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異能者の非常識な日常  作者: とりもち
第一章 アイドル護衛任務
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1話 序章となる依頼

 ――異能力。


 それは現代の地球に突如発現したものであり、未だに全てを解析しきれない未知の力。


 系統別に分類可能な『超能力』とは根本的に違う、異端の能力・・・・・


 例外なく強力で、周囲に恐れられ忌避される、異常な能力・・・・・


 これは、そんな力を身に宿す少年少女達の――






 * * *






 2015年1月3日、悲劇が起こった。

 所属不明の人間によってある島に居た日本人37人が殺害された……と、世間一般ではそうなっている。


 しかし実際に起こった事は、世間が知っているニュースよりも更に衝撃的だった。


 事件当時、現場に居た日本人は37人で合っているが、そこで亡くなった日本人は36人しか居ない。つまり唯一の生還者が存在するのだ。それは最後まで報道されなかったが。


 現場である個人が所有していた小さな島は、その生還者の“異能力”によって、文字通り海の底に沈められた。それ故に襲撃者が何者で、どれくらいの規模だったのかも分からずじまい。


 しかしその生還者はまだ2~3歳の、幼過ぎる少年だった。もちろん事情聴取など出来る筈も無く、さらにはこんな幼子が起こした大惨事を公表すれば世間の異能力に対する風当たりが強くなることも予想され、仕方なしに幼き少年はその島で死んだことにされた。


 だが問題はそれだけではなかった。少年の身元がいくら調べても分からないのだ。


 さてではどうしようかと議論が始まりそうになったが、ある夫婦が養子に迎えたいと希望したことにより、一連の事件はなんとか収束したのだった。




 ○ ● ○




 ~side レイ~ 2027年 2月18日



「はぁっ、はぁっ……くっ」


「まだまだだな、れい。能力が使えないとその程度か」


「いや、それは…おかし……ふぅ……父さんに俺が勝ったら、それはそれでダメだと思うんだけど?」


「まぁ、その通りだな」




 御門みかど 惣介そうすけ。今俺の目の前で偉そうにふんぞり返っているおっさんの名前だ。一応俺の父親でもある。因みに俺の名前は御門 令。


 この人と俺に血の繋がりはない。俺は全く覚えていないのだが、俺はちょっと前の大きな事件で生き残った身元不詳の幼児だったらしい。それを父さんと母さんが養子縁組までして育ててくれたのだから、感謝するとともにお人好し過ぎると少し呆れてしまう。


 そんな父と俺がなにをしていたのかというと、簡単に言えば組手だ。今年で35歳になった父はとんでもなく強い。今年で高校に上がる俺も、徐々に身体は出来上がって来ているのに普通に張り倒される。何故か職業をはぐらかすので公安か、軍の機密部隊あたりに所属しているんじゃないかと思う。




「まったくもう……惣介さんは大人気ないですね。全力じゃない令くんに勝って喜ぶとか趣味が悪いですよ」


「あ、母さん」




 さてもう1戦やるか、となったところで母さんがやってきた。


 御門 もみじ。年齢不明。見た目は20代前半にしか見えないが、父さんの年齢から考えてそれはないだろう。というか俺が覚えている母さんは、10年前から姿がずっと変わっていない。


 余談だがこの家のヒエラルキーは、


 母さん > 頑張ればいつかは越えられそうな壁 > 全力時の俺 >>> 父さん >> 通常時の俺


 という感じになっている。俺がその気になれば父さんは我が家で一番下の立場になってしまうのが悲しいというか何というか。




「椛、俺はな」


「現実の厳しさを教えているんですよね。ええ知っていますよ。だから令くんも全力でやっちゃって大丈夫です。惣介さんに現実の厳しさを教えてあげてください」


「え、いいの?」


「いや、ちょっ――」


「いいですよ。さぁ令くん。庭が荒れない程度に惣介さんを懲らしめてあげてください。お風呂は沸かしておきますから、早めに終わらせてくださいね。ご飯も冷めてしまいますよ」


