支配者の迷宮 -出発とゴブリンー
それからしばらくして、ヴェリアたちの初出産も終わり、この世界のホムンクルスの特徴である早熟により一月もしないうちに外見年齢が12歳程度の少女が数人カガリの下に集まっていた。
「パパ様、ご用は何です」
そのうちの一人、金髪で愛らしい顔をした少女、フェミアが先頭に立ってカガリに問う。
「お前たちの数人に、町へ行ってもらうことになる予定なんだ」
そう言うと、少女たちがざわざわと顔を見合わせつつ小声で話し始める。
「フェミア、お前はティーリとナシェリとともに、魔法について勉強してもらう」
声をかけられたフェミアはきょとんとする。
「1月後、作戦が上手くいけば三人に魔法学校へ通ってもらうことになる。そこで様々なことを学び、ここで生かせることを探してほしい」
「はいです」
頼られたことが嬉しいのか、満面の笑みで頷くフェミア。
「お前たちには町で拠点となる家の運営と、それが確保し終わったころに放つモンスターを、先頭を切って殲滅してほしい」
カガリの言葉にオロオロしながらもフェミア以外の少女たちが頷く。
「安心しろ、お前たちにはシャドウナイツを2体ずつ付け、こいつも連れて行く。俺ももちろん作った人形で同行するがな」
そう言ってカガリが後ろを指差すと、そこにはカガリよりも頭一つ大きい、犬耳と犬の尻尾が生えた美女が首に首輪をつけて立っていた。彼女はへーリネンといって、盗賊団の頭をしていたが、カガリに密かにコンプレックスに思っていたムキムキの体を女性らしい体に変えてもらって以来何かと甘えるようになっていた(ちなみに今は少女たちの手前まじめな顔を取り繕っている)。狼人族の亜人といっていた。
「は、はい」
ちょっと安心したように頷く少女たちをカガリは一人ずつ頭をなでていく。この子達はフェミア以外はガリアが生んだ子達で、フェミアはヴェリアが生んだ。
(ややこしくなってくるからそろそろ似た名前はやめよう)
なんてカガリは考えていたりする。
「それじゃあ馬車などは明日までに用意するから、それまでに着替えや食料を入り口まで持っていくこと。入り口付近にはスケルトンたちに見張らせてるから大丈夫なはずだよ」
「「「「「「はい、お父様」」」」」」
声をそろえて少女たちは一礼し、我先にと準備をしに自室へと駆けて行った。
「カガリ、様」
そう言って扉の前に控えていたガリアが膨らんだお腹を抱えて近寄ってくる。へーリネンと一瞬火花が散るが、前にそれでこっぴどくしかられたため、すぐに互いに視線をそらす。
「ん、ガリア。体調はどうだ?」
「だ、大丈夫です。カガリ様の用意したベッドはとても気持ち良いです、恐れ多いです」
顔を赤らめながら言うガリアにカガリは思わず頬が緩んでしまう。例えるなら遠慮がちに擦り寄ってくる子犬を見ているような気分だ。
「ん、そうか。その子を産んだらヴェリアと一緒に俺の身の回りの世話を頼む」
「は、ははははいっ」
とても驚いたようで、とびあがってぺこぺことお辞儀をし、カガリにそのまま無理せず周りを手伝ってこいと伝えるとあわてて飛び出していった。
「大丈夫かねぇ」
「大丈夫かと」
カガリが漏らした声に律儀に反応するへーリネン。ちょっと棘のある声はおそらくガリアに嫉妬しているためだろう。
「というわけで、お守りは頼むよ」
「承知しました」
丁寧な文言(アッレに文字通り叩き込まれた)で短く返すへーリネンに、カガリは苦笑する。
「出かける前に、今夜可愛がってやるから出発の準備は早めにしとけ」
「は、ははっ」
へーリネンは頭を下げて尻尾を嬉しそうにぶんぶん振りながら部屋を出て行った。
「まるで臆病ですね」
「どういう意味だ?」
珍しく久しぶりにアッレと二人きりで紅茶を飲みながら話す。
「ここの迷宮の力を使えば村一つ奪うことができるでしょう」
「奪って・・・それからどうする?」
「さあ、支配すればいいでしょう」
カガリは鼻を鳴らす。
「支配したところでめんどくささが増すだけだぜ?だったら他人から奪わずに自分の居場所を作れるここは、中々良いところじゃないか」
「あなたに欲はないんですか?」
不思議そうに聞くアッレに、カガリは心外だとばかりに大きくため息をつく。
「もちろんあるぜ。自分の居場所を作ってそこにハーレムを作る」
「なんというか、微妙に小さくないですか?」
