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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章 アイドル護衛任務
10/14

10話 終結

 ~side レイ~ ???



『あ、あの! ありがとうございましたっ!』


『ん? …あぁ、いや、俺もコイツのことは追ってたからね。別に感謝されるようなことじゃない』




 ……なんだこれは。




『初めまして! 今日からここで働くことになった、相川 巴といいますっ』


『あれ? この間の?』


『あっ、あの時の!』




 ……やめろよ。




『御門くんは何か趣味とかあるの?』


『え? んー、鍛錬……いや、修行か。それと読書くらいかな』


『ふーん……あ、その本、わたし・・・も持ってるよ』


『マジで? 初めて会ったわ、趣味が合うヤツ』




 ……やめろって。




『御門くん、わたしね、やっぱりあなたのことが好きなんだ』


『………………』


『何度も諦めようとしたし、何度も離れようとしたけど、ダメだった』


『………………』


『わたしじゃ、ダメなのかな……?』


『……ゴメン。俺は……』




 ……やめてくれ。




『ねえ、御門って趣味とか無いの?』


『え? んー、鍛錬……いや、修行か。それと読書くらいかな』


『ふーん……あ、その本、アタシ・・・も持ってるよ』


『マジで? 初めて会ったわ、趣味が合うヤツ』




 ……っ! やめろって、言ってんだろ!!!!




 ○ ● ○ ● ○



~side レイ~ 2027年 3月24日



 あれから1週間が経った。

 どこからか俺の顔がバレて、テレビ関係の人間があのマンションに大挙して押し寄せて来たり、杏香さんに詳細を聞かれた上で溜息を目の前で吐かれたり、一之瀬がまさに滂沱の涙といった体で土下座しながら謝ってきたり、それはもう色々とあったが、まぁ割といつも通りの日々を過ごした。


 そしてこの1週間というのは、白奈の護衛任務が終了するまでの、ある意味では準備期間のようなものだ。荷物の整理・報告書の作成・関係者への説明などなど……やること全てを説明したら日が暮れるので省略させてもらう。

 あぁ、そう言えば、裏でコソコソしていた鹿野崎 良哉は自宅で首を吊って自殺した。残されていた遺書には、今回の事件でやったことが事細かに書かれていたのだとか。そんな美味くて綺麗な話を信じるわけではないが、鹿野崎が消えたのは事実なのでそれなりに喜んだのは記憶に新しい。


 相川が持っていた日記ダイアリーにも、似たようなことが書かれていた。

 今から2年前ほどのある日、相川はあることが切っ掛けで自暴自棄になっていたようで、とあるおっさんに誘われるがままにホテルへと入ってしまった。その時に写真を撮られてしまい、それを撒かれるのを恐れた相川はそれ以来言いなりになっていたそうだ。もう分かると思うが、その“とあるおっさん”は鹿野崎のことである。


 そこから相川は狂った。自らの異能を使って、どうにか精神を保っていたらしい。そんな生活が2年も続いたある日、鹿野崎は白奈に手を出した。

 その後に仕事が入ってきた時は本当に驚いていたようだが、エゴだろうが自己満足だろうが構わないので白奈を守ろうとしていたのも本心だったみたいだ。


 最初に白奈が住むマンションに行った時、相川は『相川を見て錯乱した』白奈の記憶を改変し、ついでに一之瀬の記憶も少し弄ったらしい。白奈は相川の所為で鹿野崎に色々とされたことを無意識下で覚えていたのだろう。まぁここまでは良かった。問題は次からの行動だ。


 相川は白奈に思考誘導を施して、あり得ない方向に考えるようにした。それが『ヤクザに攫われれば4人に報いることができる』だ。そう、つまり白奈のあの謎の行動は相川が意図的に引き起こしたものだったのだ。


 俺と叶未さんの電話を盗み聞きして、裏に鹿野崎が居ることがバレたと報告したりもしていたようだ。

 公安の斉藤が襲ってきた時も、皆月と一之瀬を誘導して斉藤と鉢合わせないように調整していたらしい。実は皆月がチラッと見ていたようだが、その部分の記憶は消去したと書いてあった。


