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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章 アイドル護衛任務
3/14

3話 波乱の幕開け

 ~side レイ~ 2027年 2月20日



「まったく……何をやっているんですか」


「済まん。ついカッとなってやった。超スッキリした」


「いや、感想なんて聞いてませんから。むしろ言い訳とかの方が聞きたかったですよ……」




 護衛対象である黒瀬くろせ 白奈しろなが、どうやら男性に苦手意識を持ってしまっていたようなので、俺が居合わせるのは良くないと判断して部屋を出た。そしたらそのすぐ後に杏香きょうかさんのどこまでも理性的な怒声が聞こえてきたのだ。


 彼女の母親である瞳子とうこさんが怒るかと思いきや、まさかの杏香さんに賛同してしまうという事態に。結局そんなこともあって、俺の立場は護衛任務続行という形で治まった……らしい。

 完全に蚊帳の外だったからな、俺。ドア越しに杏香さんの殺気を感じたくらいしか状況判断の材料が無かったし、結果を聞いたのは本当に話し合いが終わってからだった。




「でも、ちょっと嬉しかっただろう?」


「いい大人がそんなにニヤニヤしないでください」


「どうなんだ? ん? 正直に答えろ。これは所長命令だ」


「職権乱用も甚だしいですね……。うーん……嬉しかったかどうかは曖昧なので良く分かりませんが、助かったのは事実です。だからお礼は言っておきますね。ありがとうございました」


「ぶっちゃけると、私はあのタイプが嫌いなだけなんだがな」


「知ってます。それでも、ありがとうございました」


「そうか。うん、ならその礼は受け取っておこう」


「はい」




 これでこの話は終わりだ。いつまでもこんなことでグダグダ話し込んでいる訳にはいかない。

 それよりも今後の方針をあの3人と話さなければならない。せっかく現場周辺の情報を調べておいたのに、初っ端から無駄になってしまった。幸いここら辺は俺が良く知っているからアドバンテージはこちらにある。


 え? ここが何処なのかって? 俺が提供できる拠点なんて1つしかないだろ。そう、そうだよ、ここは御門家だ。


 しかし今ここには父さんも母さんも居ない。

 実は一昨日の夜、つまり護衛任務の準備をしていた日に父さんに1杯やらないかと誘われたんだ。その時に以下のようなやり取りがあった。




『令、お前に残念なお知らせがある』


『残念?』


『実は大きな仕事が入ってしまってな。3年間くらい帰ってこれなくなりそうなんだ』


『それはまた長いね。それに急すぎる』


『ああ、俺もいきなりで驚いている。しかもな、さらに悪いことに母さんも似たようなことを上司に言われたらしい』


『ふーん』


『ふーん、ってお前……寂しかったりしないのか? 3年間だぞ?』


『その3年間は高校を楽しむ予定だからね。そこまで寂しくはないかな』


『くっ……そういえばそうだった……』




 こんな感じだ。そして本当に翌朝、2人揃ってスーツを着て職場に向かって行った。

 だからこの家には俺達しか居ない。父さんも母さんも自由に使って良いと言っていたし、今は緊急事態だから許してほしい。まぁそんな訳だから、ここらの地理に俺は詳しいということだ。




「ふむ、しかしここは防衛には向いていないな」


「そうですね」


「なんだったら事務所うちのマンションに来るか? 空き部屋もいくつかあるぞ?」


「すいません。場合によっては建物ごと敵を殲滅するかもしれないので」


「そうか、たしかにその必要も出てくるかもしれんな」




 もしかしたら、この家を潰すことになるかもしれない。……嫌だけど、多分それを躊躇って護衛対象が怪我でもしたら、そっちの方が両親は怒りそうだ。そうでなくても守り切れなかったら必ず後悔するからやっぱり、


 黒瀬 白奈 > 我が家


 という不等式が成り立ってしまう。だが、俺はこの家を壊したくはない。だから本人も含めて、一度しっかり話し合う必要がある。その場で俺の計画も披露してしまおうとも思っているけど。