苦笑いするアッレに人差し指を振るカガリ。
「居場所ってのは、上位者に簡単に侵される。侵されないためには自分が上位者になるのが一番手っ取り早い、そしてなるべく他人から奪わないでそれを実現させれば、将来安泰というわけだ」
「国でも作るつもりですか?」
アッレの呆れたように言う言葉に愉快そうに笑いながらカガリは言う。
「国ですめば良いが、俺の気にくわねえやつは排除する。欲で他人のものを奪おうなんてやつは見過ごせない」
それを聞いたアッレは、ため息をついてカガリを眺めなおす。
「(もしそれが本当に実現できたら、あの方にお知らせするべきでしょうね)」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、なにも」
そう言ってアッレは微笑み、カップに残った紅茶を飲み干した。
翌朝、馬車数台を隊列にした集団が村を出発した。集団の中には村の商人や男も数名混じっていた。
「ねえお父様」
「ん?」
その中でも特に頑丈そうな馬車にカガリのホムンクルスと少女たちが乗っていた。少女たちの半数にはスキルにアイテムボックスを入れているため、載せている荷物は少ない。
「街に着いたらどうするの?」
「まずは当面の資金を使って住居と食料の買出し。そこからは孤児がいたら拾っていくってことで」
その言葉に、連れ立っていたメンバーは一様に了解の返事をした。
娘たちは迷宮の外に出るのがほとんど初めてであるため、みんな目を輝かせている。
「なあ」
へーリネンがカガリに話しかけてくる。迷宮の外では怪しまれないよう敬語は慎んでもらうことにしていた。
「ん?どうした」
「さっき、孤児がどうとか言ってたろ。拾って、何か役に立つのか?」
訝しげな視線にむしろ呆れたようにため息をついてカガリはその目を見返す。
「あのなあ、年寄りとか中年ならまだしも、ガキだぞ。この先を生かせば何十年分の労働力が手に入る」
「・・・は?」
「もちろんただの労働力じゃない、自分たちで生きていく力を養わせつつ、様々な街に行ってもらって情報収集をさせるんだよ」
つまらなそうにジャーキーをくわえながらカガリは説明を続ける。
「ある程度自分でものを考えられる年齢になる前のやつが良い。こっちでいくらでも教育はできるし、戦力にもなる」
「道具として使い捨てるのか」
はき捨てるようにへーリネンが言うと、カガリは心外だとばかりに眉をひそめる。
「なんで使い潰すような馬鹿な真似しなきゃ何ねえんだ。明日を生きていく力を与えて、その分いろいろ情報を回してもらうってわけさ」
この子達も、それに合わせて各都市に送るつもりだと言うと、理解できないとばかりにへーリネンは頭をガシガシとかいてため息をついた。
「つまり、道具じゃねえわけだな」
「人は財産だ。むざむざ稼げるやつを放置するとか俺には考えられん」
鼻で笑いながら言うカガリに降参だとばかりにへーリネンは諸手を挙げて降参し、会話を打ち切った。
「あ、猪さんですのー」
「へ、どれど「えいっ」」
ズガン!
「ありゃー、外れちゃった」
「な、何してますの!?」
なんだかそんな感じの会話が馬車の後ろ側から聞こえてくる。ちらりと見たときに粉々に吹き飛んだ大岩と死に物狂いで逃げていく大猪の姿が見えた気がしたが、気のせいだろう。
「なあ、やっぱり強化しすぎたかな?」
「当たり前だ馬鹿」
カガリが引きつった笑みで聞くとへーリネンが呆れたように答えた。
「第一初日で全員が私を完封できるほどの実力とか過剰すぎだろ」
「うーん、親ばかが過ぎたかなあ」
そんな感じでのんびりと会話していく。一応全身をぶるぶる震わせている御者に一言謝っておいた。
「あ、なんか緑のいたー」
「ゴブリンだと思うのですの」
そんな会話が聞こえてきて、カガリも見てみるが娘たちの視力が良すぎるのか全くわからない。
「ルティ、どのへんだ?」
「あっちですの」
そう言ってルティと呼ばれた金髪の少女が街道からだいぶ離れた山の中腹辺りを指差す。
「ああ、そりゃそこにはゴブリンの巣の天然迷宮があるからね」
後ろから見て大体の方向を察知したのだろうへーリネンが教えてくれる。
「ふむ・・・ときに御者さんや」
「は、はいっ!」
カガリが声をかけると御者をしている青年がびくりと体を強張らせる。
「今日の野営地ってもうすぐだよね」
「は・・・はい」