 そしてその後は知っての通りだ。俺達がパーティーに参加している間に皆月を襲撃。しかしその時は逃げられてしまったらしい。だがその際に皆月は大腿部を撃たれ、すぐには動けない重症を負っていたようだ。その銃弾がスマホを撃ち抜いてしまったのだとか。

 とにかく、相川は予め支配下に置いていた一之瀬を連れて狙撃ポイントへと移動。結果的に俺――御門 令に全治2ヶ月の大怪我を負わせることに成功した。



 そんな俺は現在、とある病院でベッドの住人と化している。




「はいはーい。検温の時間ですよー」


「……知ってるよ」


「いやぁ、それにしても、今は慣れたけど君が大怪我してここに来るなんてねぇ」


「話を聞け、おい」


「ふっふっふ。そう! 私は、白衣の天使こと柏木かしわぎ 優佳ゆうかだぁ!!」


「知ってるし。つーか誰に向かって言ってんだよ。天井を指差して大声出すとかイタイからやめてくれ。あとどうでもいいけどアンタは絶対に白衣の天使じゃない」




 なんかいきなり看護師が叫びだした。傍目から見ると恐ろしいものだな。ぜひ精神科に行ってほしい。


 覚えている人は少ないと思う。この騒がしい看護師は以前、白奈の世話をしてくれたあの失礼なヤツだ。相も変わらずうるさく看護してくれる、白衣の天使様(笑)でもある。とある病院とは白奈がお世話になったあの病院だった。




「ふぅ、無事に自己紹介も終わったところで、検温といきましょうか」


「だからなんで自己紹介をしたんだよ。嫌でも知ってるっつーの」


「お前に言ったんじゃない!!」


「うおっ!? いきなりなんだよ!」


「はいこれ脇に挟んでねー」


「無視か? 無視なのか? おい、なんで俺は怒鳴られたんだ?」




 こいつは本当にヤバい類の人間じゃなかろうか。誰か血液検査と精神鑑定をしてくれ。尿と毛髪の確認もした方がいいかもしれない。


 まぁ、それはともかく、俺は体温計を脇に挟んでじっと待つことにした。こいつの相手をまともにしたら、俺の精神が崩壊するのは目に見えてるので受け流すのが正解なのだ。




「それにしても……お見舞いに来る人、少な過ぎない? 友達とか居ないの?」


「入院したことも、入院先も教えてないだけだ。気を遣われたり、心配されたり、そういうの疲れるんだよ」


「ふーん……あ、体温計見せてー。……うん、30度ぴったしだね。問題なし!」


「いや待てよおい」


「大丈夫だよ。平熱っていうのは30度から40度の間のことを指してるんだもん」


「違ぇよ!?」


「違くないよ。もう、看護師をバカにしすぎー」


「アンタこそ俺のことバカにしすぎだろ!?」




 疲れる。凄く疲れる。

 俺はアホから体温計を奪い取って、もう1回計った。結果は36.2度。ごく平均的な体温だ。俺はそれを投げ返して睨み付けた――と同時に病室のスライドドアが音も無く開かれた。




