表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
条件付きの結婚生活  作者: 八月葉月
【改稿前】
5/29

初夜(3)


「あー」


その声音に、洒落にならない冷たさを感じて褒姒(ほうじ)は頬を掻いた。どうやらやり過ぎてしまったらしい。

半眼でこちらを睨んでいる辟方(へきほう)に、はははと乾いた笑みを向けながら、どうしよう、と内心焦る。


取り敢えず謝っておくか、と安易に結論を出すと、辟方の顔色を上目で窺いながら可愛い子ぶってみた。


「ごめん、ね?」


上目遣いで最後には首を傾げて謝ってみる。どうだ! 母様直伝! 秘技☆懇願ポーズ!

すると、辟方は深々とため息をつき、首を左右に振った。


「お前な……そういうのは美人がやるから効果があるんだ。お前がやっても気持ち悪い。……いや、むしろ哀れになってくるな」


辟方に憐憫の眼差しを向けられ、褒姒は憮然とする。

だが、事実は事実だ。

褒姒の母である三娘さんじょうは大陸一の美女と言われるほどの美の持ち主だ。武を好む彼女は、引き締まった美しいプロポーションの身体を持ち、しかしその顔立ちは凛々しさよりも可愛らしさが際立っている。緩く流れる薄青の長い髪は絹糸のようで、彼女を女性らしく華麗に彩っていた。

だが、その娘である褒姒は、身体は引き締まっているものの母ほどの美しいプロポーションを持つには至らず、顔は平凡で簡単に雑踏に紛れ込んでしまえるほどだ。その長い髪と瞳はこの国では珍しい漆黒ではあるが、その色を持つ民族、夜郎やろうは人々から恐れ嫌われているためプラスの要素にはなりえない。

絶世の美女であった母ならば有効な技だったのだろう。だが、彼女に似ても似つかない褒姒ではあの技は武器にはならず、寧ろ自分を傷付ける刃にしかならなかったようだ。


「むっ……正論過ぎて言い返せないのが悔しい」


今更ながらにその事実に気付いた褒姒は唸りながら呟いた。

まぁ、憐れまれたのは腹立たしいが……。



「ぷっ……あはははは!」



褒姒は突然の笑い声に驚いて辟方を見ると、何故か彼は腹を抱えて笑っていた。よく見ると目尻に涙が浮かんでいる。


「?」


何故彼がこんなにも大爆笑しているか分からない褒姒は眉を寄せて首を傾げた。そんな彼女の様子に気付いた辟方は、肩を震わせながらもなんとか笑いを抑え込み、滲んだ涙を拭いながら乱れた呼吸を整える。


「くく……いや、悪い。まさかあんなことを言われて怒りもせず、それをそのまま認めるとは思わなくてな。流石噂に名高い“変人姫”だけある」


褒姒は彼の言葉の意味が理解出来ずに困惑した。


「? なんで怒るの?」

「自尊心が高いから」

「事実なのに?」

「事実だからこそ劣っているのを認められないんだよ。自尊心の高い奴はな」


冷たい眼差しでそう吐き捨てた辟方は、嘲笑するように口端を歪ませて嗤った。だが、意味は分かっても理解出来ない褒姒は、納得できるはずもなく、くっきりと皺が出来るほど眉を寄せる。


「……そっちの方がよっぽど変だと思うんだけど」

「くくく……そう言い切れる貴族はあまりいないんだよ」


難しそうな顔をして唸っていた褒姒は、結局理解することを諦めてぼそりと結論を呟いた。それを聞いた辟方は、目を細めてやっぱり面白いと呟き、どこか満足そうに笑った。



***



「一つ提案があるんだが」

「何?」


用意されていたお茶を二人で飲んで少し落ち着いた頃に、ぽつりと辟方が問いかけた。茶碗に口を付けていた褒姒は、その体勢のまま視線だけを彼に移して問い返す。


「お前との関係についてだ」

「?」


彼の真剣な眼差しに褒姒は首を傾げつつも、お茶を飲むのを止めて、茶碗を包んでいる両手ごと太股の上に置いた。そんな彼女の動きを見つめながら、辟方は空の茶碗を手の中で弄んでいる。


「この婚姻は基本的には解消出来ん。縁談に全く乗り気ではなかった俺がこの話を請けたのは、俺にとって必要だったからだ。そして、お前もそうだと聞いている」

「え? 別に私は必要だったわけじゃないけど?」


褒姒は当たり前のように否定した。

その予想外の返答に辟方は言葉に詰まる。しかも微妙に腹立たしい。


「……。じゃあ何故この縁談を請けたんだ?」

「父様と母様に絆されたから」


それ以外に請ける理由なんてあるの? と不思議そうな顔をしている褒姒。

一方、またまた予想外の返答をされた辟方は憮然として口を閉ざした。

……言外にお前には興味がないと言われた気がする。それ以前に、両親以下なんだな、俺。

そう思ったら何だか泣けてくる。何故だ……。

辟方は思わずつきそうになったため息を何とか飲み込んで、お茶を飲もうと茶碗を傾ける。だが、既に中身は空だった。どうやら、そんな事も忘れてしまうぐらいには動揺していたらしい。

再び茶碗を手で弄びながら呟いた。


「…………。あー、兎に角乗り気ではなかったんだな?」

「そう」


やや疲れた顔で確認した辟方に褒姒はあっさりと頷いた。

それを見てほっと安心したように息を吐いた彼は、最低限の条件は揃っているな、と小声で呟いて頷いている。


「なら、構わん。俺に協力しろ。そうすれば、俺はお前と契らん」

「……それ、拒否権は?」


辟方の様子に嫌な予感がして褒姒は思わず訊ね返した。正直、権力の集中する場になど積極的に関わりたくない。面倒なことになること請け合いだからだ。

早々に逃げようとする褒姒に辟方はにやりと笑った。


「拒否しても構わんぞ? ただし、拒否すれば今すぐ契る」

「脅迫?」

「選択肢があるだけいいと思うが?」


全く悪びれる様子のない辟方に褒姒は呆れてしまう。まぁ、分かりやすく正面から堂々と言ってくるだけマシか、と取り敢えず話を聞いてみる。


「否定はしないんだ……内容は?」

「囮になってもらいたい」

「もしかして暗殺者がいっぱい来るの?!」


辟方の言葉を聞いた瞬間、褒姒の頭の中で“囮+危険=暗殺者”という不可思議な式が出来上がった。そして、暗殺者に出会う機会チャンスが出来ることに鼓動がどくどくと力強く脈打ち始める。

自然と緩む頬を抑えきれずに身を乗り出して辟方に訊ねると、彼は身を引いて顔を引き攣らせていた。


「ま、まぁ、いっぱいかどうかは分からんが、何人かは来るんじゃないか?」

「やる!!」


褒姒は即答で嬉々として引き受けた。


そしてその横では、彼女が引き受けたにも関わらず、複雑そうな顔をして彼女を見つめている辟方がいた。


これで一日目終了です。


少しずつ変人度が上がっていけばいいなぁ、と思ってます(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