こわごわと答える青年に特にそれ以上フォローする気もなくカガリは黙って数秒思考し、すぐに結論を出した。
「よし、娘たちの実践訓練もかねてそこを潰しに行こう」
「おいおい」
「やったーですのー!」
「うぃー!」
「やたー!」
カガリの言葉にへーリネンが呆れるが、娘たちは大喜びで馬車の中で踊りだした。
商隊の警護に、迷宮から半数を連れてきた元盗賊奴隷(今はメイド訓練もしている)を置き、娘たちとともにゴブリンの巣へ向かう。夕食は娘の一人に仕舞わせておいたアッレお手製のハンバーガーである。
「よーし、ストラから皆獲物受け取ったかー?」
「はいですの」
「うぃ」
「うん!」
「あい」
「はーい」
「はぁい」
ストラと呼んだ藍色の髪をした少女の頭をなでながらルティたちに声をかけると、それぞれ元気な返事が返ってきた。
「作戦は簡単だ。サーチアンドデストロイ、サーチアンドデストロイだ。ルティ、カラ、フィア、マイン、ラミ、ストラ」
「「「「「「ヤー!」」」」」」
カガリのノリに娘たちはすっかりテンションが上がっている。
ルティは背中で折り返して束ねていた金色の髪の毛を開放し、その一房一房に鉄製の剣を器用に巻きつけ、持ち上げている。
燃えるような紅い髪のカラは両手に大振りのハンマーをそれぞれ持ち時折思い出したように素振りをしている。
しっとりと濡れたような黒髪のフィアは全身から黒いオーラを立ち上らせている。
マインは茶髪を無造作にまとめ、仕立ててもらった全身鎧を着て楽しそうにピョンピョン跳ねている。
白髪のラミは下ろしたてのローブと身長に見合った大きさの杖を持ってカガリの袖をつかんでいる。
ストラは濃紺の髪の毛をポニーテールにして、背中に背負った自分の身長の半分ほどの大きさの真っ黒な箱を背負っている。
それぞれがきらきらとした瞳で前方を見つめ、そのままゴブリンの巣へと向かっていくと、見張りらしきゴブリンが突っ立っているのを発見する。
「む」
「えいっ」
バスン
ストラがどこからか取り出したこぶし大の石をそのゴブリンへためらいなく投げつけ、ゴブリンは勢いで吹っ飛んだりよろけたりもせず数秒突っ立っていたかと思うと崩れ落ちた。
「ストラ、他に気づかれると面倒だからもうちょっと工夫しなさい」
「はーい」
そう軽く注意しながら倒れたゴブリンを見に行くと、そのどてっぱらが見事に貫通されていた。石は見当たらない。
「まあ良いや。なるべく固まって動いて、気づかれたらもう遠慮なく投げまくって良いぞ、ストラ」
「はーい」
そう言いつつ前進すると、異音に気づいたゴブリンが仲間を引き連れてやってきたのと鉢合わせた。
「よし、各自固まって動きつつ殲滅せよ!」
「「「「「「ヤー!」」」」」」
そこから一時間後、ゴブリンの巣にいたゴブリンは全滅した。
「これはどうするんですの?」
「・・・どーすっかなー」
ルティが目の前の惨状を見ながらカガリに問うが、カガリも困ってしまい頭をかく。
そこには、数人の10~20代の女性が横たわっていたり、壁に寄りかかったりしていた。その女性たちに共通するのは、絶望で光を失った瞳と、どろどろに汚されていたこと。数人の女性はお腹が膨らんでいて、妊娠しているだろうことが否応なくわかった。ルティ以外の少女たちは奥へ進んでもらい、隈なく探索してもらっている。
「できれば、生かしてあげたいんだけどな」
そう言いつつカガリが近づくと、一人の女性がほんの少しだけ瞳に光を戻す。
「だ・・・誰?」
「カガリという者だ。ゴブリン退治ついでに助けに来た」
「・・・助け?」
「ああ」
光を戻した女性は元は黄金色に近い茶髪だったのだろうべとべとの髪を顔に張り付かせ、カガリの顔を見た後、目を伏せる。
「・・・殺して」
「なんでだ?」
「こんな、ゴブリンなんかに犯されて・・・孕まされて、もう生きてなんていけない」
そう言いつつ光を失い始める彼女の瞳を見据えながらカガリは言う。
「そんな風に考えずとも、救ってやる」
「・・・やめて」
「まずは体をきれいにして、まともな飯を食わせる」
「やめて」
「次に治療だな。望むなら妊娠している者たちを安全に取り除いてやる」
「やめてっ!」
カガリが彼女の訴えを無視して言い続けると、彼女は大声を振り絞って叫ぶ。
「で、もしそれでも愛される自信がないなら、俺が愛してやる」