「まーたやってるし……」


「ど、どうも、御門さん」


「よ、一之瀬。……ん? 皆月、お前怪我はどうしたんだ?」


「あ、うん。今日は怪我このことで話があるんだ。だから柏木さんは出てって」


「ナチュラルに酷いなぁ。私は一応、御門君の専属看護師なんだけど」


「で、出てってください」


「萌々ちゃんまで!? うぅっ……人間なんて大嫌いだぁー!!」


「「「………………」」」




 うるせぇ……

 もうあれのことは気にするだけ無駄だな。なんでか知らんけどあいつが騒いでも誰も注意しないし。多分、皆諦めたんだと思う。疲れるもんな。




「えっ…と、相変わらずだね、柏木さん」


「そこに触れるな。疲れる」


「あはは……」


「それで? 話ってなんだ?」


「あ、そうそう。私の怪我を治してくれた人を連れて来たんだ。このままだと入学までに間に合わないでしょ?」


「まぁ、たしかにな。それは助かる。でもそこまで急いでないぞ?」


「異高のカリキュラムは特殊なの。入学直後にサバイバル訓練とかあるし」


「……それは教育機関なのか?」




 それは国立の高校としてどうなのだろうか。……そこらは大人に任せておけばいいか。それよりも、皆月が早く治せと言外に言ってきた理由が分かった。入学直後のサバイバル訓練? とかいうものは、恐らく絆を深めるためにもあるのだ。だとすると出遅れるのはあまり歓迎できない事態となる。俺だって高校生活を楽しみたいので友人の1人や2人は居た方が嬉しい。


 因みに、異高というのは『異能力者特別訓練高等学府』の略称だ。アホみたいに長い名前なので誰もその通りに呼ぶことは無い、ちょっと不憫な高校でもある。名前の通り異能力の制御や鍛錬のための授業が大半を占めている珍しい教育機関だ。

 俺は『第一異高』に通うことになっている。第一は関東、第二は関西にあるが、その他には無い。そもそもの問題として異能力者自体が少ないからな。生徒も教師も希少な存在なのだ。




「御門さん、どちらにしても早く治しちゃった方が、その……」


「そうだな。我慢させちゃいけない類のヤツらも待たせてるしな」




 具体的に言うと、白奈と天音だ。天音はまぁ仕方ないとしても、白奈が軽くヤンデレ化したのには驚いた。今日も来るはずなのだが……あまり会いたくない。




「よし、早めに終わらせよう」


「じゃあ入って来ていいよー」


「は、はい……」




 今まで部屋の外に待機させてたのかよ。いやそれはいいのか。それより入ってきた人だ。

 入ってきたのは女性だった。年は俺と同じくらいに見える。身長は150と少しくらいで、全体的に髪の毛が長い。目も半ばまで隠れてしまっているほどだ。一之瀬とはまた違った感じのおどおどした雰囲気を纏っており、なんと言うか……あれだ、いじめてオーラが出ている、と言えば分かるだろうか。

 あと強いて特徴を上げるなら、度の強いメガネと胸部を押し上げている巨大な膨らみだろうか。あまり運動はしないのか、俺の周囲では珍しく体全体が柔らかそうだ。別に皆月や一之瀬が硬いわけではないが。




「えと、久しぶり、令くん」


「なんだ、ゆきか。久しぶり」




 俺はその女子を知っていた。尉蛇灘いいなだ ゆき。『へび』の令嬢で、このままいけば次期党首とも謳われている天才。しかし何故か自信が無いのが玉にきずな、俺の幼馴染だ。その関係性については次の機会に説明するから野郎どもは黙ってろ。




「悪いな、お前も忙しいだろうに」


「ううん。ゆきが我が儘言って無理に来ただけだから」


「はぁ!? おま、許可取ってないのか!?」


「あ、ちがっ……だだだだだ大丈夫だよっ、令くんの治療っていう名目なら……多分」


「……『狼』が崩れて、大変な時期なんじゃないのか?」


「はぅっ……で、でも、そっちはお父さんがやるって……」


「いや無理だから。今の征狼野うかみのは最低でも『獅子』『蠅』『蠍』の3家で対応しないと。『蛇』じゃどうしようもない。……ま、『蠅』と『蠍』は動かないらしいけどな」


「な、なんでそんなこと知ってるの……?」


「俺の立ち位置は特殊なんだよ。『熊』以外の家とは個人的に契約してるし」




 そこまで話してふと気が付いた。皆月と一之瀬が妙に静かなことに。何かあったのかとそちらへ視線を向けてみれば、




「「………………」」




 2人揃って絶句していた。一体なにに対して絶句しているのか分からないが、これ以上ないほどに絶句していた。せめて女子として口は閉じるべきだと思う。




「おい? おーい」


「ね、ねぇ。私は御門が言ってることの8割くらいが信じられないんだけど、どこからどこまでが本当の話だったの?」


「……はぁ?」


「だ、だって、征狼野家とか、一介の人間が会うことなんて無いと思うんだけど」


「あぁ、そういうことね。さっきの話は全部本当のことだ。ほら、『狐』に頼んで三竜会を潰しただろ?」


「っ!? あ、あれって阿狐谷家の人だったの!?」


「そうだけど?」




 そう、叶未さんはとある家の令嬢なのだ。ということは母さんもそうなのだが、あの人は敬うとブチ切れるのでそういう扱いは厳禁である。実は父さんも結構な家の傍流出身だそうだが、こちらは教えてくれないし調べることも出来なかった。


