6話 芸能事務所の社長
~side レイ~ 2027年 3月10日
新たな可能性に気が付き、疲労感で押しつぶされそうになってから2日。
アイから最悪の報告が届いた。
『レイ。あの写真の男は……鹿野崎 良哉本人みたいだよ』
「……はぁ?」
『歳は44。元気だね。モノクロちゃんは異能力者に催眠を掛けさせて連れ込んだみたい』
「……屑が。それに馬鹿だ。そんなことをしなければ俺とは無縁で居られたものを」
『だよねー。でもどうするの? 相手さん、一応は警視長だよ?』
「いくらでもやりようはある。……が、俺はこれ以上あっちが手を出してこないなら、こっちから喧嘩を売る必要は無いとも考えている」
『……あ、そっか。レイがするべきことはモノクロちゃんの安全を確保することだもんね』
「あぁ。だからしばらくは様子を見よう。アイは鹿野崎の情報を集めておいてくれ」
『アイアイサー! ヤツがトイレに入った回数までチェックしてやるじぇ!』
ピシッ! と敬礼したかと思えば、イタズラ小僧のような笑顔を浮かべてアイは消えた。本当に便利で頼りになる奴だ。今度、大容量のメモリーとかを買ってやろう。アイ曰く、容量=部屋の広さらしいからな。このスマホも違法な改造が各所に施されていて、ちょっと携帯端末としてはあり得ない容量になっているけども。
「令? ご飯できたよ?」
「白奈か。すぐ行く」
「うんっ」
……何も言うな。仕方ないだろ。俺達は『クライアントの頼みを断れない』んだよ。黒瀬が――白奈がそう呼べと言うなら、俺はそう呼ばなくてはいけないのだ。
白奈の逃亡劇(?)から俺と白奈の関係はちょっと変わったと思う。
一番変わったのは、白奈が素直になったことだろう。今まではまるで反抗期の少女のように俺が言うこと1つ1つに反発していたが、今ではちゃんと言うことを聞いてくれるようになった。それに日々の嫌がらせも全く無くなったのだ。
「あ、そうだ」
「ん?」
「早速仕事の話が来たの。だから、その……」
「分かってる。俺が勧めたことだしな。局でも護衛は継続だ」
白奈は芸能界へと公式に復帰した。これは俺が勧めたことで、メディアに露出することによって鹿野崎に白奈の存在を正確に伝え、さらには向こうにとって手が出し難くなれば願ったり叶ったりだ。
今の白奈は色々な意味で話題の人物になっているから、復帰を表明してすぐに話が舞い込んできたらしい。すでに白奈自身と、所属事務所から異能による催眠を受けていたと発表しているため、酷い扱いは受けないと思うが……。
「…日本は異能力者が住みにくい国になっていくな……」
「令……」
アイドルが催眠を受けていたということで、異能力に対する風当たりが日に日に強まっている。たしかに超能力では不可能だからな。
だけどそれはおかしくないか? だって通り魔が包丁で誰かを刺しても批判されるのは犯人だけなのに、異能力者が罪を犯したら異能力が批判されるんだぞ? 誰も『刺さった包丁が悪い』とは言わないのに『異能を使った人間ではなく異能自体が悪』ってのは、正しいことなのか?
