扉の先
「やれやれ……どうやら追ってくる様子は無いみたいだな……」
「そう、ね……」
「でもぉ……」
「よかった、シュートが無事で本当によかった」
「封じられし我が半身に取り込まれる夢を見ていたが……どうやら似たような状況だったようだな」
「封じられし半身がどうなったのか気になる所ですが、オルなんとかのお2人はご丁寧に通路も塞いでくれたようなのであの魔物達が来る事は無いでしょう、多分きっと」
殿を勤めていたスコッチが、背後の崩落した通路を横目で見ながらため息を吐いた。
あの2人の事だ、そう易々と死ぬ事は無いだろう、というよりゴキブリみたいにしぶとそうってだけなのだが。
意識を取り戻してから厨二臭い事ばかり言い始めたシュート(男)改めシュート(女)をちらりと横目で見る。
今はドロテアが持っていた予備のコートを羽織っているだけでその下は裸体である。
コートの裾から覗く白いふくらはぎはよく引き締まっており脚線美というのがぴたりと当てはまるラインを象っている。
「ちょっと。何をジロジロ見てんのよいやらしい」
「ちっ違う! 俺はただ無事で良かったなって」
その様子を見ていたミモザが唐突に俺の前に出てケチを付け出す。
「はーいはい! 夫婦喧嘩は他所でしてね~」
「「誰が夫婦だ!」よ!」
ベリーニが呆れたように冷やかしてくるが、そんな事をしている場合では無い。
問題はここからどう進むかだ。
今居る部屋は恐らく闘技場の控え室だと思われる。
四角く切り出された石で作られた簡素な部屋で、角には蜘蛛の巣もかかっている。
当時は様々な人種が座ったのだろう長椅子は朽ち果て、触るとボロボロと砂のように崩れてしまう。
そして目の前には格子窓の付いた鋼鉄製の頑強な扉。
進むにはこの扉を開けて行くしかないのだが……。
「少し休みませんかぁ……お腹空きましたぁ」
ミランジェの言う通りここまで一切の休憩を取らずに来たせいで、皆一様に疲労の色が濃く出ており個人的にも空腹には賛成だ。
ダメリオとダルイージがいない今、調和を乱すヤツもいない。
それに皆に悲しみの色が一欠けらも見えない。
身体を張って俺達を逃がしてくれたのに……なんて不憫なヤツラなんだ。
「じゃあちょっと休憩にしようか」
「「「「さんせーい」」」」
閉鎖的な空間ではあるが大きさも丁度いい広さだし、外敵の心配もする必要が無いし不備は無いよな。
皆、手持ちの荷物を思い思いの場所に置き、ブランケットやら手入れ道具やらを取り出してくつろぎ始める。
天井にはめ込まれた水晶球にはオレンジ色の光が灯っており、明かりとしては申し分無い光量だ。
その中で誰かが火の魔法を床に生成し、肌寒い空気がじんわりと温まってゆく。
携帯食料を齧りながら、無言で火を眺めているとスコッチがやおらと口を開く。
「そういえばあの2人……」
「オルトロスの事か」
「えぇ」
難しい顔をしながら火を見つめるスコッチが少しの間を置いて言った。
「あのお2人があそこに残る必要性、全くと言っていいほどありませんでしたよね」
その言葉に無言で火を眺めていたメンバー達の顔がピクリと反応する。
「そ、そうかな?」
引き攣った表情でベリーニが声を搾り出した。
「はい。変なテンションで流されてしまいましたけれど、最後私とご主人様で敵を一時的に屠った際、全員で強引に抜けられたはずです」
「でもほら。最終的にはあの2人がいなかったら追いつかれてたし……」
「そうでしょうか……」
ベリーニが言う事もまんざら嘘や言い訳では無い。
事実、俺達は扉にたどり着く直前に左右から攻撃を受けていたのだ。
縦に伸びた俺達のサイドは無防備とも言える状態で、俺のカーディフも全て展開させていたが、左右同時にでは3箇所ずつしか防ぐ事は出来ない。
ボコボコと沸く魔物達の攻撃は10メートル進む事も苦痛に感じるほどの猛攻であり、1秒1秒がとても長く感じた。