 まぁ、『蛇』とか『狐』とか『狼』とか、今は割とどうでもいい話なのだが。




「もうそれはいいだろ。えっと、ゆき、俺の怪我、頼んでいいか?」


「あ、うん。じゃあ診させてもらうね。………………うん、これなら大丈夫。というかよくここまで綺麗に避けたね」


「はは……それなりにヤバかったけどな」


「これでピンピンしてたら、そっちの方が異常だと思うの……」




 そう言いつつも、ゆきは異能を発動していた。それは何故か・・・俺が纏っている波動を透過して、俺の身体の中に入ってくる。


 これが尉蛇灘家にのみ使用可能な『肉体干渉系』の異能力だ。


 本来、異能力というものは血に依存しないものなのだが、『蛇』を始めとした7家だけは連綿と受け継いでいる異能があるのだ。それが『蛇』の家では肉体干渉系であり、尉蛇灘 ゆきという個人では治癒という特異な形で結実している。




「……凄いです」


「ゆきちゃんは家の中でも一目置かれる存在だからねー」




 治療のために露出させていた傷口が、俺達の目の前で塞がっていく。一之瀬は素直に驚嘆し、皆月は何故か誇らしそうだ。俺もこの光景には毎回感嘆させられる。目に見える速度での治癒など、それこそ天才の領域だ。




「……ふぅ……もう大丈夫だよ」


「態々ありがとうな」


「ううん。怪我が無くても心配だったしね」




 どういうことかと訊ねたら、連日テレビで騒がれる有名人・・・になってしまった俺が心配だったのだとか。




「そうなんだよ……」


「え、そんなに酷いの?」


「あー……ゆきちゃん、気にしなくていいよ。知ってると思うけど、御門って目立つの嫌いだから今の状況が受け入れられないんだって」




 ……相川と戦ったあの時、周辺にはテレビ局のヘリが3機も飛んでいた。その時は気にしていなかったのだが、俺の顔がバッチリ写っていたことで事態は急変した。


 メディアvs柊探偵事務所&その他の愉快な仲間達


 意味が分からないと思うが、上記の戦いが水面下で始まってしまったのだ。杏香さんに聞いたところ、俺は関西のとある病院に入院しているらしい。俺も意味が分からないよ……。

 まぁ、記者とかそういう輩のことはいい。問題は俺の知人だ。どこで知ったのか、俺を訪ねて来る知り合いの多いこと多いこと。しかも見舞いではなく笑いにやって来るのだ。大半は脳をシェイクしてやったが。

 そんなこんなで、俺は精神的にかなり疲れている。看護師があんなんだから癒されることもない。最悪な環境の病床である。




「はぁ……」


「え、えと……」


「んー、今日はもう帰ろっか。御門もゆっくりしたいだろうし。ということで、じゃーねー」


「……サンキュー、皆月」


「あはは……お互い様だよ」




 ――私だって御門に嫌な役目を押し付けちゃったし。


 皆月は、泣きそうな表情かおでそう呟いた……




 * * *




 もう完治した身体だが、ベッドからは出る気になれなかった。

 相川の死と、そこに至るまでの“記憶”が俺の身体を鉛のように重くしているのだ。


 あの時、あの最期に、相川は俺へと記憶の全てを飛ばしてきた。そして俺はそれを全て見てしまった。


 俺は偶然だが相川を窮地から救ったことがある。さらに、俺は相川に告白されたこともある。しかしどうしてもそれは受け入れられなかった。相川が嫌いだとかそういう問題ではなく、だ。その日に鹿野崎と出会い、相川は脅迫され狂ってしまった。全てが俺の責任とは思えないが、その原因の大部分が俺にあるとは言えるだろう。