こんなバカなことが罷り通る国だから、外国に異能力者が流れて行くのだ。
海でしか生きられない魚が淡水に入れられたら、海を探して泳いで行ってしまうのは当たり前の話だろう。そこでは生きていけないのだから。
「令、あたしは異能力者のことを悪く言うつもりはないわ」
「白奈…?」
「あたしの怒りは、犯罪者に向けられてるの。決して異能力者に向けられてるものじゃない。……だから令、そんなに怖い顔をしないで?」
……俺は何をしているんだ。護衛対象に心配されるなど、バカでもやらない失敗だ。
さすがにその表情と言葉から、白奈が俺のことを心配してくれているのは分かる。理由までは分からないけどな。
「悪い」
「ううん」
とりあえず今日は白奈の所属事務所に行かなくてはならないだろう。マネージャーさんとは電話で少し話したことがあって、ちゃんと白奈のことを考えている印象だった。
しかし庇うことすらせずに謹慎処分を言い渡した、事務所の責任者は一体どんな人物なのだろうか? 絶対にムカつく奴だとは思うが。
復帰の件も白奈の父親と、杏香さんと、叶未さんの上司の上司から説得されなければ認めなかったと感じたと杏香さんが言ってたし。
……一応、鹿野崎と繋がっているという前提で接するか。こういうのは疑っておいた方が無難だ。
* * *
所変わって、荒田プロダクション前。
この荒田プロダクションというのが、白奈が所属している事務所だ。
かなり大手であり、有名なアイドル・歌手・俳優が結構在籍している。白奈もここの稼ぎ頭の1人であろう。そっち系に何の興味もない俺でさえ名前と顔は知っていたくらいだしな。
「ふぇ~……わ、私初めてですよ、こんなところ」
「アタシも初めてだよ」
「私は何回か来たことあるけど、ここに来るのは初めてかも。御門は?」
「俺はしょっちゅうここに来てる」
「「「「え?」」」」
ポカンとして足を止めてしまった4人は置いておいて、俺は勝手にどんどん進んで行く。
「ちょ、ちょっと待って! ねえ、何回もここに来てるってどういうことなの? 令!」
「そのままの意味だって。お前のことも何回かここで見かけたことがある」
「なっ……」
まさに絶句といった感じで言葉を失う白奈。そこまで衝撃的なことだったか? 有名人のストーカー処理――超能力者のストーキングは警察でも中々暴けないものなのだ。因みに、今のところ異能力者のストーカーは見たことが無い――とか結構やってるから、こういう場所に良く来るのだが。
……あぁ、でもここにはあまり来たくなかったな。ちょっと嫌……ではないけど気まずい思い出がある。その思い出の原因は、今日は来ていないことを確認しているから大丈夫だと思うけど。
「なあ、荒田 康明ってどんなヤツなんだ?」
「うぇ? し、知らないの? ここに来たことあるのに?」
「一度も会ったことないんだよなぁ……大体はマネージャーさんと話して終わるし」
ストーカーをどうにかしてほしいと訴えに来るのは、本人かマネージャーのどちらかだ。そのどちらの場合でも、本人と身近に居る人達に話を通すのは当たり前なのだが、さすがに事務所の責任者まで巻き込むことは無い。だからここのトップである荒田 康明とは面識すらないのだ。
「で? どんな人なんだ?」
「え~っと……小太りの、おじさん?」
「ただの中年じゃねえか」
「あ、いや、えと……髪が薄いの」
「だからただの中年だろ?」
「違くてっ! えっと、えっと……そう! 格好がダサい!」
「お前……実は庇ってくれなかったことを根に持ってるだろ」
「そ、そんなことないって!」
今の話が正しいとなると荒田はどこにでも居そうな、禿げて太ったオヤジということになるのだが、それで本当にいいのだろうか? ここぞとばかりに白奈が悪口を言っているだけなのかどうか判断がつかない。正直どちらでもいいのではあるが。
「し、白奈…? 白奈っ!」
「ん?」
「この声って……」
俺も一度だけ電話で聞いた覚えがある。
声の方を向けば、そこには予想通り、白奈のマネージャーが居た。
「綾乃さん!」