シュートを背負ったドロテアは戦力外だったし、リオラはシュートとドロテアを含む3人を囲む守護防壁を展開するので精一杯、最高戦力のスコッチは最後尾で押し寄せる敵に対応していた。
となると必然的に戦力は俺とミモザとベリーニとミランジェの4人だけ、加速度的に増えてゆく敵に対応するには無理があった。
もうすぐで扉にたどり着く、といった所でシュートを背負っていたドロテアが倒れた敵に躓いた。
その隙を敵が見逃すわけも無く波のような攻撃がリオラの守護防壁に集中したのだ。
引き返すにも俺達は防戦で手一杯、すぐに走り出した3人との間に出来た隙間に敵が割り込んで俺達は分断された。
どうしようも無くなった瞬間に、ダメリオが流星と見紛う速度で突撃してきたのだ。
【超星爆発】、鈍き迅雷のオルトロスの2人は確かそんな技を発動していた。
全身を白銀に光り輝かせて敵の中を翔る抜ける2人はまさに暗雲に迸る迅雷のようだった。
見ようによっては帽子を被った配管工の繰り出すスーパー〇ターに見えなくも無いが。
ともあれ、その2人の激しい攻撃のおかげで俺達は合流し、無事に扉を抜ける事が出来たのだ。
だが、最後の最後で彼等は魔物を通さないよう通路を塞ぐように立ちはだかり――俺達がある程度距離を稼いだのを確認した後、通路を見事に崩落させたのだった。
崩落させるのは彼等がこちら側に移動してからでも遅くは無かったように思える。
全方位から降り注ぐ猛攻も、通路に入ってしまえば前からの攻撃だけに集中出来る。
そこを考えるとスコッチの言い分は分かる。
だが彼等が何故そうしなかったのかは最早知る由もない。
「済んじまった事を言っても仕方ないよ。あの2人の尊い犠牲に感謝しようじゃないのさ、黙祷でも捧げるかい?」
携帯食糧をパクつきながらリオラが口を尖らせて不満げに言う。
デザートサンドの路地裏で襲われそうになったあの2人に窮地を救われた事が不満なのだろう。
彼女の刺々しい言い方がそれを物語っている。
「いや、まだ2人が死んだとは限らない。黙祷なんてする必要無いさ」
「そうかい。アタシは死んじまったと思うけどね」
どうやら本当にリオラはあの2人が嫌いらしい。
まぁ無理やり関係を迫られ暴力まで振るわれたのだ、好意を持てと言う方が無理な話か。
皆どこか思う所があるのだろうか、結局それっきり誰も口を開く事は無く、沈黙の時間だけがただ過ぎていった。
「ねえリュート」
「ん? 何だ?」
俺が渡した大剣ダークプロミネンスの刀身を火に照らし、刀身の照り返すその輝きをじっと見つめていたミモザが呟いた。
「闘技場にいた魔物って人間に寄生してたのよね」
「ああ」
「それって……私達の前に入っていった人達なのかな」
「どうだろうな。もしかしたら過去に訪れた人かもしれない」
「でも、結局は人だったんだよね」
「まぁ……そうなるな」
「これって人殺しになるのかな」
「ならない、と思う」
「でもでも、シュートを助けられたって事はまだ生きてた人もいたかもしれないんだよ? それを私達は沢山斬った。もしかしたら寄生されていてもまだ生きていた人達を斬ったかもしれないんだよ?」
「……そう……だな……」
こんな時どう声をかけてあげればいいのだろう。
その事を考えなかったわけじゃない、むしろ考えないようにしていた節さえある。
けどあの状況で他の生存者を探す事は不可能だったのだ。
無数に襲い来る攻撃の嵐の中、見ず知らずの他人の為に命を捨てられるほど出来た人間じゃあ無い。
「何甘っちょろい事言ってるんだい。あの状況で他の生存者がいたかも知れない? 救えなかったから人殺し? 馬鹿な事言うんじゃないよ」
「っ!」
普段の飄々とした口調からは想像もつかないほどの冷たい、暗い口調で吐き捨てるようにリオラが言い放つ。
「たまたまシュートを助けられたからそういう考えになるのは仕方ないと思うさ、けど他の人間達の事まで考える余裕なんて無かったじゃないのさ。戦場で他人の生き死にを考えていられるかい? そうやってウジウジ出来るのも生き残ってるから出来るんだ。生きてるかも知れない人達を斬った? いいじゃないのさ、ヤツラは寄生され自我を無くしてアタシ達に襲いかかった、その時点でもう敵なのさ」
