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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金と黒の王国

金と黒の王国

作者: 朔夜

なんとなく思い浮かんだので書いてみました。


 目覚めたら、私は知らない場所にいました。

 何故か、頭を下げて右の膝を曲げ、左の膝を立てているという、ゲームや映画の中で騎士役の人間がするようなポーズを取って。


 朝方なのか、黄昏時なのかは分かりませんが、薄暗いです。

 今居るこの場所が薄暗いせいもあって、私の視界は質のいい柔らかそうな深い赤の絨毯の敷かれた床だけで埋まっています。


 まったく状況が分からないので、辺りを見回そうとしましたが、どういう訳か身体が動きません。

 こんな時に金縛りって。


 もしかして、これは夢なのでしょうか?

 たまに見るんですよね。色つきフルカラーで、まるで現実みたいな夢。

 目覚ましが鳴らず、危うく遅刻しそうになって慌てている夢とか見てハッと目が覚めた時なんか、もの凄く脱力しました。


 私は自分の部屋で寝ていたはずなので、またしてもリアルな夢を見ているのでしょう。

 身近ではないバージョンって、小学生の頃に見たキョンシーに追いかけられるモノ以来ですね。なんだかちょっと新鮮。 


 もちろん、家にこんな高級品だと叫んでいるような絨毯はありません。あったら、年末の大掃除の時に何度も見ているはずです。

 テレビの中で見たスターの歩くレッドカーペットが脳裏に焼き付いていたのでしょうね。


 そもそも、どうしてこんな体勢で居るんでしょう。

 金縛りが取れないので身動き出来ないし、ちょっと苛々してきました。


「――ルーシェリカ。顔を上げよ」


 綺麗なメゾソプラノの声が降ってきたのは、そんなタイミングでした。

 ルーシェリカさんとやら、呼ばれていますよ。


「御意」


 御意って、身分の高い人に向けて言う『分かりました』ですよね。

 何故か、その返事は私の口から出ていました。

 金縛りで動かなかったはずなのに、伏せられていた私の頭がゆっくりと持ち上がっていきます。

 なるほど、これは自分の意思では動けない夢ですか。


 完全に顔を上げきった視界に入ってきたのは、金髪ポニーテールに大きな蒼い眼の美少女でした。


 黄色を基調としたスカートが膨らませてある上品なドレスを着ているのですが、フリルがどっさりついていて、まさに正統派お姫様といった印象を受けますよ。

 高そうな黒い革張りソファーに座って、卵型の大きな宝石のついた純金製と思しき首飾りを下げて、意匠を凝らした扇を持って、お姫様は微笑んでいました。


 あれ?

 なんだかこのお姫様というか、この光景というか。

 私、何処かで見たような気がしますよ。


「ルーシェリカ。兄上には退場してもらうことにした」


 今日は晴れですね。

 天気の事を口に出すように、するりと極自然な様子でお姫様は微笑んで、そう言いました。 


 ルーシェリカって、どうも私の事のようですね。

 お姫様は私をジッと真っ直ぐ見ていますし。


「ついに、決意なされたのですね」


 何を?

 私を置いてきぼりに、ルーシェリカさんとお姫様の会話は続きます。


「……わらわは王になる。ならなければならぬのだ。ルーシェリカ。わらわの望み、叶えてくれるな?」

「全てはご主人様のお望みのままに」

「公の場で表立っての助力は出来ぬが、力のある知り合いに何人か声をかけておいた。具体的な内容は話しておらぬがな。上手く誘導するも良し、誘惑するも良し、賄賂を渡すも良し――どのような卑怯な手を使っても構わぬ。存分にやれ。わらわの陣営に有利になるよう、尽力せよ」

「はい」


 何だか物騒な会話ですね。

 というか、聞き覚えがあります。

 

 あれです。

 友人に渡されたゲームのプロローグ。

 確か、タイトルは『金と黒の王国』でしたか?