「白奈っ……あぁ、本当に良かった……色々と危険な目に合ったって……それに病院に運ばれたって聞いた時は本当に……」
「あ、あはは……すいません。ご心配をお掛けしてしまったようで」
立派な大人が、周囲の視線を気にもせずに涙ぐんで白奈を抱きしめている。これは女性だからやっていいことだろう。これが男だったら、いくらマネージャーでも俺達で止めなければならなかった。
このちょっと涙脆い人は綾乃 ミカさんだ。紛らわしいのだが綾乃は名字であって名前ではない。白奈は最初勘違いしていたらしく、気付いた時にはその呼び方で定着してしまっていたのでこの呼び方になっているのだとか。
「初めまして、綾乃さん。自分は黒瀬さんの護衛をさせてもらっている御門と申します」
「あ、すいません…お見苦しい所を……コホン。私は白奈のマネージャーを務めている綾乃です。白奈を守って頂き、ありがとうございました」
そう言って深く頭を下げる綾乃さん。
ふむ、常識人なようで良かった。少なくとも電話の印象と大差ないことから、この人はやはり白奈の味方なのだろう。となると白奈に謹慎処分を言い渡し、さらには復帰を妨害していたのは荒田だけということになる。
会ったことすらないが言わせてもらおう。
本当にお前は何がしたいんだ、荒田。孤軍奮闘する方向を間違えているぞ。
「頭を上げてください、綾乃さん。むしろ自分達は、貴女に謝らなければいけないのですから」
「へ……?」
その言葉は予想外だったのか、キョトンとした顔でこちらを見つめてきた。
俺は綾乃さんの姿勢が完全に直るのを待ってから、この場でするのは少々おかしいと感じつつも頭を下げた。
「すみませんでした。黒瀬さんを守るために居ながら、自分は彼女を危険な目に合わせ、あまつさえ精神面でのサポートが不十分だったことに気が付けませんでした」
これは掛け値なしの本音だ。自分の至らなさが情けなくて仕方ない。ちょっと考えれば分かったのに、俺はいつもきゃんきゃん騒いでいた白奈を勝手に元気な状態だと決め付けていたのだ。
余談だが、栄養失調に関してだけは俺達に責任はない。実は運動不足から体型が崩れることを危惧した白奈は、逃亡した日の3日前くらいから食事の量を減らしていたらしい。
つまりダイエット。
ハッキリ言って、白奈のスタイルは素晴らしいものだ。最初は素人のグラビアコーナーから始まり、徐々に有名になった白奈のプロポーションは高校生離れしている。しかも普通にアイドルとして活動可能なくらい顔立ちも整っている。
だから病院でダイエットの話を聞いた時、俺は全くその必要性を理解できなかった。そんなことしなくても白奈は十分に魅力的な女性だったからだ。そう言ったらその場がちょっとカオスなことになったから、その後のことは除くけど。
閑話休題。
「あ、いえっ! 御門さん達が居なければ、白奈はここに居なかった筈です。過程に御門さんは納得できないのかもしれませんが、私としては白奈が戻って来てくれた、ただその結果だけで十分ですから、謝る必要はありません」
「…しかし」
「いいんですって! 白奈だって、そのことを怒っている訳ではないのでしょう?」
「はい。というか、全部あたしが悪かったことですから」
「白奈もこう言ってることですし、御門さんも顔を上げてください」
「……そうですね。どうやら周囲の目も集めてしまったようですし」
その言葉にハッとして辺りを見回す綾乃さん。ようやくその事実に気が付いたのか、顔がどんどん赤く染まって……染まって……? おい、ちょっとヤバくないか?
フラッ……
とても危うい感じで背後に倒れそうになる綾乃さん。この際、色々と問題はあっても俺が受け止めるしかないのだろう。
「おっと……!」
「あ、綾乃さん!?」
「おいおい……」
目がグルグルになって今にも「きゅう……」とか言いそうな表情になっていた。いや、ギャグじゃねえんだから。
「とりあえずどこかの部屋に運ぶか。出来れば寝かせられると良い」
「あ、じゃあこっちに!」
「あぁ……俺が運ぶんですね、分かります」
本当はこういうことはしない方がいい。漫画やドラマではとても良い風景として描かれることが多いが、実際にやったら失神した女性をどこかに連れ込むただの鬼畜である。
