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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章 アイドル護衛任務
5/14

5話 救出と新たな展開

 ~side レイ~ 2027年 3月5日



 この日も、俺達は深夜に集まってこれからについて話し合っていた。

 そろそろ三竜会も、異常に気が付くかもしれないことや、未だに動きが掴めない公安のことなど、話し合わなければならないことはたくさんあった。


 そうしてやっと終わるかって時になって、相川あいかわがいつになく真剣な表情で今日あったらしい黒瀬くろせとの会話について教えてくれた。




「なんか、あの子も色々と思う所があったみたいでね。……御門はさ、正直なところ、あの子のことはどう思ってるの?」


「それはどういう意味でだ?」


「うーん……御門自身との関係性、かな? あ、あと、日々の嫌がらせに関しても感想を貰えると嬉しいね」


「気付いてたんなら止めろよな。……そうだなぁ、俺は黒瀬のことをただの“護衛対象者”としてしか見てない、かな。女としても、仲間としても見てない。嫌がらせに関しては、特に思う所は無い」


「だよねー」




 相川はうんうんと頷く。……結局何が聞きたかったんだ?




「うん。なら大丈夫かな?」


「私はそう思うよ」


「わ、私も同じです」


「うし。じゃあ御門、明日以降はあの子の様子がおかしくなったり、突然謝られたりするかもしれないけど、冷静に対処してあげてね。んじゃ、おやすみー」


「え、ちょっ……」




 ……なんか最近こんなんばっかだな。そういやアイが掻っ攫って来たとか言う情報もまだ聞けてない。お前らは何故逃げる?




「み、御門っ!」


「…今度はなんだよ。そろそろ俺も寝たいんだが?」




 なにしろ今は午前4時。日付が変わってから結構な時間が経っている。




「それどころじゃないんだって! シロちゃんが!」


「黒瀬が?」


「シロちゃんが居ないの!!」




 ……だから、なんでお前ら女はそうやって逃げるんだよ、面倒くさい。




 * * *




 2027年 3月6日 午前5時頃



「アイ、黒瀬は見つかりそうか?」


『路地に逃げ込んだみたいだからねー。ちょ~っと時間が掛かりそうだよ』


「分かった。引き続き頼む」


『はいなー』




 今俺達は、恐らく寝室の窓から飛び降りて外に出たのであろう黒瀬を探して、走り回っている。

 裸足で、しかも寝間着姿であるからそこまで遠くには行けないだろう。日の出ていない今の気温は氷点下2℃と、かなり厳しい環境だからだ。


 しかしそれでも最高で5時間ほどは移動しているのだ。歩いて5時間というのは意外と遠くまで行けてしまうもの。幸か不幸か財布も携帯も持って行かなかったようで、バスや電車は使えない筈だが何の助けにもならない。




「クソッ! せめて携帯ぐらい持って行けばいいものを!」




 そうすればアイがすぐに座標を調べ上げられるというのに。一応、黒瀬のアドレスは聞いてあるが、これでは意味がない。




『っ! レイ! 関係あるか分からないけど、三竜会の動きが偏りだした!』


「どこに向かってるか分かるか!?」


『えっと……多分ここから北北東1.2㎞地点の周辺だよ!』




 意外と近い。その程度の距離なら、異能力を使えば数分で行ける。

 だが……チッ。空が白み始めた。これでは最も早い移動法が使えない。




「俺は先に向かう! アイ!」


『なに!?』


「3人に予想地点のマップを送っておけ!」


『分かった!』




 それを命じると同時に、俺は自分の身体を前へと引っ張り、後ろから押すように異能を使った。


 ……今ここで俺の異能について説明しても適当になるのは目に見えているから、これについては黒瀬を連れ戻してから話すとして。


 とにかく、異能のサポートがある俺は普通の人間ではありえない速度で街の中を駆け抜ける。もう6時を過ぎていることから、辺りには通行人がそれなりに居て、俺に気付いた人はポカンと口を開けて驚いていた。




