超星爆発
研究所が王宮の地下に移動してはや4ヶ月が経過し、研究成果も程好く結果をあげてきている。
強制的に突然変異を引き起こさせる薬。
身体能力を劇的に飛躍させる薬。
髪の毛を生やす薬……これはどうでもいいか。
人間の良心を消し、凶暴性、残虐性、破壊衝動等を増幅させる薬、等々が完成した。
だが私の求める物は一向に完成する兆しが無い。
上記の薬はただの副産物に過ぎないのだが、王はそれでも目の色を変えて喜んでくれている。
私の求める物――不老不死。
不老不死とは何か、そんな事は至って単純だ。
この世の生けとし生ける者が総じて持っている力、即ち回復能力であり再生能力の上位交換という事だ。
俗に言う老化現象と呼ばれるのは、体を構成する細胞が長い時をかけて衰弱してゆく為に起こる現象である。
不老とは神がかった再生能力で死にかけた、もしくは死んでしまった細胞を瞬時に復元し、何らかの理由で身体のある部位が失われたとしても残った細胞を元にそれを再生してゆく現象だと私は理解している。
ただその上位交換というのが神がかったレベルなのが問題なのだが。
不老不死の根幹である驚異的な再生能力、要はこれを人為的に生み出す事が出来ればいい。
不老では無いがこの世に“それ”を人為的に生む事が出来る術は存在する、すなわち法術であり治癒魔法の存在である。
魔力を媒体とし、傷ついた肉体を瞬く間に再生する魔法。
流石に欠損した部位の再生や死を覆すような現象を起こす事は不可能だが、私はコレが不老不死のヒントになるのではないかと考えているのだ。
空気の一部である魔力を流動的に取り込み、治癒魔法のような現象を細胞が自発的に起こす事が出来れば……。
いかんいかん、つい熱が入ってしまった。
そろそろ次の実験に移るとしよう。
いつまでも被験体を待たせるわけにはいかないからな。
早く実験して欲しくてたまらないのかいつまでもキャンキャンと良く鳴く女だ。
確かどこぞの没落貴族の令嬢だったか?
不正に不正を繰り返した挙句、2つの敵国に我が国の情報を流し、尚且つ敵国の情報を我が国に流す3重スパイを行い、莫大な金を懐に入れていたとか言う欲をかき過ぎた愚かな貴族だ。
国を3つも相手取り、隠し通す事が出来ると思っていたのだろうか?
まぁそんな事はどうでもいい。
それが国に割れ、没落したおかげで活きのいい人間が私の所に被験体として流れて来たのだからな。
では、研究に戻るとしよう。
――――――朽ちた手記より。
***
「ぬぉおおおお!! “バーニングラッシュ”ぅぅぅ!!」
力有る言葉のトリガーを引き、俺の周囲に無数の炎弾を出現させ、間髪入れずに目標である苔で構成された狼型の魔物の集団へ叩き込む。
無数の炎弾は着弾と同時に小規模の爆発を繰り返しながら魔物の体表を焼いてゆく。
猫とも狼とも取れる奇妙な叫び声を上げて身を焦がされてゆく魔物、着弾した箇所から炎の余韻である灰色の煙をちろちろと燻らせ、体表は黒く炭化している。
だが魔物は驚異的な再生能力で焦げた所を瞬時に苔で覆い、見る間に再生していってしまう。
俺達がスコッチ組に参戦してから数十分、敵の数は体長4メートルを超える猪型の魔物が2体、体長2メートルほどの狼型が4体、腕が左右3本ずつ生えた半人半馬型が1体となっている。
半人半馬}(ケンタウロス)型は俺達が参戦してすぐ、いつの間にか現れて背後から弓で強襲してきたのだ。
6本の腕で操る弓の連射速度も厄介だが問題は一度に放たれる矢の数だ。
なんせケンタウロス型は一度に10本の矢を、それも3つの弓から僅かな時間差を空けて高速で打ち出してくるのだから堪ったもんじゃない。
腕に嵌めていた6連輪盾は俺の前に1つだけ展開し、残りは他のメンバーの方へと移動させている。
万が一の事を考えて後方で待機しているシュートとドロテアの所にも1つ設置してあるので残りは4つ。
ミランジェ、ミモザ、リオラ、ベリーニの4人だ。
鈍き迅雷のオルトロスの2人、ダメリオとダルイージには残念だがその力をあてがう事が出来なかった。
苦渋の末、涙を呑んで下した決断だった
すまない、骨は気が向いたら拾ってやる。
スコッチ?
知らない子ですね。
それは向こうで残像を残しながら剣で魔物を細切れにしている子ですか。
「ご主人様、ここにいては数で押しつぶされてしまいますが如何なさいますか? もうそろそろ他の方々も限界が近いようです」
「うぅわっ!! いきなり現れるな! びっくりすんだろ!」
「と言われましても……」
つい今しがたあっちで苔のミンチ作ってたやつがひょっこり顔を出したらびっくりすんだろ、フツーはさ。
頭の上に疑問符出して頬掻いてんじゃないっつの。
「むぅ……」とか言いながら首を傾げても可愛く……無いとも言い切れないのがなんかむかつく!
