時の狭間
ブックマークして頂いた方ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。
世界は全て白で満たされていた。
山も、平地も、田んぼも、果ては並走している乗用車まで。
「うわぁ……凄い……見渡す限り真っ白だ……地平線まで見える……」
確認しよう。
確認する事は大事だ、何事もまずはそれから。
ちょっと様子を見てくるから待っていてくれ、とか言わない、ダメ絶対。
ん? あれ? 何か違和感が……
「なぁ、アイザックに恵美、理……!!」
ふとアイザックが座っている隣の席を見るが、どうしたワケか彼等は見事に固まっていた。
驚きの表現では無く文字通り[固まって]いたのだ。
石像のようにカチンコチンだ。
アイザックだけでは無い、恵美理や他のクラスメイト達、更にはバスと並走している乗用車のドライバーもハンドルを握った格好のまま固まっており、人の類は影のように黒いものの、恐怖の表情、焦りの表情などはおぼろげながら判別する事が可能だった。
「えー……何だ、これ……外はまぁ良しとしよう。長いトンネルを抜けたら銀世界、なんて事もあるしな。けど、けど! バスの中まで真っ白ってこたぁ無いでしょう! ゲレンデの神様もびっくりな御技だわ!」
「「どーもー……神様でー……す……」」
ん?
今声がした?
みんな固まってるのに?
誰が?
あぁ、そうか幻聴か。
そうに違いない。
「大人しく外に出てこい! 話はそれからだ!」
「えぇー……俺何もして無いのにバスジャックの犯人みたいな扱いされてるー……」
響く声は幻聴などでは無く、涼やかだが軽やか過ぎずどこはかとなく厳かな雰囲気が漂う。
高速道路を走行中だったバスはもちろん閉めきられており、窓すらも開いていない。
なのに聞こえてくる声はすぐ隣にいるようにはっきりと聞こえ、まるで脳内に直接届いているような錯覚さえ起こす。
声の主は神様だと言っていたな。
本当かどうか定かでは無いが、こんな状況で言葉を発する事が出来るのが俺1人ならば現状を聞いておきたい。
そんな思いがバスから出る事を決め、俺はそろりそろりとバスのタラップを降りていくのだった。
***
「あっ……こ、こんちゃ……女神のホルンでーっす」
「こ、こんちゃ! 魔女神のシャルロッテ・アーデルハイト・ロスヴィータ・ラウラ・アウグスタでーっす……な、なぁ、本当にこんなので良いのか?」
「いーのよ! 挨拶は明るく楽しく元気良く! って異世界交流本に書いてあったわ!」
「まぁ、貴様がそう言うのなら……」
唖然。
そりゃそうだろう。
バスを降りたと思ったら背景の白と同じくくらい白く、うっすらと桜色が入った大きな翼を背負ったストロベリーブロンドの女性が自信なさげに自称女神と言い出したのだから。
傍らには褐色の肌を持ち、背に生えた二対の漆黒の翼は悪魔のような蝙蝠の翼と猛禽類を思わせる逞しい翼。
頭からは羊のような二本の角が弧を描いて後ろに伸びており、死神の持つような大鎌を連想させる。
「えっ何ですか貴女達……コスプレですか?」
「違うわよ! しょーしんしょーめーの神様よ!」
「実はだな……これには少々複雑な事情が絡まり合っていて……とはいえ唐突に説明して放り出すのも良くないと思ってな。こんな機会を作らせてもらったのだ」
「は、はぁ……まぁ仮に貴女達が本当に神様だとして……一体ここはどこ何です? どうして俺だけ動けるんでしょうか」
普通ならコスプレお姉さん達が痛い事言ってる、うわー。
となるのだが……いかんせんこんな状況の為か、すんなりとその言葉を受けいれる事が出来た。
「あーそれはねー! 洞窟がどかーんと……「ちょっ! ちょっとホルン待つのだ! ここは私が説明しようではないか」
「チッ……」