「アイ! 正確な位置は分からないのか!?」


『今予測してる! でも、一応半径50mまでは割り出したよ!』


「よくやった!」




 スマホを取り出して見てみると、地図のある地点だけ色が赤く変わっている。そこがアイが予測した地点なのだろう。今も少しずつ範囲が絞られていっている。


 俺の現在地を表すマークから考えるに、その予測地点の端まであと200mもない。


 あと30……20……10……入った! まずは中心へと向かう。




「くっ……なんだここは。建物が密集しすぎだろ!!」


『レイ! 相手の車の位置だけだけど更新したよ!』




 見れば一際濃い赤い点が3つ、点滅している。そこに三竜会の構成員が使っている車が停車しているのだろう。その位置から考えて、ある場所を囲んでいるようにも見える。




「――ゃぁっ!」


「っ!! そっちか!」



 今のは絶対に黒瀬の声だった。日頃から近くで喚いているのを聞いているから、今さら聞き間違える筈もない。

 その声はかなり切羽詰っていたように感じる。この建物が密集した場所で、走ってチマチマと探していたら手遅れになるかもしれない。こうなっては仕方ない。


 近くのビルの壁を蹴ると同時に異能を使って、反対側のビルの壁に足を着く。それを繰り返して上空へと舞い上がった。もしかしたら空中に居る俺を誰かが見ているかもしれないが、今だけは気にしていられない。




「……っあれか!」




 見つけた! 黒瀬の腕を掴んで無理やり引き摺っている4人組の男。その先には黒塗りのいかにもヤクザな車が止まっている。


 ……まずはあれを壊して足を奪うっ!




 ガッッシャァァアアアアアン!!!!!!




 着地と同時に異能を使ったからか、予想以上にスクラップな感じになってしまった。ちょっと危ない感じの黒煙も発生している。

 俺はその煙を吸わないためにも異能で払いながら、黒瀬に声をかけた。……それと同時に黒瀬の姿が目に入り、一目で胴体のどこかを殴られたのだと悟り、男達に対して猛烈な怒りが湧いてきた。




「黒瀬、帰るぞ」




 恐らく俺の目は真紅に光っているだろう。それはつまり異能力者の証。肉体の一部分の変化だ。




「れ、れい……?」


「? そうだが?」




 おい、いつもの強気な口調はどうしたんだよ。というか初めて黒瀬に名前で呼ばれたぞ。こんな状況なのに。……まぁいいか。俺には女の心境の変化なんぞ分からんしな。




「そういうことだから、黒瀬は返してもらうぞ」


「な、なんなんだよお前は! 俺達がどこの人間か分かってんのか!?」


「知ってるよ。三竜会だろ?」


「だったらこんな事して、どうなるのかも知ってんだろ!?」


「ああ。お前らが襲い掛かって来て、俺に返り討ちにあうんだろ? 様式美ってやつだな」


「ふ……ふざけるなぁっ!」


「あぁ? テメェらこそ……何様のつもりだ!!」




 より一層と俺の目が紅く光ったと同時に地面に崩れ落ちる男共。もちろん異能を行使したからだ。今のところは200㎏程度の力しか加えていないのだが……しょぼいな、こいつら。ピクピクとしか動いていない。多分これくらいなら一之瀬でも耐えるぞ。




「って、おい、黒瀬!?」


「ぁ、ぁっ……」




 男共に腕を引っ張られて、辛うじて立っていたのだろう。黒瀬も男共と一緒に地面に倒れてしまった。

 急いで駆け寄り、様子を見てみる。まず顔色がかなり悪い。この短期間に栄養失調を起こしたのか? それに低体温症も併発してるっぽい。それで体力を奪われた上に殴られて、動けなくなってしまったようだ。


 かなり危険な状態と言える。




「この馬鹿が!」




 すぐに着ていたコートを脱いで着させ、予め用意しておいた靴を履かせる。カイロもコートの中に捻じ込んだ。拙いな、体の震えが小さくなってきているように感じる。生理反応すら弱まるのはそろそろヤバい証拠だ。




「アイ! 近くに病院はあるか!?」


『南西400mにあるよ! 他の3人がここに向かってるから、こいつらは放置しておいても大丈夫!』


「くっ……ボコボコにしてやりたいが……仕方ねえ!」




 一瞬だけ異能の出力を3倍くらいにして男共の意識を刈り取ると、俺は黒瀬を抱えて全力で病院まで走った。




 * * *



 2027年 3月8日



 今日で黒瀬が入院してから2日が経過した。

 あの後、黒瀬は病院に運ぶ途中で意識を失い、病院に到着した時にはグッタリとしていて、すぐに集中治療室に運ばれた。


 幸い、命に別状は無いとのことで、いつ意識が回復してもおかしくないと医者は言っていた。しかし念のために撮ったレントゲンで、胃に内容物が殆ど無かったことが判明し、何故か俺が看護師の方々に激しく詰問されたのは忘れまい。