 主人公は男性と女性が選べて、男性は執事、女性はメイド。

 で、今のように椅子に座ったお姫様の傍に主人公2人が控えて、抜き身の剣を持っているのがパッケージイラストでしたよ。

 女性主人公は、メイド服が良く似合う黒髪をシニョンにした黄緑の目の可愛らしい感じの少女。


 ターン制で、フィールドに出て討伐モンスターを倒したりして民衆の支持率を上げたり、稼いだお金でお城にいる人間に賄賂を贈ったりして貴族の支持率を上げたり、贈り物をして重要キャラの好感度を上げて自分の陣営に引き抜いたりという、イラストとは違って、自由度も高いけどかなり殺伐とした感じのゲームだと友人から聞いています。

 主人公の背景が政争ですからね。

 そりゃあ、殺伐とするでしょうよ。


 イラストに惹かれて買ったら、思ったのとは違ったけど面白かったとか言って、無理やり借してきたんですよ。

 友人はたまに布教目的で、私にクリアしたゲームを貸すんです。


 プロローグが長かったので、そこでセーブしました。

 始めたばっかりで、ゲームの概要は知っていますが、どんなイベントがあるかは知りません。

 だからきッと、プロローグ分だけ見たら目が覚めるでしょう。

 そう思っていたのですが。


 私が考え込んでいるうちに、お姫様と会話が終わったらしく、気付いたら廊下にいました。


 あれ?

 プロローグって、廊下へ出ているなら終わったはずですね。

 で、中心キャラたくさんが出てくるオープニングムービーが流れて、その後のセーブ出来るパート選択シーンがここです。


 もしや、ここで目が覚めるまでフリーズ状態ですか?


「うわ……最悪」


 げんなりとして思わず呟くと、声が出ました。


「あれ? 金縛り脱出?」


 私は試しに手を握ってみました。

 先程とは違って、自分の思うように動きますよ。感覚もあります。


 私自身を見てみると、やはりメイド服を着ていました。

 ミニスカではなく、膝下スカート――クラシカルなタイプで、ちょっとホッとします。

 目線は現実の私よりちょっと低めで、作業効率を上げるためでしょう。靴底は厚いですが、歩きやすさを重視した踵の低い靴を履いていました。

 

 探してみましたが、パッケージイラストで持っていた剣が見当たりません。

 代わりに、隠し武器らしき鞭と細身のナイフが5本くらい出てきましたけど。他にも鋼糸みたいなモノや薬っぽいモノも見つけました。

 さすが武装メイド。

 あの剣はフィールドに出れば出てくるのでしょうか?


 周囲に目を向けてみると、夜空が見えました。

 窓ガラスから見える空には、大きな赤い月とその半分くらいの大きさの白い月が見えます。

 まさに異世界って感じですね。


  誰かに会いに行く

  自室に向かう

  街に出る


 そんなふうに観察していると、突然空中に文字が浮かびました。 

 おお。

 選択肢の出現って、いかにもゲームっぽいですね。

 でも、何で選択肢が出るんでしょうか?

 そこまでは進めていないのに。


 もしかすると、私が今までやったことのあるゲームと混じってるのかもしれません。

 夢だけに、脳内補完でもしているんでしょう。

 