「舌打ち……? えっと魔女神のシャルロッテ・エーデルワイスさんと……ホルンさん、でしたっけ……」
ドイツっぽい名前だが如何せん長すぎて覚えられない。
「エーデルワイスではない! 私の名はシャルロッテ・アーデルハイト・ロスヴィータ・ラウラ・アウグスタ。気楽にカーラと呼んでくれ」
「ドイツっぽいの何処いったよ! カーラどっから出てきたの!」
「む? 頭文字からとってみた愛称なのだが……以前名前が長い、という祈りを受けてな。自分なりに考えてみたのだ」
「あー……そうなんですか……じゃなくて! 説明をお願いします」
「うむ、そうよな。絶望的に悪い情報と悪い情報とどちらを聞きたい?」
「あの、それ両方とも悪い情報って事ですよね」
「まぁ、そうとも言うな」
「……なら絶望的からお願いします」
「ならば単刀直入に言おう、お主は死んだ。あの洞窟にいた他の人間共もな。今は時空間に干渉し、死の瞬間を引き伸ばしているに過ぎない。こちらとしてもあまり時間が無いのだ」
「……はい? 死ぬって……生きてますけど……?」
「魂としての存在は、の。肉体はもうぐっちゃぐちゃのボッキボキ、パーツはそこそこ残るがな」
「そ、そんな……」
冷や汗がダラダラと吹き出る。
心臓はドクドクと鼓動を早め、足には力が入らない。
全身の血が流れ出るように血の気が引いていく。
死んだだって?
こんなに体が機能しているのに?
「まぁ、そうよな。唐突にこんな事を言われても理解出来ぬのも道理、だが時間が無いので続けさせてもらう。次に悪い情報と言うのはな、我らの力を使いココとは別の世界へ飛ばされてしまうという事なのだ。お主にはまだ可能性がある。だがあの世界ではもう無理なのだ、なんせぐっちゃぐちゃだからの。原型を留めているのは頭ぐらいでなぁ……」
「……助けて、くれる、んですか?」
「事実はそうなる。だが別の世界だ、倫理も人の生き様も生態系も、世界としての基盤やルールがまるで違う、そのような場所に放り出される事が救いかどうかは解せぬな」
「ほ、他の皆も一緒なんだろ!? それならなんとか……」
「お主のみなのだ。他は無理だ、諦めてくれ」
「何でだよ! あんたら神様なんだろ!? ここにいる皆も助けてくれよ! あんまりじゃないか!」
「無理なのだよ……」
「ごめんね……」
神の二人は申し訳なさそうに下を向き、絞り出すようにその事実を口にした。
「どうして、俺なんだ……?」
その問いかけに今まで黙っていた女神がおずおずと口を開いた。
「それはねー、君が一番あっちの世界に近い魂と高い身体能力を持っていたからなの。魔法の知識やモンスター、幻獣魔物エトセトラetc、運動神経、反射神経、そういうのが一定値以上ないとあっちの世界は無理なの、生きていけ無いの」
つまりアレか。
俺がゲームや漫画、アニメやラノベが大好きなオタクだから良かったねと言いたいのか。
運動能力は自他共に認める学年トップなのだ、そこは俺の唯一無二の自慢だね。
体力馬鹿とは言わせない。
けどそれしか得意なものを持ち合わせていない。
「それに他の魂は状態が悪くてちょっとね。だから君に全部託そうと思ったの。勝手な事して申し訳無いけどさ、その分君の振り幅が増えるんだし悪い事では無いと思うよ?」
「状態が悪い? 託す? 振り幅? 何の話なんだ?」
「あーそれについては後でだ。時空間の効力が切れる、また会おう」
「逝ってらっしゃ〜い。また後でね〜」
「えっちょっ……マジ?!」
ガラスが割れるような音が鳴ると同時に二人の言葉が急速に遠ざかり、俺の体は逆再生のようにバスの中に吸い込まれ、先程と同じ視界を埋め尽くす強烈な光の渦が輝いた。
遅れてしまいました。
次回からはなるべく定時に投稿出来ればと時間調節をしていきたいと思います。