 そして今日。黒瀬の意識が回復したという連絡を受けて、俺はまたこの忌まわしき病院へと戻って来ていた。なんで忌まわしいのかって? それはもちろん――




「あ、来た来た。“王子サマ”、こっちこっち」


「……あいつの病室ぐらい知ってる。あとその呼び方やめろ」




 ――こんなノリの看護師が多いからに決まっている。

 どうやら俺は、黒瀬を『お姫様抱っこで』運び込んだことで一躍有名になってしまったらしい。そして付いた名前が“王子サマ”。……バカにするのも程々にしろよ。




「はぁ……それで? 黒瀬の様子はどうなんだ?」


「またぁ、ちゃんと名前で呼んであげればいいのに。彼氏なんでしょ?」


「違ぇよ、ふざけんな。何回言えばアンタはその足りない脳みそで物事を理解するんだ?」


「わお、厳しい」




 ケラケラと笑いながら隣を歩く女性は、黒瀬を担当している看護師の柏木かしわぎ 優佳ゆうかという。多分この病院の中で一番失礼な人間だ。




「到着ぅ~」


「おい、ノックぐらいしろよ」




 黒瀬の病室は個室だ。かなり値が張ると思うのだが、黒瀬パパが全額負担してくれたので俺の財布は全く痛んでないから気にならない。




「ではお邪魔虫はこの辺で帰らせて頂きますー」


「前みたいに扉に張り付いていたら、院長に直接文句を言うからな」


「わ、分かってマスヨ。そんな失礼な事する訳ないじゃないデスカ」




 そう言いながらも冷や汗をダラダラと流し、実にぎこちない動きで病室から出て行く看護師。まったく、バレないとでも思っていたのか?

 まぁ、あの失礼が服を着て歩いているような奴のことはどうでもいい。いつか意趣返しはしてやりたいが、今はどうでもいいのだ。




「あ……」


「おう、どうだ気分は?」


「ぁ、えと……」


「? どうした、そんなしおらしくなって。お前らしくない」


「その……ごめんなさい!」


「……はぁ?」




 そんな突然に謝られても、何に対して謝罪しているのかが分からないし、そもそも俺は黒瀬に謝られるようなことをされていない。




「あ、あたしが悪かったの。毎日あなたに……れ、令に難癖付けたりして、仕舞いには飛び出したり……本当にごめんなさい!」


「なんだ、そんなことか」


「……へ?」




 黒瀬が謝ることだから、何かとんでもないことか、どこかで誤解していることなのは予測していた。今回は後者だったようだ。




「別に俺はどちらについても気にしていない。まぁ飛び出したことには色々と言いたいこともなくはないが……むしろ俺としては、呼び方が変わったことの方が気になるくらいだしな」




 黒瀬だって初めての経験で、色々と不安や不満もあったのだろう。そこを補えなかった俺達にも責任はあるのだ。その責任はあの3人のものではあるが。


 黒瀬を見ると……何故か真っ赤になってあぅあぅ言いながらあたふたしていた。「違う」とか「そういう意味じゃ」とか……うん、意味分かんねえ。




「もー、そういうことは聞かずに流してあげるべきでしょ」


「そうだよ。女の子はデリケートなんだから!」


「ど、どうも、御門さん」


「よ、一之瀬。女がデリケートとかお前が言っても説得力が無いぞ、相川」


「酷くない!? アタシは久しぶりに深く傷ついたよ……」


「それでお前ら、用は終わったのか?」




 こいつら3人は、黒瀬の精神面のサポートに不備があったとのことで、3桁に届きそうな量の書類と戦っていた筈だ。

 因みに俺はその罰を受けていない。代わりに『黒瀬が暴漢に殴られた』のを防げなかったとして数枚の書類作成を余儀なくされたが。これはつまり、俺は戦力として期待されていて、他の3人はそれ以外の面を期待されていたということだ。知ってたけど。




