第8幕~曹操を狙う暗殺者、語られる真実と報~
投稿します!
少々ノクターンギリギリの表現が含まれます。ギリギリセーフだといいんですが(^_^;)
それではどうぞ!
「・・・」
曹操の条件を受け入れた愛紗が夏侯淵と共に連れられ、曹操の天幕に入っていって幾ばくか経った。
鈴鐘はすっかり更けた夜空を眺めながら1人黄昏ていた。
「・・・ハァ」
愛紗の言葉に一度は聞きいれたとはいえ、鈴鐘の胸中は罪悪感で占めていた。
鈴鐘は今からでも自分が臣下になるといって愛紗を解放してもらおうとも考えた。
自分が曹操の臣下になれば、愛紗が犠牲にならずとも馬超の命は助かる。だが、この場合、鈴々と離ればなれにならなければならないのだが、最悪、鈴々と共に曹操に仕えるという手段もある。
そう思い立ったのだが、鈴鐘は足は動かなかった。
もし、それをしてしまえば・・・。
「(そうなれば、あの子は乱世に身を投じなければならない・・・)」
曹操は覇王の資質を持つ王。今はまだ小国の王だが、いずれはこの大陸に覇を唱えるだろう。そうなれば天下統一のため、戦い続けなければならない。
鈴鐘も一度は乱世に身を投じ、戦い続けた経験がある。
愛紗に出会い、旅をし、その中で荒廃していく世を憂い、そして、自身の理想を体現してくれる義姉と、その道を指し示してくれる御剣昴と出会い、理想を叶えるために戦に身を投じた。
そのことに後悔は一切ない。辛い・・・と思わなかったわけではないが、戦った結果、得た世界を目の当たりにした時、自分のしたことを誇りに思えた。
だが、その業を鈴々にまで背負わせたくはない。
始めは良かった。自分が殺めた者達が賊であったからだ。彼らは自分達の欲のために物や食料、果ては命まで奪っていく非道の輩。
もちろん、彼らの全てがそのような存在なわけではなく、中には乱れた世の中に耐えかね、やむ得ず魔道へと足を踏み入れた者もいる。しっかりと治められた世であれば、真っ当な道を歩いてゆけただろう。
だが、そのような世であっても真っ当な道も歩いている者も大勢いた。悪事など行わず、真っ直ぐ生きる者達が。なので、賊を殺めることに疑問は感じなかった。そうしなければ失われていく命があるからだ。
大陸に蔓延る賊が掃討されれば、次にやってくるのは国を治める王達による勢力争いだ。
今度の相手は、恨みも憎しみもない者達との戦いだ。
戦に身を投じる理由は様々なれど、その者達と戦う理由は単に理想と立場が違ったというだけ。それだけで戦わなければならない。
そこに正否はなく、あるのは自身の理想を叶えるためという正当性だけ。
一時期、そのことが鈴鐘の心を締め付けていた。
とても辛く、苦しく、悲しい気持ちが鈴鐘の心を蝕んだ。一度、そのことを御剣昴に相談したことがあった。
『だからこそ、そんな乱世はいち早く終わらせなきゃならないんだ。そうしなければ、死ななくてもいい者達が死んでしまう。辛いとは思う。けどな、これは鈴々にしかできないことなんだ。辛いなら泣いてもいい。憎いならそれを強いてる俺を憎んでくれていい。だから、鈴々の力を貸してくれ』
そう言って鈴鐘を慰めてくれた。
その時の御剣昴の悲痛に満ちた顔は印象的で、今でも記憶に残っている。そして悟った。
皆辛いのだと。愛紗も、御剣昴も、星も、他の仲間達も。
だから、そんな世を変えるために歯を食い縛って戦ってこれた。
結果、戦のない世界を実現できた。
だが、全てが終わり、自分の辿った道程を振り返った時、たまに、『他にも道があったのでは?』と思う時がある。
鈴鐘がこの世界に来て、自身の分身とも言える幼い頃の自分と出会った。
そして思ったのが・・・。
この子に自分と同じ道を歩ませていいものか、という思いだ。
当時の自分を客観的に見て、他の者より圧倒的に武に優れている、という以外は年頃の小さい子供と変わらない。
