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 <第1話> 「またそんな、今さらだよ」

 昨夜より開け放したままの窓から、朝の陽ざしが差し込んでいた。

(結局、昨日はあまり眠れなかったな……)

 にもかかわらず、今朝は普段より早く目覚めてしまった。

(16に、なったのか……。って言っても、あまり実感はないな……)

 アルスは自室の詰めた藁束に布をはった寝台(ベット)の上で仰向けに寝転んだまま、天井を見上げ独りごちる。

 16歳の誕生日。それはアルスにとって1歳年をとったという以上に特別な意味を持っていた。見慣れたはずの天井の木目も今日だけは違って見えるのも、今日が『特別な日』だという意識からだろうか。


「そろそろ、起きる時間だ」

 窓から差し込む日差しから時刻を判断すると、アルスはあえて声に出し、必要以上に勢いをつけて上体を跳ね起こした。

 と同時に大きな音を立てて扉を開け放ち、一人の少女が飛び込んでくる。

「おっはよ~、アルス!! 起きてる? いつまでも寝てちゃだめだぞ!!」

「おはよう、エリアス。大丈夫、起きてるよ」

 否、「一人の少女」と表現したがエリアスは人間ではなかった。彼女は人間ではありえない青い髪と青い瞳、さらには肌の色まで透き通る青色をした水の精霊(ウォーター・エレメンタル)である。当然、床に足は付けず、宙に浮いて移動していた。

「大丈夫、じゃないよアルス! 寝台の上にいるうちは起きてることにならないの! さあ、さっさと起きて!」

「……理不尽な」

 そう呟きながらもアルスは寝台から降り、立ちあがって見せた。

「ほら、起きたよ。これでいいだろ?」

「はい、よろしい。あっ寝癖ついてる! なおしてあげるね!」

 エリアスは目敏くアルスの寝癖を見つけると手のひらに水流を纏わせ、アルスの髪を撫で付けていく。その間、アルスもエリアスがやりやすいよう頭を傾けたり向きを変えたりしていた。これは二人にとって10年近く毎朝のように行われてきた朝の習慣である。

 水の精霊であるエリアスは水流の一滴までをも操ることが可能だ。そのため、撫で付けられた瞬間は冷たいが、撫で付けられた後の髪は濡れてはいない。

「これでよしっと。今日はわたし達にとって特別な、そう、記念日になるんだから、ちゃんとしてよね!」

 何故か『記念日』のところで一瞬紅潮していたが、触れないほうがいいだろう。

「わかってるって。じゃあ、着替えたら下に行くから、エリアスは先に戻ってて」

 アルスはエリアスに直してもらった髪を手で確認しながらそう言うと、はいていた綿のズボンに手をかけた。現在のアルスの格好は温かいこの時期に寝巻代わりにしている綿製の袖なしチェニックと膝丈のズボンである。


「……じー、ごくり」


「あの、エリアス? 戻ってて欲しいんだけど」

 アルスはズボンに手をかけた格好のまま、部屋から出ていこうとしないエリアスに語りかける。

「えー、別にいーじゃん見てたって。何年も一緒に暮らしてるんだから今さらでしょ?」

「いやいや、そんなじーっと見られるのは恥ずかしいから! 着替えたらすぐに行くから、エリアスは戻ってて!」

 アルスはエリアスの両肩をつかんで、開け放したままの扉のほうへ押していった。

「アルスのいけずー! あっ、今日着る服って初めて着るでしょ? 着るの手伝ってあげようか?」

 アリエスは壁に掛けられた服を指差して食い下がる。

 白を基調に青の縁取りが鮮やかな詰襟の長袖と同色の長ズボン。袖と裾の折り返しには濃い藍色の裏地がのぞき、金の鋲でとめられている。それによくなめされた革紐を編んで作られたベルトとやや重厚な革の長靴(ブーツ)。さらにその上に纏うゆったりとした若草色の外套(ローブ)。真新しいそれらは、普段利用している古着屋ではなく、贅沢にも仕立て屋でアルスに合わせて仕立ててもらった一品物で、礼装として使っても恥ずかしくない立派なものである。

 確かにこの服は今日のために特別に用意したものであり、一度も袖をとおしていない。とはいえ、手伝いが必要なほど複雑な作りをしているわけではない。

「大丈夫だから。一人で着られるから」

「そうだ! じゃあさ、今度わたしの着替えも見せてあげるから! いやん、アルスのエッチ!」

「何がじゃあで、何がいやんなんだよ! そもそもエリアスに着替えは必要ないだろ」

 確かにエリアスは薄い青色の柔らかそうなワンピースを着ているが、これは精霊であるエリアスが実体化する際に『そのような姿』で実体化しているのであり、いうなればエリアスの体の一部のようなものである。基本精霊たちは実体化時の服装の他に別途服を着込むようなことはしない。