「終わりましたよ……あれは地獄と言っても過言ではないですね」


「お疲れさん。でも一之瀬は割と元気そうだな」


「私は、何故か癒しを提供していたと言えるらしく、2人より書類が少なかったので」


「あぁ、なるほど……」




 困ったように笑う一之瀬。その言葉に酷く納得してしまう。

 小動物枠というのはこんな場面でも有利に働くのか。たしかに一之瀬はそこに居るだけで癒しを提供していると言えるだろう。この間も棒状の菓子類を両手で持ってポリポリと食べている姿を目撃して、全員で和んだことがある。




「うぅ……ズルいよ萌々ももちゃん。良く分かるのが余計にズルいよ……」


「存在そのものが理由だなんてアタシ達じゃどうしようもないもんね……」


「えっ、えっ?」


「気にするな一之瀬。疲れてテンションがおかしくなってるだけだから」


「あ、はい」


「そんで……黒瀬、落ち着いたか?」




 今まで意図的に会話から外して深呼吸の時間を与えたのだが……どうやら大丈夫そうだ。なんか目を合わせてくれないし、顔も少し赤いけど正常に戻っている。




「う、うん。もう大丈夫。それより……」


「お前の謝罪は受け取るから、もう気にするな。……もう二度とやってほしくないけど」


「うぁ……本当に、ゴメン……」


「こら御門! そんなに責めることないでしょ!」


「もう一度やられたら困るのは事実だ。黒瀬本人のためにも、そこだけは危険性を意識してもらわないと危なくて仕事にならない」


「それは……」


「そういうことだから黒瀬」


「は、はい」



「あまり俺達から離れてくれるな。俺らがここに居るのは、お前に傷付いてほしくないからなんだぞ?」



「ぁ……」




 それっきり黙りこくってしまった黒瀬は置いておいて。

 俺はその場でこれからについて話し合うことにした。もちろん盗聴・盗撮の危険性は無い。入院が決まったその日に杏香きょうかさんと一緒にチェック済みだからだ。

 それでも超能力や異能力による盗み聞きや覗き見など、考え出したらキリがないが、それらは『干渉領域』で防げてしまうので問題ない。




「さて、これからどうしよっか?」


「またザックリとした質問だね」


「御門さんは、何か案とかありますか?」


「……案ではないけど、言っておくべきことはある」


「なになに?」


「居場所はバレた。護衛の顔も、多分相手は調べ終えただろう。それが年端もいかない子供が大半だということも掴んでいる筈だ。こうなれば相手は何をする?」


「……まさか」


「そのまさかだ。大戦力による確実な勝利。つまりは、三竜会との総力戦になることが予測される」




 それを聞いた3人の顔色が悪くなった。しかしまだ蒼という色が残っているだけマシな方だろう。新人なら、ここで色が無くなって真っ白になる筈だから。




「まぁ、無理かもしれないが安心しろ。一応、信用ならない手を打ってある」


「ホントに無理だね! むしろ不安になったよ!」


「というか信用ならないなら策にはならなくない……?」


「あ、違うぞ。結果そのものだけを見るならかなり信頼できる。でもその人物自体がなぁ……」


「なんなのそれ……」




 そう思うのも仕方ないか。俺の言い方の問題でもあるが、いつかは会うかもしれない人物だから嘘は伝えられない。でもこんな紹介しか出来ないあの人も悪いと俺は思うんだ。




「ねえ、令」


「ん? なんだ?」




 黒瀬……復活していたのか。顔色に変化はない。話を聞いていなかった……?