今なら、鈴々に戦わない幸せを掴む道を示してあげることができる。
だが、それを強要することを鈴鐘には出来なかった。
それを選ぶのは鈴々であるし、他の者を守れる力があるのにそれを使うなというのもまた苦行だからだ。
姉である自分に出来るのはあくまでも道を示すだけ。
「・・・ふぅ。ここで考えても仕方がないよね」
鈴鐘はがぶりを振り、視線を愛紗と曹操のいる天幕に移した。
今頃、愛紗は・・・。
「・・・お兄ちゃんだったらもっといい方法で解決したんだろうなぁ」
知がないことを悔やむ鈴鐘。
「・・・ん?」
鈴鐘は妙な違和感を感じた。
愛紗達が入っていった天幕。中に2つの気配。1つは愛紗、もう1つは曹操のものだろう。だが・・・。
「(もう1人誰かいる?)」
鈴鐘はもう1つの気配を感じ取っていた。
夏侯淵は愛紗も天幕に案内するとすぐに出ていった。それからあの天幕に入っていった者はいない。元から中に人がいたという可能性もあるが、曹操が夜の睦みごとに他の者も同伴させるとも思えない。
「・・・悪い予感がする」
鈴鐘は嫌な予感を感じていた。
※ ※ ※
「~~//」
愛紗は天幕内に設けられている寝台に横たわっている。
その身に一切何も纏わず、生まれたままの姿で・・・。
愛紗は義理の妹の友人を救うため、一度は覚悟を決めて寝台に潜り込んだが、いざその時が近づいてくると、恐怖やら羞恥心やらがどんどん心を占めていく。
身体こそ成熟しているものの、愛紗は夜の睦みごとの経験は一切ない。所謂生娘だ。
これから自分の身に起こる何かに平常心を保つことができない。
「・・・待たせたわね」
「っ!」
寝台を囲う仕切りに曹操のシルエットが映る。
スッ・・・。
曹操の身体から身に纏っていたガウンのような物がストンと落ちた。仕切りがめくられると、一糸もその身に纏わない曹操が現れた。
「っ//」
その姿を目の当たりにすると、愛紗は恥ずかしさから曹操に背を向けた。
「ほ、本当に馬超の命を・・・」
「約束は守ると言っているでしょう?」
曹操が寝台に入り、愛紗と密着した。
「身近で見ると本当に美しい黒髪だわ・・・」
曹操が愛紗の髪をそっと撫でた。
「ひっ!」
愛紗の身体をゾワゾワっとした感覚が襲う。
黒髪を触れていた指が今度は胸に向かう。
「・・・ん//」
「ふふっ・・・。薄々気づいてはいたけれど、やはり生娘なのね。・・・ますます気に入ったわ」
愛紗はギュッと目を瞑り、身に走る感覚とこれから身に起こる恐怖を半減させようと試みた。
胸を触れていた指がゆっくりと下へと向かっていく。
「ぁ・・・//」
「黒髪同様、こっちもしっとり艶々ね・・・」
曹操は愛紗を仰向けに向かせ、自身は上から愛紗を組み伏した。
「う・・・」
愛紗はゆっくり目を開けた。そこには恍惚の笑みを浮かべた曹操が・・・。
「怖がらないで、すぐに快楽に変わるわ」
尚も愛紗の身体を支配しようとする曹操。
「・・・・・・っ!?」
その時、寝台のはるか上、天井からキラリと光る何かを愛紗が発見した。
「くっ!」
「きゃあ!」
愛紗はすぐさま曹操を突き飛ばした。それと同時に・・・。
ガン!!!
天井から黒笠を被り、目元以外を黒い布で覆い、手甲に刃を仕込んだ者が降り立ち、その刃を突き立ててきた。
「ぐっ・・・!」
愛紗は手甲を掴み、その刃を止める。降り立ってきた者は尚も刃を押していく。
「う・・・っ!? 曲者だ! 出会えーーっ!」
床から立ち上がり、即座に状況を理解した曹操が増援を呼ぶために大声を上げた。
「華琳様!」
その声を聞きつけた夏候惇がすぐさま天幕内に雪崩れ込んできた。
「っ!? ・・・ちぃ!」
増援に気付いた暗殺者が天井へと跳躍し、天幕の入り口に何かを投擲した。
ボォン!!!