「で、どうなさいますか?」
「どうって言っても……」
確かにスコッチの言い分には理がある。
どうやらこの闘技場全体が苔の棲家らしく、無数に転がっていた苔に覆われた物体も気付けば殆どこちらに近づいており、それが一定の距離まで近寄ると複数が融合して魔物の姿を象るようだ。
あ、また増えた。
今度は……あれはリザードマン型か?
体長は2メートル弱……顔は長いし尻尾もある、生意気にも盾と剣を装備と来たか。
こいつら、取り込んだ人間の武器も使うようだな。
リザードマン型が4体追加とか大盤振る舞いもいい所だぜ。
驚異的な再生能力を誇る大型の魔物が11体とかどんな無理ゲーだよ。
「うん、無理。逃げよう」
ケンタウロス型が放つマシンガン並みの速度の弓矢をカーディフで防ぎながら即断する。
逃走経路が問題になってくるのだがそこは大丈夫、戦闘の合間ここからだいぶ離れた壁に鉄格子の嵌った半円状のゲートらしき物を見つけていたからだ。
だが、遠い。
その距離約300メートルという所なのだが……。
乱戦になり、てんでバラバラに動きまくっているせいでこうしている間にも、ゲートへ向かう進路上の苔達がうぞうぞと融合を始めており、敵が増えてゆく。
あ、また増えたよ……。
唸りをあげて振り下ろされるリザードマンの剣をヴィラで受け止め、刃を滑らせつつその首を撥ねる。
血飛沫も何も上げずにポーンと斬り飛ばされる首、首が無くとも動きを止めない苔で覆われた身体。
俺を囲むように位置取った他のリザードマン型が間断無く斬撃や盾による打撃を繰り出してくるが、そのスピードは避けられない速さでは無い。
1つ1つを紙一重で避け、腕やら足やら胴体やらを手当たり次第にぶった切る。
大した強さじゃないのがせめてもの救いであり、この数にして他のメンバーが耐えていられている要因でもある。
こいつら1体1体が尋常じゃない強さだったら俺達は既に詰んでおり、皆仲良く苔の中となっているだろう。
メンバー中最強の座であるスコッチにしてもこの苔とは相性が悪いようで、渋い顔をしながら苔をミンチにしている。
「スコッチ、皆に伝達だ。目標はあの格子の嵌ったゲートだ、あそこまで急いで向かえ、だが背後を取られないように近いやつ同士固まれ」
「かしこまりました、ご主人様」
この戦闘の時間と体力と魔力だけが不毛に削られてゆき、反比例的に敵が増えてゆく事態はかなり分が悪く、逃げなければ全滅もありうる。
迫り来るリザードマン型4体の足と胴を切り離し、切り離した胴を思い切り蹴り飛ばし、弓の連射速度がおかしいケンタウロス型には爆炎魔法と氷結魔法のコラボレーションをお見舞いして、身体を爆散させておいた。
まぁ、どうせしばらくしたら再生するんでしょうけどね。
「つぇい! 邪魔なんだよ! “アイシクルエッジ”!」
力有る言葉のトリガーを引くと、地面が唸りをあげて隆起し、槍のように先端を尖らせた数十本規模の円錐状の氷が地面を突き破り道を塞ぐ魔物達を串刺しにして動きを止める。
ゲートまでの進路上にいる串刺しにされた魔物達だけを斬り飛ばして退路を確保する。
「お、おまたせ! 皆いるわよ!」
息を切らしながら駆けてくるミモザを先頭に、スコッチが殿を担当し背後の敵を迎撃しながら向かってくる。
ゲートまではあと50メートルといった所か。
あの先がどこに繋がっているのかは知らないが、この現状より悲惨な結末にならない事を祈るばかりだ。
「うっわ……あれ何ー……嫌な感じしかしないよー」
ミモザの少し後ろを走っていたベリーニが疲労困憊といった面持ちで、ため息混じりに前方のゲート付近を見つめている。
「パワーで俺達をやれないと思い数で来やがったか。こすい真似するじゃねぇか、なぁ兄弟」
「もっともだぜ兄貴! こずるい? こすい? 真似だぜぇ、ひっひ」
その後ろにいたオルトロスの2人が不敵な顔をして小馬鹿にしているがその表情は明るくない。
その視線に釣られ退路を確保したばかりの方向へ目をやると、そこには小さく分裂を繰り返し、ここは通さん、と言わんばかりの魔物達が犇いていた。
ざっと数えてその数50体、そして背後からは再生を終えた先程相手をしていた魔物達。
まさに前門の虎後門の狼という状態だ。
「くそ……こんな所で……」
この闘技場一帯を焦土にする事が可能な大魔法でも唱えない限り、この状況を突破するのは至難の業だろう。
当然の如く俺にはそんな大それた魔法など扱えるわけも無く、期待を込めて背後のメンバーの顔を伺うがみな一様に青い顔をして歯を食いしばっているだけだ。
ただ2人を除いて。
