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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章・おまけ
11/14

バレンタインデー

おまけは全4話となります。全て短めです。

あと時系列なんかも狂っているのでご注意を。


※この話は本編が始まるよりも前の話です。


 ~side レイ~ 2027年 2月14日



 ――バレンタインデー。


 リア充と、非リア充を明確に分ける日であり、バカな男共がどこかそわそわする日でもある。

 その起源は、まぁ諸説あるので省くとするが、日本にチョコを渡す日として定着してしまったのは70年代後半らしい。とある製菓会社が事業拡大のために『チョコを渡し方がいい』と広めたのが始まりなのだとか。それが50年も続いているのだから、娯楽を常に求める人間というのは罪深いものだなと思う。


 さて、何故こうしてつらつらと無駄な考察を重ねているのか、という疑問を抱いた人は少なくないだろう。別に深い意味は無い。正直な話、ただの現実逃避だ。




「令くん? どうかしましたか?」


「いや……えっと、父さんはどうしたの?」


「どうしたのでしょうかね? 死にもの狂いで食べていましたが」




 そりゃそうだろう。母さんお手製のチョコケーキ、これを残したらどうなるかなど考えたくもない。しかしさすがは子を持つ父と言ったところか。二段構成・・・・のケーキに、息子を死なせるわけにはいかないと果敢に挑んだのだ。この場限りでだが心の底から尊敬する。

 その父さんは口から茶色い泡を吹いて気絶してしまった。最期の一欠片を飲み込んだ直後に突然ぶっ倒れたのだ。それでも母さんは心配するそぶりすら見せない。


 何故なら俺の目の前に、チョコケーキがあるから。


 そう、父さんに出されたあのケーキは、父さんのために出されたものだったのだ。俺へのチョコはまた別に用意してあった。


 俺は心の中で泣いた。父さんの犠牲が無駄になったことや、目の前に鎮座する絶望や、何故に早朝からこんなものを食さないといけないのかという理不尽に対して。

 言ってはいなかったが、ただ今の時刻は午前5時だ。いきなり叩き起こされたかと思えば、強制的に身支度をさせられ、いつの間にかテーブルに着かされていた。




「か、母さん。さすがにこれは多いよ。一度に食べるのは――」


「何か言いましたか?」


「――いえ、美味しく食べさせて頂きます」




 世の中のリア充・非リア充に聞きたい。これはバレンタインデーなのだろうか? 似ている何かなのではなかろうか? これが正しいとするならば、貰えない場合とどちらが幸せなのか。

 どうでもいいけど、歯を磨いた直後にチョコケーキというのはどうなのだろう。食った後にまた磨かないといけないな……。


 とにもかくにも、俺は毎年恒例・・・・のケーキを消化するために、右手にフォークを持って戦闘しょくじを開始した。




 ○ ● ○ ● ○




 10時頃。つまり絶望ケーキとの戦いから5時間。


 俺は生き残った。後半は本当に死ぬかと思ったが、土壇場で新たな技術を生み出してなんとか切り抜けたのだ。ただ食事をしているだけで生命の危機に瀕するとかおかしい。

 あ、新しい技術というのは『胃の内容物を斥力と引力で圧縮』することだ。ちょっと間違えれば胃自体を圧縮して大惨事になってしまうが、価値ある技術だと俺は思っている。少なくとも2月14日と6月2日では大活躍するだろう。ちなみに6月2日は俺の誕生日だ。




「はぁ~……」


『にゃははははは! これは大変だ~!』




 俺の目の前には、またしても絶望がある。


 ――スマホだ。


 いや、スマホ自体に罪は無いし脅威でもない。問題はその画面に表示されている文字だ。



『渡したい物がある。可能なら今日中に顔を出すように』



 杏香さんからのメールだ。毎年呼ばれるので予測は出来ていた。まぁ予測していたところで絶望なのに変わりはないが。

 言っておくが杏香さんは男性職員全員に、俺と同じようなチョコを渡している。“ような”というのは、意味は同じだが形が違うものなのだ。いつも通りなら今日もあのチョコのはず。