まぁ、今回は証人が周りに4人も居るから大丈夫だろう。しかも対象と同じ女性ばかりだ。
……なんでそんなに警戒しているのかって? そりゃもちろん経験済みだからだ。
何があったかは省くけど、結果的に女性が気絶してしまい俺が近くの病院に運ばざるを得ない状況があった。その時は背負って運んだのだが、途中で女性が目を覚まして話がややこしくなったのだ。
『私に何するつもりよ! 離しなさい犯罪者!!』
第一声がこれである。その後もなんとか誤解を解こうと努力はしてみたが、頭にコンクリでも詰まっているのか、そのカッチカチの思考回路を変えることは出来なかった。色々と面倒になったし、騒いでいる様子から普通に元気そうだったので放置して俺は家に帰ったが。
「はぁ……世の中もままならないものだよなぁ……」
「なぁに爺臭いこと言ってんの? 御門ってこの中じゃ一番若いんだよ?」
「そういうお前は最年長なのにあっちへフラフラこっちへフラフラと、幼稚園児じゃないんだからしっかりしろよ」
「うぐっ……」
なんか失礼なことを相川が言ってきたから言い返してやった。初めての芸能事務所にはしゃぐ22歳ならまだ良いのだが、迷子予備軍の22歳は完全にアウトだ。
「それで、何がままならないの?」
「……いや、なんでもない」
俺はつい、女なんて所詮そんなものだろ? って言おうとしてしまった。分かってる。一部が腐っていても、それは全体が腐っていることとイコールではないことぐらい。
それでも俺は、やっぱり女性相手には1歩引いた場所から見てしまう。……もしかして、これが異性の考えている事が分からない原因なのか? そうだとしたら治せる気がしない。俺が経験した女性に関する理不尽は、こんなものではないのだから。
「………………」
「令?」
「…んぁ? 何か言ったか?」
「いや、この部屋なら寝かせられるから…って言ったんだけど……どうしたの? 考え事?」
「……いや。それより、早く綾乃さんを休ませよう」
「あ、うん……」
……本当、何をしているんだ俺は。
* * *
~side シロナ~ 2027年 3月10日
綾乃さんを介抱して平静になってもらってから、あたし達は荒田社長に会いに行くことになった……のだが、
「………………」
(令? ……どうしたんだろう?)
さっきから令の様子がおかしい。多分、綾乃さんが倒れるのを阻止するために受け止めた時から。
これが、意外とメリハリのある体型の綾乃さんと密着したことを思い出して黙りこくっているのなら、前のあたしのように声を張り上げて注意すれば事は済む。しかしそうではないようなのだ。
もっと真剣に、令は何かを悩んでいる。
でも令はそれをあたし達に相談してくれない。令は凄いから、あたしでも分かるくらいに凄く強いから、きっとその悩みも時間を掛ければ1人で解決してしまうのだろう。
そう考えると、なんかモヤモヤしてくる。それになんとなくだけど、令はあの名を教えてくれない美女には相談するような気がする。それにもやっぱり、モヤモヤする。
ただの我が儘だけど、もっとあたしを頼ってほしい。あの美女よりも、あたしを頼ってほしいのだ。
そんなことを考えていたから、自然とあたしの口数も減ってあたし達一行は妙な沈黙に包まれてしまった。
「……ねえ、白奈」
「ぇ? あ、はい。なんですか、綾乃さん?」
「やっぱり何かあったの? 前の貴女はそんな風に何かを悩む性格じゃなかったじゃない」
「そ、そうでしたっけ?」
「ええ」
…思い返してみるとそうかもしれない。以前までのあたしだったら、令に自分の考えを押し付けて、自分だけ満足して終わらせていたかもしれない。多分「男がクヨクヨするな!」とかそんなことを言っていただろう。
でも今はそんなこと言えない。それを言っても何の解決にもならないのは分かっているし、万が一それで令を怒らせて任務から外れるとか言われたら、きっと耐えられないくらい悲しい。
……あれ? よくよく考えてみると、なんかそれって恋する乙女――
(いやいやいやいや。ないない。それだけはないから!!)