「分かった」


「なぁ…令。話せば分かると思うんだ。暴力は良くないぞ、うん」


「父さん」


「な、なんだ?」


「早くご飯が食べたいから、全力でいくよ」


「お前は父さんより飯を選ぶのか!?」




 そんな父さんの悲痛な叫びも、すぐにくぐもった呻き声になり、やがて物音1つしなくなった。俺が持つ『異能力』は個々の力なんて関係ない。理不尽な暴力の塊だ。


 一般的な家庭だと異能力が発現した子供は忌み嫌われるらしい。原因は3つ。



 一、精神が成熟していないと、暴走する危険性があるから。


 二、異能力は例外なく超能力のランクAに匹敵するほど威力・範囲ともに高性能だから。


 三、異能力使用時は、使用者の肉体の一部が変化するから。



 こんな感じだ。俺も過去に一度暴走したことがあるらしいんだけど、全然覚えていない。でも父さん曰く「島を1つ沈めた」とのことだ。恐らく可能であるところが怖い。


 三は、酷い人だと特撮の敵役みたいになってしまう。俺? 俺は瞳の色がちょっと変わるだけだ。元々は黒いんだけど変化後は赤く光るんだよ。……それだけの変化で済んで良かったけどさ。


 少し前にも、異能力を使うと身体全体が変化してしまう人が「人間じゃない」とか「化け物」とか、迫害を受けて自殺してしまった。国の防衛に多大な貢献をしている異能力者を迫害するとか日本人はアホなのかもしれない。




『レイきゅんレイきゅん。メールが来てるけどどうする? 音読してあげよっか?』


「うるせぇ! メールは音読するな! あとその呼び方やめろ!」




 風呂から出た途端に変なのに話しかけられた。そいつは俺のスマホの画面の中を・・・・・フワフワと泳ぎ回りながら、俺に向かってニヤニヤと笑っている。


 7歳の誕生日にスマホと一緒に貰った、AI(人工知能)の『アイ』だ。父さんと母さんが職場の友人から譲り受けたらしい。その名も知らない人は俺のために準備してくれたのだとか。


 見た目は色素の薄い金髪に翠の瞳と、完全に日本人ではない。AIなんだから当然だが。




『でもでもー、杏香きょうかさんからのメールだよぉ? 見なくていいのー?』


「ブフッ!? ゲホ……それを先に言えよ!」


『にゃははは! ほい、これこれ』




 おちゃらけながらも、しっかりと仕事はするアイ。もうちょっと物静かだったら俺も疲れずに済むんだけどなぁ……。




「……うん? ニュースを見ろ? それだけ?」


『ずっと下の方に、見たら返信することって書いてあるニャー』


「んじゃあ時事ニュースのページ開いてくれ。あと話し方がウザい」


『ほいほい。……んぁ?』


「どした?」


『んー、まぁ見てちょ』




 アイが表示したページは一面が1つの画像で埋め尽くされていた。それは男女2人の写真なのだが男は上半身裸で、女の方は恐らく裸にシーツをかけただけ、という状態のツーショットだった。女の方はどうやらアイドルらしい。


 これ以上ないほど分かりやすい、ラブホでの自撮り画像である。何故か男の方は顔全体にモザイクが掛かっているけど。


 このタイミングで杏香さんから連絡が来たということは、これのことについて何か話があるということなのだろう。


 内容は……人気アイドルの写真流出? んなことは分かってるよ。そんなことでここまで騒ぎになってんの?  ……あ、このアイドルの父親が県議会議員なのか。そういうことね。




「じゃあ“ニュース見ました。話はなんですか?”ってメール送っといて」


『らじゃ』




 ピシッと敬礼したアイの背後でメールが一瞬で作成・送信されていた。本当に便利な奴である。


 リビングで昼食を食べていると、スマホから着信音が。直後にネットをフラフラと飛び回っていた筈のアイが戻って来て、ふざけた呼び方でそれを知らせてくる。




『レイきゅんレイきゅん! 返信が来たよ!』


「早いなおい。あとその呼び方マジでやめてくんない?」




 先ほどアイに送らせてからまだ10分ほどしか経っていない。

 あの人は毎日激務に曝されていて居る筈なのだが……それほど今回のことは重大だということか。




『んっとねー、今日――』


「音読すんなっつってんだろ! 表示するだけでいいから」


『ぶぅ……ほい、これ』


「………………えぇ?」




 アイが見せてくれたメールには、今回のニュースの原因であるアイドルの護衛任務を受けてくれないか、ということが書いてあった。出来れば今日中に顔を出してほしいとも書いてある。