投擲した物が地面に着くと、黒い煙が上がった。そしてすぐに暗殺者は外に逃げていった。
「ゴホッ! ゴホッ! ・・・華琳様・・・、お怪我は・・・」
「私は無事よ、ここはいいからあなたは賊を追いなさい!」
「はっ!」
指令を受けた夏候惇は口元を押さえながら天幕を出ていった。
「・・・っ」
その光景を愛紗は茫然と眺めていた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
天幕を脱出した暗殺者は曹操の陣をどんどん駆け抜けていく。
陣を抜けてすぐ先の場所でそこに控えていた仲間2人と合流した。
「首尾は?」
「失敗だ。思わぬ邪魔が入った」
「・・・そうか。だが、まだ機はある。曹操が都に戻るまでの間に何処かに機が―――」
「見つけた」
「「「っ!?」」」
そこに、静かで、それでいてよく通る声が響いた。
暗殺者達が声のした方向に視線を向けた。
月を覆っていた雲が抜け、月明かりが照り始めた。そこに現れたのは・・・。
「足が速くて少し驚いたけど、もう逃がさない」
険しい顔をした鈴鐘だった。
鈴鐘は嫌な予感を感じたその瞬間、愛紗達が入っていった天幕から曹操の大声が響き渡った。その声をすぐさま聞きつけた夏候惇が天幕内に入っていった。鈴鐘も同じく天幕に入ろうとした時、天幕の屋根から人が飛び出したのを確認し、後を追いかけた。
即座に取り押さえることも出来たが、仲間がいる可能性もあったので、暗殺者に気付かれないように、かつ見失わないように心掛けながら追跡し、仲間と合流したところで姿を現した。
「どうする?」
「・・・姿を見られた以上、生かしておくわけにはいかない、相手は1人、それも丸腰だ。疾く始末し、退くぞ」
「応」
暗殺者3人は素早く鈴鐘を包囲した。
「・・・」
鈴鐘は現在蛇矛を持っていない。宿に置いてきたからだ。
スッ・・・。
暗殺者の1人が手甲から刃を出し、もう1人が腰元から短剣を抜き、もう1人が腰に帯びている直剣を抜いた。
ヒュッ・・・。
鈴鐘は3人が得物を抜くな否や直剣を抜いた暗殺者に飛び込み、拳を握ると、腹目掛けて拳を振るった。
「くっ!」
暗殺者は即座に抜いた剣の腹を楯替わりにしてその拳を防ごうとしたが・・・。
パキィィィィン!!!
「うぐっ!」
その拳はいとも容易く直剣を砕き、そのまま暗殺者の腹に突き刺さり、その暗殺者は苦悶の声を上げながら倒れていった。
「おのれ!」
鈴鐘が動いてすぐに手甲に刃を仕込んだ暗殺者が鈴鐘に距離を詰めにいっていた。
「ふっ!」
バキィッ!!!
「がはっ!」
鈴鐘は慌てることなくその暗殺者に反応し、右脚でその暗殺者の顎を蹴り抜いた。蹴り抜かれた暗殺者は宙へと数メートルほど舞い上がり、そのまま地面へと落下していった。
最後の1人・・・、前後左右何処にもその姿はない。
「・・・」
鈴鐘は右脚を下ろし、視線を上に向けた。
「死ねぇ!」
そこには、短剣を両手で逆手に構え、鈴鐘の頭目掛けて振り下そうとしていた。
スッ・・・。
鈴鐘は一歩後ろに下がり、その短剣をかわすと、左脚を高く振り上げた。
ガンッ!!!
