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キメラ勇者の異世界冒険譚  作者: 桑島 龍太郎
第2章  今日から俺は
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一難去って

 この手記を書き始めたのはいつからだろうか。

 誰に見せる訳でも無いのにふとした時に書き連ねている。


 それはそうと私の偉大な研究に大きな一歩が訪れた。

 依頼していたエルフの献体は手に入らなかったが、そんな事は霞んでしまうぐらいの大きな出来事があった。


 と言うのも、あらゆる手段を講じて長年隠していた私の研究が国に知られてしまったのだ。

 誰かが密告したのか、どこかで情報が漏れていたのか定かではない。

 自宅兼研究所に兵士共が押し掛け、王の元へ連行された時は生きた心地がしなかった。


 私の行っている研究は人々の間では禁忌とされている内容だ。

 人の尊厳を踏みにじり、死者を冒涜する、神をも恐れぬ悪魔の所業だと断定され、その道に手を染めた者はどのような人物であれ、極刑の元に断罪されるのがセオリーだ。


 国民の税で甘い汁を啜り、でっぷりと肥えた王の目の前で青白い顔の大臣らしき人物が私の罪状を赤裸々に明かしてゆくあの時間は、私にとって恐怖以外の何物でも無かった。

 研究内容が朗々と読み上げられている間、私の頭の中ではあらゆる拷問に処される光景が目まぐるしく浮かんでは消えてゆき、身体中の震えが止まらなかった。


 恐怖に慄き、奥歯の鳴るカチカチという音がまるで死刑宣告のカウントダウンかのように思えていた時だった。

 ふと気付くと広い玉座の間の中で王の前にいるのは国の主である王、国のナンバー2である大臣、そして恐怖で引き攣った顔をしたこの私だけとなっていた。

 そんな異質な空間の中、王は私の予想を裏切るとても信じがたい言葉を言い放ったのだ。


「面白い……実に面白い。その研究、その腕、このワシの元でさらなる高みを目指したくは無いか? お主とて志半ばで生涯を閉じるのは本望ではなかろう?」


 その言葉を聞いた時、私はとうとう恐怖で自分の頭がおかしくなってしまったのかと思い、目を限界まで見開きつつしばし呆けてしまった。

 だが肥えた王は、その沈黙を別の意味で捉えたのか、こちらが質問してもいないのにつらつらと好条件を並べ立ててきたのだ。


 王の言う条件とは

 ・王宮の地下にある牢獄、その奥に望むだけのスペースを作り、新たな研究所を与える。

 ・必要な資材、素材、死体、生物等私の望むあらゆる物を用意する。

 ・安全、保全の為の護衛騎士を配置しある程度の権限を与える。


 この3つだった。


 もちろん私がそれを拒否する事は無く、震える声を絞り出して感謝の言葉を伝えた。

 対価としてそれなりの代償はあるがこれから与えられる恩恵に比べれば路肩の糸くず並に些細な事だった。


 その後改めて書面での誓約を交わし、王宮から開放され自宅に辿り着くまでの間笑いが止まらなかった。

 堪えても堪えてもつい頬が緩んでしまいまさに夢心地といった気分だった。


 ついに、ついに私の偉大な研究が国に認められたのだ。

 友を捨て、家族を捨て、国を捨て、後ろ指を差されながらゴミを漁り、死体を漁り、泥水を啜るような人生の中で私はついに認められたのだ。

 潤沢な資金も、広大な敷地も、権力も与えられる、最高だ。

 素材不足で行き詰っていた実験や試したい薬がそれこそ山のようにある。


 王は新たな研究所が出来上がるまで3日と言っていた。

 急がなければ。


    ――――朽ちた手記より。

 


***




 膝を抱えて地面に横たわるシュートは、苔に覆われた影響なのか粘膜質な液体を全身に纏わりつかせて浅く呼吸を繰り返している。

 見た所、目立った外傷も無く呼吸も正常で異常も無さそうだ。


 それにしても……。

 出会った時はフードを目深にかぶり表情を見る事は無かったが、こうして見てみると睫毛は長く、目鼻立ちの良い綺麗な顔をしてるじゃないか。

 肌も白く、冒険者には似つかわしくない華奢な肉体で、粘膜質な液体に濡れた体はそれだけで扇情的な雰囲気を漂わせている。

 だが待て、こいつは男だ、女じゃない。

 頭では分かっているのに、どうして目が離せない。

 俺にはそっちの気は無いはずなのに……!


