緑光の教室
「では第1回スコティッシュ・フォン・バルトフェルドによる誰でも分かる魔法講座を始めさせ頂きます」
ぱちぱちぱちぱち。
地面に腰を下ろし、三角座りで拍手をする2人。
ちなみにベリーニは気絶中だ。
脅威となる魔物も居ないので、
とりあえず今は放置する事になっている。
脳漿が飛び散り、身体を切り裂かれ緑の血の池に沈む魔物をバックに行う授業はどこかシュールだ。
「この世界に置ける魔法は多種多様な属性、系統に分類されているのはご存知かと思いますが、その根幹は3種存在する力の源である——」
「魔素、精霊、聖神気、よね」
「ミモザ様の仰る通りです。魔素からは闇の力や、圧倒的火力による殲滅魔法、状態異常に罹患させる力、幻術、操術等が主となります」
スコッチはそこで1度言葉を切り、手元にバスケットボール大の火の玉を出現させる。
「魔素を使用した基本的な魔術、ファイヤーボールです」
唐突に現れたそれに肌がチリチリと熱される。
「基本を抑えれば度量によりアレンジを加えた魔術も行使出来る事が強みです、例えばこのように」
手元に浮かんでいた火の玉が徐々に形状を変えてゆき、玉の外周から長い舌のようなモノがチロチロと数本伸び出ている。
「今即興で編み出した技なので名前は有りませんが——ご主人様、そこにある小石をこちらに投げてみて下さい」
「あ、あぁ」
スコッチに促され、近くに転がっていた手頃な小石を彼女へ向けて無造作に放る。
すると、大気を舐め回すだけだった舌の1本が小石に伸び、絡め取ってしまった。
「これは術者への攻撃を防ぎ、その対象を捕縛、反射するよう構築された技です」
言うが早いか、絡め取られた小石は俺が投げた速度を遥かに超えた速度で投げ返され、見事に俺の腹部へ飛来する。
……その身に炎を宿しながら。
「チッ…………こういったアレンジの多さと火力及び汎用性の高さから、一般的な魔法として広く認知されているのが魔素を使用した術でございます」
おい今チッて言わなかったか。
明らかに舌打ちしたぞ。
喧嘩売ってんのか。
火石はカーディフにより阻まれたがなんか納得いかない。
「なぁおい」
「……次に」
「無視すんなよ! 今明らかに間があったろ?! 狙ったな?! お前狙っただろ?! 前とキャラ変わって無いか?!」
スコッチ先生はやや鬱陶しそうに眉を寄せ、俺の抗議をスルーし話を続けてゆく。
抗議だけに講義ってか。
理不尽だ。
「次に、自然界に存在する各精霊達の助力を得てその力を顕現させる精霊魔法。地水火風の4元素からなる物で、魔素を使用した物と性質が非常に似ていますが別物です。対象となる元素がその場にあれば魔力を消費する事無く力を行使する事が可能です。その為には各精霊との契約が必要になりますがね」
「うーん、例えば水系統の精霊魔法を使う時手元に水があれば魔力が減らないって事か?」
「端的に言えばそういう事です」
「そりゃ凄いな」
「どうかしらね」
俺が素直に感心していると、隣にいたミモザが何故かドヤ顔をして突っ込んできた。
「何か言いたそうだな」
「だって精霊と契約するのは並大抵の人間じゃ不可能に近いのよ。もし仮に水の精霊1体と契約したとしても常に新鮮な水を携帯しなければいざと言う時丸腰よ? 不便すぎるわ」
「なるほど、確かにそうだ」
「かつて精霊魔法を極めた術師がいました。彼女は何も無い空間でもあらゆる精霊魔法を行使する事が出来ました」
「そんなの御伽噺よ」
「いえ、私の知る者でございます。彼女は精霊魔法の極意、精霊召喚を得意とし、全精霊の頂点である精霊王オリジンとの契約を果たした唯一無二の存在。彼女の頂きまで到達すれば魔王軍の中でも5本の指に入る猛者となりえますよ、試す価値はあると思いますが」
「「無理無理」」
俺とミモザが揃って否定する。
通常の精霊でも人間には契約する事が不可能に近いというのにその頂点との契約なんてどうやれと言うのか。
しかもちゃっかり魔王軍の宣伝も混みかよ。
「で、次は? 聖神気だっけか?」
「まぁ所詮人間如きには無理な話でしたね」
「カチーン。ネズミ如きが言ってくれるじゃない」
「ネズミではありません。偉大なるラットドラゴンの雌でございます。その気になれば矮小な人間など、フフフッ」
スコッチの奴、絶対にキャラ変わってると思う。
丁寧に話ているが、その内容は完全に人間を見下している。
矮小なとか言っちゃってるし。
「言ってくれるじゃないの。ちゅうちゅうちゅうちゅう五月蝿いネズミは処理しないとね」