「そういえば……何故あの時、あの女性が薬を盛ったと分かったんだ?」


「別に薬だと断定した訳ではないんですけどね。ただ、『長くなるようですので・・・・』と言っていたことに引っ掛かりまして」


「うん? それのどこが不自然なんだ? 少なくとも私はサラッと流してしまったのだが」


「まぁ、普通はそうですよね。でも俺は捻くれているので、そのセリフは今までの会話を盗み聞きしていないと出来ないものではないかと考えてしまったのですよ」


「……なるほど、たしかに言われてみればそうだな。あの女性は私達がどれだけ話し込むか知らない立場でなければおかしい、ということか」


「ええ。だからあそこで『長くなるようでしたら、お水をどうぞ』とか言われていたら終わっていたかもしれません。少なくとも振る舞いは完璧でしたしね。……まぁそれ以外にも不審な点はあったのですが……」


「監視カメラの量か」


「はい」




 俺はあのマンションに入った時から気持ち悪い不快感に苛まれていた。その原因は異常なほど設置されていた監視カメラと、至る所に仕掛けられた隠しカメラだった。そのレンズ越しの視線が、気配が薄く捉えようがなくて気持ち悪かったのだ。




「私もあれはおかしいと感じていたのだが……あの場で言及して黒瀬氏の不安を煽るのもどうかと思ってな」


「同感です。少なくとも襲われるまでは説明の必要はなかったことだと思います」




 俺は言おうとしていたけどな。引っ越しを開口一番に提案してしまったし。後から考えればあれは失敗だった。




「そうだな。ふむ、ここまで話し込んでから言うのもなんだが、この会話は不毛だな。御門のおかげで助かった、これが事実であり結果であり全てだ」


「まさに今更な言葉ですね。でもいい気分転換にはなりました。あとは何とか自分達だけでやってみます」


「そうか……うん、大丈夫そうだな。では私は帰るとしよう。白奈嬢も私のことを怖がっているみたいだしな」


「それは自業自得です。あんな気迫をぶつけられたら誰だって怯えますよ」


「ふはは、お前は全く動じないじゃないか」


「俺と彼女を同じ扱いにされても困ります」




 彼女はそこらの女子であり、ちょっとメディアに露出しているだけのアイドルだ。芸能界の競争など実態は知らないが、こっちは12歳の時から命懸けの修羅場をいくつも潜ってきた。それを同列に扱うのはちょっと厳しい部分があるだろう。




「そういうことだ。御門と白奈嬢は違う。そして今頼れるのは御門、お前の力の方なんだ。だから多少嫌われたくらいでやめるな。最後まで守り抜け。……じゃあ私は帰る。何かあったら連絡しろ、手助けくらいはしてやる」




 言うだけ言って、杏香さんは家から出て行った。

 まったく、あの人は……。




「いつまで俺に恩返しをするつもりなんですか、貴女は……」




 その呟きが杏香さんに届くことはなかった。




 * * *




「では、これからどうするか話し合いましょうか」


「その前にちょっといいかしら」


「…なんでしょう」




 皆月みなつきの宣言から始まった話し合いの場は、黒瀬……うん、もう黒瀬でいいな。黒瀬が出鼻を挫く、という形になった。




「あなた達全員に言えることだけど、あたしに堅苦しい言葉は使わないで。あたしは相川あいかわさんや萌々(もも)ちゃんより年下なのよ? 皆月さんも1つ上の先輩だし……」




 ……うん? 一之瀬いちのせより年下・・? 黒瀬は16歳、つまり俺より1つ年上の筈だ。それが一之瀬よりも年下だと?