「ほら、さっさと出てってよ!」

「アルスのケチー! そんなんじゃ友達なくすよー? いーじゃんかー別に減るもんじゃなし!」

 アルスはなおも食い下がろうとするエリアスを部屋の外まで押しやると

「へっへっへ、お嬢さん、世間じゃー嫌よ嫌よも好きのうちって」

 パタンと扉を閉め、ふうっとため息をついた。


 エリアスはしばらくはドアの前に粘っていたようだが、やがてあきらめてきちんと階下へ戻ったようだ。

 そのことを気配で確認し、アルスは改めて着替えを再開する。

 手早く服を脱ぎ、壁に掛けていた服をを身に付けながら、アルスは思う。

(……エリアスの手、震えてたな)

 エリアスがアルスの髪を撫で付けていた時のことである。長年ともに暮らしてきたアルスでなければ気が付けない程であろうが、エリアスの手は確かに震えていた。それに普段から陽気な彼女にしても、今朝のハイテンションぶりはいささか度を越して、やや上滑り気味だった。

(やっぱりエリアスも緊張してるんだ)

 では自分はどうか。

 緊張は、していた。

 昨日なかなか眠りにつけなかったのも、にもかかわらず今朝いつもより早く目覚めてしまったのもそのせいである。

 だが、今はそれほどではない。完全ではないが、エリアスもまた緊張しているという事実が、何故かアルスの心を落ち着かせていた。

 アルスとエリアスは10年近い年月を共に過ごし、共に成長し、苦楽を分かち合い、常にそばに寄り添いあう掛け替えのないパートナーとして共に歩んできたのだ。

 今日はそんなエリアスとの絆をさらに強いものにする。ただ、それだけだ。

 アルスはそう自分に言い聞かせるように心のなかで強く思うと、真新しい外套に首を通し襟をしっかりと締めた。


 今日、アルスは水の精霊(ウォーター・エレメンタル)であるエリアスと正式に契約する。

 精霊使い見習い(エレメンタラー・エッグ)を卒業し、真の精霊使い(エレメンタラー)となるのだ。


    * * *


 水の聖域。

 アルス達の暮らす町にほど近い森の中、ぽっかりと空いた縦穴を降りて行った洞窟の最奥にその場所はある。

 青く透き通る清涼な水をたたえた地底の泉。地上の光が一切差し込まぬ地底にありながら、そこは闇を照らす灯りを必要としない。泉の底を埋め尽くし、壁や天井にも散見する大小の水晶が、この土地の魔力を帯びて仄明るく青い光を放っているからだ。

 アルスはこれまで幾度かこの場所を訪れたことがあるが、その度にその美しさ、厳かさに圧倒され息を呑んでしまう。

 現在、アルス達がいるのは、水の祭壇と呼ばれる岩の舞台の前である

 泉の岸に接する位置に屹立したその岩の形は、ほぼ真円形。また、岸よりも一段高い上の部分が均されたように平らな面になっており、まるで人の手で設えた円台のようだ。

 その表面はおびただしい量の細かな水晶で覆われ、その一つ一つが水底の水晶と同様に青い光を放っているため、舞台の上はひときわ明るく輝いている。その様はこの聖域においてさらに厳かで祭壇の呼び名にもうなずけるが、その名の由来は他にある。


 アルスは緊張の高まりからか、無意識に襟を正し、自らの服を検めた。

 エリアスはそんなアルスの様子に微笑むと、自ら先導するように祭壇に上がり、アルスに手を差し伸べる。

「大丈夫、カッコいいよ」

 そういう問題ではないのだが。

 アルスは苦笑し、エリアスの手を取って祭壇へと上がる。それでも祭壇へ足をかける一歩目は水晶を踏み砕きはしないかと慎重になった。

 祭壇へ上がった二人は視線を交わし、頷き合い、祭壇の中央へ向かう。

 エリアスは祭壇の中心に立ち、アルスへ向き直ると瞳を閉じ、両手を胸の前で組む。

 アルスはエリアスのすぐ手前に立ち、左手をかざして呪文を紡ぎ始めた。


「≪我が友エリアスよ、我は我が名を以てここに誓おう≫」


 アルスが呪文を紡ぎ始めると、魔力の高まりに呼応して泉の水に変化が起きた。

 紐のように細い水の筋が、一条、また一条と祭壇の側面を水晶の隙間を縫うように這い上がる。

 祭壇まで這い上がった幾条もの細い水流は、何かに導かれるように時に折れ、歪曲し、ぶつかり合っては分かれ、祭壇の中心へ向かって一つの模様を描きだして行く。それは完成に近付くに従い、魔法陣の様相を呈していく。

 床面を覆う無数の水晶。これらが重なり合い、所によって亀裂し、水の通り道となる溝を作っている。水流はこの溝に沿って流れ、祭壇の床一面に精緻な魔法陣を描き出していた。