「ぎゃっ!」
振り上げた左脚の踵を3人目の暗殺者の脳天に叩き付けた。
「ふぅ」
暗殺者3人を片付け、一息を吐く鈴鐘。
たとえ蛇矛がなくとも今の鈴鐘には全く問題がなかった。
時間にして僅か10秒弱。そんな僅かな時間で暗殺者3人を昏倒させた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
暗殺者を昏倒させた後は、その3人を担ぎ、曹操の陣にまで運んでいくと、衛兵を連れた夏候惇と出くわし、暗殺者を夏候惇に引き渡した。
その後は、先程曹操と馬超の身柄に関しての取引をした天幕へと案内された。そこにはガウンのようなものを纏った愛紗と曹操がいた。
暫し待機していると、天幕に夏候惇がやってきた。
「賊は?」
曹操の問いに夏候惇は首を横に振った。
「・・・申し訳ありません。捕えた3人とも隠し持っていた毒をあおり・・・」
「そう・・・。ならば仕方ないわね。薄々そうなると予想していたわ。あなたが気に病む必要はないわ」
曹操はこの事態を想定していたのか、特に気にする素振りを見せなかった。
「曹操殿、先程の刺客はいったい・・・」
愛紗が曹操に尋ねた。
「あの3人、ただの賊じゃないと思うよ? すごく鍛えられてたから」
その3人と戦った鈴鐘が感想を呟く。
直接相対した鈴鐘は、3人の実力を肌で感じていた。身体能力、連携、体捌き、これらは並みの親衛隊の実力を超えていたと。
あっさり制圧出来たのは鈴鐘の実力が飛びぬけていたからだ。
「でしょうね。あの者達は私に差し向けた刺客でしょうから」
「どういうことです?」
「出る杭は打たれる。都では私を煙たく思う者も少なくないから、何者かが差し向けたのでしょう」
曹操は以前にも同様のことがあったのか、不機嫌そうな表情をした。
「それにしても・・・」
「?」
「あの刺客3人をあっさり捕縛してしまうなんてね。やっぱりあなた、私の陣営に来ない?」
曹操は鈴鐘に視線を送り、再度勧誘をした。
「・・・ごめんなさい。私にはやらなければならないことがあるし、それに、探している人もいるから・・・」
鈴鐘は申し訳なさそうに曹操の申し出を辞退した。
「探している人?」
「うん。その人はとても強くて、頭が良くて、カッコよくて、とっても優しい、私の大切の人なの」
鈴鐘は少々頬を赤く染めながら説明をした。
それを聞いた曹操は鼻を鳴らした。
「全く、あなた程の者が在野に埋もれている事実が私には許せないわ。以前の御剣昴といい、どうしてその才を生かそうと―――」
「えっ!?」
曹操の口から思わぬ者の名前が出てきて思わず驚愕の言葉が出る鈴鐘。
「ねぇ、今『御剣昴』って言った?」
「え、ええ。それがどうかしたの?」
鈴鐘の剣幕に押され、少々戸惑う曹操。
「昴は何処にいるの!? お願い、教えて!」
「り、鈴鐘、少し落ち着け!」
必死の形相で曹操に詰め寄ろうとする鈴鐘を愛紗が止める。
「あなたが探しているという人物は御剣昴なの?」
「うん。離ればなれになっちゃって、ずっと探しているの。けど、一向に手がかりが見つからなくて・・・」
「そう・・・、残念だけど、今、御剣昴が何処にいるかは私にもわからないわ」
「どういうこと?」
「その御剣昴とは今から1ヶ月程前に会ったわ」
曹操がその時のことを話しはじめた。
※ ※ ※
「賊が?」
「はい。2千程の賊が現れたという報告を受けています」
夏候惇からの報告を聞き、思案する曹操。
「わかったわ。では、私自らその賊の討伐に行きましょう」
「華琳様自らお出でにならずとも、我らに任せていただければ・・・」
夏侯淵の申し出を曹操は手で制する。
「これは賊共に対して示威行為の意味もあるわ。この地で狼藉を働くとどうなるか、とね」
「そういうことでしたら・・・」
夏侯淵はその言葉に頷く。
「では出陣の準備をしなさい。準備が出来次第出立するわよ」
「「御意!」」
夏候姉妹は返事をし、準備を開始した。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
行軍の準備が整うと、曹操はすぐに進軍を開始した。
「賊が発見されたのはこの辺りです」
「わかったわ。春蘭、あなたが先鋒を務めなさい」
「御意!」
夏候惇が返事をし、先陣へと駆けていく。
「賊を発見次第賊と戦闘を開始するわ。常に戦闘を行えるようにしていなさい」
「「「「はっ!」」」」
曹操軍は進軍していった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
「伝令!」
賊の発見された地点からしばらく行軍していくと、曹操の下に伝令兵が駆けてきた。
「どうした!」
「はっ! 先陣が賊を発見したのですが・・・」
伝令兵が歯切れを悪くする。
「賊はすでに交戦中・・・いえ、もう、そのほとんどが討たれている模様です」
「何ですって?」
この伝令には曹操も少なからず驚く。
「他の諸侯が討滅に来たのでしょうか?」
夏侯淵が驚愕しながら意見を言う。
「そうとも思えないわね。義勇軍でも流れてきたのかしら・・・」
曹操が顎に手を当てて考え出す。
「いえ、討滅しているのは軍ではありません」
伝令兵が事実を報告し始める。
「賊を討っているのはたった1人です」
「!? 何ですって!?」
次に伝えられた事実に曹操は目を見開いて驚愕した。
報告にあった賊の数は2千。それを1人で討滅など並大抵のことではない。曹操配下最強の武を持つ夏候惇でも出来るかどうか・・・。
「秋蘭。現場に急いで向かうわ。付いてきなさい!」
曹操は馬を走らせ、その賊を討伐している者のところまで急行した。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
「これは・・・」
馬を走らせると、この地に現れた賊の死体が姿を現した。さらに馬を走らせていると・・・。
ザシュッ!!!