「(おい、一之瀬)」


「(はぅあ! ななななんでしょうか?)」


「(お前って何歳なの?)」


「(は、20歳です…)」


「(マジで!?)」




 衝撃の事実だった。この140㎝ちょいの小っちゃいのは、もう成人だったのだ。

 それを知っても小動物的な扱いは変えられそうにない所が凄いけどな。年齢など関係なく一之瀬は一之瀬なのだろう。




「それと御門。アンタは年下だけど、この中では一番凄いんでしょ?」


「それは分かりませ――いや、分からない。そもそも俺は、誰がどんな能力を持っているのか知らないしな」




 俺達はクライアントの命を脅かす可能性のある事柄以外の要望を、なるべく聞くようにと教育されている。それが客に対して失礼なものであろうと、相手が望むのなら対応してやれと、杏香さんがメンバー全員に言っているのだ。


 あと、俺が言ったことは事実だ。作戦を立てる上では厄介極まりない規則ルールなのだが、柊探偵事務所に所属している人間はお互いに能力を公開してはいけないことになっている。

 それはまた色々と理由があるのだが、一番の理由は今回の騒動の原因でもある精神干渉系の異能力者対策のためだ。内部で密な情報交換をし過ぎると、たった1人の人間からいくつもの情報が盗まれる可能性がある。それを防ぐために、俺も皆月も相川も一之瀬も、お互いの能力が何であるかは知らないのだ。


 というか俺の異能力を正確に知っているのは、俺の両親と杏香さんを含めても5人しか居ない。


 表向きの能力を知っている人間はたくさん居るけどな。そもそも超能力者だって自分の能力は公開したがらないものだ。だから俺達がしていることだって、そこまでおかしいことではない。




「でも、みんなはアンタが一番だと思っているみたいよ?」


「それは所長が言っているからだろ?」


「それもあるけどねー。でも私は1回だけ御門の戦いを見たことがあるんだよ。その時思ったね、あれには絶対に勝てないって」


「大げさな。俺だって刃物が刺されば致命傷になるし、頭を撃ち抜かれれば死ぬ」


「そこに至るまでが地獄だけどね」




 地獄とか。お前とは組手すらしたこと無いだろうが。勝手な憶測でものを話すんじゃなねえよ。ほら、気丈に振る舞ってるけど、黒瀬がビビッて顔を引き攣らせてるぞ。誰か気付け。




「わ、私も御門さんがこの中では一番だと思います……。昨日もあの数をすぐに制圧していましたし……」


「それは一之瀬だって出来るだろ? あれすら出来ない奴はうちの事務所に居ねえよ」




 40人程度の制圧くらい異能力者にとっては朝飯前だ。しかも昨日のあの集団は一般人ばかりだったし、数人だけ超能力者も居たようだけどそれもランクF~Eのザコだけだった。


 あ、そうだ。度々出てきている超能力のランクについて、ここらで一度触れておこうと思う。

 まず、ランクはS~Gまでの8段階で構成されていて、S以外は危険度を表している。他にも系統別に色々と細かい審査基準があるんだけど……それは説明しても意味ないし時間の無駄なので省略。