「あたしは、どうすればいいの?」


「……こう言うのは酷いかもしれないが、何もしないでくれると助かる」


「うん、分かった」




 ……なんか調子が狂うな。従順でおしとやかな黒瀬とか新鮮過ぎて逆に身体に悪い。綺麗すぎる水みたいな感じだ。




「シロちゃん、何かあったの?」


「やっと気付けたから」


「え?」


「今までのことをね、この間のことでやっと気付けたから」


「…そっか」




 ……? なにがなにやらさっぱりだ。こんな時は相川……はダメだから一之瀬に聞いてみよう。




「(一之瀬)」


「(ふみっ!? 近いです御門さん!)」


「(ああ、悪かった。……お前は今の会話の意味、分かったか?)」


「(へ? え、えぇ。御門さんは理解できませんでしたか?)」


「(マジか。俺は全く理解できなかったぞ)」


「(そうですか……あ、でも私からは教えられませんよ?)」


「(それは別にいい。そこまでして知るものでもないだろ)」


「(そうではないと思いますけど……御門さんもいつかは理解できるといいですね)」


「(そうなったらなったで、面倒が増えそうだけどな)」




 そこで一之瀬との会話は終了。何故なら、俺の携帯に着信があったから。

 断りを入れてから、急いで人気の無い場所を探す。ちょうど売店の奥の休憩スペースが空いていた。そこで電話を取り出す。




「っ! はい、もしもし」




 スマホの画面に映る、見覚えのある番号に俺はちょっと焦った。最近また握り潰して壊したとか言って番号まで変えたからまだアドレス帳に登録してなかったが、この番号は間違いない。

 近々連絡しますとは言っていたけど、まさかこんなに早いとは思っていなかった。




『…阿狐谷あこやです。御門さんで合ってますか?』


「合ってますよ。……お久しぶりです、叶未かなみさん」


『あぁ、良かった。お久しぶりです、令さん』




 その相手は、いつの日かアイとの会話で出てきた、公安に所属している女性であり、そして何より――俺の従姉いとこでもある、阿狐谷 叶未その人だった。




 * * *




 従姉である阿狐谷 叶未を知ったのは……いや、叶未さんと遭遇・・したのは、俺が13才の時だった。当時俺はもうすでに柊探偵事務所に所属していて、ちょっとした軽い依頼を回してもらって小遣い稼ぎをしていた。杏香さんとしても、そこまで人員を回せないような、しょうもない依頼を消化してくれて助かっていたらしい。


 それはともかく、俺はある日もいつものように「自分でやれよ」と言いたくなるような依頼を受けた。


 その任務中に、あれやこれやと紆余曲折あって、俺は指名手配中の超能力者と対峙するハメになったのだ。今思い出してみても、なんであんなことになったのか未だに分からないが、とにかく俺は指名手配犯と戦った。だってあっちが襲ってきたからな。


 正当防衛、その筈だった。


 しかしその犯罪者を追跡・監視している人物が居たのだ。それが叶未さん。


 指名手配犯と俺の戦いは一方的な俺の圧勝に終わり、さあ警察に突き出してから帰るか、となったところでいきなり襲撃された。



 そこからはまさに激戦と表現するに相応しく、戦場が意外と大きかった廃工場でなかったらとんでもない被害が出ていたことだろう。

 お互いにボロボロのフラフラになってから、ようやく落ち着いて話ができたことに気付いた時は、2人とも苦笑いを零したくらいだ。


 聞けば、叶未さんは俺のことを裏の『掃除屋』だと思い込んでいたらしい。俺の異能力があまりにも強力だったため、話し合っている途中に攻撃されたら危険だと判断して自分から奇襲したのだとか。


 俺は必死になって誤解を解き、なんとか叶未さんに納得してもらった。ついでに連絡先を交換して今後は戦わないようにしようと、ちゃんと約束も取り付けた。



 話がそこからややこしくなったのは、それから僅か2週間後だった。


 御門家に母さんの姉夫婦がやってきたのだ。それだけならば問題は無いのだが、その娘が叶未さんだったのが拙かった。あそこまで気まずい夕食は初めての経験だったかもしれない。

 もちろんその日の夜はいとこ同士で話す、という名目で存分に話し込んだ。叶未さんが所属する課には守秘義務があるらしいのだが叶未さんは話を分かりやすくするためにもと、俺を信用して話してくれた。