「ぎゃは!」
残り僅かとなった賊を1人の男が現れた。
その男は次々と賊を両手に持った双剣を振るい、屠っていく。
曹操はその姿に目を奪われていた。
その男は他の者を畏怖し、圧倒する武・・・ではなく、見る者を魅了する武を披露していた。
技、キレ、体捌きを駆使し、舞を踊るかのように賊を一刀で葬り去っていく。最後の賊を屠ると、男は双剣を鞘に納めた。
双剣を納めると、近くにやってきた曹操に視線を向けた。
「!?」
その男は曹操を姿を目の当たりにすると、一瞬目を見開いたが、すぐに元の表情に戻した。そのまま踵を返すと、その場を去ろうとした。
「待ちなさい!」
曹操は大声でその男を制止し、馬をその男の傍まで走らせた。
「賊を討伐したのはあなたね?」
曹操の制止の声をその場で立ち止まり、曹操に視線を向けた。
「そうだ・・・と言ったら?」
曹操はその向けられた視線に一瞬惹きこまれた。その深みを帯びた男の瞳に今までにない感情が胸を支配していた。
「我が領土に巣食う賊を私に代わって討伐してくれた礼をしたいわ。是非とも我が城まで来てくれないかしら?」
曹操が自身の城にその男を招待した。
「俺はそのつもりで賊を討伐したわけではないから遠慮しとくよ・・・って、言いたいところだが、それでは君の面目を潰してしまうことになってしまうから、その招待を受けよう」
男はニコリと笑い、曹操の誘いを受けた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
「むしゃむしゃむしゃ・・・」
男は一心不乱に食事を口に入れた。
男は礼代わりとして、食事をもらうことにしたのだ。
「まともな食事を取るのは久しぶりだから、・・・箸が進む進む」
「そう。それは何よりだわ」
曹操を始めとする将達は出される料理を次々平らげていく様を呆気に取られながら眺めている。
「そういえばまだ名を聞いてなかったわね。あなたは、名は?」
曹操が男に名を尋ねた。
「んぐっんぐっ! ・・・人に名を尋ねるならまずそちらから名乗るのが礼儀じゃないのか?」
口に運んだものを飲み込むと、笑みを浮かべながら皮肉を返した。
「あなた! 曹操様に名を尋ねられたのだから素直に名乗りなさい! これだから男は・・・」
猫耳のフードを被った少女が激昂しながら男に詰め寄った。
「黙りなさい、桂花!」
「ひぃっ! 華琳様・・・」
猫耳の少女は曹操に叱責され、身体をビクつかせる。
「申し訳ないわ。こちらが礼を失していたわ。私は曹操、字は孟徳よ」
「ご丁寧にどうも。俺は姓は御剣、名は昴だ。字はない。よろしくな」
御剣昴は自己紹介をすると、再び目の前の食事に手を付けていった。
暫しの間、昴の食事風景を眺めた後、曹操が切りだす。
「あなたの戦いを見させてもらったわ。是非とも我が陣営にあなたを招きたいわ。どうかしら?」
曹操が昴を自分の陣営に勧誘した。
「ん・・・」
昴は口に入れたものを飲み込んだ。
「悪い。それは断らせてもらうわ」
昴は勧誘を断り、再び食事を開始した。
「貴様ーーーっ! 華琳様の誘いを断るというのか!」
昴の問いに激昂した夏候惇が剣を抜き、昴に斬りかかった。
ギィン!!!