 受ける受けないは別にして、とりあえずちゃんと話を聞かないといけないかな。




「レイくん、食事中なんですから後にしたらどうですか?」


「あ、うん……」


「? 何かありましたか?」


『椛ちゃん。杏香さんからメールがあったんだけどね』


「アイ。俺が説明するから」


『ほ~い』




 俺は杏香さんから来たメールの内容を母さんに伝えることにした。どちらにしろ内容が内容だから、父さんにも伝えなければいけない。

 異性の護衛など本来はあり得ないのだが――俺も、今回は相手も未成年であるから、無駄なトラブルを避ける意味でも杏香さんはそういう仕事の話を滅多に持ってこない――今回の騒動はいつもとは全くレベルが違うようだ。そもそも杏香さんから催促の文章が届く時点で色々とおかしいしキナ臭い。




「実は杏香さんから仕事の話が来たんだけどね。それが……あ、ほら、テレビでもやってるけど、このアイドルの護衛なんだ。だから受けたらしばらく家に帰れないと思う」


「そういうことですか。しかし彼女がそこまで焦るとは、このニュース通りの事件ではないということでは? 彼女は令くんにかなり気を遣っていますからね」


「だと思うよ。単純に戦力が必要なのか、あるいは他の人間では達成不可と判断したか……とにかく話を聞いてみないと」


「そうですね。因みに現段階で、令くんは受けるつもりですか?」


「んー……そうだね。多分杏香さんも悩んだ末に俺へこの話を寄越したんだろうから、どちらかというと受けた方が良いかな、とは思ってる」


「分かりました。……惣介さんも、ちゃんと聞きましたね?」




 母さんがドアに向かって声をかけると、気まずそうな顔をした父さんがリビングに入ってきた。

 凄いな……全く気配が無かった。まぁシャワーを浴びる音がガッツリ聞こえていたし、それからかなり時間が経っていたからそこに居るのは気付いていたけども。




「いや、悪かった。盗み聞きなんてするつもりじゃなかったんだが……」


「別に俺は気にしてないよ。父さんにも話す予定だったから」


「そうか。……しっかし彼女が令にそんな話を持ってくるとはなぁ」


「かなり複雑な事情があるんだろうね。もしかしたら騒動が落ち着くまで無期限の依頼かもしれないし、俺が呼ばれるってことは戦闘も想定しているってことだし」


「そうだな。俺はお前の心配なんぞ全くしていないが、この話を受けるなら気を付けろよ。裏に面倒な事柄が転がっていても、お前がやるべきことは対象を護ることだけだ。余計なことにまで手を出すと碌なことにならないぞ」


「うん。でもあまりにも面倒な話だったら断るよ。4月には高校入学が迫ってるから」




 もう1ヵ月半しか時間はないのだ。俺が通う予定の高校は少し特殊で、異能力者のために作られた割と新しい場所だったりする。そこは小・中・高と全て一貫の教育施設なのだが、俺の両親は「別に行く必要はない」と言っていた。


 でも俺は他の異能力者がどんな教育を受けているのかが気になっていた。異能力の制御は父さんと母さんが付きっきりで教えてくれたから今さら教わる必要はないけど、一般的な異能力の使い方を知っておけばそれへの対策も随分と楽になる。


 余談だけど、俺の異能力は他とは一線を画す代物らしく、血が滲むどころか血が流れ落ちるような努力……いや、修行かな? そんなことをやった。制御しきれずに自爆して病院に運び込まれた回数など両手両足の指でも足りないくらいだ。




「じゃあ杏香さんも急いでいるみたいだし、ちょっと行ってくる」


「ああ」


「彼女に、よろしく伝えておいてください」


「うん、分かった」




 こうして俺は、色々と怪しい話を聞くために家を出た。




 * * *




 都内某所にある、高層マンションの最上階ワンフロア。そこが杏香さんの拠点だ。


 ここは俺と同じように仕事の話を受けた人達しか来ない。一応は会社の体を取り繕っているらしく、『柊探偵事務所』というプレートが郵便受けに張ってある。ひいらぎとは杏香さんの名字だ。


 それは表向きの、組織を作るためだけの建前であり、本当のところは『柊異能力者斡旋事務所』という感じになる。ここには杏香さんを含め、まだまだ数の少ない異能力者が驚くほど所属しているのだ。


 ありふれている超能力者は5~10人に1人の割合で生まれるらしいけど、異能力者は約5000人に1人しか生まれない……と世間では言われている。本当はどちらも間違いだけどね。俺とアイの6年間の研究は色々ととんでもない結果を叩き出したのだが……それらの成果はもう俺とアイの頭の中にしか存在しない。


