生涯現役
「いやはや無事で何より!ちーとばかし困った事になっての!助けてくれんかのー」
天井に張り付けられながらも朗らかに言い放つオッさんの顔はどっかで見た事があった。
しかもそれはここ最近だった気もする。
「あ、貴方は!」
「知っているのかドロテア!?」
「知ってるも何も逆に知らない方がおかしい!知らない奴は田舎の百姓か赤ん坊、もしくは別の世界の人間くらいなものだ!」
はーい、別の世界の人間でーす。
なんて事おいそれと言えるもんじゃない。
だが俺にはとてもとても便利な魔法の言葉を知っている。
「俺、実は記憶喪失なんだ!」
「そ、そうだったのか……すまない……」
ほらな。
記憶喪失って本当に便利な言葉だと思う。
「そんな事よりミモザ!今なんと言ったのだ!」
「だから……あれ、私のおじいちゃんなの……」
「そーじゃぞー!ワシはミモザのじーちゃんじゃー!ふぉっふぉっふぉっー」
天井からはやけに快活な笑い声が聞こえてくるが、オッさんさっきまでめっちゃ叫んでたよな。
あ、思い出した。
あの人はーー。
「グレイブ・グランシア。生ける伝説とまで言われている豪傑ですね〜」
そうだ、広場で演説をしていたAランカーのオッさんだ。
あの時、ミモザの目が泳いでいたのはそういう理由だったのか。
「その実力はSランカーと言っても差し支え無い程、彼の持つ青嵐槍は決して獲物を逃さず、槍自体に何らかの能力が付与されているとの噂だ」
ドロテアの声に熱がこもる。
あの人、そんなにすげー人だったのか。
天井に張り付いたまま微動だにしてないけど。
「戦闘方法はいたってシンプル。己が肉体をも武器とし、魔法の力に頼る事は一切無い。立ち塞がる敵や障害は全て力でねじ伏せる。それが彼だ」
「そんな事はいーから助けてくれんかのー」
熱を帯びたドロテアとは対照的にグレイブはのほほんとしており危機感が全く感じられない。
「助けろっていったってどうすればいいのよ!」
「なぁ、エスメラルダ。この部屋はなんなんだ?」
「ここはね、変動重力の部屋だよ。重力を強くしたり弱くしたりして身体能力の強化とか、どれぐらいの重力までなら身体が潰れないかっていうのを調べるんだってー」
「へ、へぇー……解除方法ってわかる?」
「んー……」
エスメラルダは腕を組んで少し考える様子を見せて一言。
「わかんない」
ですよねー。
「最初はなんもなかったんじゃー、少しそやつを相手にしていたら突然魔法陣が起動してのぉ。戦ってるうちに魔法陣の一部を破壊してしまったらしくてな、おかげでこの有様というわけなんじゃ」
なるほど、言われてみれば確かに部屋のあちこちが陥没したり爆破された後みたいな状態になってるな。
そして床に描かれた魔法陣の左端、時計でいうと九時と十時の間の紋様が綺麗に抉り取られている。
あれのせいで重力が不安定になっているのかもしれない。
「でもおじいちゃんだったら魔法陣の外に出る事ぐらい造作もないんじゃないの?」
腰に手を当てて斜にかまえるミモザの口調はトゲトゲして、グレイブを助けようとする気配が全く感じられない。
ドロテア達はミモザとグレイブを交互に見てオロオロするばかり。
身内の問題とはいえこのまま放置するのも良くないと俺は思うんだけどな。
「この魔法陣からは出れん!何度も試しているのだが透明な壁に阻まれてしまうのだ!」
青紫色の男が全裸で吠える。
出ちゃいけないモノがブラブラと揺れているがそれはいいのだろうか。
「貴方、魔族ですね?」
青紫の男に答えるようにスコッチが口を開く。
男は仁王立ちの態勢を維持するのが難しくなったのか片膝をついて懸命に顔を上げている。
今彼の体にはどれほどの重力が加算されているのだろうか。
「そうだ……俺こそは魔王様配下四天王の一人……」
「な!なんだってー!!」
まさかこんな所に四天王の一人が現れるなんて……。
「反応早いわ!最後まで言っとらん!」
なんだ、まだかよ。
「四天王の一人、マルゴー様が配下六魔将の配下であり十二信徒が配下の一人スアレス!」
「…………」
片膝を付き雄々しく顔を上げて俺の方を見るスアレスの顔はとてもドヤっていた。
一方俺達はどう反応すればいいのかわからずに、スコッチとスアレスを交互に見比べていた。
だってそうだろう。
凄くドヤってるけど実際結構下のランクの魔族だよな?
