聖母の悔悛
予約投稿出来ていなかった……!
陰謀か!
筆者は感想を求めております!
ぜひぜひお願いいたします!
「あーくそっ! 俺が俺じゃなくなって……意識が何かと混ざり出して……殺すだの抉り出すだの串刺しだの……」
道に転がっていた小石をつま先で蹴りながらブツブツと呟いている不審な男が1人。
丸まった背中は夕陽に照らされ、どこか寂しそうな男。
そう、俺だ。
露店はほぼ店終いらしい。
変わりに酒場や食堂が賑わいを見せ始める時間だ。
先程起きた突然の自身の変異に戸惑いつつも、フェデリーニ家への道を進んでゆく。
ふと足を止め、顔を上げると白塗りの看板が目に入った。
【あなたの側に神はいる! 迷える有象無象達よ!悔い改めるには今がチャンス?! いつもニコニコどんな罪でも許します!
這い寄る聖なるホルン教 砂漠支部 教主】
……なんだコレ。
え、迷える有象無象達よってデフォルトの言葉だったの?
女神の適当宣言じゃなかったの?
這い寄る聖なるホルン教って何だよ。
ニャルラトホテプかよ。
随分フランク過ぎる教会だな。
こんなぶっ飛んだ看板初めてみたわ。
あー……。
そういえば最寄りの教会で〜とかカーラが言ってたな。
しゃあない、これも何かの縁だろうし行く手間が省けたと思って入ってみるか。
そんな事を思いながら両開きの扉へ手をかけて押し込む。
……。
…………。
あかないぞ。
そうか、これは手前に引くタイプか。
ありがちな間違いだよな。
……。
…………。
あかない……。
というか扉の軋む音すらしないとはどういう了見だ。
しばらく押し引きを繰り返すが、鍵がガタつく音もしない。
どうなってんだ?
「おや? 礼拝の方ですか?」
不意に後ろから声がした。
ややハスキーだが透明度のある女性の声、もしやこの教会のシスターか?
「まぁそんな所だ。けど扉が開かなくて……」
「あぁ、それでしたら」
振り向く事すらせずに答えた俺の横に声の主が歩み寄り、扉の取手に手をかける。
「横に押すんです」
えい、と呟くと先ほどまでウンともスンとも言わなかった強情な扉が、ガラガラガラガラと引戸特有の音を立てながら開いていった。
「…………マジか……」
真ん中に切れ目があり、その両サイドに取手がある扉をまさか引戸だとは思うまい。
誰だこんな事考えた奴。
絶対性根が曲がってやがる。
「お恥ずかしい事ですが、少しガタが来てまして開けるのにコツがいるんですよ」
自らが開けた扉に寄り掛かり、ふぅと短く息を吐き苦笑しながらシスターらしき服装をした女性が言う。
「老朽化とかそういう問題じゃない気がするんだけど……」
「なので今敬虔な神徒達にお布施をして頂いている所なのです。貴方様もいかがです? 今お布施を頂ければ通常の加護よりも効果が3割増になると神のお告げが」
「取って付けたようなお告げだな。それはいくらでもいいのか?」
色々とツッコミたい気持ちを抑え、シスターに問う。
「あ、いえ1人1銀貨からとなっております」
「高くない?! キャンペーンぽく言ってるけど高くない?!」
「高いか高くないかは貴方次第です」
「何ですかその怪しげな都市伝説の紹介文みたいな返し」
お布施って言うよりも如何わしい押し売りのように聞こえるのは気のせいだろうか。
銀貨1枚あればウルル貝の串焼きが10本は買えるぞ!
あれ? て事はウルル貝って意外に高価な食べ物?
ちなみに銅貨100枚で1銀貨だ。
「またですか、シスターリリアナ。貴方の行いも神は見ているのですよ?」
開かれた扉の奥から届いた声に目を向けると、大きなステンドグラスの下に1人の男性が立っており、差し込む西日により後光が差しているようにも見える。
「げっ……神父様……いらしてたんですね……」
「げっ、とは何ですか。貴女は冒険者と見れば足元を見て高いお布施をせびり、9割自分の懐へ入れる。何度注意すれば良いのです?」
「9割じゃありません! 5割です!」
「割の問題ではありません!」
「はい。おぉ神よ私の5割を許したまえ」
「お布施を集めるのは感心な事です、ですが程々にしなさい。さすれば神は貴女をお許しになるでしょう」
5割持ってくって事はやっぱりお高め設定なんじゃねぇか!