 どうせ公表してもこんなガキの研究などまともに取り扱ってくれないとは思うが、万が一それに興味を持たれると非人道的な“異能力者の生産・・”が始まってしまう危険性があった。だからアイに頼んで徹底的に記録を削除し、さらにはその研究中に使っていたPCやスマホもスクラップにした後、粉々に破砕して袋に入れ庭に埋めた。


 見知らぬ他人が俺の関係ないところで不幸に見舞われようと気にしないが、俺の所為で被害者が出るのは耐えられる気がしなかったからだ。今は超能力や異能力による情報の再生技術も進んできている。迂闊に捨てる訳にもいかず、かと言って残しておくのは言語道断という実に面倒なものを作ってしまった。後悔はしていないけど。


 まぁ、いつかはその研究と似たような論文が発表されて、俺が危惧したような道に進むのだろうけど……関係ない、というのが本音かな。そもそもそうなった場合は俺に責任は無いしね。




「っと。……考え事に没頭する癖も直した方がいいかもな」




 ふと視線を前にやれば、目と鼻の先に目的地のマンションがあった。どうやらいつかの研究を思い出していたらかなり歩いていたらしい。事故が起きなかったのが不思議なくらい意識が逸れていたようだ。




「あの~……もしかして御門さんですか?」


「ん?」




 そしていよいよマンションに入るぞ、というところで背後から遠慮がちに声が掛けられた。

 振り向くと誰も居な……いや、居た。小っこいのが不安そうに俺を見上げている。俺の身長が166㎝だから、この差だとこいつは140㎝くらいしか無いんじゃないだろうか。上を向いてくれないと濃い茶髪しか見えなさそうだ。


 ただ、1つだけ気掛かりなことがあった。




「えっと……誰でしょうか?」




 それは、こんな女の子の知り合いが俺には居ない、ということだ。ここまでミニマムなら記憶の片隅にでも引っ掛かりそうなものだが、生憎と俺はこの子を覚えていない。いや知らないと言うべきか。




「はぅ……あの、私は一之瀬いちのせ 萌々(もも)と言いますです。事務所の方で何回か見掛けたことがありますのです……」


「あぁ、そうだったのか。じゃあ同僚ということかな。よろしくね」


「は、はいっ! よろしくお願いですします!」


「いや意味分からんって。なんでそんなに緊張してんの?」


「あぅあぅ……だって、その……ふわぁあああん!!」


「え? あ、おい、ちょっと! ……行っちゃったよ。一体なんだってんだ……」




 一之瀬は終始落ち着きなく、仕舞いには奇声を上げながらマンション内に突貫して行った。意味が分からない。




「なんか言いにくいことでもあったのかね? ……俺の身嗜みか?」




 ちゃんとしているつもりなんだけどなぁ。母さんがそこらへんに厳しいから、一番気を付けている部分なんだが……一応トイレでチェックしておこう。




『ピロリ~ン♪ メールだにょん、メールだにょん』


「お前って普通に喋れないのか? そういう言い方されると周りの人に変な目で見られるからやめてくれよ」




 『にょん』1回毎に諸手を挙げてジャンプしているアイにゲンナリしながらも、一応メールを表示させ――




『一之瀬 萌々に関しては気にしなくていい。あれは普段からあんな感じだ……だってさ。因みに杏香さんから』


「音読すんなって何度言えば……はぁ……」




 この注意も何万回目か分からない。貰った最初の1年間はまさに無機物って感じだったのに……どうしてこんな子に育ってしまったのか。


 まぁ、一之瀬に関しては気にしなくてもいいらしいことが分かったので良しとしよう。あの人はこのマンションの監視カメラを普通に覗いているからな。入り口で起こっていたことなどリアルタイムで見ていたのだろう。




「そんじゃ行きますか。魑魅魍魎ちみもうりょうのフロアに」


『レイもそこに入ってるけどねー』


「ぐっ……認めざるを得ないのがツラい……」




 というか、アイは普段のこういう会話では俺を呼び捨てにするのに、何故着信の時だけ変な呼び方をするのだろうか。まるで俺がそういう着信音にしているみたいに誤解されるから本当にやめてほしい。……それが狙いか。


 中学で『お兄たん』呼ばわりされた時はマジで大変だった。女子には毛嫌いされるし、お前も同士だったのかとか何とか言いながら変なのが寄り付いて来るしで、短い間だったけどアイとは一切話さなくなったほどだ。