「で……でも……」
リオラに射抜くような眼光で見つめられ、思わず視線を外しミモザは肩を抱きながら震える声を搾り出した。
「でも、もクーデターも無いよ。いつまで甘い考えでいるつもりだい? アンタもハンターなら強い者が生き残り弱い者は淘汰されるって事くらい分かっているはずだろう。シュートには助けられる力を持った私達が居た、他のヤツラには居なかった、ただそれだけなのさ。いいかい? 覚えときなよ。命なんて平等じゃないのさ、他人と仲間、他人と自分、その命を天秤にかける事すらおかしいんだ。一番大事なのは自分の命、次に仲間、それ以外は知ったこっちゃ無い。命は平等ですなんて世間知らずの偽善者の言う事さ。……もし仮に、この先アンタがどうにかなっちまってアタシ達の敵になった時は容赦無く――殺すよ、何が何でもね」
「…………」
「よせリオラ。言い過ぎだ」
殺意の込もった眼差しをやめる事無く淡々と続けるリオラの言葉はとても残酷で非情だった。
ヒーラーであるリオラが重剣士であるミモザを殺すなど無理な話なのだろうが、今の彼女からはそれを確実にやりきる覚悟がはっきりと見て取れた。
非情な言い方ではあるが、彼女の言っている事は正論なのだろうと思う。
実際、前の世界でも他国で何か事件があったり国内の遠く離れた場所で起きた凄惨な事故や事件などがテレビで流れていても、特に何も思わない、「ひどいなぁ」ぐらいで終わるだけ。
だが俺の両親、友達であるアイザックや恵美里が巻き込まれたらどうだろう。
俺自身が巻き込まれたら?
決まっている。
助けられるなら両親、友達を助けたい。
それが無いなら自分自身を最優先する。
人間とはそういう生物だ。
他は、諦めるしか――無い。
人は全てを助けられるスーパーヒーローでは無いのだ。
だからこそ人はそういった人物像に憧れ、創作物が世に溢れる。
世は無情にして残酷なりき……か。
誰の言葉だったか……。
「けど、アンタがアタシの仲間で居る限りアタシはアンタを助けるよ。アタシの力の限り、出来る事全てを出し切ってね」
「う……はい……」
膝を抱え小さくなっていたミモザに、先程とは一変して穏やかな笑顔を浮かべたリオラが優しく語りかけるように続けた。
「話の腰を折ってすまないんだが……」
2人のやり取りを黙って見ていたドロテアが申し訳なさそうに手をあげる。
「どうしたんだ?」
「服がボロボロでな。着替えてもいいか?」
「なんだそんな事か。どうぞどうぞ」
「すまないな」
既に防具を外していたドロテアは、話しながら立ち上がりその下に着ていた服の裾に手をかける。
「「あっ」」
それを見たリオラとミランジェが慌てて立ち上がろうとするが、それよりも一瞬早くドロテアが服を脱ぎ去り、鍛え上げられた上半身があらわに……鍛え上げられて……え?
「あちゃ~……」
目の前の光景に呆然とする俺。
ミランジェが額をペチンと叩く軽い音が聞こえた。
俺の目の前には上半身をさらけ出し、事も無げに身体を拭くドロテアの姿がある。
厳しく鍛え上げたのだろう褐色の肉体には無駄な肉が存在せず、逆三角形の肩にお腹も見事なシックスパック。
惚れ惚れするような肉体美がそこにはある。
だが俺の視線はそんな所よりも見事に鍛え上げられていない大胸筋へと釘付けになっていた。
胸にそびえるのは暴力的なまでに膨らんだ2つの山、ドロテアが身体を動かすたびに柔らかくぷるるんと揺れている。
「うそやろ……」
慣れない関西弁で慎ましく突っ込みを入れた直後、俺の頬に強烈な衝撃が走り、視界が黒く染められた。
そう、大剣を背負い、シュートとそういう関係かもしれない重剣士ドロテアは、鍛え上げられた肉体と豊満な果実を併せ持つ――――女性だったのだ。