しかも緩々の懺悔じゃねぇか!
詐欺だぞ詐欺! 棒読みの懺悔で許されたら何でもアリじゃないか!
女神があれだと信者もこうなのか?
「あのーお取り込み中悪いんだけどちょっと祈らせてくれないか」
詐欺られそうになったとは言え、正直こんなくだらない茶番はどうでもいい。
俺はホルンと対話を終わらせてさっさと帰りたいんだ。
「こんばんは。お見苦しい場面を見せてしまいました。どうぞこちらへ」
「お布施」
「黙りなさいシスターリリアナ」
「ぐっ……」
神父の頭上、ステンドグラスの中央には翼の生えた女性の像が据えられている。
両手に異なる杖を持ち、身体を覆うほど大きな翼。
こう見ると確かに神々しく見えるな。
シスターリリアナを尻目に神父の元まで真っ直ぐに進み、膝を立てて座り頭を傅く。
祈りの姿勢は確かこんな感じだったよな。
意識を女神像へ集中させ、外界の気配を遮断する。
『ようホルン、聞こえるか?』
『ええ、よく聞こえますよ。随分早い到着でしたね、お疲れ様です』
祈りを捧げる事2秒で女神の反応があった。
以前の軽さが消えて、声にどこか厳かな雰囲気を湛えている。
『反応早っ!? それにこの前と随分キャラが違うような……』
『ふふ。あれは私の分身、少し幼さを強調してみたのです』
『はぁ……』
『なんてねー嘘だよ! 今のは余所行きの私! そしてこれが本当の私なのだ!』
今までの厳かな雰囲気はどこへやら、腰に手を当ててえっへん! とポーズを決めている光景がありありと浮かぶ。
『そうかい。一応キャラ作りはしてるんだな』
『勿論だよー神様にも色々とめんどくさい事が多くてねー親睦会とか報告会とか会議とか諸々。まぁそれはともかく! ようこそ我が教会へ!』
『いきなりで悪いんだが少し聞きたい事がある』
『何かな?』
『アンタの信者に詐欺られそうになったぞ、一体どういう教育してんだ。まぁそんな事よりもさっきちょっと揉め事があったんだが……少し、その、なんだ、おかしくなって、意識を取られたと言うか何というか……』
『あ〜そうなんだ。意外と早かったね』
『は? どういう事だ?』
『これはまだ説明しないでいいかなって思ってたんだけどさー。龍斗は死んだよね、友達も皆死んだよね、でも龍斗は今この世界で生きてるよね。それで分からない?』
『……すまん……』
『おぅ。意外にハッピー野郎なんだね龍斗は』
『うるせぇ。奇想天外に巻き込まれてそこまで頭回るかってんだ』
『だからさ。龍斗は友達皆の魂と融合したワケ、それぞれ魂には個性や知識、やりたい事、夢や希望もあった。それがいきなり絶たれたら嫌だよね? 怨むよね? 魂にだって感情はあるんだよ』
『嫌、だな……』
『そこが今回の原因の一つ。僕達私達は死んでどうしてお前だけが生きている、許せない、恨めしい。そんな負の感情が龍斗が着けてる魔装の影響で増幅、そしてそれが魔剣に封じられている魔王の魂を媒介にして龍斗の心を侵食、乗っ取っちゃったんだよ。一応こうなる事を危惧して負の力を抑える聖具をあげたんだけど……効果薄かったみたいだねー……』
『今着けてるネックレスがそれか?』
『そだよー。多分魔装の影響が強かったんだろうね。今度はもっと強めの聖具に置換するから大丈夫だと思うけど』
『…………そうか……まぁそうだよな……俺だけのうのうと生きて異世界ライフを満喫してるんだ。怨むよな……』
『ゴメンね……元はと言えば私達のせいでもあるから……』
『なん……だと……?』
俺はその言葉にピクリと反応する。
そうだ、ディラックの海から転移する間際そんな事を言っていた。
ジャパニーズ土下座までして。
『実はね。あの時、あの洞窟の位相空間で私とカーラはちょっとイザコザに巻き込まれてたの。多次元的平行世界とでも言うのかな。分かりやすく言うと洞窟の空間と壁一枚隔てた特殊な空間って考えてくれればいいよー。そこで起きた衝撃が壁を突き破って龍斗達の世界にも影響を与えちゃったの。だから私達の責任でもあるんだ。いいよ、責めて。恨んでもいいよ』