 とりあえず、『自室に向かう』を選ぼうと思います。

 ステータスとか見れるかもしれないですし。


 そう考えると、私の足は勝手に動いて廊下を歩き出しました。

 メイドという役柄のせいか、誰も居ないのに廊下の端っこを歩き、背筋をぴんと伸ばして、足音も立てません。

 猫背を直そうと早足になったリアルの私とは、歩き方からしてだいぶ様子が違います。

 メイドさんと何人かすれ違いましたが、ルーシェリカさんはその人達よりも位の高いメイドらしく、あちら側から会釈されました。


 お城なんて、名古屋城しか行ったことがありません。

 私は自分の脳内記憶がどんな城を作り上げたのかと興味津々だったのですが、選択肢を決定してしまったせいか、またも身体の自由が効かなくなりました。

 諦めて部屋につくのを待ちます。


 しばらくして、ルーシェリカさんの自室と思わしき部屋に辿り着きました。

 動けるようになったので観察観察。


 リアルの私の部屋より広いです。

 お城という事も影響しているなのか、綺麗ですね。天蓋つきベットって、お姫様だけが使うと思っていたのですが、違ったようです。


 姿見があったので覗いてみると、やはり黒髪シニョンに綺麗な黄緑色の瞳のお嬢さんが映っていました。

 イラストを実写化したら、こんな感じといった美少女。

 手足は細いですが、結構肉つきが良いタイプです。スレンダーグラマラスってやつですね。 

 腰の細さに思わず触ってみたら、コルセットらしき補正下着を身につけている感じがしました。

 そんなものをつけた経験がない私が息苦しくないことから、職業を考慮して動きやすさ重視の柔らかい布タイプのようです。

 お姫様とか貴婦人が使う、数人がかりで締めあげるようなタイプじゃないやつ。


 色々漁ってみた結果。

 ルーシェリカさんの私物らしき物が少ないです。

 メイド服の替えや下着類、基礎化粧品や最低限の家具は揃っているので、必要なものしか部屋に置かない人間設定なのでしょう。

 断じて私の想像力が貧困でないと思いたいです。女性らしいグッズにも興味ありますし。

 

「……部屋でもステータスは見れないのかな?」


 コマンドがあるのでしょうが、どうやれば出てくるのか分かりません。

 私は首を傾げながら、ヒントになるものを探すべく机に近づきました。

 

  予定を立てる

  状態を確認する

  今日はもう休む


 お~。

 なんだか、分厚い日記帳らしいものが光って、選択肢がまた空中に浮かびましたよ。

 どうやら机に近づけば良いようです。

 

 モチロン、ステータスが見れる可能性が高い、『状態を確認する』を選びました。

 すぐに、ふっと空中に新たな文字が浮かびます。 


  1日目・朝・自室。


  ルーシェリカ・シリス(17)

  レベル1

  称号 ナタリー王女付きメイド長

  HP 56/56 MP 20/20

  状態・健康

  属性・闇

  所持金 0ギラー


  戦闘スキル 短剣A(MAX)

        鞭A(MAX)

        格闘C

        闇魔法C

        急所攻撃S(MAX)

        連続攻撃C

        緊急離脱C

  一般スキル メイドA

        薬学知識C

  スキルポイント 残り0P


  装備 投げナイフ/皮の鞭

     上級メイド服

  所持品 爆薬(液体)/鋼糸/毒薬(効果・麻痺)


 さっき廊下にいた時は明らかに夜でした。

 おそらく、プロローグシーンはターン経過に関係ないんでしょうね。

 ここからが開始。


「……戦闘スキルが暗殺者っぽいんですけど」


 特に急所攻撃S。

 とりあえず、魔法が使えるという事に満足しましょう。闇という辺りが、あきらかにヤバそうです。

 スキルポイントがあるって事は、レベルアップすれば他のスキル覚えたり、MAX表示の出ていないスキルを上げられるってことでしょう。


「ん? 職業じゃなくて、称号なんだ。これって、某RPGみたく変えられたりして」


 そう呟いて突いてみると、称号の横に文字が新たに浮かびました。

 どれどれ?