「!? なんだとぉ!?」
昴はその斬撃を避けるでもなく、左指の人差し指で止めた。
「込み入った話があるなら食事の後にしてくれないか? ・・・ズズズッ・・・」
昴は夏候惇を一切見ずに手に持っていた茶碗の汁物を口に入れた。
「・・・ふう、ご馳走様。美味い食事だったよ・・・で? 何かな?」
昴はここで改めて夏候惇に振り返った。
「くっ!」
当の夏候惇は歯を食い縛りながらその視線を外した。
全力でなかったとはいえ、自身の斬撃を指一本でいとも容易く止められたことを目の当たりにし、自分と昴の間には実力ではなく、格の差があることに気付いてしまったのだ。
「さてと・・・、食事も終わったし、俺はこれで失礼するよ」
昴は椅子から立ち上がり、手荷物を持つと、城を後にしようとした。
「待ちなさい」
その昴を曹操が静かに引きとめる。
「私が主では不服なの?」
「いや、君は器、資質共に申し分ないと思うよ」
昴は振り返らずに曹操の質問に答える。
「では何故?」
昴はここで初めて曹操に振り返った。
「俺が何処かの勢力に肩入れしちまうと、そいつが天下人になっちまうからな」
「っ!?」
昴のその答えに曹操の心臓がドクンと跳ねる。
普段の曹操ならば、このようなことを言われれば笑い飛ばしていただろう。だが、この時曹操にはその言葉が冗談に聞こえなかった。
この者を得ることは天を得ることと同意だと。
「・・・なーんてな、冗談だよ」
昴は屈託のない笑顔を見せた。
「俺にはやることと、探している人がいてな。それを成すには何処かの勢力に与しちまうと都合が悪いんだ。だから、すまないな」
昴は踵を返し、歩き始めた。
「私は諦めるつもりはないわよ。いつかあなたを手に入れてみせるわ」
曹操は凛とした表情で昴に告げる。
「・・・こっちの世界でも相変わらずだな(ボソッ)」
「えっ?」
「ん、いや、可愛い女の子に言い寄られるなんてのは、男として鼻が高いなってな」
「なっ!? 何を言っているの!? そういう意味じゃないわよ//」
「ハッハッハッ! じゃあ、縁があったらまたどっかでな」
昴は後ろ手で手を振り、今度こそ城を後にしていった。
※ ※ ※
「昴が・・・」
「ええ、私の誘いを断ってすぐに行ってしまったわ」
「それで、昴は何処に行ったかは知らない?」
鈴鐘は期待を込めて曹操に尋ねる。曹操は首を横に振った。
「行き先も告げずに行ってしまったから、残念だけどわからないわ」
「そう・・・なんだ・・・」
鈴鐘は残念そうに顔を俯ける。
「鈴鐘・・・」
愛紗がそんな鈴鐘を気遣い、鈴鐘の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
鈴鐘はその手にそっと手を置いた。
「昴は生きてこの世界にいる。それがわかっただけでも私は幸せだから・・・」
当初は自分がこの世界にいるなら昴もこの世界にいるはずという、希望的観測しかなかった。曹操の話しにより、御剣昴がこの世界にいるとはっきりわかった事実だけで、鈴鐘は幸せだった。
「さて、今日はもうすっかり興がさめてしまったわ。もう寝た方が良さそうね」
曹操は立ち上がり、天幕の入り口まで歩いていく。
「曹操殿!」
そんな曹操を愛紗が引きとめる。
「関羽、刺客の手から私を守ってくれたこと、そして張翔、その刺客を捕えたこと、礼を言うわ。褒美として、馬超の命、助けてとらすわ」
「!? 曹操殿!」
「ただし、私はまだあなた達を諦めてわけではないわ。あなたのその黒髪と、張翔のその武、いつか必ず手に入れてみせるわ。そして、その御剣昴もね。春蘭、馬超の身柄を引き渡しなさい」
「はっ!」
曹操はそれだけ告げ、天幕を後にしていった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
鈴鐘と愛紗は夏候惇に連れられ、馬超が投獄されている天幕へと向かっている。
「・・・夏候惇殿、1つお聞きしたいことが」
「私に答えられることならなんなりと」
「曹操殿は本当に馬超の母君を手にかけたのですか?」
「・・・」
愛紗の質問に夏候惇は足を止める。
「馬超は曹操が卑怯な手段で、馬超のお母さんを殺したって言ってたけど、私には曹操がそんなことするとは思えないな」
鈴鐘も愛紗と同じ見解だ。別の世界の曹操を知るだけに。
「・・・私は今から独り言を言う」
「えっ?」
「あれは、数年前の都でのことだ。そこで、大将軍、華進様の屋敷に招かれ、酒宴が行われた。その帰りの夜、その時も華琳様は今日と同様に刺客に襲われたのだ」
「!?」
「・・・」
夏候惇は独り言を続ける。
※ ※ ※
華進大将軍の屋敷で酒宴をした帰りのことだった。
夜更けに曹操1人で街の通りを歩いていた時のこと。
ザッザッザッ・・・。
「何者だ!」
黒笠を被り、目元以外を黒い布で覆った刺客に数人に囲まれた。
普段であれば夏候惇や夏侯淵が傍で護衛をしているのだが、この日ばかりは大将軍から招待のため、2人は連れていなかった。
その者達は何も答えず、各々が得物を取り出した。
「ふっ!」
刺客の1人が曹操に襲いかかった。
「はっ!」
ザシュッ!!!