 翌朝にはお互いの微妙な関係が全て判明し、やはりこれからも協力は滅多に出来ないが、戦うことだけは避けようという結論に落ち着いたのだった。




「それで、叶未さん。早速ですが、頼んでいたことはどうなりましたか?」


『概ねは成功、と言ったところでしょうか。電話だと長くなるので、後程メールで送りますね』


「ありがとうございます。……今回が初めての共同戦線だった訳ですが……どうです?」


『上司の機嫌は良いですね。成果は公安こちらのものですから』


「そうですか、それは良かった。今回の件で叶未さんの立場が危うくなったりしないかと冷や冷やしていたのですよ」


『たしかに、私の立場を知っている人間が居たことについては色々と注意を受けました。まぁそれだけで終わったのは僥倖でしたが』


「……では、三竜会はもうそちらにお任せしても?」


『ええ、大丈夫ですよ。かねてより狙ってきた怨敵ですから、仲間のやる気もあって迅速に事が進んでいますから』


「分かりました。本当、ありがとうございました」


『いえ、こちらにも利のある話でしたから。では、私はこれで』


「はい。………………ふぅ~……やっぱり疲れるなぁ…」




 叶未さんとの会話は独特の緊張感があって、いつも精神的な疲労が溜まる。向こうも似たようなことを思っているのかもしれないが。……こんな時は一之瀬を見て和むに限るな。



 俺が叶未さんに頼んだことは至極単純だ。あの繁華街で三竜会の構成員を襲うから、浮足立った三竜会に対して強制捜査を実行してほしいと、そう言っただけ。実はあの繁華街、もう1つの関東最大グループと縄張り争いをしている地区で、そこの人間が減ったら補充しなくてはならない重要な街だったのだ。


 だから俺に人員を減らされ続けた三竜会は、とうとう本部の人間も派遣した。多分、あのおっさんがそれだ。そうして手薄になった本部に公安が乗り込む……そんな単純な策が今回の真相だ。


 結果は先ほどの会話の通り。それは実行され、俺の敵は減って公安は実績を手に入れた。お互いにとってとても美味しい話であったことは間違いない。




「……なんだけどなぁ」


『どしたの? もうこれでモノクロちゃんを狙う輩は消えたじぇ?』


「何かが引っ掛かるんだよ……この件は、こんな簡単に終わるものなのか……?」




 そう、例えば精神干渉系の異能力者とか、例えば黒瀬が執拗なまでに狙われた理由とか、例えば――


 ――あの写真に写っていた相手の男の素性とか。



 ……違和感の正体はそれか。ずっと気にはなっていたんだ。


 黒瀬の顔だけが一切隠されておらず、逆に相手の男は全面にモザイクをかけられて隠されていたことも。


 黒瀬が、相手の男について何も話さないことも。また、その男に対しての恨み言の1つもないことも。


 黒瀬と三竜会に何の繋がりがあるのか不明だったことも。


 さらには……現在も、極秘に動いている公安の数人は、活動を続けているという事実にも。



 全て、おかしいとは感じていた。しかし黒瀬の父親が政治家だからと、ただそれだけで片付けていた。

 しかしそれが間違いなら? 黒瀬と黒瀬の父親の立場を隠れ蓑にしている輩が裏に潜んでいるとしたら?




「……うーわ、何これ面倒過ぎだろ……」


『え? なになに? 何か分かったの?』


「なあ、アイ」


『んゅ?』


「お前が前に言っていた、掻っ攫って来た良い情報って、なんだ?」


『あ、そういえば伝えてなかったのだ! 実はね、極秘でメディアに報道規制が掛けられていたんだニャ。内容は“モノクロちゃんに関してのみ”報道することって感じかなー』


「……それは、警察が?」


『ううん。警察は合っているけど、組織じゃなくて個人だよ。名前は鹿野崎かのさき 良哉りょうや。警視長だね』


「アイ」


『なぁに?』


「黒瀬と一緒に写っていた男の素性を調べろ。最優先でだ!」


『へ? あ、うん。分かった!』




 クソッ! 恐らく黒瀬の相手はその鹿野崎とかいうやつの息子だろう。そして今回の騒ぎは黒瀬の記憶の中にある息子の情報を封じるためであり、国民の意識をアイドルの不祥事に向けるためであり、万が一を考えて黒瀬の口をふさぐという意図があったのだ。


 そう言う俺だってすっかり騙されていた。黒瀬の父――善蔵ぜんぞうの政敵が仕掛けてきた戦いだと、そう思い込んでしまった。そもそも目的が黒瀬じゃないなんて考えもしなかった。




「あー! 面倒くせえ!!」


「うわぁ!? ど、どうしたの御門?」


「……相川か」


「そ、そうだけど?」


「ふぅ……黒瀬のところに戻ろう。色々と話さなくちゃいけないことがある」


「えぇ…?」




 疑問顔の相川を引っ張りながら黒瀬の病室に戻る。


 チクショウ……一体いつになったらこの仕事は終わるんだ。




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