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キメラ勇者の異世界冒険譚  作者: 桑島 龍太郎
第2章  今日から俺は
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霊峰

「うそやろ……いつ、いつそんなフラグあったよ……せやけどクドウ……やけに胸のあたりが膨らんどるなぁエライ胸筋やなぁって思てん。だって俺って言うてますやん……僕っ娘てカテゴリー飛び出してますやん……我に俺って……それが女って……どんな……」


 顔全体を黒い布ですっぽりと覆われた男が壁際で呪詛のように小さく呟いている。

 男の壁には数本の亀裂が走っており、結構な勢いで男が壁に叩きつけられたのだと連想させる。

 その男はそう、俺だ。

 

「ねぇねぇ。変な所当たったのかなぁ、リュートがよく分からない事ぶつぶつ言ってるよー?」


「放っておきなさいベリーニ。彼は自分の世界に逃げているだけよ」


「ドロテアが脱いだ瞬間にノーモーションで顔を打ち抜いておいてよく言うよねー。拳ならともかく、その大剣の横っ腹だもんねー」


 ベリーニが茶化すような呆れたような言い方で詰めているのはそう、俺をフルスイングで吹き飛ばしてくれたヤツ。

 そう、ミモザだ。


「うぐ……い、いいのよ! 仕方なかったのよ! 両手が丁度剣の柄を握ってたんだもの! 不可抗力よ!」


「物は言い様ですぅ~」


「ミラも追い討ちしないで!」


「いやあ凄いもん見れたよ。リュートの身体が独楽みたいに回って壁と激突だもんねぇ、いやはや愛情は時に牙を剥くんだねぇ恐ろしや恐ろしや」


「んもう! リオラまで! わたっ私は、ドロテアが裸見られたら恥ずかしいだろうなって思って……っていうか愛情って何のことよっ!」


「恥ずかしい? 俺は裸体を見られる事に抵抗は無いぞ? ただ大胸筋の張りが違うだけじゃないか」


「フ……ドロテアに羞恥と言う女性の感性は通じぬ。生半可な事ではドロテアの顔を紅に染める事は不可能」


「あ……そうなんですか……大胸筋て……」


「私にはミモザ様がご主人様を殴り飛ばすほど過敏になられる理由が感じられなかったのですが」


「そ、それは……そのう……あの……えっと……」


 いいぞみんなもっとやれ。

 俺が装備している防具であるジャイアントキリングには重大な欠点がある。

 それは、俺が戦闘状態にない――つまり気を張り詰めている時以外ではある程度の防御機能しか働かない事だった。

 ある程度と言ってもそれなりに防御機能はあるが衝撃を完全に殺す事は出来ないらしく、不意打ちなんてされた場合、今みたいに吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

 しかし、よりによって俺が渡した大剣でひっぱたくなんて信じられない。

 殴られた衝撃と壁に激突した衝撃のおかげで脳がシェイクされて、ズキズキと頭が痛む。

 いつの間にかぶせたのか知らないが、黒い布で覆われた視界には無数の星がチカチカと瞬いている。


 でもいいさ。

 俺の脳裏には暴力的な霊峰の頂から麓までばっちり焼き付けてある。

 眼福というやつだな。

 目の保養とも。

 

 あんな霊峰には滅多にお目にかかれないはずだ、だからこその霊峰なんだ。

 だから霊峰よ頼む、俺の視界を妨げているこの邪悪な布をその聖なる力で吹き飛ばしてくれたまへ。


「ほらほらぁ。早くドロテアも服着てください~」


「む。すまない」


 あぁ!

 早くしないとサンクチュアリが! マチュピチュが!