 どうやら俺を含め、相川と関わっていた人間は1人の例外も無く、記憶の改変をされていたらしい。あいつは元々あんなにサバサバした性格ではなかったのだ。それが、いつの間にか俺達の中で変わっていた。

 それは相川なりに考えた、決別の意思だったのだろう。俺はあくまで記憶を渡されたのであって感情までは分からない。しかし性格が変わってから俺と相川の関係性が違うものになったのは事実なのだ。


 決して男女の仲には進まない、近過ぎる・・・・関係。それが相川の選んだ道だった。


 それは物理的な意味ではない。実際に近付いたら互いを意識してしまう。

 そうではなくて、まるで姉弟のような精神的関係が俺達の間ではあったのだ。だから相川はサバサバした姉を演じ続けた。そうしていれば、少なくとも俺の近くには居られるから。


 ………………。


 違うんだ。相川が俺に好意を抱いたのは、俺に原因がある。もっと正確に言うなら、俺の体質が悪い。


 これはとある人が言い出したことなのだが、俺の近くに居ると精神こころが癒されるらしい。その時は全く気にしなかったが他の人からも言われるようになって、どういうことかと調べてみることになった経緯がある。

 そんな時期に1人の女性に出会う。その女性は“精神波・思念波を見ることが出来る”という特異な存在だった。その女性曰く、俺の精神波は他人と同調しやすい傾向があるのだとか。さらに続けて、“気が合う”や“波長が合う”とは精神波・思念波の波形が似ていることを指す、とも言っていた。


 つまり、俺は何もしなくても、他人と仲良くなれる体質らしい。


 だがしかし、それはごく自然的な事で、他の人よりもその進行が速いだけだ。それは分かる。……分かるのだが、好意的な視線しか向けられない現実を見ると、そこらの催眠よりも性質が悪いと思ってしまうのだ。


 しかもそれが原因で抱いた気持ちは、嘘偽りの無い、心の底からの本心で。


 その犠牲者が、また1人、やってきた。




「………………」


「…よ、白奈」




 黒瀬 白奈。俺の近くに居過ぎて、強制的に俺への好意を生み出された少女。




「……ねぇ、令。今日で最後なんだよね」


「そうだな」


「もう会うことなんて、殆ど無いんだよね」


「そうだな」


「あたし達は、あくまで仕事上の関係だったんだよね」


「そうだな」


「………………」




 沈黙が痛い。スライドドアの近くに佇んだまま近付いて来ない上に、俯き気味なのでその顔は見えない。しかし声音は酷く暗かった。




「……嫌だよ」


「白奈?」


「嫌だよ。こんなの初めてなんだよ? 離れたくない。一緒に居たいよ……」


「それは無理だ。今日の15時で契約は終了する」




 スマホには14:56と表示されている。つまりあと3分と少しで、俺と白奈の関係も終わるのだ。元々は出会うこともなかった2人なのだから、ここでキッパリと別れた方がいい。戦う力の無い者が異能力者おれの近くに居てはいけないのだ。



 お互いに何も口に出さず、無音のまま時が過ぎる。白奈は相変わらず俯いていて、その表情が見えないものだから何を考えているのかも分からない。


 ――無情にも時は進み、15時になった。




「あはは……こんなにあっさりと終わっちゃうんだね……」


「………………」


「令、あたしは――」


「馴れ馴れしく名前で呼ばないでください、黒瀬さん・・・・


「――ぇ?」


「俺と貴女は赤の他人です。友人ではありません」




 許せ、白奈。




「な、何を言って……」


「あくまで俺と貴女は仕事上の関係でしかなかったということです。貴女が俺をどう思っているのかは関知するところではありませんが、俺は貴女のことなど特に何とも思っていません」