「うがっ!」
曹操は自身の得物である鎌を取り出し、その刺客の胸を斬り裂いた。
「何者の手による者かは知らないけど、その程度で私を暗殺しようなんて、お笑いだわ」
曹操は動じず、鎌を構えた。
「「「・・・」」」
刺客達は無言で曹操を包囲している。
曹操は気付かなかった。自身を包囲している者以外に屋根の上から1人、弓矢で狙っている者がいることを。
バシュッ!
矢が弦から放たれる。
「!?」
その音を聞き、曹操は初めて伏兵の存在に気付いたため、反応が遅れてしまった。
もはやタイミング的に避けられない。その時!
「曹操殿!」
その声が轟くと同時に曹操は何者かに突き飛ばされる。
「ぐっ!」
矢は曹操には当たらず、飛び出してきた者の肩を掠めた。
「曹操殿、怪我はないかい?」
「!? 馬謄殿・・・」
「何か不穏の気配がしてねぇ。気になって来てみたら曹操殿を囲うこいつらと、屋根から狙っている奴が見えたわけさ」
「そういうこと・・・。ありがとう。助かったわ」
曹操は立ち上がり、馬謄と背中合わせになり、刺客達に振り返った。
「「「・・・」」」
刺客達はすぐさまその場を去っていった。屋根から狙撃した者も同様だ。
「鮮やかな引き際ね」
「そうさね」
それと同時に・・・。
「華琳様!」
騒ぎを聞きつけた夏候惇がやってきた。
「どうやらお迎えが来たようさね。私はこれで失礼するよ」
「馬謄殿。せめて腕の傷の手当だけでも・・・」
「こんなの掠り傷さね。舐めれば治るさ」
馬謄はその場を去っていった。
※ ※ ※
「その場はそれで終わったのですが、翌日、馬謄殿が体長を崩されたのだ。後でわかったことなのだが、放たれた矢の先に毒が塗られていたようで、発見が遅れ、処置した時には手遅れで、そのまま馬謄殿は・・・」
「・・・」
「・・・」
鈴鐘と愛紗は真実を黙って聞いていた。
「だが、その後、妙な噂が流れたのだ」
「妙な噂?」
「我が主が、夜な夜な馬謄殿を暗殺したという噂だ」
「そんな・・・」
「恐らく、我が主の暗殺を依頼した者が、せめてもの報いとして、馬謄殿の死をそうでっちあげたのだろう。そして、我が主を疎ましく思う者達もそれに便乗し、広めてまわった。馬超もその噂を鵜呑みにしたのだろう」
「ならば何故真実を明らかにしないのですか?」
愛紗の問いに夏候惇は首を横に振った。
「私も何度かそう申し上げたのだが、『馬謄殿は私のせいで死んだことには変わりはない。その憎しみを一身に受けることこそが私に課せれらた罰だ』と・・・」
「そんな・・・、曹操殿に落ち度はないではありませんか」
「手傷を負った馬謄殿にその場で治療を施さず、それが死に至る原因の一端になったことも事実。我が主は、償いとしてその噂の釈明をしなかったのです」
「でも、それだと曹操が・・・」
「そういう、お人なのですよ」
夏候惇は夜空を見上げながら呟いた。
「(華琳の性格ならそうするかも)」
鈴鐘も少し納得していた。
「・・・夏候惇殿」
「?」
「今の独り言、もう一度馬超の前でしていただくわけにはいきませんか?」
「・・・」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
その後、馬超が投獄されている天幕に行き、馬超を牢から解放した。そして、馬超に先程と同様の話をした。
「そんな・・・、母様は・・・」
伝えられた真実に馬超はショックを隠せなかった。
「曹操殿は責任を感じ、馬謄殿の死の憎しみを引き受けた。それは立派な行いだと私は思う。お主のその憎しみは曹操に向けるものではない」
愛紗は項垂れる馬超をそっと慰めた。
「嘘だ! 曹操の手下の言葉なんて信じられるか!」
馬超は真実を受け入れられず、激昂した。
「では、私が嘘偽りを申していると?」
その言葉に夏候惇も苛立ちを隠せなかった。
「夏候惇殿。今、馬超は取り乱している・・・、馬超、少し落ち着け」
「触るな!」