この時のあたしは凄く変に見えたのだろう。気付けば、綾乃さん達(令以外)があたしを見てちょっと引いていた。
……たしかに、突然黙ったかと思えば、いきなり首を横にブンブン振りだすなんてあたし自身もドン引きだ。物凄く恥ずかしい。
「し、白奈?」
「な、なんでもありません! なんでもないですから!」
「(な~んか、怪しいよねぇ……)」
「(シロちゃんにとって御門はピンチを救ってくれた騎士様だしねー)」
「(ま、御門は『ただの吊り橋効果だろ?』とか言ってスルーしそうだけど)」
「(それ分かる。御門って異性に対して少し距離があるもん)」
「(で、でも所長にだけは普通に接してません?)」
「(……そう言えばそうね。もしかして――)」
「「「(((――デキてる?)))」」」
背後で3人が好き勝手言っていた。……やっぱり、あの美女と令はそういう仲なのだろうか? ……いやいや! だったらなんなのよ。令が誰と付き合っていようがあたしには関係な――
「あー! 分かんねえ! イライラすんなチクショウ!」
「ひぅ! な、なによ、いきなり大声出さないでよ! ビックリするでしょ!」
「あん? ……あぁ、悪い。この状況すらも忘れてたわ」
そう言って実に楽しそうに笑う令。なんだろう? さっきの叫びから考えて、悩み事は解決していない筈なんだけど……。
(ま、いっか。いつもの令に戻って良かった)
悩んでいたことがいつの間にか吹き飛んでいたことにも、あたし達にいつの間にか笑顔が戻っていたことにも、あたしは最後まで気が付かなかった。
* * *
~side レイ~ 2027年 3月10日
「……君達が黒瀬の護衛か?」
荒田社長……いや、荒田の野郎の第一声はこれだった。
見た目はどうにか頑張ってお洒落をしようとしている普通の中年オヤジ。あの繁華街で戦ったおっさんと比べたら、引き締まっている分おっさんの方が見てくれはいいだろう。
内面は、話した感じから考えるに、傲慢で自信に溢れている。恐らく大手事務所の社長ということで業界への影響力が多少なりともあって、それが自信の元になっているのだろう。お前のその矮小な自信の源すら俺には勝てないと思うがな。……一応忠告しておくが、これは俺の独断と偏見による推測だ。そこんとこ間違えないように。
「フン、女子供しか居ないじゃないか。それで護衛とは……」
「まだまだ若くて申し訳ありません」
「む……それで? 一体何の用かね? 私はこれでも忙しいのだが?」
「そんな言い方――」
「そうですか。それでは手短に済ませてしまいましょう」
あまりにもウザい荒田に、こちらの女性陣がイライラし始めた。さすがにこの場で何かをするとは思わないが、殺気とか敵意とかに敏感な俺はとても居心地が悪いので手っ取り早く終わらせてしまおう。
とりあえず、女性陣の溜飲を下げるためにもお前には期待しているぞ、荒田。誰にでも分かるくらいに顔色を悪くしてくれ。俺は白奈を手で制しつつ、鞄から封筒に入れたある書類を取り出した。
「まずはこれをご覧ください」
「私は忙しいと言っただろう。そんなものを読んでいる時間は無い」
「いいんですか?」
「…なんだと?」
「これには、ある大手芸能事務所社長である『Aさん』による脅迫や恫喝、その他諸々の証拠が詰まっているのですが」
俺はこの時の荒田の顔を生涯忘れることは……さすがにいつかは忘れそうだが、しばらくは笑いのタネにすることだろう。
初めはキョトンとなんのことか理解していなかったが、次に思い当たることがあったのか青褪めて、最後に何とか取り繕おうと胸を張った。
ははは、馬鹿が。今更どうやって取り繕うつもりなんだ? この中には証拠が詰まっていると言っただろう? それに情報は正確で深い。アイの調査力をバカにしてはいけないのだ。
実はこの資料、護衛任務が始まってすぐに作れた。というのも、アイがちょっと叩いただけで大量の埃が飛び出てきてしまったのだ。
そう、そもそも俺はこんな小物を調べる気など無かった。そんなことするくらいなら三竜会の対処法を考えた方がはるかに有意義だったからだ。しかし荒田は俺が予想していたよりも馬鹿だったらしく、隠し方がメチャクチャ下手だった。
さすがに出て来てしまった情報を知らないと言い張る訳にもいかず、渋々アイと2人で纏め上げた。まぁ、それを読んでいるうちに荒田が屑だということが嫌でも分かったので、あっちの態度がどうであろうと俺は喧嘩腰で話すつもりではあったが。
「大変ですね社長。大スキャンダルですよ」
「な、なっ……」
「それでどうしますか? 見ますか? 見ませんか?」
「………………見させてもらおう」