「おうおうおう! どうしたどうした! あんだ? ビビッてんのかぁ? これだからクソガキ共のお守りは嫌なんだよ」
「ひっひ! だが兄貴、ここいらで俺達の本気を見せ付けて俺達の威光に震え上がらせてやろうぜぇ!」
「そうだなそうだなぁ! てめぇもたまにはいい事言うじゃねぇか! ギャハハハ!」
何だ? 2人のこの異様な自信は……。
相変わらず暗い顔をしているが、その瞳は輝きを失っておらず、むしろ野獣のように鋭く光っている。
ダメダメの2人にしか見えない鈍き迅雷のオルトロスに何か策があるのだろうか、もしくはここまで来て自分の実力を測りきれない大馬鹿なのかのどちらかだ。
「な、何か策があるのか?」
一応駄目元で聞いてみるが周りのメンバーは不快だったらしく、一斉にオルトロスの2人を睨み付けている。
こうしている間にも敵の群れはゆっくりとこちらに近付いており、こちらの恐怖心を煽っているようにも見えた。
「俺達がこいつらを掃除してやるから」
「てめぇらはさっさと先に行けって事だぜ!」
「なっ馬鹿か! 2人でどうにかなる問題じゃないだろ!」
「うーるせぇクゾガキが。黙って言う通りにしやがれ!」
「んなっ……」
「何よ! リュートはあんた達の心配してくれてんのよ!? いい加減にしなさいよ!」
「ジャリンコはすっこんでろ! ひっひ! 大人の力ってのがあるのさぁ」
売り言葉に買い言葉でオルトロスとミモザの口論はヒートアップしていくがどうも続きはお預けのようだ。
背後、側面から足止めしていた魔物達がゆっくりと輪を縮めるようにして距離を詰めてきているのだった。
「おいリュート。てめぇと獣人のねーちゃんで最大級の攻撃魔法をぶっ飛ばせ、そうさなぁ……出来れば動きを止める氷か土系でだ。それがお前らが尻尾巻いて逃げ出す合図だな」
「あ、あんた俺の名前を」
「ケッ! さんざたこ殴りにされた相手だ。覚えねぇのが変な話だ。いいな? 走ったら振り向くんじゃねぇ、死に物狂いで逃げ切れ」
「わ、わかった……」
ダメリオは似合わないニヒルな笑顔を浮かべ、俺の肩をポンポンと2度叩き最後に背中を強く張られた。
気合を入れろという事だろうか。
そうは言われても未だに納得できていない部分もあるが、これ以上問答をしている猶予も無い。
一か八かで賭けてみるしかない。
「みんな聞いてくれ。俺とスコッチがゲート前の群れに向かって攻撃魔法をぶっ放す。それが走り出す合図だ、絶対に振り返らず一気に駆け抜けるんだ」
「でも!」
「でも、も、クーデターも無い! やるしかないんだ!」
「そんな事言ったってぇ……シュートはまだ全力で走れないよぉ?」
「シュート様は私が担ぎます。むしろもう1人くらいは全力でお運び出来ますが希望者は?」
「あ、じゃあぁ私ぃお願いしたいなぁ。足遅いからぁ」
「かしこまりました」
「話はついたか? ならちゃっちゃと行くぜぇ……!」
ダルイージと何やら話をしていたダメリオがこちらを振り返り首を左右に振りゴキゴキと間接を鳴らす。
その目には生きる光が灯っており、彼らがここで死ぬ気など無いのを明確に示していた。
「行くぜ兄弟! 久しぶりの本気、本気も本気の超本気だぜ!」
「おうともさ! 鈍き迅雷のその名の由来とくと見せてやろうぜ!」
ダメリオとダルイージは大きく息を吸い込み1度息を止める。
それだけで2人の雰囲気がガラリと変わり、いつものガラの悪い2人ではなく屈強な戦士2人がそこにいた。
「「超星爆発」」
息を揃えて2人がそう呟いた瞬間、2人を基点として圧縮された空気が打ち出されたような衝撃が起きる。
地面は大きく陥没し、舞い上がった小石や砂が周囲をフワフワと漂っており、2人の身体には目で見える程の黄金の闘気が蒸気をあげて張り付いていた。
「うぉおおおお! “ギガロックブラスト”!」
「僭越ながら……“ブレイジングフリーズ”!」
俺とスコッチが渾身の魔法を解き放つ。
大人一抱え分程のある大きな岩石が、俺の周囲の何も無い空間から迫り出して連射砲の如く敵の集団に降り注ぐ。
対してスコッチは周囲の空気すらも凍りつかせながら、激しい火炎のように揺らめく帯状の氷を雪崩のように敵を飲み込み凍りつかせてゆく。
「行くぞ! 走れええええ!!!」
「「「「了解!!!」」」」
凍りついた魔物達が巨石により粉微塵になり、キラキラとスノーダストのように舞う中、降り注ぐ難を逃れた生き残りがわらわらと道を阻もうと進行してくるのを睨み付けながら、鈍き迅雷の2人に背を向けて全力で駆け出したのだった。
「あばよ」
駆け出す瞬間、そう告げるダメリオの声が聞こえた。