 それ以来反省したのか、家族や事情を知っている人以外の前では基本的に静かになったんだけど……それでもやっぱりやめてほしいのは変わらない。




『あ、そうそう。あのニュースについてネットを泳ぎ回ってみたよん』


「ふーん。何か見つかったのか?」


『なんかねー、結構危ない系の組織が動いてるみたいだねー。三竜会とか、公安とか』


「公安だと? 正式に動いているのか?」


『うんにゃ。極秘に5~6人が動いてるだけだにゃー。でも三竜会は隠れつつもかなり大規模な動きがあるよん』


「あのアイドルのどこにそんな価値があるんだ……?」




 公安の人間が動くというのは、極秘で少人数だということを除いても異常だ。それに三竜会が関わって来るのもおかしい。つーか接点が分からない。


 あ、三竜会というのは関東2大組織の片割れだ。簡単に言えば暴力団、ヤクザ、裏組織。その規模は警察であっても迂闊に手を出せないほどで、構成員は2万人近いと言われている。そのほとんどが虎の威を借りるチンピラだが。




「これはいよいよおかしな話になってきたな」


『公安の方は叶未かなみちゃんが居るけど……どうする? 連絡してみる?』


「無駄だろ。やめとけ」


『だよね~』




 それにあの人は味方って訳じゃない。お互いにぶつかると不利益だから、それとなく匂わせて任務地が被らないようにしているだけだ。俺もあの人とは二度と戦いたくない。あれは俺が言うのもなんだけど、チート過ぎる。


 そうこう言っている間に、エレベーターが最上階に到着した。ワンフロアが丸々杏香さんの所有物だから、エレベーターの前が玄関になっているという非常識さにももう慣れてしまった。そもそもこのマンションは最上階を好きに使うためだけに建てたのだと言うから驚きだ。




「所長、御門です」


「む…入っていいぞ」


「失礼します」




 他よりも一回り大きな部屋、執務室。そこが杏香さんの仕事部屋だ。私室はこの部屋の奥にある。ちょくちょく招き入れられるが、大体は片付けの手伝いをさせるためであり、中はかなり散らかっている。


 さて、執務室には俺以外にも3人呼ばれていたようだ。その内1人は先ほど遭遇した一之瀬だった。




「これで全員揃ったか。突然の呼び出しに応じてくれて感謝する」




 この言葉に、しかし誰も返事はしなかった。社交辞令であることは分かり切っているし、呼び出されたらよほどのことが無い限り応じるのは当たり前の話である。


 杏香さんは男口調が常だ。女らしく振る舞うのが嫌だと言ってはいるが、俺は知っている。この人は極度の恥ずかしがり屋なのだ。ズボラなふりをしていても細かい所に女性的な痕跡があるから隠しきれていない。本人は絶対に認めないが。


 そんな杏香さんは長いボサボサの黒髪(何故かとっても艶々している)を腰まで伸ばしていて、瞳はほんの少しだけ青が混ざったような黒。いつも白衣を着ながら煙草を咥えている。普通に美人なのだが、本人は自分には縁がないと勝手に諦めているようだ。ここの男性社員は杏香さんに憧れている人も多いんだけどなぁ。




「さて、それでは今回の任務の概要を説明する。受けるか受けないかは聞いてから決めてくれ」


「「「「はい」」」」


「君達も知っての通り、埼玉県議会議員の黒瀬くろせ 善蔵ぜんぞう氏の1人娘である黒瀬 白奈しろなの画像が流出した。それをネタに黒瀬氏はかなり叩かれているのだが……それは関係ない。

 問題は、白奈嬢が今回騒ぎになっている写真のことを、全く知らない・・・・・・という部分にある。覚えていないのではなく、知らないのだ。

 警察は当てにならないので、私自身のコネを使って公安と相談した結果……我々は今回の騒動の裏に精神干渉系の異能力者の存在があると断定した。それも記憶を封じ込めて、あまつさえ人形のように操ることが可能な異能力者がだ。

 ここまでが1つ目の問題点。


 2つ目は、何故か三竜会が動き出した点だ。

 理由は不明。外部からの依頼なのか、三竜会の意思なのかもまた不明。ただし動員人数は1,000人を超えているという報告もある。その中にはランクBの超能力者もちらほらと見受けられ、非常に危険な状態だと判断した。