『上流階級向けの人材を育成するシリス孤児院出身の少女。

 闇の神カーティスの加護を持ち、主に暗殺技能を学んだメイド。主人であるナタリー王女に絶対の忠誠を誓っている。最近、ミレイの態度に少し引き気味』


「……やっぱり暗殺者よりなのね」 


 とりあえず、ゲーム用語らしい部分は文字を突くと補足説明が入るようです。

 気になったので、闇の神カーティスと加護というのを見てみました。


『闇の神カーティス。六大神の一柱。闇、夜、死を司る。

 別名、冥界の主。死した魂を冥界にて保護し、魂についた傷を癒し、新たな生を迎えるまで安らぎを与える』


『加護。この世界の人間はいずれかの神の力に染まり、属性が決定する。神より加護が与えられた人間は己の属性の魔法を扱う事が出来る』 


 闇の神って、思ったよりも物騒じゃなさそうな神様のようです。

 で、魔法使い=加護持ちという事ですか。


「ん? ナタリー王女はさっきのお姫様だよね。ミレイって誰?」


 疑問に思ったら突っつくのみです。

 

『ミレイ。主人公の部下の一人。メッバーグ子爵令嬢。

 元々行儀見習いの女官として城に上がったが、意地の悪い先輩女官から苛められ、窮地に陥っていたところを主人公に助けられた。そののち、ナタリー王女に直接願い出て、メイドに転身。

 主人公を強く慕っている。

 メイド詰所にいて、その日までの民衆と貴族の支持率、好感度、友好度を教えてくれる』


「なるほど。PTキャラじゃないけど、お助けキャラか」


 私はもう一度机に近づきました。

 そして浮かび上がる選択肢。


 選ぶのは『今日はもう休む』で。

 夢の元ネタであるゲームは終了ターン数が決まっています。

 所詮私の夢ですから、イベントに期待は持てません。

 夢が覚めるまで、ひたすら何もしないでターンを終わらせた方が良さそうだと思ったのですよ。


 で、ひたすら部屋から出ることなく『今日はもう休む』を繰り返しました。

 何時になったら夢から覚めるんだろうと思いながら。


 ですが――意外な事に、何もしないでいたらイベントが発生しましたよ。


 20日目・夜・自室。


 気がついたら、いつの間にか知らない人間が部屋にいました。


 格好からして怪し過ぎる人間です。

 フード付きのたっぷりとした体形を隠す茶色のマント姿で、中に来ている服は見えません。

 フードを下ろしているので髪の色も分かりませんし、つるりとしたシンプルな仮面を被っているので、口元しか分かりませんよ。目の部分も細いので、瞳の色すら。


「……何故か分かっているな?」

 

 聞こえてきたのは低い、男性の声でした。

 声が聞こえた――そう思った瞬間には、離れていたはずの茶色マント仮面は私の目の前にいて。

 鋭い痛みと共に、目の前が真っ暗になりました。


「役目を果たさぬ木偶は必要ない。あの方はそう仰せだ。カーティスの御許に行け」

 

 その声を最後に、ぷっつりと私の意識が途絶えて暗転。

 主人公死亡で起きるのかとぼんやり思った瞬間――ピローンと、間抜けな効果音が響いて闇の中に光る文字が浮かびました。


『バッドエンド『暗殺①』を回収しました。

 支持率、好感度、友好度ゼロで発生するバッドエンディングです。

 これから貴方がどう頑張っても巻き返せない――と、いった時期までくると強制的にイベントが発生します。

 特殊アイテム、『謎の仮面』を入手しました。

 これよりコンティニュー作業に移ります』


「はい?」


 思わず間の抜けた声が漏れました。

 次の瞬間、私の視界いっぱいに高級な赤い絨毯が。


「ルーシェリカ。頭を上げよ」 

「御意」


 聞き覚えのあるやりとりと共に、ソファーに腰掛けた金髪ポニーテールのお姫様が目に入ってきます。


「ルーシェリカ。兄上には退場してもらうことにした」

「ついに、決意なされたのですね」


 えええ~!?

 これって、プロローグのシーンですよね。

 最初からやり直しって事ですか!?


「わらわは王になる。ならなければならぬのだ。ルーシェリカ。手伝ってくれるな?」

「全てはご主人様のお望みのままに」


 ……それからというもの。

 60日(180ターン)でループするゲームによく似たこの世界で、元の世界に戻ろうとする私の奮闘の日々が始まったのです。


読んで下さって、ありがとうございました。

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