「リュートさぁん、意識が無いとはいえレディの体をジロジロ見るのはいかがなものかとぉ」

「あ、あぁ……」

 

 そうだな、レディの裸はあまりじろじろ見ちゃいけないよな。

 え?

 今なんつった。

 レディ?

 名前はシュートだろう?

 ファミリーネームがレディなのか?

 男が男の裸を見て何が悪いんだ?


 俺がミランジェの言った意味をいまいち理解できずにいると、ミランジェは腰に下げていたポーチから取り出した布でシュートの顔に付いている液体をぬぐい始めた。

 顎を持ち上げて額、瞼、頬、鼻、口と順々に拭いてゆき首筋へと布が移動した時だった。

 膝を抱えていた腕がずれて太ももと胸の間に少しの隙間が出来た。

 そこには屈強に鍛えられた豊かな大胸筋の側面がふるん、とプリンのような弾力を見せて揺れたのを俺は見逃さなかった。


 柔らかそうな大胸筋、否、あれは――――。


「えええええええええ!!!」

「ちょっ! いきなり大声出さないでよ! びっくりするじゃない!」

「い、いいやだって、大胸筋がプリンでふるるんで男が女で女になって有るのが無くて無いのが有るのか?!」

「な、何言ってるのかサッパリわかんない……」

「あ~ひょっとしてぇ……シュートの事男だって思ってたんですかぁ?」

「だって……弓で……ローブで声が低くて……口数も少ないし……あれ……?」

「それのどこに男だーって断定する要素があんのよ……声が低いって言ったって声が低い女性なんていくらでもいるじゃない」

「あう……」


 はい、ごもっともです。

 ミモザの言う通り出会ってから今までシュートが男だという断定的な事実は一つも無く、ただ俺が勝手に男だと決め付けていただけであり、驚くような事でも無い、らしい。

 俺としては女の顔をした肉体にエクスカリバーがそそり立っているのを見たぐらいの驚きだったんだがな……。

 実際そんな事は無いがあったとしたら同じような反応をするだろう。

 

「はぁい、というわけでリュートさんあっち向いてくださぁい」

「は、はいっ」


 問答をしながらも俺の目はシュートの柔らかそうな大胸筋の側面から目を離せず、女性だと意識した瞬間から彼女の白い肌が描く身体的曲線を追わずにはいられなかったが、それを察したミランジェのやんわりとした言葉使いに阻止されてしまった。

 空腹の猛獣が上等の餌を前にしたようなギラついた目で俺を見ているミモザと視線を合わせない様にしつつ、地面にうつ伏せで倒れたまま未だ起きないもう1人の仲間へと回れ右をして歩いていった。


「おい、起きろよドロテア。シュートが見つかったぞ」


 ピクリとも動かないドロテアを仰向けに寝かせ、ペチペチと頬を叩く。

 2度3度と頬を張るが一向に起きる気配が無い。

 

 気絶した人間を起こす確実で効率的なやり方は無いものか……。

 あ、そうだアレだ。


「“ウォータ”」


 言葉のトリガーを引き、“ウォータ”の効力を掌、正確に言うとドロテアの頭上にかざした掌の上に顕現させる。

 この魔法は4大元素である地水火風の1つ、水を生み出すだけの魔法、ちいさな子供でも扱える入門魔法の1つでもある。

 込める魔力により顕現する水の塊――水球の大きさは比例してゆき、熟練の魔法使いであればこの“ウォータ”だけで下級の魔物であれば葬る事が可能なんだとか。

 世間一般的の魔法使いには派手な攻撃魔法が好きな傾向があり、“ウォータ”はあまり使われない不憫な存在だとも言われている。


 そんな水球をバスケットボール大まで膨らませ、一気にドロテアの顔へ落下させると、ドシャァン! とバケツをひっくり返したような派手な音と水飛沫が当たりに飛び散った。

 何事かとこちらに視線を送るミモザとミランジェをよそにもう一度ドロテアの頬を張ってやる。


「っぶはぁっ! ガッハガハッ! んなっ……あ、あれ、一体何が……」

「よう、お目覚めかい?」


 顔面に落ちた水球の水を口の中に残しながら、意識を取り戻したドロテアが弾かれたように飛び起き口の中の水を必死に吐き出している。

 