 よって、当事務所の最大戦力である御門と、対象が女性ということを考慮して他3名の女性メンバーに同行を要請する。期限は騒動が収まるまで。なお今回に限り、異能力の使用を無制限とする」




 ……なるほど、そういう事情があったのか。裏に異能力者が、それも強力な力を持った奴が居るなら俺が呼び出されたのにも納得できる。

 そして俺はそれを断れない。何故なのか未だに分からないが、俺は人に害を齎す異能力者に激しい憎悪を覚えるのだ。その暗く黒い感情は凄まじく、抑えが全く効かない。この感情の出所が分からず困惑しているが、1つだけ心当たりと言うか、推測出来る空白の時間がある。


 俺が今の両親に拾われた原因……というか理由になった、十数年前の島が1つ沈んだ事件だ。


 俺はその時、異能力者に何かされたんじゃないかと思う。……そう思っていないと不安で、憎悪に飲み込まれてしまいそうになるというのもあるけどな。今も話を聞いただけで、胸の中がモヤモヤとしてくる。




「それで、どうだろう? 受けてくれるか?」


「俺は受けてもいいですけど、1つお願いがあります」


「なんだ?」


「最初の顔合わせの時だけでいいので、所長に同行を求めます」


「理由は?」


「護衛対象が男性に不信感を覚えている場合、話がややこしくなります。さらに言えば、見知らぬ男を部屋にすんなりと上げてくれる女性は居ないでしょう。そこらを円滑に進めるためにも、責任者もしくは上司による説明が必要だと判断しました。可能であるならば親御さんにもご同行していただいた方がよろしいでしょうね」


「ふむ、そうだな。では私が同行しよう。一応黒瀬氏にも連絡は入れておくが、あの人は現在多忙を極めているからな、あまり期待はしないでくれ。……そっちの3人はどうなんだ? 断ると言うのなら他を当たるから早めに決断してくれると助かるのだが……」


「え? 私は受けますよ?」




 何を当然なことを、とばかりに疑問顔で返したのは皆月みなつき すずだ。

 俺より2歳年上であり、俺が通う予定の異能力者養成高校に通っている現役の高校生で、メチャクチャ身軽な忍者の末裔でもある。自称だけど、この事務所に居る人は割とそれを信じている。それくらい紗の動きはおかしい。




「皆月は受けてくれるか。2人はどうだ?」


「アタシも受けるよ。今月カツカツでさー、仕事探してたんだよね」


「お前はまた金を使い切ったのか……? この前、俺と一緒に仕事したよな?」


「あー、うん。でもほらぁ、本って意外と高いんだよねー……冬のアレもあったし」


ともえが買うのは薄いヤツでしょうが。そもそも本のためにアパートを一部屋借りてる時点で色々と間違えまくっているんだにゃあ』


「お前はお前で喋ったと思えばまたそれか。別に腐った奴の趣味なんて放っておけばいいじゃねえか」




 アイがいつになく毒舌で指摘した相手は、相川あいかわ 巴という大学生だ。こいつは脳内が腐敗しているので、あまりお近づきになりたくない存在だったりする。

 アイが言った通りに、相川は薄い本を集めることを使命として日々活動している。ボロいアパートに住んでいるのだが、部屋が本で溢れかえったために隣の部屋まで借りているという、ちょっと……いやかなりおかしい奴でもある。




「なははは……もうこればっかりは性分だからねぇ。何を言われてもやめる気はないよ」


「はいはいガンバレー。俺に関わらないなら存分に応援してやんよ」


「わーい、やったね☆」


「コホン……そういうコントは余所でやってくれ。でだ、最後は一之瀬なんだが……受けるか?」




 見れば杏香さんが呆れた……ん? ちょっと違うな。なんというかこう……拗ねたような、それでいて怒っているような表情をしていた。これは珍しい。照れ笑いは良く見るが、それ以外の表情はレアだ。




「わ、私も受けますっ。受けさせてください!」


「あ、ああ。そうか、分かった。では黒瀬氏にもそう伝えておく。この任務は長くなることが予想されるから、各自帰宅し身辺整理をしっかりとしておくこと。御門、皆月の両名は親御さんにしっかりと事情説明を済ましておけ。集合は明日の朝8時にここだ」


「「「「了解」」」」




 こうして、高校入学前の最後になるだろう任務は幕を開けた。

 まさかこれを受けた所為で鮮烈な高校デビューをすることになるなんて、この時の俺は全く考えてもいなかった。





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