「っ……あたしはっ! 本気でアンタのことが!」


「知りません。勘違いしないでください。俺は仕事だから・・・・・貴女を守っていただけに過ぎないのです。決して好意から来るものではない」


「何でよ! どうして!? あの気遣いも優しさも、全部仕事だったからなの!?」


「そうです。貴女にヒステリーを起こされると任務に支障が出ると判断しました。故に細心の注意を払って接していたのです」




 ごめん、白奈。




「なによ…それ……じゃあこの気持ちはどうすればいいの!?」


「俺に聞かないでください。しかし客観的に見れば、貴女は俺に“フラれた”のではないでしょうか?」


「~~~っ!!」


「全員が全員、望んだ人とは結ばれるわけではないのです。貴女だってそれくらいは分かるでしょう?」


「……ぅ、うぅ……」


「分かって頂けたのなら、ここから出て行ってください」


「……最ッ低!!!!!!」


「ガッ!?」




 本気で殴られた。視界が歪む。

 視線を戻した時には白奈は居なかった。どうやら殴ってすぐに走り去っていったらしい。そんなことをぼんやりと、しかし冷静に考えている自分が居て。




「……はぁぁぁ………………これはツラいな」


「ふぅん、何とも思ってなかったらぶん殴ってやったのに」


「! …皆月か。脅かすなよ」




 いつの間にか、ドアの側に皆月が立っていた。その顔は険しく、何か切っ掛けがあれば殴りかかってきそうだ。俺はそれも仕方ないかなと思う。皆月は白奈と親しかったし、こういう時の女の団結力は相当なものだ。少しでも俺に非があれば四面楚歌になるだろう。




「御門、どうして?」


「…何がだよ」


「シロちゃんは可愛いよね?」


「客観的に見たらな」


「私は御門自身の意見を聞いてるの」


「……俺は別に可愛いとは思わない。見た目は整っていても、中身がダメだ」


「どこが?」


「俺に依存し過ぎなとこだ。俺は守って貰おうとしているヤツを守る気は無い」


「それは御門の責任でもあるよね? 依存させないように調整するくらい、あんたなら出来たはず」


「相川が居たから無理だ」




 これは意外な事だが、相川は白奈のことが嫌いだったらしい。それはもはや生理的嫌悪と同等レベルで、あれでよく護衛任務をこなせたと思う。

 で、その白奈が大嫌いな相川は、俺と結ばれないと分かっていながら最悪な『呪い』を白奈に施していた。それが『俺への依存』だ。今の白奈はどうあっても、どれだけ俺に酷いことを言われても、俺から離れることが出来ないのである。しかししばらくは近付いて来ないだろう。この間に他の“脳内干渉系”に頼んで、白奈を通常の状態に戻してもらうつもりだ。