「ふぉおおおおおお!」


「っ! リュートは黙ってなさい!」


「ふべっ!」


 俺が魂の叫びをあげると同時に、先程よりも強めの衝撃とミモザの怒号が聞こえ、そこで俺の意識は途切れたのだった。



 ***


「よし。これから探索を再開する、準備に抜かりが無いかもう一度確認してくれっ!」


「なんかぁ、リュートさん無理してる感じパナイですぅ」


「気落ちするな、そんなに俺の大胸筋が気に入ったのならまたの機会に見せてやるさ! 元気を出せ!」


「「「見せちゃ駄目! 」」」


「そ、そうか……駄目らしいぞ! だが気にする必要は無い。きちんと鍛えていけば大胸筋は必ず立派になる!」


「あぁ……はい、お気遣いありがとうね!」


 意識を取り戻した時には既に視界を覆う布は取り払われており、霊峰の姿も消え去ってしまっていた。

 俺は大きな喪失感と虚脱感に苛まれながらも心を奮い立たせ、暇そうにしているメンバーに投げかけた言葉のお返しがこれだ。

 メンバーの心遣いに感謝しながら俺はナップザックを肩に掛け、先へ続く扉の取っ手をゆっくり回すと錆付いた蝶番がギシギシと鳴り、朽ちかけた扉がゆっくりと開いていった。


 そこからしばらくは特に苦も無く順調に進んで行った。

 魔物との戦闘も多少はあったが戦いを重ねるごとに連携も洗練されてゆき、今では出会い頭に魔物を殲滅するレベルまで引き上げられている。

 

 危惧していたあの寄生苔にも遭遇する事は無く、現れる魔物は三つの頭部を持つサンドワームや、強固な外骨格を持った巨大なサソリのようなデスパレードといった具合の砂漠に生息するメジャーな種類ばかりだった。

 だが不可解な事に、ここまでの道中ハンター達の白骨や死体、遺留品という物を何一つとして見る事が無かったのだ。

 仮に死体が魔物に食い荒らされたとしてもその一部や衣類、装備品まで欠片も見付から無いのはどういう事なのだろう。

 俺達捜索隊が来る前に何十人ものハンター達がこの遺跡に潜っているはずなのだ。

 

「変……だな……」


「そうね、変態ね」


「一言も言ってないよね!?」


「ふん。何よ、デレデレ鼻の下伸ばしちゃってさ」


「ミモザもいい加減にしなよ。遊んでる場所じゃないんだよ? リュートが変だっていうのもアンタだって分かってるはずさ」


「うぅ……そうね、おかしいわね」


「その言い方だと俺自身が変だって聞こえるんですけど?!」

 

 語弊を招く言い方をしたリオラが指摘するように、俺が感じていた異質な点に他のメンバーも気づいているようだった。

 

「ドロップ――倒れたハンター達の遺留品が無いのはまぁ分かる。俺達の他にも何十人てハンターが先行しているはずだから、そいつらが持ち去った可能性も否定出来ない。だが……骨や死体が無いのはおかしい……人間にしても魔物にしても、な」


 剣に付いた魔物の体液を拭いつつ、両断されたデスパレードを見つめながらドロテアが呟いた。

 現に、俺達が倒してきた魔物達は、息絶えた状態のままきちんとその場に残っていた。

 金になりそうな素材を剥ぎ取った後もそれはしかり。


「まぁいーんじゃないの? ここでむにゃむにゃ問答しても分からないんだしさー、もしかしたらここで何か分かるかもよ?」


 ベリーニがため息混じりにゴンゴン、とダガーの柄で金属製の扉を叩く。

 そこには今の戦闘の影響で壁の一部が崩れ落ち、黒塗りの扉が現れていたのだった。

 

「隠し扉……?」


「いえ、そうでも無いみたいですよ。フッ!」


 スコッチが軽く息を吐き、現れた扉の反対側の壁を裏拳の要領で殴りつけると、ズシンという重低音の後スコッチの拳を基点に幾筋もの亀裂が入っていく。

 再び同じ位置に拳を振り下ろすと、その亀裂がみるみる広がりささやかな振動を伴って壁がガラガラと崩れ落ちていった。



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