生命(いのち)を握る水壁
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「リュートしゃがんでっ!」
ミモザの大剣が風を巻き取りながらしゃがんだ俺の頭上を通り抜け、背後に迫ったアクアリアナイトの首を叩き斬る。
「うぉっ! 危ないじゃねぇか!」
「喋る余裕があるなら剣を振りなさい! まだなのベリーニ?!」
ミモザは迫り来る魔物達に肉迫し、時には大剣で叩き斬り、背後の扉に張り付いているベリーニへ怒声をあげる。
「も、もうちょっとで! うっひゃあああこっち! こっちくるなー!」
「どっせえええい!」
俺とミモザの防衛網を潜り抜け、扉と格闘しているベリーニへ、ミズデストアントが歯軋りをたてながら襲いかかるが、彼女はすかさず短剣を引き抜いて迫る顎を牽制する。
ミズデストアントのガラ空きになった背中を、俺が振るう魔剣の蒼い閃光が走り、真一文字に切り結ぶ。
「あ、ありがと!」
「礼はいい! 早く開けてくれ!」
「へ、へいい!」
振り向きざまに、魔物の群れへアントの死骸を蹴り飛ばし後続の足留めをすると、同時にミモザが放った爆烈球がまとめて敵を蒸発させる。
「ちっきしょう! なんで減らない!」
むしろ増えているような気がする。
単調な攻撃パターンなのが幸いか、この閉ざされた空間で3人共戦闘を始めてから1度も傷を負う事は無かった。
我武者羅に襲いかかってくる魔物達を、こちとら負けじと我武者羅にバッタバッタと斬り倒し蹴り飛ばし蒸発させている。
単体だと脅威では無い敵も、数が増せば恐るべき暴力となりうる。
頼みの綱は背後で扉と格闘しているベリーニだが一向に開く気配がない。
「ここをこーして……あーん違う! どうしてこんな複雑な閉塞呪があんのよー!」
とまぁ現状はこんな感じなんだが……。
どうしてこうなったのか。
少し時を戻そう——。
***
アデーラ草原第4水源地区。
ここに今回の目的である【清浄なる蒼白の巡礼地】が存在する。
遺跡の名前は発見者の独断と偏見で命名する事になっているのだが特に細かい決まり事は無いそうだ。
遺跡の入り口は水源地区の外れ、人の手が未だ入っていない湖の底にある。
「これ、どのくらいの深さなんだろ」
「ベリーニ調べて無いの?」
「忘れてたのー。ごめんね」
「そんなに深く無いだろ。底が見えるし」
「潜って見てきましょうか?」
再び人型になったスコッチが湖底を見つめながら言う。
「あれ? ラットドラゴンて水が苦手なんじゃ?」
「いいえ? 誰がそんな事を」
「ラットドラゴンは砂漠の生き物だから水が嫌いだーって偉い人が言ってたよ?」
「はて? 普通に水浴びもしますが……」
「そんなー。砂ネズミは砂浴びするんだよ? 知らないの?」
「はい? 砂浴びとかどこの低級魔族ですか? ってゆうか今ネズミって言ったろクソガキ」
ベリーニとスコッチが互いに何度も首を傾げ合い、絵面的には「お? ◯◯さんが言ってたんだョ、え?」
「あ? ◯◯って誰ョ? テキトーな事言ってっと挽肉にしてヤンよ?」みたいなどこぞの特攻漫画みたいだ。
スコッチに言葉使いが少し悪いぞ。
めっ! ってしたらシュンとしてベリーニを横目で見つめながら湖へとダイブしてしまった。
俺が悪いのだろうか。
……。
…………。
おかしいな、上がってこない。
まさか!
本当は水が弱点なのに意地を張って飛び込んでしまい、弱っているのでは?!
俺はこりゃ大変だと、大した防水加工もせずに湖へ飛び込む。
ミモザとベリーニも置いて行かれては困ると、急ぎ俺の後に続きドボンドボンと水柱を上げて追ってくる。
やはり思った通り深度は浅く、1分ほど潜ると湖壁に黒々とした直径4メートルはありそうな大穴が開いており、まるで湖の排水口のようにも見えた。
半分程潜りグルリと見回すがスコッチの姿は無い。
どこへ消えたというのか。
可能性としてはあの大穴へ入ったとするのが濃厚だろうな。
ぐ……。
息が苦しくなってきた、急がなければ。
俺は後ろの2人にハンドサインで穴へ入る事を示し、息が続く事を祈りながら穴へと突入したのだった。
「ぶはっ! は〜空気が美味い! 息が出来るって幸せ!」
意外にも穴に入ると直上に水面があった為、すぐに水中から出る事が出来た。
なるほど。
真っ暗だ。
何も見えない。
手探りで辺りを調べると、むにゅっとした弾力性のある柔らかい感触が右手を包む。
「なんだこれ……はっまさか! スライム的な?!」
だがスライムは一向に襲ってくる気配が無く、むしろプルプルと震えてさえいる。
突然の侵入者に戸惑い怯えているのだろうか。
「大丈夫だ。俺は敵じゃない、安心してくれ」
俺はスライムを安心させようと、鷲掴みにしていた掌を解きゆっくりと撫で、敵意の無い事を伝えようとする。
だがその刹那、鈍い衝撃が俺の頬を襲った。
ぐわんぐわんと目の前が回る。
敵が居たかと、自分の注意力の無さを嘆く。
「あんたいい加減離しなさいよ!」
どこにいるか分からないミモザの怒声が飛ぶ。
彼女は俺の掌で怯えているスライムが見えているのだろうか?