 無論、この溝は人の手によって掘られたものではない。この場に満ちる水の属性を持つ魔力が数千年の刻をかけて描き上げたである。

 この自然に作られた魔法陣こそが、この地底の泉が聖域である証であり、岩の舞台が祭壇と呼ばれる所以であった。


「≪汝、我が(ともがら)となりて、汝が清涼なる力を我と共に。我、高潔なる友誼(ゆうぎ)と信頼を以てそれに応えよう≫」


 左の手のひらでエリアスの額に触れる。

「またそんな、今さらだよ」

 エリアスはくすぐったそうに首をすくめ、

「こういうのはカタチなんだよ」

 アルスは苦笑する。


「≪契約(コネクト)≫」


 その瞬間、焼け付くような鋭い痛みが奔り、左手の甲に一つの紋章が刻まれた。契約印である。同時、その紋章から涼やかで澄んだ何かが、自分の中に流れ込んでくるのを感じる。

 清涼な水がとめどなくあふれ出す瀟洒な水瓶。アルスはその紋章がエリアスを表すものであると一目で理解できた。そこから流れ込むものがエリアスの魔力であることも。

「すごく優しくてあったかい。これがアルスの魔力なんだね」

 アルスの手の甲に契約印が刻まれたようにエリアスの左肩にもアルスの名が刻まれていた。そこからアルスの魔力が流れ込んでくるのをエリアスも感じているようだ。

 精霊と精霊使いとの契約とは、お互いの間に経路(パス)を繋げ、魔力を循環させることを指す。これによって精霊使いは精霊を使役し、その力を自在に扱うことができる。また精霊は精霊使いの魔力によって、より大きな力を得ることができる。

 ここに契約は成立し、エリアスは正式にアルスの精霊となったのである。


「あの、エリアス?」

「……んー……」

 儀式の完了からしばらくしたが、エリアスは瞳を閉じたまま動こうとしない。

「あの、契約の儀式はおわったけど?」

「……ちゅー……」

 いや、こころなしか顔をアルスのほうに突き出し、唇をすぼめている。

「えぇと……」

 アルスはしばらく困ったようにその顔を見つめていたが、ややあって何か思いついたのか周囲を見回し、足元に転がっていた水晶のかけらを拾い上げると、

 エリアスの突き出された唇にねじ込んだ。

「って何すんじゃーコラーーっ!! バリバリバリッ」

 喰うんかいっ!

「いや、唇を突き出してたから、何か食べたいのかと思って」

「だからって、水晶ねじ込んでどーする!? 食えるかーっ!! そうじゃなくて、ちゅう! キスしてほしいの!!」

 いや、食ってたじゃん。

「……キスって、なんでさ」

「そりゃ、アルスと契約結んじゃったし? このまま、愛も誓い合っちゃおうかなーって、ね?」

「『ね?』って言われても。愛って……」

「何よー、精霊使い(エレメンタラー)精霊(エレメンタル)が結ばれるのなんて、珍しくないでしょ? アルスのおししょーさんもそうだし」

「そ、それはそうかも知れないけど……」

 エリアスの言う通り、精霊使いと精霊が結ばれるのは珍しい話ではない。むしろ精霊使いにそういう者のほうが多かった。精霊使いと精霊は常に行動を共にし、苦楽を分かち合う。精霊も一個の人格である。自然と絆は深まり、やがて愛へと変わることもありえた。

「わたしとアルスは10年近く連れ添ってきたわけだし、お互い知らないことなんてないし、アルスの全身のほくろの数まで知ってるし」

 かなり聞き捨てならない台詞が聞こえたが、子供の頃の話だろうか。確か子供のころはアルスはエリアスと一緒に風呂に入っていたし、着替えを見られるのも恥ずかしくはなかった。うん、きっとそうだ。

「……はっ! そんな、まさか、アルスはわたしのこと嫌いなの?」

「えっ? エリアスを嫌いになんて、ならないよ?」

 アルスは否定するが、エリアスの思考は妙な所に飛び火したようだ。

「他に好きな精霊(おんな)がいるの? いつも向けてくれる笑顔は嘘なの? わたしのチカラだけが目的だったの!?」

「いやだからね、エリアス。そういう問題じゃなくて」

 いつしか涙目になって詰め寄ってくるエリアスに対し、アルスは言う。


「私も女だよ?」


    * * *


 アルステーデ・ヘルツベルグ。彼女は、後に全ての精霊を統べる最強の精霊使い、『森羅万象の担い手(グレンツェンデァ・ヴェルト)』と呼ばれることになる。



――――第2話へと続く。



「性別なんて、関係ないっ!!」

「あるわーっ!!」

記念すべき初投稿作品です。

プロローグ的にもっと短くするつもりだったんですが、気がつけばずらずらと長くなってしまいました。

もっと簡潔にまとめる技術が欲しい・・・っ!!

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