 ランクG:人にはほぼ害がないランク。ティッシュを浮かせるくらいなら出来る。

 ランクF:使いようによっては人を殺害可能。3㎏を持ち上げるのが精一杯。

 ランクE:ここからは一般人にとって脅威。犯罪者もこのランクが最も多い。


 ここまでは割とどうでもいい。

 あ、言っておくけどこれは『念動力サイコキネシス』系統のランクの説明だからな? 他の系統まで説明すると日が暮れるから今は勘弁してくれ。


 ランクD:正式な職業に就けるのはこのランクから。警察にも超能力者のみで構成された部署がある。

 ランクC:一般的にはエリートと呼ばれている。メディアへの露出が一番多いランクかもしれない。


 この2つはピンキリだ。強いヤツは強いし、弱いヤツはとことん弱い。だが国による秘匿が無い分、事前の対策がしやすい。次からが要注意な奴らだ。


 ランクB:大体が重要人物の護衛に付いている。ここからは銃器の効果が無い。

 ランクA:国の防衛に貢献している人が大半。ある人物は潜水艦を持ち上げたことで有名になった。


 ここはもう、とんでもない。このレベルの人が10人も居たら、俺だって戦いたくないくらいだ。俺の異能を避けるのもこのランクが主かな。



 因みに、ランクSは危険度とは一切関係なく、ある条件を満たすと付けられる。

 これだけは系統別ではなく、このランクそのものが1つの系統と言えるちょっと変わったランクだ。

 このランクは『元素の無いものに作用する』と、もれなく付いて来る。


 例えば重力だとか空間だとか、はたまた時間みたいな、そういう概念的で元素の無いものに作用することが可能だった場合、それは例外なくランクSとなる。


 念動力も力そのものに元素は無いが、作用させることが出来るものは現在確認可能な元素のみとされている。よってランクSの条件からは外れる……らしい。俺のは超能力ではなく異能力なのでそっち方面のことには疎いから詳しくはない。今度杏香さんにでも聞いてみよう。


 閑話休題。




「アタシは正直分からない……ってのが本音かなー。所長っていうかなり正確な客観的視点が間違っているとは思わないけどさ、やっぱり自分の目で見て判断したいよ」


「ほら、相川もこう言ってるぞ?」


「巴は巴でしょー。私は御門には勝てないもん」




 なんか皆月が拗ねてちょっとだけ幼児退行した。どうやら相川が賛同してくれなかったのが嫌だったらしい。子供かお前は。




「……それで? 結局はどうなのよ?」


「あ、あぁ。“俺が凄い”に2票。“自分で確かめたい”に1票……か?」


「「「うん」」」


「ならやっぱりアンタは凄いんじゃない」


「…納得できないけど……まぁ、勝手にそう思ってればいい」




 ぶっちゃけ黒瀬のことを忘れていた。なんか一緒に来た3人のキャラが濃すぎて、アイドルなのに黒瀬の影が薄くなってしまうのだ。でも腐百合に忍者に合法ロリとか、アイドルが勝てなくても仕方ないとも思う。




「じゃあ話し合いとやらを始めましょ」


「だってよ」


「えー、御門が仕切ってよ。黒瀬さんも嫌々ながら御門を受け入れてくれてるんだし」




 知ってるけど態々それを言うんじゃねえよ。また黒瀬の顔が引き攣ってんじゃねえか。あと本当に誰か気付いてやれ。何か不憫に思えてきた。




「じゃあ俺が進めるぞ。……まず役割だが――」


「アンタがあたしを守りなさい」


「……出鼻を挫くのが趣味なのか?」


「そ、そんな訳ないでしょ!」


「じゃあ最後まで聞いてくれ。頼むから」


「ぐっ……」




 黒瀬が黙ったのを確認して、再び話を始める。




「護衛は基本的に3人でやってくれ。男の俺じゃあ出来ないこともあるしな。俺は周辺の警戒を主にしようと考えている……んだけど、どうやらそれに不服そうな人が居るので話を聞いてみましょうか」