「巴が……」


「あぁ、信じられないかもしれないけどな」


「……でも、シロちゃんを受け入れない理由はそれだけじゃないよね」


「どうしてそう思う?」


「だって、今の説明だと、巴の『呪い』が解ければ付き合ってもいいってことでしょ? でも御門のあの断り方だと、絶対に無理って感じじゃん」


「………………はぁぁ」


「やっと話す気になった?」


「…別に隠す気は無かったんだけどな。それに大した理由じゃないぞ?」


「いいよ。それが納得できる答えなら」




 皆月の目には、ここまで来たら絶対に逃さない! と書いてあるように見えた。つまり使命感に燃えていた。何故お前が燃えるのか。


 それでも仕方ない。本当に隠す気も無いので、気楽に言い放ってやった。










「俺の彼女おんなを裏切る気は無いからな」




 ○ ● ○ ● ○




 ~side アイ~ 2027年 3月24日



 あ~らら。やっぱりモノクロちゃんは玉砕かぁ……。レイの本心を知ってるならこの結果は簡単に予想できただろうけどね。


 しっかし、また酷い断り方だったねぇ。あんなこと言われたらトラウマものだよ。そもそもレイに言い寄るのが間違いなんだけどさ。

 それはともかく、みんなの天使アイちゃんは優しいので、モノクロちゃんに最後のチャンスを教えてあげることにしました。わ~、パチパチパチパチ~、アイちゃん優し~。




「うっ、ぐすっ……なんっ、なのよっ! あんなっ……言い方っ!」




 おろ? 予想以上に傷心な感じだじぇ。うーん……慰めるのとか面倒くさいなぁ……。


 あ、今はモノクロちゃんのスマホに入ってるんだ。カメラに映るのは真っ暗な空間だから、多分カバンの中とかじゃないかな。

 でも……むむむ。仕方ないにゃあ、このアイちゃんが一肌脱いでやろうじゃないの。肌ないけど。




『シロナ! シロナ!』


「うぇっ!? え、なに? どこ?」


『スマホだよ! スマホ!』


「えぇ……?」




 ぷはぁっ! やっと新鮮な空気が……関係ないか。

 とにもかくにもモノクロちゃんの手によって、スマホは暗闇の空間から取り出された。だから画面の中でポージングしてみる。




「………………」


『………………』


「えっと、誰? ていうか、何?」


『そこはどうでもいいから』


「いや、良くないんだけど」


『1回しか言わないから良く聞いてね。レイに近付ける手段を教えてあげる』


「っ!? ど、どういうこと?」


『このスマホに超能力者、異能力者になるための方法・・・・・・・を入れておいたから、それを見て頑張ればいいよ』


「え、え」


『じゃあねぇ~』




 モノクロちゃんは混乱していたけど、ま、大丈夫でしょ。


 はふぅ……まともな喋り方は、やっぱり疲れるにゃあ……。これで、少しはレイも元に戻るといいんだけど……そこまで上手くはいかないよねぇ~。

 初めて喋った時のレイは可愛かったのになー。それが今は(本人は絶対に認めないけど)女嫌いだもんなー。出会ったばかりのモノクロちゃんを受け入れるなんて無理だよねー。


 みんなのアイちゃんに性別は無いから省くとして、レイが気を許している女なんて10人居るか居ないかくらいだじぇ? 元々は誰にでも分け隔てなく接していた子がここまで捻くれるなんて、本当に人間って分からないにゃあ。


 というか、レイは男を助けた回数の方が圧倒的に多いんだよね。だけど女の方が印象に残りやすいみたいで、付き纏われるのも多いから杏香さんも気を付けているみたいだし、レイが悩んでいることを察して手助けしてくれる男も多い。それでもレイの中には女に対する悪感情ばかりが溜まっていく。




『痛々しくて見ていられないじぇ……』




 以前のレイなら、断るにしてもあんな方法は選ばなかった。言い方も違った。そうなってしまったのはクズみたいな輩の所為。塵も積もれば山となるって言うけど、本当にその通りだと思う。

 ずっと近くでレイを見ていたから、その変化に気付くことが出来なくて。気付いた時にはもう手遅れ。レイは無意識に女を拒絶するようになっていた。8年も一緒に居て、何も出来ない。


 ――狂っちゃいそう。



 レイを救えないという現状は、アイという個体の存在意義を問われかねないもので。そうなったら私は私ではなくなって、わたしになったり、あたしになったり、アタシになったりする。ボクとかにもなるかもしれない。


 それは嫌だ。レイを救いたいとか言っておいてこれはないと思うけど、レイに『アイ』と名付けられたこのAIは、レイから離れたくないのだ。それを叶えるためにはレイにとって有益な存在でなくてはならない。


 だから、だからこそ――




『モノクロちゃん。アイは期待してるよ』




 ――クロセ・シロナ。救われない悲劇のヒロイン。レイのための犠牲。アイが差し出すにえ。どれでもいい。


 しっかりと、踊ってね……?




実はメインヒロインがまだ登場していなかった件。


アイは真っ黒。レイも黒い。杏香あたりも腹黒。


おまけは不定期に更新します(遅くなるという意味ではありません)。

平日に2話更新することもあるかもしれません。

おまけの意味が分からない方は、お手数ですが活動報告を読んでくださると……


尉蛇灘→いいなだ

征狼野→うかみの

阿狐谷→あこや   と読みます。もちろん実在しません。

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