゃあアタシはこれで!」


「あ、おい! 逃げんなコラ!」




 夏凛は何かに気が付いてさっさと逃げてしまった。チクショウ、俺だって気が付いてたよ。背後から忍び寄ってくる大女優・・・くらい。面倒くさいランキング第2位のお出ましか……。




「お久しぶりです、令様・・


「れい……さま?」


「……その呼び方はやめろと言っただろ、天音あまね




 結城ゆうき 天音。通称“オヒメサマ”。高慢で高圧的な態度からその名が付いたのだが……俺に対してはまだ・・違うらしい。


 この天音がそうなってしまったのにはちゃんと理由がある。嫌な奴だと誤解されるのも気分が悪いので俺が代わりに釈明しておくが――天音は自らがどれだけ嫌われても気にしない性質なのだ――天音は極度の人間不信と男性恐怖症になっていた時期がある。

 ストーカーに始まり、民間の警備会社の人間、警察の下っ端のカス……で、最後には母の再婚相手にまで襲われかけた・・・。決して最後まではいっていない。何故なら俺が全て阻止したから。

 その原因を俺は知っている。天音は意識できないほどに弱いが、立派な異能力者なのだ。恐らく魅了、そこまでいかなくともそれに類する効果があると思う。つまり精神干渉系だ。

 天音は杏香さんの古い友人であり、しかし杏香さんはどうしても間に合わない事態になった時、俺に連絡が来たのだ。多分彼女は男を引き付ける能力があるから守ってやってほしい、と。それが天音こいつと出会った切っ掛けだ。




「いえ、私は生涯このままです。私は令様しか信用できないので」


「……はぁ……まだ仕方ない、か」



「(ねえ、ちょっと!)」


「(なんだよ)」


「(結城さんとどういう関係なの!? こんなに大人しい人じゃない筈なんだけど!)」


「(そりゃあ、なぁ……天音は他人を寄せ付けないようにそう振る舞ってるだけだし)」




 それが衝撃の事実だったのか、それともこの会場に俺の知り合いが予想以上に多くて処理能力を超えたのか、白奈は完全に停止して固まってしまった。静かにしてくれるならなんでもいい。

 周囲の人間も天音の態度が予想外だったのか唖然としていた。こっちも静かになったので丁度いいと言えば丁度いい。騒がしいのは好きじゃない。




「…最近はどうだ? 体の調子とか」


「特には。……あ、でも時折悪夢に襲われます」


「まだ続いてるのか」


「はい。……あの、よろしければ一緒に住みませんか? 私の家はそこそこ広いですし、私が令様の家に引っ越しても良いですし……あ、新しい家を買うのもいいです――」


「落ち着けって」




 どうやら悪夢はかなり酷いもののようだ。あの天音がここまで不安定になるとは。

 しかし一緒に住むのは……うーん……ダメじゃないんだけど、なぁ……どちらにしろ今は無理だけど。でもあのスカスカな部屋が多少なりとも埋まるのはありがたい気もする。それにまた天音が暴走しても困るんだよな。杏香さんの友人だから、天音に何かあると杏香さんも荒れるのだ。あの人もかなりのチートだから俺だけだと抑えられないかもしれない。そうなったら日本が危ないのだが。




「……うん。今の仕事が終わったらまた連絡する。悪いけどそれまで我慢してくれるか?」


「そ、そんな……」




 ヤバい。ここまで精神が不安定だと異能が暴発する。こいつの異能は精神干渉系だ。どうする? 干渉領域でどこまで防げる? 俺だってまともに食らったら狂うぞ。

 違う、そうじゃない。落ち着かせればいいんだ。そうすれば異能に対して考える必要もない。我ながら素晴らしい思考速度でそこまで考え、違和感を与えないギリギリの沈黙の後に落ち着かせようと声を出す。




「待て、待てって。この仕事は今月中には終わらせる予定なんだよ」


「終わらなかったら……?」


「終わらなかったら降りる」


「えっ!?」


「お前は何だよ」


「お、降りるってどういうこと? ずっと守ってくれるんじゃないの?」


「そんな訳あるか。俺だって学校がある。だから今月で終了。契約書にもそう書いてあるぞ」


「う、嘘……」


「あー……で、天音。お前はどうする?」


「あと半月なら……大丈夫です。多分」


「そ、そうか。なんか凄く不安になるんだが、まぁ何かあったら連絡しろ。出来る限り手助けはする」


「ありがとうございますっ」




 大声とともに深々と頭を下げる天音。それにギョッとする人々。俺はもう慣れたので肩を叩いて頭を上げさせた。本当に面倒な奴だ。

 天音は目を潤ませながら(恐らく感動して)、しかし他にやらなければならないこともあるようで渋々離れていった。くそぅ、奴の所為で随分と目立ってしまった。あいつは誰だとちょっとした騒ぎになっている。