だがここで手を離したら怯えるだけのか弱い魔物をもう1体いる敵へ差し出すようなもの。
せめてこいつだけでも守らなければという使命感が俺の意識を強固に支える。
だが何故魔物であるスライムをここまで庇おうとするのか。
俺は知っている。
スライムは悪い事をする生物では無いのだ、むしろ人間になりたいと夢を見るヤツだっているんだ。
そうだろうスラミン。
「ダメだ! こいつだけは! スラミンはあああ!」
「あんたああああ!」
ゴヅッと今度は後頭部に走る痛み、まるで鈍器で殴られたかのように脳の内部まで衝撃が走る。
未知の敵が食い付いたのか髪の毛を引っ張り前後に揺さぶりをかけて来た。
しまった! スラミンが怯えて逃げようとしている!
行ってはダメだ!
「2人とも何してるの? 明かり付けるよー」
ナイスアシストだベリーニ!
これで襲い来る猛敵の正体が露わになる!
「ちょっベリーニ待って」
「ライティングー」
ベリーニが声を上げた数刻の後、拳ほどの発光体がふよふよと辺りをオレンジ色に照らし出す。
生活魔法の一つ“ライティング”、効用は松明のようなオレンジ掛かった明かりを灯すだけ、平々凡々読んで字のごとしである。
余談ではあるが、夜になると街頭にこの魔法をかけて歩く仕事の人もいる。
「なっ何してんのさー……」
しかしその魔法光が映し出したものはというと。
俺がミモザの臀部へ掌を這わせていた光景だった。
「……っあ……」
そしてばっちりミモザと目が合う。
瞳を爛々(らんらん)と光らせ、視線だけで八つ裂きにされそうな、そんな殺し屋の目。
背中に嫌な汗がぬるりと滑る。
だがその汗すら凍りつくような冷たい殺気を放ちながらミモザはゆっくりと口を開いた。
「ねぇ。何してんの?」
彼女は俺の髪を強引に引っ張り、頬を引きつらせながら呟いた。
その声は穏やかだったが、内包する鋭い極寒の地の吹雪にも似た感情がピシピシと肌を打つ。
これは返答を間違えたらゲームオーバーだ。
何時だって現実は甘くない。
セーブをせず何と無く進んだらイベント突入からのボスバトルに発展した時くらい甘くない。
あの時の絶望感たるや何度コントローラーを投げ捨てた事か。
「違う! 誤解だ!」
「なっ! 誰が回数言えって言ったのよ! ましてやあんな卑猥になっなっ、撫でっ、撫で回すなんてっ!」
ちょっと!
錯乱しすぎじゃないですか?!
more betterな選択だと思ったらmore bitterだった、みたいな些細な違いが大きな違いって事ですかね。
言葉ってムツカシイ。
そんなミモザの顔が真っ赤に染まっているのは魔法光のせいなのか激昂のせいなのか。
「誤解だってば! その認識違うから!」
「うるさいうるさいうるさい! 5回も6回も同じよ!」
「あちゃ〜……リュートどんまいねー」
「ベリーニもフォローしてくれよ!」
「ほぇ? 暗がりでいきなり先輩のお尻揉みしだく獣の言葉は分かりませーん」
「ぬああああ! 何で嬉しそうなんだよ!」
キャッキャとはしゃぐベリーニとは対象的にもはや聞く耳を捨てて来たかのようなミモザ。
どうしたらいいんだ!
「は、初めてだったんだから!」
「は?」
ミモザの発言に俺とベリーニの動きが止まる。
「男の人にお尻撫で回されるの初めてだったのよ!? どう責任取ってくれるのよ!」
「えっ、えっ……えぇぇえ……」
全くもって意味が分からない。
その使い方も間違ってるような気がするぞ。
お尻て、お尻撫で回したくらいでどんな責任取らされるんだ?
いや、撫で回したのは不可抗力であって、いやいや、そもそも撫で回した事は良くない事なわけで、あれあれ。
電車の中でお尻撫で回したら人生終了するくらい悪い事なわけで、でもミモザは知り合いだし、尻を合わせてお知り合い、ってやかましいわ!