『マジか……あんたらが……いや、あんたらを恨むのは違うだろ。神のトラブルってのは人間には理解すら出来ない次元の話だろ? 魔獣が封印を破りそうだ、とかそういう』
『まぁ……そうっちゃそうだけど……』
『それに他の奴らには悪いが俺はここで生きてる。俺は助けてくれたのに恨むなんて恩知らずな人間じゃない』
『そか。ありがとね。なんかスッとしたよ。もう少しお話してもいいかな?』
『少しだぞ? 俺は忙しい』
『あはは! 嘘つけー! じゃあ続けるね。さっき言った通り龍斗は負の感情が大きくなり易い。けど魂は成長すれば通常の何十倍もキャパシティがあるからそこまで大きな問題じゃない。けど極めて危険な部類なのは理解してね? 君ほど力を持った人間はそうそう居ないから』
『そうなのか? 魂が成長……』
『うん。居ると言えば居るけどかなり特殊な人間』
『特殊な人間?』
『そう。勇者とかね』
『うへ……そりゃ大層なこって……』
『勇者は、孤独なの。だからすぐに反転する。コインは表裏一体、人間もまた然り、勇者の裏は——』
『魔王……か?』
『ぴんぽーん。大正解。でも本来魔王って言うのは魔族の王ってだけで人間の王となんら変わりない存在なの。でも一部の過激な魔王が大きな戦争をして来たせいで魔王=悪の権化みたいな図式が出来上がっちゃったんだ』
『魔族は強いのか?』
『うん。強い。彼等の生活している環境が過酷すぎるから仕方ないんだけどさ。例えばだけど君は温度差150度の環境で生きて行ける?』
『無理に決まってるだろ!』
『だよね。でもそれが当たり前の環境で生まれる魔族もいる。信じられないかもしれないけどね、もう少し例を出すと……マグマの海で泳げる身体、全てが凍りつく世界で細々と生きられる身体、超重力の中で生活する身体、極濃瘴気の中で生まれ育つ身体。考えるだけで理解の範疇外でしょ?』
『ありえないとしか……言いようがない……けど育った環境が魔族の強さだと言うのは解る。だが勇者が魔王ってのは?』
『そのまんまだよ。勇者=正義、魔王=悪。勇者だ、凄い、強い、彼ならなんとか出来る。でも勇者が必要とされない時期が来たら? その羨望や尊敬は恐怖の対象でしかないでしょ? 最強無敵、誰も敵わないんだから』
『だからこその孤独、か』
『そーそー。さすが龍斗だね、理解が早い! 孤独と闘い、追い詰められ、疑心暗鬼に蝕まれると人はどうなると思う?』
『裏返る……と言いたいのか?』
『ピンポンピンポーン。そうなると、あぁもういいや、疲れた、こんな世界は壊れてしまえ。と思ってしまう、そして勇者にはそれが出来る力がある』
『だから勇者=魔王って事か』
『うんうん。まぁ孤独にならない勇者もそりゃ数多くいたけどねー』
『そうか……』
『重い話ししちゃったねー。でも覚えておいて? 君は二つの因子を持ってるんだという事を。今の時代勇者だなんだって事態は起こって無いけど、君が生きている間に何かしら起きるかも知れないし』
『そんな……! いや、分かった……覚えておく……』
『はーい。とりあえずポジティブポジティブ! 他に聞きたい事あるかな?』
『今はもう無いかな……』
『わかったー、じゃそろそろ』
『あぁ、ありがとう。また来るよ』
『はーい。またねー!』
閉じていた瞳をゆっくりと開く。
どのくらい話ていただろう。
かなり衝撃的な内容のオンパレードだったな。
「祈りは終わりましたか?」
傍に控えていた神父が声をかけてくる。
「ええ。終わりました」
「女神様はいつ如何なる時も救いの手を差し伸べてくれます。迷った時、不安な時、なんでも無い時、いつでもおいでなさい」
「はい。ありがとうございます」
立ち上がり、神父と向き合い深くお辞儀をして教会を後にしようと踵を返す。
その時。
柔和な微笑みを浮かべた神父がふと口を開いた。
「では、お布施を」
明日は諸事情により更新をお休みします。出来るならば夕方17時くらいに投稿します!