「あたしはアンタの護衛を希望するわ! だって一番強いんでしょ? だったらアンタに頼むのが道理じゃない」


「……ということだが、3人はどう思う?」


「賛成かな」


「アタシも賛成」


「わ、私も」




 ………………。

 …………。

 ……。




「お前らさあ……」




 ビクッ! と震え上がる3人。




「もしかして――」


「そんなことない! そんなことないから!」


「そう、そうだよ! それは違う!」


「あわわわわ……」


「………………俺はまだ何も言ってねえぞ」


「「はっ!?」」


「はわわわわ……」


「ね、ねえ。どういうことなの? 誰か説明してよ」




 そんな黒瀬の声は誰にも届かず、怠慢だのなんだのと言い争いをしていた俺達は約1時間後、黒瀬をやっと思い出し、拗ねて涙目になったその姿を見て全員で謝ったのであった。




 * * *




 2027年 2月25日




「ねえ、なんであたしはまたここに居るのかしら?」


「何回それを言うんだ? 散々説明しただろ。俺の家は防衛には向いてないんだよ」


「そうじゃなくてっ」




 あれから5日後。俺達は黒瀬が住んでいたマンションの部屋の、隣の部屋で・・・・・過ごしていた。

 一体何が不満なのか、黒瀬はこの話が出てから終始プリプリと怒っているが、事務所のメンバーに比べたら文字通り赤ん坊のようなものなので全く怖くない。




「ここは危ないんでしょう? それなのになんで戻ってきたのよ!?」


「それも言った。三竜会あいつらはここ以外を重点的に捜索しているから、むしろここは安全になったんだよ」




 俺達が初めてこのマンションを訪れた際に、30人余りの構成員を刑務所送りにした。

 しかも監視カメラには恐らくだが黒瀬が連れ出される場面がガッツリ映っていたことだろう。これにより三竜会は少しの人員だけを残して、このマンションを放棄したらしいのだ。




「でも……でも……」


「駄々っ子かお前は。俺達はお前の安全を一番に考えて動いているんだぞ」


「っ! ……アンタの顔はあっちに知られているじゃない」


「それこそお前が心配することじゃない。ここに引っ越してきた・・・・・・・時は金髪のカツラに眼帯付けてきたから」


「…バレるかもしれない」


「まぁ、絶対に無いとは言えないな。それでも多少の時間稼ぎにはなる」


「なっ……」




 父さんに注意されたことだが、それでも今回ばかりは護衛以外のことにも手を出さざるを得ない。正直に言って、この仕事がただ守っているだけで成功して終わるとか思っている奴は絶対に早死にする。


 公安の方はもしかすると杏香さんが頼んだ人達かもしれないから、今は除くけど、それでも三竜会が居る。あまりにも大き過ぎる原因は、しっかりと取り除かない限り一生ついて回ってくる。簡単に言うと仕事が終わらなくてウザい。


 だから最近――と言っても2~3日の間だけなのだが――は、黒瀬を守るためではなく、襲ってくる敵を減らすために活動しているのだ。


 そのためにも安全地帯をどうにかして作る必要があった。しかし人数の差というものは埋めがたいので、死角を突くことしか出来なかった。それがこのマンションということだ。




「じ、時間稼ぎって……じゃあ襲われる前提なの!?」


「そんなに逃げたいなら海外にでも行けばいい。さすがにそこまでは追ってこないと思うぞ」




 そもそもボディーガードは戦闘を未然に防ぐものではなく、戦闘時に対象者を守るものだ。襲われたくないなら警察にでも駆け込め。俺達はそこまで万能じゃない。




「アンタじゃ話にならないわっ! 彼女達と話してくる!」




 そう言ってドタドタと、俺の部屋から出て行く黒瀬。何故にこの部屋に来たのか分からないが、文句を言うだけ言い、騒ぐだけ騒いで部屋を荒らしていくのは勘弁してほしいものだ。


 因みにこのマンション、割と広めな4LDKでかなり高かった。

 どうするか悩んでいたら最近怖いほど静かなアイが、勝手に杏香さん宛のメールを作って送りやがった。しかしそれが功を奏して、なんとマンションの契約金は経費で落ちてしまったのだ。まさか過ぎる。


 まぁ、何はともあれ部屋は確保できた。あとはどうやって入るかだが……そこは簡単だった。俺が変装して、残りの黒瀬含む4人は荷物の中に入れておけばよかったのだから。運んでいた引っ越し業者の方々は、口々に重い重いと言っていた。俺としては謝りたかったのだが、中に入っている女性陣からうすら寒い空気が流れ出てきたので口を噤んだ。我ながら良い判断だったと思う。


 そんなこんなで現在は黒瀬の部屋の隣に住んでいる、という訳だ。意外にも黒瀬は2階に住んでいたので脱出も容易で助かる。



 そんなことを考えながらドアを開けたら、ドアノブを握っていたらしい黒瀬がこっちに向かってダイビングしてきた。ここのドアは全て内開きだからだ。俺はそれを咄嗟に――躱した。