 蛇足だが、この呼び出しを無視したりすっぽかしたりすると、杏香さんが涙目になる。あれでいて繊細な人なのだ。俺が知っている中で1位2位を争うくらいに女性らしいと思う。




「そんなこんなで、マンションまで来ましたよ……っと」


『レイきゅんはモテモテだねぇ。巴も確定でしょー?』


「多分な」


『巴、叶未ちゃん、紗ちゃん、ゆきちゃん、杏香さん、その他女性職員からも。いやぁ、刺されても文句は言えないねっ☆ むしろ「刺してくれてありがとうございます!」くらいは言った方がいいよ』


「なんで感謝するんだよ……」


『というかこんなんで高校大丈夫かにゃ? 思春期の猿のやっかみはウザいよぉ?』


「猿は言い過ぎだ。つーかそれ俺も入ってるよな?」


『レイは盛ってないじゃん』


「男子生徒の全てが盛ってると思ったら大間違いだから」




 いやまぁ否定しにくいことではあるけども。

 ……俺としては、隠すのが上手いか下手か、くらいしか違いは無いと思うけど。男はバカなんだよな。性欲丸出しだったら誰だって引く。女はそこまで前面には出さない。だけど生き物である以上、生殖本能からは逃げられないわけで、つまり女にも性欲はあるのだ。そこを分かっていない思春期のアホが多過ぎるから猿呼ばわりされるのだと、俺はそう考えている。


 話が逸れた。これは一体なんの話だ……。




「所長、御門です」


「ん? ……入っていいぞ」


「失礼します」




 相変わらず仕事に特化した部屋に入る。中には髪が爆発している女性が1人。なんか物凄く眠そうなんだが……それよりその髪はどうした?




「よく来てくれた」


「はい。いえ、あの、どうしたんですか?」


「何がだ?」


「主に頭部が大変なことになっていますが」


「あぁ、これか」




 そう言って毛先を弄ぶ杏香さん。




「ドライヤーが面倒でな。扇風機で乾かしたらこうなった」


「なにしてんですか……」




 そりゃ爆発もするわ。つーかなんでそんな雑な扱いをしているのに髪が傷まないのか。今だって、ボッサボサではあるが艶々しているのが不思議でならない。後でブラッシングしておこう。何故か俺の仕事になってるし。




「それで、渡したい物とは?」


「これだ。毎年渡しているから分かっていたとは思うがな」


「チョコですか」


「見ての通り、義理だ」


「義理ですね。見れば分かります」


「そ、そうか……」




 何しろ『義理』というやけに達筆な形のチョコなのだ。チョコで書いたとかではなく、チョコそのものがそういう形になっている。これで本命だと思うヤツが居るなら連れてきてほしい。懇切丁寧に義理だということを説明してやるから。


 それはともかく、これは素直に凄いと思った。女子力という観点では『義理』という形をチョイスしたことで微妙と言わざるを得ないが、手先の器用さで言えば知り合いの中でも群を抜いているだろう。



 俺はチョコを箱に戻してもらって、念入りに杏香さんの長い髪をブラッシングしてから部屋を出た……途端に色々なヤツからチョコを押し付けられた。しかしこれはどういうことなのか。全てのチョコに『義理』という文字が入っているのだが。新手のイジメか? というか嫌がらせだろ、これ。そこまでアピールしなくても本命だとは思わねぇよ。


 その後、親戚から郵送されてきたチョコを見て思った。非リア充と呼ばれる人種達は、それはそれで幸せなのではないかと。ここまで全てが義理チョコだぞ? 逆に虚しくなる。



 しかし1つだけ。本当に1つだけ郵送されてきた中に本命チョコが混ざっていた。

差出人は征狼野 マキナ。――俺の彼女からだった。




令は爆発しません。

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