肩に手を置いた愛紗の手を馬超は振り払った。
「お前もどうせ曹操に丸め込まれたんだろ! 大方、上手く事を運んだら召し抱えてもらう約束でもしたんだろ!」
「馬超・・・」
馬超の言葉に愛紗もショックを隠せなかった。
「貴様・・・!」
尚も激昂する夏候惇。
「いい加減にしなさい!」
誰よりも先に怒りを露わにしたのは鈴鐘だった。
「いつまでも子供みたいにぐちぐちと、あなたを救うために愛紗がどんな思いをしたか知りもしないで!」
「知るか、そんなこと!」
馬超のその態度に鈴鐘はさらに怒りを露わにした。
「外に出なさい、馬超。あなたのその子供染みた性根、叩きなおしてあげる」
「上等だ! もともとあたしの邪魔をしたお前には頭にきてたんだ! ここで叩き潰してやる!」
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天幕の外で対峙する鈴鐘と馬超。
「鈴鐘! こんなことをして何になるというのだ! お前も少しは―――」
止めに入ろうとする愛紗も夏候惇が手で制した。
「心配はいりません。両者の実力は知っていますが、すぐに終わるでしょう」
ほんの僅かではあるが、鈴鐘と馬超の両方の実力に触れた夏候惇にはこの一騎討ちの結末が見えていた。
お互いに槍を借りて一定の距離で睨みあっている。
「「・・・」」
睨み合いが始まって1分程が経過した。
「(こいつ、全く隙がない・・・)」
馬超は動けずにいた。鈴鐘には一分の隙もなかったからだ。
「(それに、こいつからは気の濁りが全く・・・!?)」
突如、馬超の槍が震え始めた。
「あ・・・あぁ・・・」
馬超は幼い頃に母である馬謄に武術の手解きを受けた時のことを思いだした。
『翠。武術というのは正直なものでね、心にやましいところがあれば、気の濁りとなって現れるさね』
「それじゃあ、あいつの言ったことは全部・・・」
馬超は、馬謄のその言葉を思いだし、馬超はその場で膝から座り込んだ。
鈴鐘もそれを見て槍を下ろした。
「そうか。馬超は鈴鐘の気に濁りがないのを感じて・・・」
愛紗は事態を把握した。
鈴鐘は槍を置き、馬超の下まで歩み寄った。
「馬超。お母さんが死んで悲しいとは思う。けど、あなたが曹操を殺しちゃったら、あなたのお母さんは無駄死になっちゃうんだよ?」
「っ!?」
「辛いとは思う。けど、もう立ち止まるのは終わり。前に進もう。ね?」
「う・・・うぅ・・・うわぁぁぁぁぁぁっ!」
馬超は鈴鐘の胸に抱きつき、泣き続けた。
※ ※ ※
翌日・・・。
「西涼に帰るのだな?」
「ああ。西涼の皆に本当のことを教えてやらなきゃならないからな」
「せっかく馬超と友達になれたのに・・・」
鈴々は寂しそうな表情をした。
「関羽、張翔、2人には世話になったな」
「なに、それほどのことでもない」
「気にしなくていいよ♪」
「あと、それから・・・」
馬超は鈴鐘と愛紗の手を引き、鈴々と趙雲から距離を取った。
「私がその・・・泣いちゃったことは内緒にしてくれよ。特に張飛の奴には・・・(ボソッ)」
「ふふっ、わかっている」
「どうしようかな~」
「おい! 張翔!」
「あはは! 冗談だよ♪」
「ったく・・・」
馬超が鈴鐘達と反対側の道を歩き始めた。
「それじゃ、またな~!」
「うん! またね~!」
「またなのだ~!」
「ああ!」
「また何処かでな!」
馬超は大きく手を振り、道を駆けていった。鈴鐘達は手を振って馬超を見送った。
「さて、我らも行くとしようか」
鈴鐘達も道を歩き始めた。
4人の新たな旅が始まった。
続く
この話で原作版1話の終わりまで書いた結果、結構なボリュームになってしまいました。
アニメ版の春蘭は原作版と違い、結構気性が穏やかなんですが、原作版の側面も少し見せてみました。桂花は・・・アニメ版と原作版とあまり違いはないのかな?
次話投稿はいつになるかはわかりませんが、ゆっくりまったり進めていきます!
それではまた!