「わけわかんねぇ事言うなよ。いいじゃないかケツの1つやふた」
「何だとおおお!」
しまった、今のセリフはちょっと問題有りだぞ。
1つや2つ減るもんじゃ無いし、と言おうとしたがそれは叶わず、セリフの途中でミモザの右ストレートが俺の左頬を捉えた。
体重を乗せて手首から回転がかけられた拳は強烈な衝撃を放った。
伊達男の心臓爆裂回転拳並みの、もう顔がねじ切れるんじゃないかという剛烈なパンチをマトモに受けた俺は床に吹っ飛ばされてしまった。
「ふん!もう知らない! ほら行くわよ! きりきり歩く!」
ぷりぷりと怒りつつ、ぷりぷりとお尻を振りながら先へ進んで行ってしまうミモザを横目にベリーニがそっと声をかけてくる。
「ミモザはねー男の人と付き合った事も手を繋いだ事もないんだよー? それにあれでいて恥ずかしがり屋のシャイ子ちゃんだから。
にしし、盛り上がって参りましたっ!」
ったく、勝手に盛り上がってろ。
いっその事、剛拳シャイ子に改名すればいい。
ジャイアントスネ……キリングを着けている俺にとっては痛く無かったものの、精神的なダメージが多少残る。
やってしまった感が半端ない。
スタスタと無防備に先を急ぐミモザを俺達は急いで追いかけたのだった。
しばらく道なりに進んで行くと二又の通路が現れた。
スコッチがここに来ているのならどちらかに進めば出会う可能性が高い。
だがどっちだろうか。
「どっちに行こうかなぁ。あ、でも進む前にちゃんと支度整えよーか」
ぴこん、と頭上に豆電球を浮かべた表情のベリーニが通路の反対側の壁にある出っ張りに腰を下ろす。
あぁそれもそうだ、と完全に気を抜いていた俺達はベリーニの背後に小さく光る魔法陣を見落としてしまっていた。
背後にあるうえ、デコボコとした壁面の影に隠されるように配置されたそれに気付く者はいなかった。
全員腰を下ろし、荷物から必要な物を腰の多機能ポシェットへ突っ込んでいく。
ちなみに俺のは昨日ベリーニが用意してくれていた。
ポケットがたくさん付いていて、さながら軍人が使うタクティカルベストのような感じだ。
あれとこれと、と話していると遠くからキーンという小さな金切音が聞こえてきた。
「あれ、何この音?」
「さぁなぁ、風の音じゃないのか?」
「ここで風なんて吹く?」
ベリーニが首を傾げてやや前傾姿勢なった時、背中に隠れていたその魔法陣がチラリ、音はそこから聞こえてきていると知覚した時にはもう遅かった。
「「「えっ」」」
音も無く地面が消失し、僅かな浮遊感を感じた刹那、その穴に俺達は落ちて行ってしまったのだった。
「「「んなああああ……!!」」」
穴から繋がる坂道をゴロゴロと転がり落ちる事数分、俺達を捉えていた憎たらしい下り坂はポイッとゴミを捨てるように俺達をとある空間へ放り出した。
そこは、薄緑に発光する壁にタイル張りされたかの如く整然と並んだ石畳。
奥にはこじんまりとした木製の扉があり、中央には青く光る巨大な魔法陣があるだけの部屋。
振り返れば俺達を吐き出した穴は赤く光る魔法陣へと変貌しており、なんだかとても嫌な予感が胸を過るのだった。
「いったたた……ここどこー?」
「なんなのよもう!」
足元で2人の毒づく声が聞こえる。
大丈夫かと声をかけようとして時、赤い魔法陣が明滅を始めた。
ゾワッと悪寒が背を撫でる。
頭の中で異常を伝えるレッドランプが灯り、けたたましい警報が脳髄を駆け抜ける。
これはマズイ。
本能がそう告げている。
分かる人には分かる、典型的な悪意が脳裏を掠める。
「これはヤバい! 向こうの扉からにげるぞ!」
「えっ……」
「あ、あ、あぁ……」
俺が指差した方向へ2人が反射的に視線をやるが、その顔はみるみるうちに蒼白になってゆく。
ギギギ、と油の切れた機械のように首を回し、2人の視線の先を見ると、中央の魔法陣から様々な魔物の群れが湧き出している光景だった。
「走るぞ!」
このままグズグズしていたら魔物達に進路が塞がれる。
それを避けるべく2人を怒鳴りつけ、手を取って走り出す。
ふと背後の魔法陣を見ると、そちらからも多種多様な魔物が這い出てきていた。
危なかった。
自力で走り出した2人を確認した俺はパチン、と腰に下げた魔剣と鞘を繋ぐ金具を外す。
前門の虎、後方の狼、引けば数に蹂躙されるのは目に見えている。
「どこまでやれるかな……」
「行くわよリュート! 気を抜かないで!」
「ひーん! アンデッドがいるよおぉ〜気持ち悪い〜!」
ワラワラと出てくる魔物達はどんどん横に広がっており、空いた空間目指して斜走する。
ゴアァ! と狼っぽい魔物が見事な跳躍でこちらに飛びかかってくるが、スピードは見える!
唾液に濡れた狼の牙を半身でかわし、すれ違いざまに剣を逆袈裟に振り抜く。
「夢想新伝流抜刀術 月影!」
蒼白い光が一閃、断末魔の悲鳴も許さぬ一刀で狼の命を両断する。
これが戦闘の合図となり、魔物達が波のように押し寄せて来た。