「早いとこ久遠さんに挨拶して帰ろう。……白奈?」


「なんで……どうして?」


「っ」


「令もあたしを守ってくれないの?」




 白奈の目は濁っていた。

 恐怖、絶望、依存、憤怒、怨恨、etc、etc……様々な感情がごちゃ混ぜになって濁って見えるのだ。前者の3つまでは理解できなくはない。以前にも仕事が終わった時にこういう表情をする相手は居た。しかし後者2つは何故だ? ずっと守るなんて言っていない筈。そもそもそんなことを軽々しく約束したりしない。




「…どうし――っ!?」




 いつの間にか握っていたフォークを突き込んできた。しかし俺が驚いたのはそちらではなく。


 窓から飛び込んできた――銃弾だった。


 それは真っ直ぐ俺へと・・・向かってくる。白奈ではなく、俺へと。

 恐らくは長距離からの狙撃。つまり対象はライフル弾。窓が割れた瞬間に、その音で反射的に異能を使った俺はさらに驚くことになった。


 異能力が効かない!?


 銃弾に対して斥力が発動しなかったのだ。しかし混乱している暇はない。もう銃弾は目前まで迫っている。……と言っても進路上に俺は立っていないのだが。

 それでも止めなければならない。背後には何十人もの非戦闘員が居るのだから。俺は可能な限り周囲のテーブルを引力で集めて、銃弾を叩き落とした。この間0.5秒あるかないかぐらいの刹那の時だった。


 やがて周囲の時が戻る。と同時に会場が一斉に騒がしくなる。




「はぁっ……! はぁ……」




 限界以上の瞬間行使はツラいな……頭が割れそうだ。

 そうやってへばっている俺に白奈は容赦なくフォークを突き立ててくるのだが、まぁ遅い上に威力が無いし、動きも単調で避けるのには苦労しなかった。仕方がないので首を絞めて落としておく。こんな状況で暴れられると迷惑だ。




「アイ」


『うん、分かってる』


「クラウンは?」


『あと2分かな』


「よし。敵の正体を……無理だとは思うが調べておいてくれ」


『期待しないでね』


「ああ」




 さすがは俺の相棒。すでに行動を始めていたらしい。

 俺も気になることがあるので先ほど掻き集めたテーブルの山に向かう。気になることとは銃弾についてだ。何故かあの銃弾、異能力が届かなかった・・・・・・

 実はその感覚には覚えがある。俺も良く使うあれ……干渉領域だ。理由も原因も不明だが、どうやらあの銃弾は波動を発していたようなのだ。




「あった。これは……感応石か。たしかに軍でも実験されていたが……」




 銃弾には感応石が埋め込まれていた。

 しかし、あれはたしか実験段階で何かしらの不具合が生じて頓挫した筈……いや、実際ここにあるのだから否定しても意味が無い。異能では対処不可の弾があることを念頭に入れて行動しなければ。




「チッ、あいつらはまだか?」




 何者かの狙撃からもう1分が経過した。さすがに遅すぎるぞ。あいつらならすでにここに来てもおかしくない。




「あの、令様」


「あ? ……天音、まだ逃げてなかったのか?」


「令様が居たので」


「いや逃げろよ……あ、待て。白奈こいつを見ててくれないか?」


「………………嫌です」


「この状況で断るか……見ててくれたら来週にでも引っ越――」


「見ます。見させてください。安全な場所に連れて行けばいいんですね?」


「あ、あぁ」




 急変し過ぎだろ。分かりやすい奴だなぁ……。それでもこの状況だと助かる。外の3人も何かあったのだろう。そう考えるしかない。

 その時、壁をぶち破って黒塗りの車がパーティー会場に突っ込んできた。天音は咄嗟に俺の背後に隠れるあたり、強かなのか俺を信頼しているからなのか。まぁその車は俺達の目の前で停止することが分かっていたので俺は動揺すらしなかったが。




「さてさて……」


「あの、令様、これは?」


「俺の愛車……と言いたいところだけど違う。これは遠隔操作専用の装甲車モドキだ。中には武器の類を詰め込んである」




 それを聞いて呆然となる天音。そりゃそうか、俺はまだ中学生だ。こんなものを所有しているのはおかしい。でも仕方ないのだ。俺の歳では免許が取れないしな。

 しかもこの車はある女性から貰った誕生日プレゼントなのだ。遺産分与が面倒だからとその手続き前に俺に押し付けたあたり、やはり女性とは強かな生き物だなと思う。言っておくが杏香さんは関与していない。


 その後も天音と話しながら装備を整えていく。この会場に武器を持ち込むのが難しかったから殆ど持ってきていなかったのだ。

 恐らく、この襲撃者との戦いが今回の任務終了と同義になる。ここまで目立つ行動を取ったのだ。相手もそれなりの覚悟をしている筈。




(誰だか知らんが、今回できっちりと終わらせる……!)




 ようやく最終決戦となりそうだ。




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