「ミモザ様に出来るとでも? 初見でガタガタ震えて失禁したのを隠していたの事を忘れたのですか?」
「まじで?」
なんてこった。
あの時にそんな胸アツ……いやショッキングなイベントが密かに進行していたとは。
「なっ、なっ、なっ! そんなワケ無いでしょ! 馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ! そこに直りなさい叩き斬ってあげるわ!」
「あーあーこんな安っぽい挑発にすーぐ乗るんですからやはり小さき人間ですね、どうやって私を切り倒すのですか? 剣も無いのに」
スコッチは顔を真っ赤にして激昂するミモザを更に挑発し、嘲る笑みをその顔に貼り付けていた。
「ぐっ! ぐぬぬぬ……」
「まぁまぁ……そこらへんで……」
彼女の愛刀は魔物の雷撃によりただの屑鉄に成り果てている。
背中に手を回し、愛刀が無くなっている事を思い出し悔しそうに拳を握るミモザの前に回り、どうどうと気を宥めてみる。
「とまぁ冗談はこの位にして、話を戻しても宜しいでしょうか?」
おいおい、さっきのが冗談で言う事か。
ミモザなんて完全にキレてるぞ。
「なんだ、冗談だったの。所詮雑魚ネズミの冗談ね、ちっとも面白く無いわ」
「申し訳ございません。私はとても楽しかったのでお許しを」
「ぐっ……」
ミモザが完全に遊ばれてるな。
ここまで来る途中で何があったのか気になるがコレが本来の彼女なのだろうか。
「さて、話が脱線致しましたが……どこまでお話致しましたでしょうか」
「聖神気だ」
「あぁそうでした。読んで時の如く、聖なる神の力です。ご存知の通り神々というのはこの世のあらゆる種族を遍く照らす存在の事を指します、魔族、亜人、獣人、人間関係無しです。断言致しますが思想や幻想では無く神々は実在致します、それをお忘れなきよう」
「そんな事言われても会った事すら無いわ」
「フフフッ、矮小な人間——」
「やめとけ」
「畏まりました」
「また失礼な事言おうとしたわね」
「はて、なんの事か察しがつきませんね」
「いいから続けろ」
「はい。聖神気が作用するのは癒し、活力、負の感情の抑制、消去等があります。以上です」
「みじかっ! そんなんじゃ分かんねえよ!」
「そうよ! 横暴だわ!」
「神はあまり好きじゃありませんので」
「そういう問題じゃないだろうよ……」
「分かりました、仕方ありませんね。聖神気とは魔素と同じで大気中に満ち溢れています、それを体内に取り入れて、細胞の活性化を図り傷を修復したり神経に作用して痛みを抑えたりと主に身体を補佐、リカバリーとして重きを置きます。流石に欠損箇所の再生——千切れた腕を生やす、なんて芸当は出来ません。千切れた部位が残っていればくっ付ける事は可能ですが」
「腐っていてもか?」
「完全に腐ってしまうと不可能ですが、腐敗が少しすすんだ程度であれば可能です」
「生き返らせる事は」
「残念ですが」
「そうか」
「はい」
「質問してもいいかしら?」
黙って話を聞いていたミモザだったが何かを思い出したように声をあげる。
「どうぞ?」
「ありがと。魔物はどうだか知らないけど人間側はある組織が牛耳っていて中々体得出来ないのよ」
「そのようですね。誰でも回復する出来るようになれば利益を生めない、とか考えているのでしょう。低俗な思想で吐き気がします、この際ですから潰しましょうか」
「それはいい考えね」
「初めて意見が合致しましたね」
「こらこら」
女神はそこの所どう考えているのだろうか。
ノータッチって言うと思うけど。
「人間では法術と呼ばれているわ。私もそれを体得したいの、教えてくれないかしら」
「イ・ヤ・で・す」
「なんでよ!」
「冗談です。教えてさしあげても差し支え有りませんが……聖神気を扱うには体質も関係しておりまして、素質が無い方はどう足掻いても体得は不可能なんですよ。もっとも時間を掛けて体質改善して行けば可能性はあがりますが」
「そうなの……」
「はい。以上で第1回スコッチ・フォン・バルトフェルドによる誰でも分かる魔法講座を終了致します。ご静聴ありがとうございました」
パチパチパチパチ。
緑光が満たす石室に乾いた拍手が再度木霊する。
「さて、魔法体得はおいおいするとして……とりあえずココを出ないか? いつまでも死体といるってのもいい気分じゃない」
「わかったわ」
「畏まりました」
あぁ、ベリーニも起こさなきゃな……