「あ、あぁ……! そうだ! シュートは?!」


 我に返ったドロテアがよく日に焼けた褐色の顔を真っ青にしながら膝立ちで詰め寄ってくる。

 今にも泣きそうな表情をしているドロテアに、俺の背後でミモザとミランジェに介抱されているシュートの存在を顎で示してやる。

 それを見たドロテアは唇を真一文字にぐっと結び、込み上げていた涙で潤んだ瞳を袖で拭った後、思い切り俺を突き飛ばして彼――いや、彼女の元へと走り寄って行ったのだった。


「いってぇな……あれ、でもドロテア男だよな? 俺はよくてドロテアはいいのか? あ! はっは~ん……あの2人、そういう事だったのかぁ……甘酸っぱいねぇ」


 なるほどなるほど。

 ドロテアとシュートは恋人同士、もしくはそれなりの関係だった、という事なんだろう。

 くそう、うらやましい。

 いいさ、俺にだってそのうち恋人の2人や3人出来るはずさ。

 今は無事に再会出来たあの2人を祝おうではないか。


「きゃいん!」

「うぉおおぉ!? ど、どうしたベリーニ!? 大丈夫か!?」

「うへぇ……それなりに大丈夫だよーい……」


 腕を組み、うんうんと頷いていた俺の横に砂煙を上げながら転がって来たベリーニの服は所々破けており、小さいが所々に裂傷の後が見受けられた。

 軽い返事をしたものの、ベリーニの息は上がっており疲労の色が濃く出ていた。

 ベリーニ達が相手をしているのは巨大な猪型の魔物だったはずだ。

 スコッチもいる分大した戦闘にはならないだろうと心配もしていなかったのだが……。


『『ブギュウウウウウ!!』』


 豚が絞め殺されるような鳴き声が上がるが、どうにも多重音声のようにぶれて聞こえる。

 恐る恐る声のした方向へ首を曲げると、体長4メートルほどの大きさになった猪型魔物が2体と体長2メートル程の大きさの狼型の魔物が4体という大所帯になっていた。


「うそやろ……」


 普段使う事の無い関西弁で突っ込みを入れつつ、俺は呆然とその場に立ち尽くす。

 闘技場の広さはかなり大きく、端から端までかなりの距離がある。

 その距離は目測でおよそ500メートルといった所だろうか。

 

 スコッチ組は戦いやすいように猪魔物を誘導し、少し離れた場所で戦ってくれていたのは分かる。

 乱戦となっている場所は俺達のいる場所から200メートル程離れた場所であり、ベリーニはそこから吹き飛ばされて来たのだ。

 体のどこかが折れていてもおかしくない筈なのだが……。


「“キュア”……そっちは終わったっぽいね、出来たらちょーっち手伝って欲しいなーって思ったりー」

「あ、あぁ! 分かった待ってろ!」

「ほーい、んじゃ待ってるよー。とう!」


 簡単な治癒魔法をかけて乱戦の中へと戻ってゆくベリーニの後姿を横目に捕らえつつ、ミモザ、ミランジェ、ドロテアの3人の顔を見る。

 見ればシュートも意識を取り戻しており、ドロテアの外套を羽織ったシュートは危なげだが足元をふらつかせながらもしっかりと立ち上がっていた。

 

「行くがいい……我に気にせず、進め……」

「はい?」

「あぁ、シュートちゃんはいつもこうなのぉ。気にしないでぇ」

「わ、わかった……」


 一瞬戸惑ってしまったが、そうか、シュートは我っ娘か。

 リアルに一人称が我って言う人初めて会ったよ。

 あ、でも魔女神カーラも我って言ってたな……いやでもあの人、あの神? は偉いんだからああいうしゃべり方しても違和感無いんだけどシュートが言うと若干厨二臭が漂うな。

 もしかしたら良い友達になれるかもしれない。

 けどここはリアル厨二ワールドだし……。


「リュート! 何ぼさっとしてるのよ! さっさと応援に行くわよ!」

「はいはぁい、私も行きますぅ」

「俺はシュートを守る、こっちは心配するな!」


 ドロテアは爽やかな笑顔を浮かべ、ビシっとサムズアップを決めている。

 キラリと光る白い歯が憎たらしいが……。

 ここはシュートを1人にするべきじゃ無いし、そういう関係だし、彼女はドロテアに任せよう。


 さて、さっきは全く活躍出来ずに戦闘が終わってしまったからな!


「行くぜ相棒! やってやるぜぇええぇ!!」


 俺は腰に下げた魔剣槍ヴィラを抜き放ち、気合の絶叫を上げ乱戦の真っ只中に向け駆け出して行った。

 

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