「マルゴーですか、知らない子ですね……魔族が遺跡に何の用があるのです?ここに来るには辺鄙すぎる場所だと思いますが?」
「ククク……いいだろう、知った所で貴様ら人間共にはどうにも出来まい」
「勿体ぶらずにさっさと言ってくれませんか?まさか宝探しとか言いませんよね?」
「なっ……!!」
え、どうしてそこで驚くんだスアレス。
「え……本当に宝探しですか……?」
スアレスの分かりやす過ぎる反応に、スコッチは眉を寄せて睨みつけた。
「よくぞ見抜いた。そうよ!我が狙いはこの遺跡に眠る魔族にとって非常に価値のある宝だ!ハーッハッハッ!」
「どこが可笑しいんですかね〜」
「さ、さぁ〜……」
ミランジェとリオラが怪訝な顔をしていると、スアレスがペラペラと饒舌に語り出した。
「聞きたいか?聞いて絶望に沈め!この遺跡にはな、二千年前に討伐された魔獣の魂の欠片が安置されているのだ!どうだ?!恐ろしいだろう!さぁ魂の底から震えあがり恐怖に彩られた顔を見せて……み……ろ……??む?どうした?何だその顔は」
「だって……ねぇ??」
「あぁそうだな」
多分スアレス的には、人間にとって物凄く恐ろしい事だと信じているようだが、正直非現実過ぎて「こいつ何言ってんの?」レベルだ。
なにしろ二千年も昔の話だ、太古と言っても過言じゃない。
俺が知らないだけなのかもしれないが、ミモザやドロテア達こちらの世界の人間でさえ「は?」みたいな顔をしている。
もし仮に魔獣が実在したとしても二千年前じゃ文献すら残って無いんじゃなかろうか。
「クク……クックック……」
「おい、スコッチどうした」
「フ……あらかた恐怖で気が触れてしまったのだろう!魔獣とはそれ程の存在なのだ!」
「アハハハハハ!」
「なっ……何がおかしい!」
「魔獣の魂?!本気で言ってるんですか?!そんなモノが人間如きの研究所にあるわけ無いじゃありませんか!魔獣も二千年前の戦争も魔族に伝わるお伽話ですよ?!今の四天王はそんな話を鵜呑みにしているんですか?!馬鹿ですか?頭に蛆虫でも湧いてるんじゃないですか?それ魔王知ってるんですか?だとしたら魔王も大概ですね!あーお腹痛い……」
「き、キサマ……マルゴー様ばかりか魔王様まで侮辱するかっ……!」
スアレスの青紫の顔がどんどん赤く染まってゆく。
スコッチは腹を抱えて大笑いしているが、じわじわと溢れる殺気は隠しきれていない。
ひーひー言いながらもその目は笑っておらず、その視線はぴったりとスアレスを捕らえていた。
「侮辱?今の魔王も四天王も知りませんから……つい正直に言ってしまいました。まぁでも今の貴方には関係ありませんよね」
「どういう……」
その瞬間、スアレスのいる場所に無数の炎弾と土槍が降り注ぎ、スアレスの言葉は途中で遮られてしまった。
「こういう事です」
「おまっ!いきなり何を!」
「相手は魔族です。余程の事が無い限り魔大陸から出張る事はありません、それがここにいるという事自体良い事とは言えないのです。それに……」
「それに……?」
スコッチはもうもうと舞う土煙を睨みつけ、面倒くさそうにため息を吐いた。
「しぶといのが魔族の取り柄でもありますから。先制してある程度ダメージを与えておこうかと思いまして」
「き、貴様……人の話は最後まで聞くものだぞ……」
土煙が晴れてゆき、片腕が吹き飛び、体の至る所に裂傷を負ったスアレスの姿が浮かび上がる。
忌々しそうにスコッチを睨む眼光は鋭く、今にも襲いかかって来そうな気配だった。
「ふぅ、助かったわい。礼を言うぞ、獣人よ」
だがその背後から、青龍刀に長い持ち手を付けたような槍の刃がスアレスの首にピタリと当てられる。
「チッ……」
「こやつには少々用がある。ミモザ達は先に行け」
スコッチの放った魔法は、重力を発生させていた魔法陣の半分を破壊しており、既にその機能を停止していた。
「わかったわ……。おじいちゃんがやられるとは思わないけど、気をつけてね」
「うむ!じーちゃんに任せんしゃい!ぬはははは!」
「ほら、みんなボーッとしてないで行くよ」
「大丈夫なのですか?相手は雑魚と言えど魔族です、ミモザ様のお爺様を疑うわけでは有りませんが……」
「大丈夫よ」
「かしこまりました。ではグレイブ様、後始末を宜しくお願い致します」
「ぬははは!礼儀正しい獣人じゃの!任されい!」
快活に笑うグレイブを部屋に残し、後手に扉を閉める。
それと同時に部屋の中から地響きを伴った轟音が鳴り響いたのだった。
***
「なぁなぁスコッチよぅ、魔獣って本当にいたのか?
」
「唐突ですね。そんな事よりミモザ様のお爺様を気にかけた方が宜しいのでは?」
「んー……って言ってもなぁ。今あいつ忙しそうだし……」
転がっていた小石を蹴りつつ、前を歩くミモザへ視線を移す。
「どうしてグレイブ氏の孫だと隠していたんだ!」
「そうですよぉ〜。身内なら身内って言ってくれればいいのに〜」
「やっぱりアレかい?グレイブさんは夜も豪傑なのかい?!」
「……恐るべきは彼の血をその身に受け継いでいるという事実……抗えるものでもあるまい」
「もぉ!みんなして!聞かれなかったし自分から言う程の事でも無いと思ってたし変な目で見られるのも嫌だったのよ!ってゆうか夜の豪傑ってなによ!知らないわよ!」
と、伝説的なハンターであるらしいグレイブ氏の孫娘であるミモザは、天馬のメンバー達から雪崩のような質問責めを受けていた。
そんなミモザの表情には憂いや心配などの色は見受けられず、次々と繰り出される質問を千切っては投げ千切っては投げていた。
多分、こういう展開が過去に何度かあったが為に打ち明けなかった、というのもあるんだろうな。
質問に返す答えもテンプレかのように淡々と、かつ所々に感情を含みつつあしらう様は、沢山の場を踏み倒してきたベテランの貫禄を纏っていた。
「そのようですね……。敵の気配もありませんし、今ではエスメラルダ様という案内人もいらっしゃいます。ここで多少昔話をした所で危険に陥る事は無いでしょう」
「昔話?魔獣と関係あんのか?」
「はい。これから話す昔話と魔獣は切っても切り離せない関係ですので……少し長くなりますが宜しいですか?」
「あぁ、教えてくれ」
「では……事の始まりは二千百年ほど昔に遡ります……」