「ちょ、なんで避け――ふぎゃあ!!」


「あれまー……御門~、そこは優しく受け止めてあげないと」


「知らん。ノックもしない上に声もかけない無作法者にまで俺は優しくない」


「だってさ。残念だったねぇ、シロちゃん」


「うっ、うぅ……」


「で? これは一体なんなんだ、皆月」


「『アイツが変なことを言う!!』ってシロちゃんが興奮してたから、2人の話を聞いてみようかなー、なんて思ってたんだよ。私もシロちゃんが正しかったら応援してあげるって言っちゃったし」




 なんでお前はそうやって黒瀬を煽るんだ。そして黒瀬もなんで毎回そんなに簡単に乗せられてしまうんだ。……どちらもガキだからか。俺が言うのもおかしな話だけど。




「はぁ……頼むから大人しくしててくれ」


「うぅぅぅ……あたしはアンタなんか認めないからね!」


「はいはいご勝手に。……それでどうだ? ここらの三竜会の様子は」


「随分減ったよ。このマンションにも2人しか残ってないし」


「そうか」




 それならば俺の作戦もいよいよ最終段階という訳だ。次で一気に三竜会の意識を他へと持って行く。もしかすると逆に疑われるかもしれないが、その時はその時だ。やらなければそのうち見つかってしまう。結果だけ見れば失敗しても大して変わらない。




「(後で2人も呼んで部屋に来てくれ。後のことについて色々と話したい)」


「(分かった。シロちゃんが寝てからでいい?)」


「(それでいい)」




 女性4人は同じ部屋で寝ている。護衛のためでもあるし、男と同じ家に居るということを黒瀬に意識させないためでもあるのだが、これには意外と弊害がある。

 黒瀬を抜いての話し合いがやりにくいのだ。昼間はどう考えても無理、というか黒瀬は起きている間ずっと誰かと喋っている。

 これまではアイにメールを送らせたりして誤魔化してきたが、今日はさすがに厳しいものがあるのだ。だからどうにかして部屋を抜け出してきてもらわなくてはならない。




 * * *




 2027年 2月26日




 現在は深夜の2時。周囲にはいかがわしい店や怪しい風体の人間が多く、裏稼業の人もさぞ活動しやすいことだろう。




「警察に見つかると面倒だからな……サクッと終わらせよう」




 俺は見た目も中身も15歳の未成年だから、こんな時間にこんな場所をふらついていると補導されて、無駄な時間を過ごすハメになる。

 それはちょっと面倒なので、俺は1本入った薄暗い道をコソコソと進んで行く。進んで進んで、しばらく経つと周囲に人影は無くなり、街灯が極端に少ない空間に辿り着いた。




「黒瀬 白奈」




 誰も居ないその空間に、唐突に語りかける。




「探しているんだろう?」




 空気が揺らぐ。……気配が、揺らぐ。




「お前……何者だ? まさか普通のガキとか言わねえよな?」


「やっと出てきたかビビりのおっさん。俺は至って普通の能力者だけど何か?」


「ちっ……こりゃ完全に貧乏くじだな……」




 そう言うのは見た感じ30代のだらしないおっさんだった。シャツはよれよれ、ズボンはしわしわ、髪の毛はボサボサ、口にはくしゃくしゃになった煙草を咥えている。絵に描いたようなおっさんだ。