「・・・っ!?」
真剣なカガリの言葉に、彼女は目を見開く。
「いくら汚されていても、いくら絶望しても。お前たちが生きたいと望むなら俺はそんなお前たちを愛する」
「う、うそ・・・」
「嘘じゃない」
言いつつカガリは自分の衣服が汚れるのもかまわず彼女を抱きしめた。呆然とした彼女はしばらく体を硬直させていたが、やがて弛緩させて大声を上げて泣き始めた。
(参ったな・・・こんな世界なのか)
内心でカガリはそんなことを思いながら頭を抱えていた。
20分もすると彼女は泣き止み、泣きはらした目をしつつ俯いている。他の女性もカガリの話を聞いている者もいたのか、静かにカガリに視線を向けていた。
「お父様ー、奥にいたボスっぽいのも殲滅してきましたー」
「装備その他回収してきましたー」
「ここ以外にいた比較的まともな子を数人見つけたので、連れてきましたー」
先にいかせた娘たちが各々の戦果を報告しつつ戻ってきた。マインが普通のゴブリンの2周りほどでかくてごつく、赤いゴブリンを引きずり、フィアが女性たちを数人引き連れている。ストラはいつもの荷物以外は手ぶらだ。
「じゃあお前たち、これから先、俺の側にいるつもりはあるか?」
「は、はい」
どこかボーっとしたような表情で先ほど抱きしめられていた女性が頷く。そのほかの女性もほとんどが頷き、頷かない女性は未だに瞳に光が戻らない女性だった。
「よし、では近くの川で体を洗った後、護衛をつけるから俺の本拠地へ移動してほしい。そこでなら治療を行える」
そう言いつつ娘たちに女性たちを川辺へと連れて行かせた。
「あ、あの・・・先ほどのお言葉は、本当ですか?」
「本当だ。綺麗な女性を犯して孕ませ繁殖のために使い倒すようなクズは殲滅してやる」
「は、はい」
珍しく怒気をにじませるカガリにこっそりと様子を見ていたルティは慌てて自分の仕事に戻った。女性は「き、きれい・・・」なんて呟いてちょっと頬を染めていた。
「あ、あの。私の名前はファティナ。ファティナ・クルーエルです」
「貴族か」
ファティナのと名乗った女性にカガリは驚く。
「は、はい。このあたりを父が治めているのですが、狭い領地で、兵も少なく私が領地の外へ出ようとしてゴブリンたちに捕まってもすぐには助けにこれなかったのだと思います」
「そうか・・・遅くなってすまなかった」
「い、いえ・・・そんな」
苦々しい顔でカガリが謝ると、ファティナは恥ずかしそうに身をよじっていた。
「治療が終わったら即座に帰そう」
「えと、あの・・・お側には」
「大丈夫だ。きちんと協力してくれれば問題ない」
そう言ってカガリが笑いかけると、ファティナは戸惑いながらも頬を染め、ルティに促されて川へと向かっていった。
改めて自分の惨状を見てその異形を孕んだ腹を見たり、安堵したことから号泣するものが続出したが、ルティたちに任せ、カガリはもう一個ポイントで購入した携帯端末で迷宮内にいるスケルトンを50体ほど呼び出し、マインに商隊の元盗賊メイドたちを呼びに行かせた。 水浴びを終えた女性にタオルと簡素な衣服を渡し、準備を終えたものからカガリの近くに待機させていた。(怖がるといけないので近くには元盗賊メイドを控えさせている)
「あ、あの・・・ありがとうございます。兎人族のリナと言います」
一人ずつ戻ってくる女性達に、カガリは簡単な自己紹介をしてもらっていた。今挨拶をしているのは小柄でスタイル抜群の兎耳の美少女だった。彼女はかなりお腹が大きいので、それなりの期間捕まっていた事が伺える。
「ん、どういたしまして。君は、これからどうする?」
カガリが問うとリナは迷うように視線をさ迷わせる。体感で1分程してやがて意を決したように意志の強い瞳でカガリの目を見返した。
(どうやらかなり図太いようだな)
そんな風に思っているカガリにリナは口を開く。
「もしよろしければ、お側に置いて頂けませんか?」
「ああ、構わないよ」
カガリが即答すると、リナは驚いたように目を見開く。
「ところで君の家族には連絡したほうが良いのかな」
「あ、いえ。私の家族はその・・・」
驚き、慌て、最後に悲しそうに俯くリナに、カガリは察してそれ以上問わず軽く頭を撫でてから木の側に座らせた。
数十分後、夕方になり日も暮れた頃には全員の準備が整い、彼女達はそれぞれに表情を浮かべつつ、迷宮へ歩いていった。