「どうやら荒田社長はご自分の立場が分かっていらっしゃらないようだ。……いつまで偉そうにしている? お前の人生がここで左右されるんだぞ? そんな態度で後悔しないのか?」
「うっ……ぐっ…………見させて、ください……お願いします」
さすがにこの言葉の意味が分かる程度の頭は持ち合わせていたか。
俺はわざとらしく溜息を吐きながら、荒田のデスクに封筒を投げてやった。それを恐る恐る開いて中身を確認する荒田。顔色が蒼白から土気色に変わった。
「……要求は、なんだ……ですか?」
「別に無理なことを言うつもりはない。今後一切、どんな事情があろうとも白奈の邪魔をしないこと。白奈が何らかのトラブルに巻き込まれた際は必ず便宜を図り、事務所としてしっかり守ること。今のところはこの2点だけだ」
「令……」
これはこれから絶対に必要になる条件だ。白奈は異能力者を批判するつもりは無いと言うし、そうしたら世間からのバッシングが強まる可能性がある。それに紛れて鹿野崎に暗躍されると面倒なのだ。
実はこの事務所に所属している他の芸能人達にも、同じような“お願い”はしてある。違うのは荒田にした“命令”以外に『可能であれば、異能力者を批判しないでほしい』と付け加えたことくらいだ。これで少しでも色々と緩和できればいいのだが……。
「(ああいうの、ズルいよね)」
「(御門はどこまで行っても任務のためにしか動いていないんだけど……)」
「(白奈さんからしてみれば、自分を気遣ってくれている人……ですもんね)」
「(しかも御門自身は自分の言葉の影響力に気付いていないというね)」
「(…片思いさせるプロ?)」
「(間違ってないところが怖いです……)」
なんか後ろでバカ3人がごちゃごちゃ言っていたが、今はそんなことよりも重要なことが目の前にあるので無視。
「で、どうする?」
「受け、させて頂きます……」
「よし。じゃあ白奈が復帰しても何の問題も無いよな?」
「はい……」
そう言って項垂れる荒田は、幾分か老けて全体的にちょっと縮んだように見える。
ま、肥大しすぎた自信は傲慢に取って代わるからな。完全に自業自得だ。そもそも社員を脅して肉体関係を迫るとか、もう少し工夫できなかったのだろうか? どうやっても隠し通せないと思うのだが。やはりただの馬鹿か。
「終わったし帰るか。ここにもう用はないし」
「う、うん……」
どうやら展開についてこれなかったらしい白奈と綾乃さんは呆然としていた。白奈は辛うじて反応したけど、綾乃さんはポカンと口を開けたまま完全に硬直していた。美人が台無しだ。
「相川、綾乃さんを引っ張って来い。ここに長居しても碌なことにならない」
荒田は、恐らくだがここまでやられても反省しないタイプだ。時間が経つと逆ギレして自分がピンチだということも忘れて暴れるアホ。なんでこんなヤツが芸能界を生きて来れたのか……まぁ、こんな小物を相手にするより他に重要なことが他の人間にはあるのだろう。俺だってそうだし。
そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか事務所の前にまで戻って来ていた。
「えっと、その……今日はありがとうございました」
「何のことか分かりませんが、どういたしまして」
あれこれ色々あったが、結果を見れば上々だった。あの資料が手元にあったから勝利は確実だったんだけどな。
もし荒田があの場で折れなかったら、準備していた簡易版の資料を各報道局に匿名でアイに送らせるつもりだった。それはそれでまた面白そうではあったが、この会社に勤めている人に迷惑がかかるので可能な限り穏便に事を済ませてやったのだ。荒田には感謝してほしい。
「綾乃さん。これで分かりましたよね?」
「ええ……たしかに頼りになるわね。それに……絶対に敵に回したくない」
「ぷはは! だってさ御門! 残念嫌われちったね!」
「あ、いや、そうじゃなくて!」
「分かってますよ。それに気にしてませんから。……では自分達はこれで。まだまだ安心しきれないので」
「そうでしたね……んんっ! 白奈のこと、どうかよろしくお願いします」
「承りました」
軽い挨拶の後、俺達はまたマンションに戻った。
もう三竜会の脅威はないから白奈を含めた女性陣は、白奈の部屋で過ごしている。俺?俺は引っ越してきてしまったのでその隣の部屋を使っているぞ。
あの4人には、三竜会の脅威は無くなったことを伝えてある。しかし全員を捕えるのにはまだまだ時間が掛かるということで、護衛は少しの間継続することも伝えた。もちろんそれは表向きの理由であり、本当は鹿野崎を警戒しているだけだ。
「ま、このままでは終わらねえよなぁ……」
俺はある種の確信を抱きながら、深く長い溜息を吐き出した。