 しかし侮れない。こいつは俺の後をずっと付けてきていたし、恐らくランクBの超能力者だ。しかも立ち姿からどことなく武術の気配がする。




「なあ、ぼうず。素直に教えてくれねえかな? 俺も仕事でよ、手段は選ぶなって上がうるさいんだ」


「お断りだ。こっちだって仕事なんだ。俺はあいつを守らなきゃいけない」


「ほう? つまりお前さんは、ボディーガードってところか?」


「……そんな情報も集められてないのか?」


「うーん、聞いた気がするような、しないような……」




 ダメだこのおっさん。ダメなおっさんだわ。




「あ! ここ最近、ここらの組のヤツが襲われてるのってお前か!」


「そっちには気付くのか」




 たしかに俺は、三竜会の注意を引くためにここらの構成員を襲って再起不能にした。

 もう1つ言っておけば、理由はそれだけではない。他の街でも良かったのに、態々この街を選んだ理由が他にあるのだ。……今は関係ないのでそれは後程。




「ま、いいか。手持ちのクスリは切らしちまってるからなぁ……ぼうず、悪いが誘拐させてもらうぜ」


「逆だろ。あんたが病院送りにされるのがオチだな」


「言ってろ!!」




 叫んで、こちらに踏み込んでくる。

 ……速いな。多分『念動力』系統で体の動きを補助しているのだろう。力の使い方だけ・・・・・・・ならば一流クラスか。


 迫ってくる右の掌底を外側に弾いて防いだ……と思ったら、その勢いを利用して左の回し蹴りが飛んできた。もちろん屈んで避ける。


 さて相手は右脚1本だ。これを狙わない手はない、のだが念動力でその場から吹き飛ばされた。



「痛ったー……」




 突然のことで踏ん張りが利かなかった。まったく、面倒な。




「…おい、ぼうず。なんで力を使わない?」


「別にあんたが心配することじゃないだろ。それとも使ってほしいのか? ドMかアンタは」


「……減らず口が」


「言ってろ中年」




 シャキ……と何かが擦れるような音がした。気付けばいつの間にかおっさんが折り畳み式の小さなナイフを握っている。やっぱり戦闘のプロだな、この人は。




「んじゃ俺も」




 腰の後ろに差してある肉厚の厳ついナイフを取り出し、右手に持つ。刃渡りは32㎝で、相手の得物とは比べ物にならないほどの凶器だ。




「…本当にタダ者じゃねえな。そのナイフ、感応石が入ってんだろ?」


「さあね」




 同時に駆け出す。


 おっさんが目の高さにナイフを薙ぐ。それを瞬時に停止し、仰け反って回避すると足払いが来た。俺は仕方なくバク転をして避け、ついでに鋼板が仕込まれた爪先でどこかを蹴ってやろうとしたが、さすがにこれは躱される。この間約2秒。


 足が着くと同時に今度は俺が攻めた。鳩尾を狙ったナイフの突きを回転していなし、そのままナイフの柄で相手の側頭部を打つ。微妙にずらされたが構わない。振り抜いた形のナイフを戻し、相手の左肩に突き立て、外側に薙いですぐにその場から離脱する。


 やはり一呼吸のやりとりは2秒くらいか。




「ぐっ……」


「終わりだ。さすがにその傷じゃあまともには戦えない」


「くそ、なんで、能力が……」


「さてね。それは自分で考えろ」




 おっさんは、決め手になった俺の回転打ちを防ぐために超能力を使おうとしていた。しかしそれは発動せず、その一瞬の動揺が命取りとなった、という訳だ。


 典型的な『超能力・異能力を万能だと考えている』人のミスとも言える。


 何故なのか俺にはさっぱり分からないが、世の中には超能力や異能力に弱点など無いと考えている人間が居るらしい。もちろんそんな馬鹿げた話など存在しない。どちらの力も、かなり致命的な弱点があるのだ。

 それを知らずに使うのは危険極まりないと言える。この人は戦闘のプロではあったけど、超能力の知識に関しては素人以下だった。俗に言う『叩き上げ』の人間なのだろう。超能力者にはそういう奴も多い。




「余計なお世話かもしれないが、ちゃんと学んでいれば俺も能力を使っていただろうな」


「そう、かよ……」


「一応救急車は呼んでおくから、説明は自分でしろよな。気絶するなよ?」


「別…に、いい……」


「良くない。あんたには上に報告してもらわないといけないからな。死なれると困るんだよ」




 そうして俺は、善意の欠片も無い人命救助を行ってから、白み始めた空にウンザリしつつもマンションへと帰った。




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